校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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視力障害者

 10年位前までは、一人で電車やバス等の交通機関を利用する視力障害者の姿は全く見られませんでしたが、最近、電車内で見かけることが度々あります。その姿を見ていると、一番大変なのは階段の上り下りのようです。視力に障害のない人にとっては、駅のホームの階段は大して苦になりませんが、これが視力障害者になると大変なようです。
 私が都城自動車学校からの帰り、山之口駅から電車に乗ると、電車の先頭車両の運転席の直ぐ後ろの席に、視力障害者の男性が乗っていることが時々あります。その男性は年齢が35歳位で、黒いメガネをかけ、手には白い杖を持っていますので、一見して視力障害者であることがわかります。私が山之口駅から電車に乗る時は、既にその電車に乗っていますので、おそらく都城駅あたりから乗っているものと思われます。
 私がその男性と乗り合わせ始めたのは、JRのダイヤが改正になった平成15年の10月頃からです。ダイヤが改正になり、日豊本線の電車も新しくなり、ワンマンカーが増えてきましたが、私が乗る電車もそのワンマンカーです。その電車はいつ乗っても運転席の後ろ付近が空席になっており、必然的に私もその席に座りますので、運転席の直ぐ後ろの席に座っている視力障害者の男性の存在に気付いたのです。
 その男性は、山之口駅から二つ目の「田野駅」で降車しますが、「田野駅」の約1キロ手前の所に鉄橋があり、その場所に来るといつも決まったようにリュックを背負い、手に白い杖を持って電車から降りる準備をします。やがて「田野駅」に電車が到着すると、立ち上がって運転席の横に歩み寄り、乗車券を運転士に渡して降車するパターンです。
 「田野駅」では、宮崎方面からの下りの電車の都合で約5分位停車しますので、ある日、その視力障害者の方が電車を降りて、どんな行動をするのか、観察してみることにしました。
 先ず、電車から降りる行動ですが、見ているとこれがなかなか難しいようです。それは、電車とプラットホームの間には、約10センチメートル位の隙間があるからです。その方は、白い杖を使ってその隙間を確認し、無事ホームに降りることが出来ました。それから、杖を頼りに約50メートル進まれましたが、今度は難関の「跨線橋」の50段の階段が待っています。杖で階段の上りの位置を確かめると、左手で階段の手すりを握り、右手に握った杖を巧みに使い、ゆっくり、ゆっくりと階段を上って行きます。
 やがて階段を上りつめると、疲れたのかしばらく休んだあと、またゆっくりと歩を進め、階段を降りる場所に到着します。杖を使って降りる場所を確かめると、また手すりと杖を使い、一歩、一歩、階段の位置を確かめながら降りて行きますが、その姿を見ていると、上りより下りの方が大変なようです。
 ようやく階段を降り、最後の一歩がホームにたどり着いたときは、見ている私の方がホッとする位でした。この間約5分位でしたが、視力障害者にとっては「階段」が一番大変であり、つくづく健常者であることの有難さを感じたところでした。

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2004年03月15日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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