私が毎朝聞いているラジオ番組の中の一つに、生島ヒロシさんの「おはよう一直線」というのがありますが、ある朝、その番組のスペシャリストとして落語家の「桂小金治師匠」が出演していました。
桂小金治さんは、もともと落語家ですが、テレビが国民に普及し始めた昭和40年代、テレビ番組の司会者として活躍した人ですが、その中でも「それは秘密です」という番組は視聴率が高く、数年間続いた番組だったと記憶しています。
桂小金治さんは、「ダジャレの小金治」だとか、「泣きの小金治」とも言われる落語家ですが、この朝も生島ヒロシさんが、「師匠、一番短いシャレはなんですか」とマイクを向けられると、すかさず、「川のほとりで人が倒れました。ドテー(土手のこと)」と瞬時に答えられ、聞いていて私も思わず拍手が出たほどでした。
次に生島さんが、「『それは秘密です』の司会をやっておられて、何か印象に残っていることはありませんか」という質問に対し、小金治さんは待っていましたとばかり、次のような思い出話をされました。
「それは秘密です」という番組は、例えば何十年もバラバラになった親子を対面させたり、今やスターとなった人が、子供のとき憧れていた人と対面させたりする番組ですが、この番組の係りに「私は70歳を過ぎ、一人暮らしをしている者ですが、実は40年前、酒とバクチに狂い、家族を捨てて家を飛び出してしまいました。何とか死ぬ前に当時10歳だった息子に会ってお詫びを言いたい。」という申し出があったそうです。
早速係員が相談者と面接し、手分けして探した結果、遂にその息子さんを探し当て、係員が相談者の意向を告げたところ、「今更何を言うのか。飲んだくれの親父のために、残された家族がどれだけ肩身の狭い思いをしたのか、あんた達にはわからないだろう。会いたくもない。殴り殺してやりたい心境だ。」とけんもほろほろの状態だったそうです。そこのところを説得し、ようやく息子さんをテレビに出演させることが出来たのです。
小金治さんは、息子さんがどのような行動に出るのか心配でしたが、いざ番組が始まると、いきなり相談者の親父さんが土下座し、「お前達には大変迷惑を掛けた。今更許してくれとは言えない立場だが、俺も病気のため、あと幾ばくかの命しかない。せめて死ぬ前にお詫びを言っておきたい。」と涙ながらに言うと、息子さんはしばらく黙っていましたが、やがて土下座している親父さんの所に駆け寄り、いきなり親父さんの肩を抱きしめ、ポロポロ涙を流しながら、握り締めていたゲンコツで親父さんの頭をたたく仕草をし、「親父のバカやロー、なんで俺達を捨てたんだ」と言ったそうです。あれほど親父さんのことを恨んでいたはずなのに、そこはやはり血を分けた親子だったのです。
それから数日後、その相談者は永年の思いが遂げられ安心したのか、息子さんの手を握り永久の旅立ちをしたそうです。小金治さんは、「このときの親子の様子が今でも忘れられません。感動しました。」と涙ながらに語ってくれました。
校長のひとり言ブログ|都城自動車学校
« リーダー | メイン | 2年目のジンクス »






