校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2003年09月 アーカイブ

2003年09月01日

身だしなみ

 NHKのアナウンサーに石澤典夫という人がいます。ここ数年、夕方7時からのニュースは殆どこの人が担当しており、いわばNHkテレビの顔的存在のアナウンサーです。
 この人の良いところは、声は落ち着いて聞き易いことはもちろんですが、何といっても背広等の着こなしが素晴らしいことと、見ている者に清潔感を与えるということです。男性の私が見ても感じが良く、思わずニュースに引き込まれる雰囲気を持ったアナウンサーです。さすがはNHkがゴールデンタイムに選んだだけの価値があります。
 しかしながら、同じNHKでも宮崎放送局となると、時々テレビ画面を見ていて、不愉快な思いをする若手のアナウンサーを見かけることがあります。ラジオの声を聞いていると、落ち着いた聞きやすい声ですが、テレビで見たら不潔な感じがして、いっぺんに嫌になったアナウンサーがいました。
 どこが不潔かと言いますと、もみ上げが長いうえに、髪の毛は長くてボサボサしており、まるで、「山猿」という感じで、おまけにネクタイが派手で、これがNHKのアナウンサーかなと疑問に思ったことがありました。鏡もあることだし、テレビに出演する前に、自分の顔等を見れば、一見してわかるはずですし、チェックする人はいないのかなと、テレビを見ながら一人ブツブツつぶやいている有様です。これでは面白くありませんので、そのアナウンサーが画面に出たときは、チャンネルを変えることにしています。
 このように「身だしなみ」の善し悪しは大切なことですが、特にお客さん相手の仕事をしている人にとっては、常に心がけておかなければならないことではないかと思います。
 都城自動車学校に入校してくる生徒さんの様子を見ておりますと、ホールの壁に張ってある「インストラクターの顔写真」を見ながら、自分の指導員を選んでいるようです。インストラクターの中には、若い指導員もいれば、生徒さんの父親位の指導員もいますが、どの顔もニコニコしていてとても優しい感じを受けますし、清潔感があるようです。
 ところが生徒さんの立場になって見ますと、いざ教習になり、自分の担当となった指導員と車に乗り、指導を受けた時、最初のイメージ通りの指導員であればよいのですが、これが髪がボサボサで油気がなく、顎鬚も伸び放題、おまけにニンニクの口臭があったとしたどうでしょう。私だったら、「何でこんな学校に入校させたんだ。」と怒鳴り込むかもしれません。
 しかし、生徒さんは指導員から教えを受ける弱い立場にありますので、こんな指導員から指導を受け、心の中では嫌な思いをしていても、言葉で言い表すことが出来ずに、そのまま教習を受けている人がいるかも知れません。
 そのため、都城自動車学校では、教習時間ごとに生徒さんからアンケートを書いてもらっていますが、書けない人もいるはずですから、指導員一人一人が自分の「身だしなみ」が十分かどうか、鏡を見て確認する癖をつけましょう。

2003年09月08日

話の導入

 小学校等の授業を行う場合の教育用語に「導入」、「展開」、「まとめ」という言葉がありますが、自動車学校でも学科教習の授業を行いますので、この教育用語が使われています。
 その中でも「導入」の部分は、わずか数分間ですが、次に展開される授業にうまくつなげるためには、欠くことの出来ない重要な項目です。従って「導入」でどのような話をしようかと、学科教習指導員の方は常に頭を悩ませているのではないでしょうか。
 私が中学生の頃を振り返って見ますと、いろんなタイプの先生がいましたが、その中でも「導入」の話がうまい、社会科の先生がいたことを思い出しました。
 その先生の「導入」は、いつも、その日の新聞に掲載された記事が話題で、その内容も社会面だけでなく、政治、経済、スポーツと幅広く、例えば芥川賞作家が決まった場合は、「昨日、芥川賞受賞作家が決まったが、誰でどんな作品だったかな。」とつぶやくように言いながら生徒達の顔を見回されるのです。
 私には、その質問が予想されていましたから、受賞作家の名前と作品名をやや遠慮がちに答えると、「そうだ、よく知っていたね。」と直ぐほめて頂きました。お陰様で、余り勉強の方は得意ではありませんでしたが、この先生の社会科の授業だけは大好きでした。
 逆に、「導入」の部分がなく、いきなり授業に入る先生もいました。その先生は、授業開始のベルがなるや否や、教室に入ってこられる国語の先生です。この先生は、礼をして生徒達が席に座ると直ぐ、「今日は何ページから始めます。前の授業はどんな内容だったかな。谷口君」」といった調子で、すかさず質問され、「導入」もへったくれもないのです。
 私はまだ教科書のページを開く等の準備も出来てなく、「もう少しゆっくり来られればいいのにな」位しか考えていなかったので、当然、前の授業の内容等即座に答えることは出来ません。こんなことがあってからは、この国語の先生が嫌になり、私の国語の成績も芳しくなかったようです。
 このように、授業には「導入」が必要ですが、こんな話はいかがでしょうか。それは「ヘチマの名前の由来」という話です。
 ヘチマは、江戸時代の始め頃、中国から伝わったウリ科の一年草で、実は食べられませんが、茎の液は化粧水にされたり、海綿状の繊維はアカスリ用に使われる等、日本人にとっては身近な植物です。
 このヘチマは、日本に伝わった当初は、「糸瓜(いとうり)」と呼ばれていましたが、いつのまにか「い」が省略され、「とうり」と呼ばれるようになったそうです。しかし「とうり」では、余りにも味気ない名前ですので、江戸の人が名前を変えることにしたそうです。あれこれ名前が出ましたが、「と」とは、「いろはにほへとちりぬる・・」という「いろは歌」では、「へ」と「ち」の間にありますので、「とうり」のことを「ヘチマ」と呼ぼうじゃないかということになったそうです。それにしても江戸時代の人達は、現代では考えられないような名前を付け替えたわけですが、風流ですね。
 しかし、「導入」はあくまでも「導入」ですから、教習生に受けたからといって長過ぎますと、本題の授業に支障が出てきますので、気をつけましょう。

2003年09月17日

読書

 ある生命保険会社が行ったアンケート調査によりますと、最近は若者はもちろんのことですが、大人までが読書する時間が少なくなっているそうで、新聞に目を通さない人が段々増えて来ているという結果が出ています。そう言われて見れば、私が通勤に利用している電車の中でもその傾向があります。
 私は宮崎駅から山之口駅まで約50分の時間は、いつも本を読むようにしています。電車を利用している人のうち、読書をしているのは、ほんのわずかな人です。専門学校に通う人達や旅行客と思われる者の殆どは、携帯電話のメール打ちに夢中になっているか、お喋りしているかで、中には口をポカンと開けて居眠り中の人も見かけます。
 実は私も、電車で通勤するようになってから、読書する時間が多くなったのです。それまでは、私も余り読書する方ではなかったのですが、電車で通勤し始めた頃、電車から見える景色だけでは満足せず、時間つぶしにと思って始めたのが読書です。
 幸い自宅から車で5分位の所に県立図書館がありますので、読む本はいくらでもあります。今では週に2回位、図書館を利用していますが、借りている本は、小説か随筆が殆どです。その小説もどちらかといえば推理小説が大好きで、これまで約100冊以上は借りていると思います。
 私の場合、読書の利点といえば時間つぶしはもちろんのことですが、本を読むことによって気持ちが落ち着き、その日にやるべき仕事の段取りがスムーズに出来るということです。また、読書している時に、この「校長のひとり言」のテーマがひらめいてくることもあります。
 ところで、最近小・中学校はもちろんのこと、高校でも授業の始まる前の10分間、自分の読みたい本を自由に読む「朝の読書」を実施している学校が多くなっていますが、「生徒達の心を落ち着かせる」、「学校全体の雰囲気が変わった」という効果が出て来ているようです。
 この「朝の読書」を提唱したのは、千葉県の高校教諭「林 公(ひろし)さん」ですが、今から14年前、林先生が勤務していた学校は、どちらかといえば学力は低く、様々な問題を抱える学校だったそうです。「この子達を何とかしてやりたい」と考えた先生は、かねてから読書が心に与える影響を信じ、同僚の先生の協力を得て始めたのですが、最初は反発する生徒もおり、順調ではなかったようです。
 しかし、始めてから1年たたないうちに、学校全体の雰囲気が明らかに変わったそうです。あれほど騒いでいた生徒達が、本を読むことに熱中し、生徒間では自然に本の話題が出るようになったということです。また、いじめや問題行動も驚くほど減り、それに伴って学力も上がったということです。
 このように読書をするということは、心が落ち着きますし、仕事をする上で何らかのプラスになるようですから、職員の皆さん方も朝の忙しい時間を何とかして工面して、今日から実行してみませんか。「継続は力なり」と言いますが、日々の努力があなたの貴重な財産になるはずです。

2003年09月22日

サンキュー事故

 日常発生する交通事故には、いろいろな形態があります。例えば、追突事故、出会い頭の事故、直進車と右折車との事故等数多くありますが、その中で、「サンキュー事故」というのがあります。
 この事故は、渋滞中の交差点で、右折しょうとして交差点の中央部で待っていた車が、対向の直進車のドライバーが気を効かせ、右折車に進路を譲って停止してくれたので、喜び勇んで右折したところ、進路を譲ってくれた車の横を進行してきたバイク等と衝突する事故です。
 このような事故は、進路を譲ってくれたドライバーに感謝し、「ありがとう」つまり、「サンキュー」という意味が込められていますので、「サンキュー事故」と呼ばれています。右折車のスピードがあまり出ていませんから、接触事故や軽微な事故だけで済みそうですが、相手の車両がバイクの場合が多いため、意外と死亡事故や重傷事故になる場合があるようです。
 交通事故が発生する様子を、自分の眼で見る機会はそう度々ありませんが、先日の朝、偶然にもその「サンキュー事故」が私の眼の前で発生し、その一部始終を見ることが出来ました。
 私は毎朝、自宅から宮崎駅までの6キロ位を自転車で通っていますが、全て自転車道路を通りますので、出勤のため渋滞している車両の横を、スイスイと進むことが出来ます。
 自宅を出てから約5分走ったところ、片側1車線の道路はいつものように渋滞しており、車を運転している人は大変だなと思いながら、自転車のペタルを踏み続けていますと、直ぐ後ろの方からバイクの音が聞こえてきました。私の直ぐ横に来た時、そのバイクを見ると、ヘルメットを被っていましたが、まだ若そうな男の人のようでした。
 そのバイクは、渋滞している車と自転車道路があるガードレールとの間の狭い道路をスピードを出して進行していきますので、「無茶な運転をする人だな。事故を起こさなければいいがな。」と思い、再び視線を前の方に向けたところ、約50メートル先に小さな交差点が見え、その道路に向けて対向車線の車が1台、右折しようとしている姿が目に入ってきました。
 その姿を見た瞬間、バイクのスピードが出ていましたので、「危ない。サンキュー事故が発生する。」と思い、叫ぼうとしましたが間に合わず、私の数メートル先で、「ガチャン」という音がして、右折中の軽自動車とバイクが衝突し、バイクに乗っていた若者が、数メートル先に跳ね飛ばされたのです。
 「重傷事故かな」と思い、自転車を止めてその若者が倒れている側に駆け寄ったところ、幸いその若者は外傷もなく、「大丈夫です。」と言って直ぐ立ち上がりましたので、大事に至らずホッとしました。
 衝突した軽自動車の運転者も直ぐ若者の所に駆け寄ってきて、「大丈夫ですか。」と声を掛けていましたが、その運転者は若い女性で、車には「初心運転者マーク」が付いていました。
 道路を譲ってくれたことに感謝し、喜び勇んで右折するとこんな事故になりますので、つくづく「安全確認の大切さ」を感じたところでした。

2003年09月29日

妄信

 広辞苑によれば、「妄信」とは、「わけもわからず信じ込むこと」という意味だそうですが、最近、この「妄信」に関する失敗事例がありました。
 それは、私は約30年前から持病として「痛風」がありますので、毎朝、尿酸値を抑える「ザイロリック」という薬を服用していますが、その薬は、現在、自動車学校近くの病院でもらっています。
 先日、2週間分の薬がなくなりましたので、病院に行ったのです。私の場合、2週間に1回、定期的に薬をもらっていますから、毎回は医師の診断を受けず、いつもは窓口で医師の処方箋をもらい、それを近くの調剤薬局に持って行き、薬をいただくようにしています。
 その日も直ぐ、窓口の事務員が処方箋を書いてくれましたので、いつものことであり、まさかその処方箋が他人のものとは全く考えもしませんでした。てっきり私の処方箋と「妄信」し、その内容を確認せずに代金を支払い、そのまま、近くの調剤薬局に行き、その処方箋を薬剤師に渡したのです。
 しばらくして「谷口さん」と私の名前が呼ばれ、薬袋に入った薬袋を渡されました。普段私は薬を受け取る時は、いつも服用している薬かどうか中身の薬を取り出して確認していたのですが、そのときは魔がさしたのか、何故か中身の薬を取り出し、確認をする行為をしなかったのです。ただ、いつもの薬袋よりやや膨らんでいましたが、それは最近医師法が改正になり、1か月分の薬を出せるようになったと聞いていましたので、そのため、いつもより薬が多いのかなと思っていたのです。
 その翌日の朝、いつものように薬を服用しようと思い、薬袋から前日にもらった薬を取り出したところ、私がいつも服用している白い「ザイロリック」という薬と違い、赤色や青色の薬が入っていたのです。「おかしいな。薬が変わったのかな。」と思いながら、ふと、その薬袋の「患者の名前」欄を見たところ、そこには、名前が同じ「谷口」でも、私の名前とは全く違う「谷口正」という名前が書いてありました。つまり、その薬袋は他人の薬だったのです。
 さっそく、その日、調剤薬局に薬袋を持って行き調べたところ、間違っていたのは調剤薬局ではなく、「処方箋」を書いた事務員の誤りであることがわかりました。
 事務員の説明によりますと、たまたまその頃、同じ自動車学校の谷口正指導員が風邪を引いてその病院で診察を受けており、事務員は私が差し出した健康保険証を見て、同じ自動車学校だったので、私を谷口正指導員と勘違いしたそうです。そこで、「谷口正」のカルテ」を取り出し、処方箋を書いてしまったということでした。
 事務員の女性は、「私の勘違いでした。誠に申し訳ございません。」と今にも泣きそうな顔で、平身低頭に謝られましたが、私の方にも、「いつの通りの薬」という思い込みがあり、薬袋の中身を確認しなかった落ち度がありましたので、事務員の方には、気にしないよう伝えたのです。
 人を信用することも大切ですが、中にはこんな間違いもありますので、今後は「妄信」しないよう反省したところでした。

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