ある日、宮崎日々新聞を広げたところ、社会面のトップに「事故で全身まひの元警察官-絵手紙に生きる気力」というタイトルが大きく掲載されている記事が目に入りました。写真もあり、誰のことだろうと思いよく見ると、その人物は私が警察官時代の同期生「鎌田忠男君」でした。
私達は就職難であった昭和34年、宮崎県警察官を拝命しましたが、そのときの同期生は30名でした。鎌田君はその中でも高校時代、宮崎県内での柔道チャンピオンの実績が認められ、特別採用されたほどの柔道マンで、私達同期生の面々は、警察学校時代の1年間、彼から柔道場であった「武徳殿」の青畳に、何十回いや何百回、嫌というほどまるでボロ雑巾のように投げられました。身長は178センチ位でしたが、体重は100キロを超え、目がぎょろりとしていましたから、まるで「西郷さん」のようで、若い頃は機動隊に所属し、柔道六段として活躍した人物です。
そのようにスーパーマンであった彼が、平成7年7月、交通事故に遭遇し、それが原因で下半身が麻痺して車椅子生活を余儀なくされたのです。おまけに約1年間上半身も麻痺して指一本動かすことが出来ず、寝たきりの生活という状態でした。
それからは、あんなに元気な時は、自ら進んで出席していた同期生会の会合にも、いくら誘っても出席しようとはせず、いつしか音信が途絶えていたのです。
その彼が、不自由な身体に鞭打って、努力しながら「絵手紙」を学んでいたのです。平成13年10月30日から11月9日までの間、彼の「絵手紙展」が宮崎市内の九州電力宮崎支店のギャラリーで開催されましたので、初日に顔を出してみました。
生憎、鎌田君の姿は見えませんでしたが、世話をしてくださった方から、彼が「絵手紙」を書くようになったいきさつについて教えてもらいました。
寝たきりの生活をしていた平成10年の冬、テレビの絵手紙講座が目に飛び込み、それを見て、「これならリハビリを兼ねて出来るかも」と直感したそうです。絵は趣味も鑑賞したこともなく、手紙もあまり出したこともなかったのですが、車椅子に座り、殆ど動かない手で筆を握り、練習するうちに描くことの面白さが出てきたそうです。初めは絵にも文字にもならない状態でしたが、花や果物、魚等四季折々の物を素朴に描き、自分の体調や最近の出来事等を書き添え、それを知人に出すようになったということでした。
以来ほぼ毎日5~10枚描き続けた絵葉書は約3,000枚になり、その一部の「絵手紙」がギャラリーに展示されていました。字も最初のころは、おそらく手が不自由だったからでしょう、字にもなっていませんが、最近書いた字を見ると、まるで書道家が書いたような見事な字になっていました。そして、手紙の内容も少しも気取ったところがなく、素直な気持ちが現されていました。私は絵心がないので、彼の絵が上手なのか下手なのか良くわかりませんが、色彩感に溢れ、花は花らしく、果物は果物らしく描かれており、私の目にはどの画家が描いたものより一段うまく描かれているように見えました。
鎌田君の「不屈魂」が、こんな立派な「絵手紙」を描かせたものと思いますが、すっかり感動しました。やはり鎌田君は、私達同期生の誇りです。






