校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2003年11月 アーカイブ

2003年11月05日

熱意

 平成15年度の西部地区の「検定員・指導員合同会議」は、平成15年10月27日都城市のメインホテルで開催されましたが、その講習会の中で、受講者にとって一番印象的だったのが、警察本部運転免許課の川?補佐の話でした。
 司会者の紹介を受けて壇上に上がった川崎補佐は、先ずテーブルを横の方にやり、マイクを握って壇の前の方に歩み寄ると、いきなり、「今日の受講者の中には眠っている人も見られた。また、眼を開いていても、他のことを考えているのか、話を聞いていないような人も見受けられた。私は時々質問しますので、そのつもりでちゃんと聴いていてください。」としゃべり出したのです。
 これには受講者の殆どが、ビックリしたようで、私は席の方から受講者の様子をそっと見渡したたところ、思わず姿勢を正す受講者の姿も見られました。それもそうでしょう。ツルツルとした頭とギョロリとした眼、それに堂々とした体格ぶりで、まるで肖像画の「ダルマさん」そっくりの風貌で、いきなり大声で話を始めたのですから、ビックリするのも無理ありません。
 川?補佐の話の趣旨は、「私はこれまで約30年間近く、白バイにも乗っていたし、後輩の白バイ隊員の指導のほか、一般企業や自衛隊員の指導も行ってきましたが、その際、いつも私が気をつけていたことは、指導を受ける人の性格等を瞬時に見抜くということです。これは指導を受ける人の挨拶の仕方や話し振り、行動等で直ぐわかります。何故そうするのかと言いますと、指導を受ける人の中には、頭ごなしに言われると極度に緊張する人等様々で、同じように指導すると効果が上がらないからです。皆さんも初心運転者を指導する立場にあるわけですから、その性格に応じた指導を行って下さい。」というものでした。
 その川?補佐の熱弁を振るう姿を見ながら、ふと彼と30数年前、一緒に勤務していた時の光景を思い出しました。それは昭和40年頃でした。その頃私は、憧れていたパトカー勤務になったのもつかの間、追突事故にあって約6ヶ月の入院生活を余儀なくされ、退院後、療養を兼ねて宮崎警察署旭通り交番に勤務していたのです。
 そこに、1年間の警察学校の教養を終え、新任警察官として赴任してきたのが彼だったのです。当時、若干19歳で、眼は現在のようにギョロギョロではなく、クリクリしており、高校生の時柔道をしていたので体格は良い方でしたが、今よりもっとスマートで、そう、頭にはフサフサとした髪の毛があったのです。性格はとても素直でしたが、人と話をするのが苦手で、現在の彼とは思えないほど純情な青年警察官でした。
 その彼が30数年経った現在、これほどの「熱弁」を振るうことが出来るのは、おそらく彼が永年培ってきた仕事に対する「自信」がそうさせたものと思いました。
 受講したどの指導員に感想を聞いても、異口同音に、「熱意が伝わってきました。声の大きさ、間の取り方等学科教習のときの参考になりました。」「話に思わず誘い込まれ、圧倒されました。」という答えが返ってきましたが、「熱意」をもって話をすれば、必ず相手方に「熱意」が通じるということを実感したところでした。

2003年11月11日

決まりごと

 私達の身の回りを見渡すと、社会生活をするためのいろんな取り決め、いわゆる「決まりごと」があります。卑近な例として「ゴミ捨て」があります。
 現在、県内市町村ともゴミ焼却の関係上、地域ごとにゴミ収集日が決められ、さらに、無償であったゴミも、今では有料化、つまり、定められたゴミ袋に入れておかないと、ゴミ収集車が収集してくれないようになっています。
 私が住んでいる地区においても、この形式が取られていますが、例えば、「燃えるゴミ」は毎週月曜日と木曜日、「燃えないゴミ」は毎週水曜日、そして「資源ゴミ」は第2と第4の月曜日といった具合です。そして、ゴミを捨てる場所も「決まりごと」として、各地域ごとに決められてあります。
 このゴミを出す日は、我が家の場合、妻が毎月台所に張ってあるカレンダーに記入していますので、これまで間違ってゴミを出したことはありませんが、ゴミを出す日にその状況を観察してみると、必ずしも決められたようには出されていないのが現状です。
 それは、私は毎朝、約1時間かけて住んでいる平和が丘団地の周囲を散歩していますが、指定されたゴミ捨て場には、「燃えるゴミの日」に、燃えないゴミが出されてあったり、又、指定されたビニールの袋ではなく、スーパーの名前の入ったビニール袋が出してある場合もあります。特に、「資源ゴミ」は、よく間違って出されている場合が多いようです。
 それは、「資源ゴミ」を出す日は、毎月第2と第4月曜日と決められていますが、第1月曜日や第3月曜日の夕方、自動車学校からの帰り、ゴミ捨て場と決められている場所を通りかかると、ビールの空き瓶等が入った「資源ゴミ」がゴミ収集車に収集されず、そのまま無残な姿で放置されている場合が度々あります。
 その場所はいつも同じ所なのですが、しかも始末の悪いことに、間違って出されたこの「資源ゴミ」は、それから1週間は決まったようにそのままになっています。常識ある人であれば、もし「ゴミ収集日」を間違って出したとしても、その日か翌日頃には間違いに気付き、一旦出した「資源ゴミ」を自宅に持ち帰るものです。それが放ったらかしの状態にしているところからすると、よほどゴミ収集に無関心な人か、あるいは他の地域の人が通りがけに捨てたのかもしれません。
 各地域のゴミ捨て場は、大体道路の角に設けられていますが、そのゴミ捨て場となっている家の立場からすれば、非常に迷惑なことだと思います。
 このゴミ捨て場については、私がいつも利用しているJR山之口駅構内に設置されているゴミ箱の中の様子を見てみますと、やはり決められたようにゴミは捨てられていないようです。ゴミ箱には、「空き缶入れ」、「燃えるゴミ入れ」、「燃えないゴミ入れ」等と表示されていますが、捨てられた中のゴミを見てみると、「空き缶入れ」の中に紙くずが入っていたり、空き缶が「燃えるゴミ入れ」の箱に入っていたりすることがしょっちゅうあるようです。ゴミ収集する人のことを考えれば、区分されたゴミ箱の中にキチンと入れるよう心がけたいものです。

2003年11月17日

精神力

 ゴルフは、「メンタルなスポーツ」と言われていますが、自分でプレーしてみると、つくづくその意味がよくわかります。例えば、池越えの場所からグリーンを狙おうとしたとき、グリーンの手前にある「池」がどうしても気になるときがあります。例え打ち損なってボールが池に入ったとしても、一打罰で次のプレーをすれば良いわけですが、いざクラブを構えて打とうとすると、「ひょっとしたら・・・」という考えが、頭の中を駆け巡ります。
 このような時、私のこれまでの体験からすると、大概失敗しています。それは、ボールを打つ前に顔が上がり、つまりヘッドアップの状態になり、クラブがボールの手前をたたいたり、あるいはボールの頭をたたいてしまい、「しまった」と思ったときは、「とき既に遅し」で、ボールは無情にも池の中に入ってしまうわけです。
 又、パットのときもこんな失敗をする時があります。それは、カップまでわずか30センチの距離しかなく、簡単に入りそうなのに、いざパターを構えた時、「ひょっとしたら、カップを外すではないか」と何か嫌な予感がする時があります。このような不安定な状態のままプレーすると、必ず失敗するのです。
 そこで、このような時は、パットを打つのを止めて、もう一度ボールのラインを見直し、仕切り直しをしてからプレーするように心がけています。
 又、あるシングルプレーヤーから、パットを打つときには、「必ず入るという気持ちをボールに伝えないと失敗する」と教えられ、それを忠実に実行しようと努めていますが、それでも同じ失敗をするのは、私に「強い精神力」が不足しているのかもしれません。
 「精神力」といえば、自動車学校における検定試験、特に仮免の時、連鎖反応を起こすのか、受験者が同じ所で、同じ失敗をすることがよくあります。
 例えば、1番目の受験者が、坂道発進の所で車が逆行してあえなく「検定中止」となるとします。すると、その場面を後部座席で見ていたはずの2番目の受験者が、坂道発進の所で同じようにしてズルズル車が後退してしまい、これもあえなく「検定中止」となる場合があります。これまでの検定結果では、3人続けて同じようにしたのが最高のようですが、何故連鎖反応を起こすのでしょうか。このことが気になり、2番目に失敗した受験者にその理由を聞いてみると、次のような答えが返ってきました。
 それは、「練習では一度も失敗したことがないのに、いざ自分の順番となり、その場所に来ると、前の人が失敗した場面を思い出し、『ひょっとしたら、自分も失敗するのでは・・・』という気持ちになるそうです。そう思った途端に、緊張して手足が動かなくなり、いつのまにか同じ失敗をしてしまった」ということでした。
 こう見てくると、検定試験失敗の原因も、どうやら受験者の「精神力不足」のようですが、これを克服するためには、生徒さんに「自分は練習したから大丈夫だ」という自信を持たせることが必要のようです。

2003年11月27日

油断大敵

 来年のアテネ五輪代表選考会を兼ねた第25回東京国際女子マラソン大会は、平成15年11月16日、東京国立競技場~第一京浜大森交番前折り返しのコースで行われ、エチオピアのアレム選手が初優勝し、マラソン7連勝を狙った日本期待の高橋尚子選手は、残念ながら2位に終わりました。
 「高橋尚子選手」は、シドニーオリンピックの女子マラソンで見事優勝し、国民栄誉賞を受けたマラソンランナーで、「Qちゃん」の愛称で呼ばれており、国民の誰もが知っている人です。 その高橋選手が約1年半ぶりに出場するとあって、どの新聞等を見ても、「高橋、独走の可能性」とあり、当の本人である高橋選手も「練習が十分出来ました。東京の空の下をルンルン気分で走りたい。」と明るい笑顔で語り、また、小出監督も「大会記録の更新は間違いない。この記録を大幅に上回る可能性がある。」等と話していることが報道されており、当日私は、期待を込めてテレビの前に座っていたのです。
 高橋選手は予想通り、スタートの号砲と同時に最初からトップに立ち、他の選手を従えて走り出したので、「これならひょっとしたら世界記録が狙えるのでは・・」とそれこそ胸をワクワクさせながら、テレビ観戦を続けていたのです。
 その高橋選手は折り返しの地点を過ぎると、いきなり加速し、それまでぴったりと2位につけていたアレム選手を引き離し、その差が約400メートルになったのです。その様子を見てテレビ解説者が、「あとは記録だけですね。2時間20分を切りそうですよ。」等と解説するので、私は「高橋選手の優勝間違いなし」と信じたのです。
 ところが、35キロ付近から高橋選手のペースが急に落ち出したのです。口が開き、歩幅が伸びず、弱々しい足取りです。こんな高橋選手の姿は今まで見たことはありません。それに、途中で高橋選手を激励する小出監督の「Qちゃん水を取れ。腕を下げろ。」という悲痛にも似た声がテレビから聞こえてきたので、「もしや・・」と思っていたところ、案の定、あんなに離れていたアレム選手との差が見る見るうちにつまり、遂に40キロ付近で並ばれてしまったのです。高橋選手のことですから、ある程度アレム選手についていくだろうと、一途の望みを持ってテレビの画面を見ていたのですが、もう追いつく走力は高橋選手には残っていませんでした。
 ゴール後のインタビューで、高橋選手は「スタミナ不足でした。終盤足が棒のようになってしまった。」と申しわけなさそうに身を縮めていましたが、今回の失敗の原因は、自動車で言えば、燃料不足、つまりガス欠だったようです。高橋選手の絶好時の体重は45キロだそうですが、今回のレース前には約2キロ減っており、監督も「僕が油断した。2,3日前も今朝もあまり食べないので一寸気にしていたのだが。・・」と敗戦の弁を述べており、どうやら高橋選手はもちろんのこと、あの百戦錬磨の小出監督にも「油断」があったようです。
 これで高橋選手のアテネ行きが絶たれたわけではありませんので、今回の失敗を踏まえて調整に努め、来年3月の名古屋大会では、堂々と代表の座を射止めて欲しいと願っているところです。

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