ある朝、出勤のため宮崎駅から都城方面の下りの電車に乗ろうと改札口に近づいたところ、反対側の改札口に犬が一匹おり、それも人間が洋服を着るみたいに服が着せてあり、一瞬「あれっ、なんだろう。」と思いました。しかしながらよく見ると、服の上には金具がついていて、その金具を持っている人は黒いサングラスをしていたので、その犬が盲導犬であり、サングラスをかけた若い女性が目の不自由な方であることがすぐわかりました。
私は、盲導犬の活躍ぶりはテレビや雑誌で見たことはありましたが、実物を見るのは初めてであり、電車の出発時間まで余裕がありましたので、しばらくその盲導犬の様子を見ることにしました。
盲導犬を連れた若い女性には、母親らしき女性が付き添っていましたが、若い女性と盲導犬だけが改札口に入り、母親らしい女性は改札口の外で「言ってらっしゃい。」と声をかけていましたので、見送りに来ていることがわかりました。若い女性と盲導犬は改札口から入ると、階段横のエスカレーターに乗ろうとしましたが、なかなか乗るタイミングが合わず、ちゅうちょしている様子でした。すると、盲導犬の後から改札口に入ったサラリーマンらしき男の人が若い女性の横に近づき、「はい、今右足を踏み出してください。」と声をかけてくれましたので、若い女性と盲導犬は無事エスカレーターに乗ることが出来ました。その様子は、周りを見てみますと、約10人位が見ており、どの顔も、「良かったな。」という感じで、中にはニッコリされている方もあり、母親らしき女性も何度か誘導してくれたサラリーマン風の男の人にお礼を言っている様子でした。
私は、盲導犬と反対側の改札口から入り、階段を上りながら、ふと盲導犬を連れた女性の目が見えない不自由さを考えました。というのは私もかって目が見えないときがあったからです。
今から約38年前の私が22歳の時でした。宮崎市内の魚の冷凍工場が火災になり、アンモニアガスが爆発し、二人の作業員が取り残され、私達がその人たちの救出に向かったのです。今でこそ酸素マスク等の器具がありますが、その頃はそんな器具もなく、私はタオルで顔を覆って火災現場に飛び込み二人を救出しましたが、残念ながら二人とも数時間後に亡くなってしまいました。その際、私もアンモニアガスで目の角膜をやられ、視力ゼロになってしまったのです。幸い先生方の献身的な治療のお陰で、約40日後には視力は元通り回復しましたが、その間は全く何も見えず、トイレに行くとき等はあちこちぶっつかる始末でした。
そんな体験をしていますので、視力障害者の方を見ると、目の不自由さと不便さは他の誰よりもわかります。視力障害者と盲導犬のことが気になっていましたので、階段を上がるとすぐ反対側のホームを見たところ、ちょうど目の不自由な若い女性がベンチに座るところでした。すると、盲導犬もその足元にピタッと座り、他の犬と違ってその後は微動だにしないのです。
やがて電車が来ましたので、その後の様子はわかりませんでしたが、盲導犬を信頼しきって自分の身を任せている若い女性のホッとした様子が印象的でした。






