校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2003年10月 アーカイブ

2003年10月06日

第一印象

 私は自動車学校からの帰り道、宮崎市内の「宮崎自転車店」に立ち寄り、その店を経営している兄弟と世間話等をすることがあります。
 ある日、夕方その店に立ち寄ったところ、兄弟のうち、兄貴の方から「谷口さん、Aさんという人を知っていますか。」と聞かれたのです。Aさんは、以前私が勤めていた職場に勤務していた人で、既にその職場を退職していますが、私が住む団地に住んでおり、今でも時々ゴルフ練習場で出会うことがあります。
 そこで、「知っているよ。先日もゴルフ練習場で出会ったばかりだ。最近退職し、現在は会社勤めをしている。」と返事したのです。
 すると、「Aさんには、子供さんの自転車を何台か買ってもらったことがあり、知っている。ところがご主人の方は、今まで話をしたことがない。最近、店の前をそのAさんが自転車に乗って帰る姿を見かけるが、店の中を眼鏡越しにジロリと睨むように見られるので、挨拶をして良いかどうか迷っている。」と話してくれたのです。
 Aさんの顔を思い浮かべましたが、Aさんは私に比べて身体も大きく、それによく言えば男らしいのですが、何せ鬼瓦のような顔をしておりますので、確かに「第一印象」は余り良くないのです。しかしながら、Aさんの性格は顔と全く反対で、付き合ってみると、裏表がない、いわゆる「良い人」なのです。
 そこで、「Aさんは、とっつきにくいような顔をしているが、付き合ってみると、そうでもないよ。今度会ったら、あんたの方から挨拶をしてみたら。」と、積極的に挨拶することを勧めたのです。
 それから数日後、宮崎自転車店に立ち寄ったところ、宮崎さんは、「人は見かけによらないですね。先日、Aさんが店の前を通られたので、谷口さんが勧められたとおり、思い切って私の方から声をかけたら、ニッコリされて挨拶をしてくれた。」とうれしそうに話をしてくれたのです。
 このように誰でも初対面の時は、その人の顔つきや話し振り等で判断しますので、「第一印象」は非常に大事です。
 都城自動車学校では、入校した教習生が、自分の指導員が選べるよう、ロビーに「インストラクター」の写真を掲示しています。写真を見ると、どの指導員の顔も、「これが自分の一番の顔だ。」といわんばかりに、ニコニコ微笑んでいるようです。
 ある日、そのインストラクターの写真を見ている女子学生二人がいましたので、その子達の後ろからその様子を見ていると、「この先生が優しそうね。」とか、「この先生は怖そうね。」と言っております。その写真を見ると、怖そうだと言われた指導員は、中年の指導員でした。なるほど、その指導員は笑顔こそ見えますが、若い人から見れば怖そうな顔つきに見えたのでしょう。しかし、熱心な指導振りで、卒業した教習生からは親しまれている指導員です。
 卒業生のアンケートを見ましても、この怖そうな顔をした指導員については、「熱心に教えていただき、ありがとうございました。」という感想が書かれているのを度々見かけることがあります。
 こうなると、インストラクターの写真による「第一印象」もあまりあてにはならないようですが、やはりどうしても初対面の時は、「第一印象」を大事にするようですから、良い印象を持たれるよう心したいものです。

2003年10月16日

眼瞼下垂

 65歳以上の高齢者が起こす交通事故の中で、最も多い事故の形態は、「交差点における出会い頭の事故」だそうですが、その原因は「安全不確認」となっています。しかしながら、事故の内容をつぶさに検討してみますと、高齢者には、単純に「安全不確認」だけでは済まされない、様々な要因があるようです。
 その一つが、「動体視力の低下」です。それは、高齢者になればなるほど、動くものを捕らえる視力、いわゆる「動体視力」が低下しますので、近づいて来る車の速度の判断を見誤る場合が多いということです。
 さらに、もう一つの要因が「眼瞼下垂」なのです。ある日、中央研修所で「高齢者講習指導員」の講習を受けた幾田検定員と「高齢者事故」のことについて話をしていたところ、同検定員から「これは中央研修所で学んだことですが、高齢者になると、瞼が段々下がって見えにくくなり、目線より上の物、例えば標識、信号機等を見落とすことがあるそうです。」ということを聞いたのです。そのようなことがあるのかなと半信半疑でしたが、その話を聞いた数日後、朝散歩中、ラジオから「眼瞼下垂」の話が流れてきたのです。
 内容は、人間は35歳を過ぎると、眼瞼つまりマブタが下がってきますが、これは本人は全く気がつかないそうです。高齢者になると、額に何本も皺(しわ)がある人を見かけますが、これは、瞼が下がってきてよく見えないので、無意識に眉を上げて見ようとしますから、自然と額に皺が出来るということでした。
 それから数日後、、これを裏付けるような場面に遭遇しました。それは、日曜日の昼間、妻を助手席に乗せて私の実家に帰る途中、郊外の交差点に差し掛かったところ、前方の信号機が「赤」になりましたので、交差点の手前で停止したのです。私は前方の信号機が変わるのを待っていますと、私が停止して約20秒位経った頃、対向車線を私の方向に走行してくる1台の軽自動車が見えました。
 ところが、その車は交差点が近づいたのに、全くスピードを落とそうとしないのです。私の眼の錯覚かなと思いながら、前方の信号機を見たところ、やはり「赤」でした。
 そのとき、私が停止している左側の方からダンプカーが近づいてくるのが、私の視野の中に入ってきました。ダンプカー側から見れば、当然信号は「青」ですから、このままの状態では交通事故になると思い、軽自動車とダンプカーの双方に知らせるため、クラクションを思い切り鳴らしたのです。
 けたたましいクラクションだったので、ダンプカーの運転手はこれに気付いて急ブレーキをかけ、交差点の手前で停止しましたが、軽自動車の方は全く気付かないのか、スピードを落とさず交差点を通過してしまったのです。私の直ぐ横を通るとき、軽自動車の運転席を見ましたが、運転していたのは70歳代の男性で、助手席の妻らしい女性とニコニコ笑いながらの運転振りであり、自分が信号無視したことに全く気付いていないようでした。
 このように高齢者になると、様々な運動能力が低下しますので、今後の高齢者講習では、運転者自身にこの衰えを自覚させることが必要のようです。

2003年10月24日

フン公害

 私は、朝と夕方、住んでいます平和が丘団地の周辺や団地の近くにあります平和台公園等を散歩するのを日課としていますが、足元を良く見ていないと、たまに犬のフンを踏むことがあります。
 人間のフンや猫のフンと違い、犬は日頃、ドッグフードを食べていますから、そのフンはサラサラとしていますが、それでも踏みつけると、嫌な感じです。夏等の日の出が早いときは、足元が良く見えるから良いのですが、冬等のように日の出が遅い時には、歩道上は暗いので、防犯灯の明かりを頼りに、下を向きながらの散歩になりますから、とても清々しい気持ちにはなれません。
 団地内にも犬を飼っている人はたくさんおり、私が散歩中にもその姿を良く見かけます。大概の人が犬のフン処理のため、ビニール袋や新聞紙等を持っており、犬がフンをしようとすると、すかさずしゃがみこんでいる犬の尻の下に新聞紙を敷き、その中にフンをさせる人もいます。こんな時、フンをしている犬の側を通ったことがありますが、フンをしようとして一生懸命気張っている犬が、チラッと私の方を見て、いかにも恥ずかしそうにしていたことがありました。フンをしている様を飼い主以外の人間に見られ、とても恥ずかしかったのかもしれません。
 又、犬がフンをしたあと、新聞紙やちり紙でそのフンを綺麗に処理している人もいますから、本来は歩道上に犬のフンはないはずですが、それが絶えないのはなぜでしょうか。その答えは簡単でした。それは、日中明るく、人が見ている所で犬を散歩させる人は、きちんとフンを処理しますが、日の出前や夜散歩させる人の中に、フンを処理していない人がいるからです。
 それを裏付けるような光景を見たことがあります。ある夜、散歩中、犬を散歩させている人に出会いました。その人は手にビニール袋を持っておりましたので、フンの処理をどのようにするのか興味があり、その人の様子を観察してみることにしました。
 犬はご存知のように臭いを付けるため、おしっこやフンを度々しますが、その犬も数メートル進んでは、この行為を繰り返していました。ところが驚いたことに、その犬の飼い主は全くフンのフンを処理しようとしないのです。手にはちゃんとビニール袋を持っているのですが、それは単なるジェスチャーだったのです。
 当然、その光景を見てあきれましたが、中には、こんな犬の飼い主もあるそうです。それは、私の友達から聞いた話ですが、その人が朝散歩中、犬を連れ散歩中の人に出会いました。見ていると、犬がフンをしたあと、飼い主はそのフンをビニール袋に入れ、ちゃんと処理したのですが、なんとそのフンの入ったビニール袋を、通りかかった他人のゴミ箱の中に、そしらぬ顔をしてポイと投げ込み、そのまま立ち去ったのを目撃したそうです。しかもその飼い主は、元小学校の先生で、現役時代は子供の躾には厳しく、評判だったという人でしたから、とても驚いたということでした。
 今まで、犬の飼い主にそんな不道徳な人はいないものと信じていましたが、このようにビニール袋は持っていても、それは単なる体裁に過ぎないことがわかり、これだからフン公害はなくならないのだなと、いささかガッカリしたところでした。

2003年10月28日

ぎっくり腰

 私達の身の回りでも「ぎっくり腰で痛い思いをした。」ということを良く聞きますが、大日本百科辞典では、「ぎっくり腰」のことについて、「急に腰を上げて起き上がったり、腰を曲げて重い物を持ち上げようとしたりする動作の瞬間に起こる激しい腰痛の俗称で、椎間板ヘルニアのこともあるが、これという原因の認められない場合を突発性腰痛と呼んでいる。」と記されています。
 ある日、教習時間と次の教習時間の間、職員室内の指導員の様子を見ていたところ、岩元指導員の動きが気になりました。顔色はいつもと変わらないようですが、考えごとをしているのか何か浮かぬ様子で、時々眉間に皺を寄せる時があります。それに、立ち上がろうとするときの動作がどうも緩慢です。
 何か心配事があるのではないかと思い、思い切って尋ねてみますと、「ぎっくり腰です。今朝、家の中で急に立ち上がったとき、腰を痛めました。一寸痛みはありますが、教習のほうは大丈夫です。」と言って椅子から立ち上がりましたが、腰は伸びきらず、まるで、「おじいさん」のようです。
 その姿を見て、私もかって「ぎっくり腰」の経験があり、そのときの腰の痛さを思い出しました。それは私が28歳の頃でした。その頃、家を新築したばかりでしたが、花壇の周りに置く石が必要になり、川から重さ3キロ位の石を数個、運んできたのです。
 その石を車から降ろすとき、不用意にひょいと持ち上げたところ、腰付近に激痛が走り、思わず「アイタッ」と言ってその場にヘナヘナと座り込んでしまったのです。
 しばらくは歯を食い縛りながら痛みをじっと我慢をしていたところ、やがて5分位で痛みが少し和わらいできました。しかし、今度は立ち上がろうとしたところ、腰が伸びず、無理に背伸びしようとすると、又腰に、激痛が走るのです。
 作業を中止し、家に上がりましたが、腰の痛みは益々増してきて、腰にサロンパスを貼っても少しも効果がありません。起きていることが出来ず、布団を敷いて横になり、妻に腰を揉んでもらいましたが、益々痛みは増すばかりです。そこで風呂に入ったら少しは痛みは和らぐだろうと思い、熱い風呂に入り、腰を自分で揉んだりして我慢をしながら長時間入っていましたが、全く効果はなく、その晩はそれこそ「ウン、ウン」唸りながら、朝を迎えたのです。
 しかし、朝になっても痛みは治りませんので、仕事を休み、近くの病院に行ったところ、医師の診断は、「ぎっくり腰」でした。
 そこで医師から治療方法を教えてもらいましたが、私が行った治療方法は、全くの逆療法だったのです。つまり、「ぎっくり腰」になったときは、「無理に腰を動かさない」、「患部を冷やす」、「腰巻かコルセットで腰を固定する」というものでした。患部を温めたり、ましてや腰を揉むことは絶対してはいけないことだったのです。
 その後、重い物を持ったりするときは、不用意に持ったりせず、十分腰を落としてから持つように心がけていますので、その後、あの痛い「ぎっくり腰」の再現はありませんが、いつその症状が出るかわかりませんので、細心の注意を払っているところです。

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