校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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ちょボラ

 日本人は、文を簡略して表現することが実にうまい民族だと感心することがあります。例えば、アメリカで発生した同時爆発テロに対処するために「テロ対策特別措置法」という法律が制定されましたが、マスコミでは早速この法律を「テロ特措法」という読み方で表現していますし、長ったらしい名前の法律が出来ても、すぐ簡略化した呼び方が堂々とまかり通っています。また、パーソナルコンピュータのことは「パソコン」と言いますし、デジタルカメラのことは「デジカメ」等と呼ばれています。
 日曜日の朝、放送されているラジオの「新語紹介」を聞いていますと、あまりも簡略すぎて、どんな意味かわからない場合もあります。
 先日ラジオを聞いていましたところ、「ちょボラ」という新語を紹介していましたが、最初その言葉を聞いた瞬間、「ズボラ」のことかと一瞬思ったほどでした。ところが、その意味は、「ちょっとしたボランティア」だということを聞いて、思わずニヤッと笑ったほど、この言葉は実にうまく表現されています。
 テレビでは、ゴミを「燃えるゴミ」、「燃えないごみ」、「資源ゴミ」といった具合に分別している男の姿が放映され、スポンサーが「公共広告機構」となっていますので、職員の皆さんも知っている方が多いと思います。
 私も最近「ちょボラ」の体験をしたことがあります。それは自動車学校から山之口駅まで送ってもらう途中、運転していた段さんに「ちょボラという意味を知っている。?」と聞いたところ、「ちょっとしたボランティアのことでしょう。」という答えが返ってきましたから、若い人はさすがだなと感心したところです。
 そういう話をしていて、ふと右側の歩道を見たところ、男の人らしき人がうつぶせに倒れている姿が目に入ってきました。歩道上ですから交通事故ではなさそうですが、動こうとしませんので、瞬間「病人では?」と考えたのです。段さんもその姿に気付き、すぐさま車を道路端に止め、「様子を見てきます。」と走って行きましたので、私もその後ろからついていってみました。歩道上に倒れていたのは、男の老人で、顔や手足には擦り傷があちこちついていました。声をかけると、その老人は「足がいうことを効かず、転んでしまった。」と答えましたので、交通事故ではなかったと一安心はしましたが、靴は脱げたままで靴をはこうとしてもままならない様子で、とても自分で立ち上がれそうにありませんでした。そこで、その老人の自宅を聞いたところ、すぐ近くであることがわかり、学校の自動車に乗せて送ってやったのです。
 「ボランティア」というと、介護士のように何か資格が必要な感じがしますが、その必要は全くないようです。人が困っている姿を見たら、何かお手伝いをするのが、ちょっとしたボランティア、「ちょボラ」ではないでしょうか。
 この言葉を覚えてからは、自動車学校からの帰り、山之口駅構内の掃除をしたり、道路上に投げ捨てられた空き缶を拾うことや道路を横断するのに困っているお年寄りを見かけたとき、横断しやすいように誘導することも自然と出来るようになり、心にゆとりが出来たようです。

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2003年02月19日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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