校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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早とちり

 人の性格というものは、歳をとっても変わらないものといわれていますが、実は私もそう思っているところです。私は男五人、女一人の六人兄弟の三男に育ったせいか、母親からは、今でも「お前は、小さい時から早とちりする子供だった。」と言われ続けています。
 それというのも、私は、太平洋戦争中から戦後にかけての最も食糧難の時代に育ちましたから、食べ物を食べる時は、それこそ競争でした。食事中テレッとしていますと、たとえ兄弟であっても、直ぐ目の前の食べ物を奪われてしまうほどの状態でしたから、とにかく、「他人より早く行動を」という気持ちが、他の兄弟よりも強かったように記憶しています。
 小学校に入学してからもその性格は直らず、度々失敗していました。例えば、先生が生徒から回答を求めようとして問題を出そうとすると、まだ問題が終わらないうちに、「ハイ、ハイ」と手を挙げ、指されると「わかりません」と素直に認めたことが度々あり、随分先生を困らせたようです。
 私のこの「早とちり」は、どうやら私の子供にも遺伝したようで、長男が小学生の時、授業参観に行ったところ、先生が問題を出し、まだ全部が終わらないうちに、元気よく手を挙げ、指されても答えることが出来ず、見事に失敗したことがありましたが、その光景を見て昔の私を見る思いがしました。このような失敗はザラで、このほか、カルタ取りは「早とちり」によるオテツキが多く、いつも負けてばかりました。
 その中でも、今でもはっきりと覚えている大失敗事例があります。それは小学3年生の時のことでした。算数のテスト問題が出され、それを見た瞬間、すっかり足し算の問題だとばかり思い込み、他の誰よりも早くその問題を解き、意気揚揚と教室を出たのです。もちろん、私の性格から回答内容を見直すということは、しませんでした。私としては、回答に手応えがあり、満点だろうとすっかり信じていたのです。
 ところが、テストの結果が返って来ましたが、なんとその点数は、見事「0点」でした。無理もありません。私が足し算とばかり信じ込んでいた問題は、実は引き算だったのです。これですっかり算数が嫌いになり、今でも引き算は苦手です。
 私の「早とちり」の性格は、60歳を過ぎた今でも変わらないようで、先日も失敗をやらかし、都城自動車学校に大きな迷惑をおかけしました。
 それは、年末に県の自動車学校協会から「年末年始の休暇予定表」の調査書類が来た時のことです。管理者宛になっており、内容をザッと見た瞬間、いつもの私の悪い「早とちり」の癖が出てきまして、その調査書類を「管理者の年末年始の休暇予定表」と即断してしまったのです。
 そこで、私が自動車学校に出社する日だけ○をし、協会に回答したのです。当然私は土曜日、日曜日は出社しませんので、調査票の○印は少なくなります。ファックスでこの調査結果を見た協会の職員が、一目で記入間違いであることを見抜き、コッソリ再調査の電話があったということでした。それを聞いた瞬間、まさに穴があったら入りたい心境でした。
 こんな性格は直したいと考えていますが、先が短く、どうも無理なようです。

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2003年04月30日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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