小学校等の授業を行う場合の教育用語に「導入」、「展開」、「まとめ」という言葉がありますが、自動車学校でも学科教習の授業を行いますので、この教育用語が使われています。
その中でも「導入」の部分は、わずか数分間ですが、次に展開される授業にうまくつなげるためには、欠くことの出来ない重要な項目です。従って「導入」でどのような話をしようかと、学科教習指導員の方は常に頭を悩ませているのではないでしょうか。
私が中学生の頃を振り返って見ますと、いろんなタイプの先生がいましたが、その中でも「導入」の話がうまい、社会科の先生がいたことを思い出しました。
その先生の「導入」は、いつも、その日の新聞に掲載された記事が話題で、その内容も社会面だけでなく、政治、経済、スポーツと幅広く、例えば芥川賞作家が決まった場合は、「昨日、芥川賞受賞作家が決まったが、誰でどんな作品だったかな。」とつぶやくように言いながら生徒達の顔を見回されるのです。
私には、その質問が予想されていましたから、受賞作家の名前と作品名をやや遠慮がちに答えると、「そうだ、よく知っていたね。」と直ぐほめて頂きました。お陰様で、余り勉強の方は得意ではありませんでしたが、この先生の社会科の授業だけは大好きでした。
逆に、「導入」の部分がなく、いきなり授業に入る先生もいました。その先生は、授業開始のベルがなるや否や、教室に入ってこられる国語の先生です。この先生は、礼をして生徒達が席に座ると直ぐ、「今日は何ページから始めます。前の授業はどんな内容だったかな。谷口君」」といった調子で、すかさず質問され、「導入」もへったくれもないのです。
私はまだ教科書のページを開く等の準備も出来てなく、「もう少しゆっくり来られればいいのにな」位しか考えていなかったので、当然、前の授業の内容等即座に答えることは出来ません。こんなことがあってからは、この国語の先生が嫌になり、私の国語の成績も芳しくなかったようです。
このように、授業には「導入」が必要ですが、こんな話はいかがでしょうか。それは「ヘチマの名前の由来」という話です。
ヘチマは、江戸時代の始め頃、中国から伝わったウリ科の一年草で、実は食べられませんが、茎の液は化粧水にされたり、海綿状の繊維はアカスリ用に使われる等、日本人にとっては身近な植物です。
このヘチマは、日本に伝わった当初は、「糸瓜(いとうり)」と呼ばれていましたが、いつのまにか「い」が省略され、「とうり」と呼ばれるようになったそうです。しかし「とうり」では、余りにも味気ない名前ですので、江戸の人が名前を変えることにしたそうです。あれこれ名前が出ましたが、「と」とは、「いろはにほへとちりぬる・・」という「いろは歌」では、「へ」と「ち」の間にありますので、「とうり」のことを「ヘチマ」と呼ぼうじゃないかということになったそうです。それにしても江戸時代の人達は、現代では考えられないような名前を付け替えたわけですが、風流ですね。
しかし、「導入」はあくまでも「導入」ですから、教習生に受けたからといって長過ぎますと、本題の授業に支障が出てきますので、気をつけましょう。






