校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2004年04月 アーカイブ

2004年04月05日

タクアン

 高城町内の無人販売所にタクアンが販売されている所があります。その場所は春日神社前にある無人販売所です。陳列されている野菜は、1年を通していつも新鮮で、タクアンのほか、白菜、大根、ゴボー、ニンジン、里芋等品物も豊富です。
 先日の朝、山之口駅から自動車学校に出勤する途中、車窓からその無人販売所を見たところ、陳列台にビニール袋に包まれたタクアンが数本並べてあるのに気付きました。色はスーパー等で販売されているようなどぎつい黄色ではなく、薄い黄色のいかにも農家で作ったおいしそうな感じのするタクアンでした。
 さっそく、その日の帰り、その無人販売所に立ち寄り、数本あるタクアンの中から1本を買い求めたわけですが、タクアンは独特の匂いがありますので、念のため匂いを嗅いで見ると、農家で作ったタクアンとはいえ、やはり市販のタクアンと同じ匂いがしたのです。そこで用意してきたビニール袋の中に入れたところ、外には匂いが漏れないようでした。
 山之口駅から電車に乗りましたが、乗客は少なく、1車両に5人位でしたので、カバンとタクアンの入ったビニール袋を反対側の席に置き、小説に読みふけっていました。電車がどこかの駅に止まったようでしたので、プラットホームの看板を見たところ、そこは「田野駅」でした。
 やがて、私が乗った車両に女子高校生らしき声がして、数人が乗り込んできたようでしたが、いきなり、「臭~い、何~に、この匂い」という大きな声がしたのです。何事かなと思い、読みかけの小説から目を挙げ、声がする車両の入り口付近を見たところ、そこには女子高校生3人が鼻をつまんでいる姿があったのです。
 その瞬間、私には匂いの正体は、私が持ち込んだタクアンだということが直ぐわかりました。そこで素早くタクアンの入ったビニール袋をカバンの中に押し込み、隠しましたので、幾分匂いはしなくなりました。それでも、もし女子高校生達に匂いの正体が私が持ち込んだタクアンだとわかったらどうしようか、「タクアンなんか買わなければ良かったのに」と後悔したのです。
 しかし、もう遅すぎます。私の席は車両の真ん中付近でしたのが、その席の方に、段々女子高校生達が近づいて来る足音が聞こえて来るのです。私はいかにも小説を読む振りをして下を向き、女子高校生達と目を合わせないようにしていたのです。女子高校生達が私の席の横を通るときは、それこそ息を潜めていましたが、自分ながら恥ずかしさのため、耳たぶが赤くなったような感じで、まさに、「穴があったら入りたい」心境でした。
 幸い、女子高校生達には、匂いの正体が私の持っているタクアンだとはわからず、キャー、キャー言いながら私の横を通り過ぎ、後続車両に移ったようでしたので、ほっと胸をなぜ下ろしたというわけです。
 こんなに苦労して持ち帰ったタクアンでしたが、市販の物と比べてもおいしく、直ぐ食べ尽くしてしまいました。やはり苦労して買ったかいがあったのです。
 その後、無人販売所に陳列されているタクアンを見るたびに、「買って食べたい」という気持ちと、「匂いが漏れたらどうする」という気持ちが交錯し、未だに勇気を出して買えないところです。

2004年04月12日

ファッションモデル

 私は電車で通勤するためJR宮崎駅を利用していますが、改札口で電車に乗り降りする人達を見ていますと、いろんな人に出会うことがあります。
 私が自転車で宮崎駅に到着するのは、電車の出発時間の約10分前です。直ぐ電車が出発する2階の4番ホームに上がればよいのですが、そのホームには、約5分前に電車が到着し、電車から降りてくる人でホームが混雑しますので、その人達が降りたあと、ホームに上がることにし、いつも改札口付近で待つことにしているのです。
 電車が到着したことが駅員のアナウンスで知らされますと、やがて通勤客と思われる人達が階段を降りてきて、忙しそうに改札口を通って行きますが、そのような降車客をボンヤリ眺めているうち、見るたびに服装が変わっている女性がいるのに気付きました。
 その女性は、年齢が40歳代で、顔は少しふっくらとしていますが、まるで「女優」みたいなハッとするような美貌の持主なのです。そしてなりよりも私の目を引きつけたのは、その女性が身に付けている服装で、電車から降りてくる人達の中では、その女性だけが際立って目立つのです。一瞬、「どこの貴婦人かな」と思ったほどでした。
 それから何回かその女性の姿を見かけましたが、いつも服装が違っていましたので、ある日、そのことを検定員の豊島さんと福田さんに話をしたのです。
 すると、福田さんが、「あらっ、私が中学生の時も、毎日服装が変わる女の先生がいましたよ。ファッションモデルというあだ名がついていました。」と話をしてくれたのです。なるほどファッションモデルとは、的を得たニックネームだなと名付けた生徒に思わず感心するとともに、その女性がどれだけ服装が変わるものか、その翌日からジックリと観察することにしたのです。
 私には女性の服装に関する知識が全くありませんので、当校きってのスタイリストと自負している豊島さんに服の名前を教えてもらい、観察したところ
 ○ ウグイス色のスーツ、グレーのコート、ウグイス色のハイヒール
 ○ 真っ赤な色のスーツ、黒色のコート、黒色のハイヒール
 ○ 黒色のフリンジスカート、赤と紫色のチェックのボレロ、黒色のハイヒール
 ○ 紫色のスーツ、白と赤色のチェックのボレロ、黒色のハイヒール
 ○ オレンジ色のスーツ、薄紫色のアンサンブル、白色のハイヒール
 ○ 黒色のパンツスーツ、黒色のスプリングコート、黒色のハイヒール
 ○ 淡いピンク色のスーツ、白色のハイヒール
という具合に、毎日服装が変わっていたのです。そして、どの服もセンスがあり、とても高価なように見えました。赤の他人である私でさえビックリした位ですから、その女性が勤めている会社の男性達も、おそらく「今日はどんな服装かな」と噂しているかも知れません。
 その女性に気付かれないように、毎日観察場所を変えたり、瞬間的に上から下までの服装を記憶しなければならない等の苦労はありましたが、私にとっては楽しい1週間でした。しかし、これ以上観察を続けているとストーカーに間違われますので、残念ながらこれで観察は打ち切りとしました。

2004年04月19日

声かけ

 人間にはコミュニケーションを図る手段として「言葉」があります。近所の人と出会ったときは「こんにちは」と挨拶したり、人から物を借りる時は「すみません、一寸お借りします。」と言って、「声かけ」するのが普通ですが、この「声かけ」をしないというか、出来ない人がいます。
 私は朝夕、住んでいる団地の周辺道路を約1時間かけて散歩していますが、その間、散歩する数人の人達と出会うことがあります。その人達の名前は知りませんが、同じ団地内に住んでいる人と思われますので、私の方から「おはようございます」とか、「今晩は」と言う「声かけ」をするようにしています。すると殆どの人からは「おはようございます」「今晩は」と言う言葉が返ってきます。全く知らない人とはいえ、相手の方から元気な声が返ってきますと、清々しい気持ちになります。
 ところが、一人だけいくら声をかけても全く返事をしない老人がいます。その老人と出会ったのは、朝の散歩中のときでした。向こうから近づいて来る人の姿が見えたので、私はいつものように「おはようございます」と声をかけたのですが、相手の人からは何の反応もありません。まだ夜明け前であり、薄暗かったので、相手の人は私の存在に気づかなかったのかと思い、すれ違う時にチラッとその人を見たところ、70歳代の男性でした。
 その老人は私の方は全く見向きもせず、真っ直ぐ前を向いたままの状態でスタスタ歩いて反対方向に行きましたので、その時は「目か耳が多少不自由な人かな」と思い、別段気にもせず散歩を続けたのです。
 それから数回、散歩中にその老人とすれ違いましたが、わずか1メートル位に近づき挨拶しても全く反応がないのです。老人の姿や歩き方等を見ましても、目や耳の不自由な人ではなさそうです。
 このように数回無視されると、私も腹が立ってきましたので、それからは「意地でも挨拶するものか」と考え、その後はその老人と出会っても私の方から無視し、全く挨拶していません。私は今でもその老人のことを「偏屈者」と思っていますが、ひょっとしたら、その老人も私のことをそう思っているのかもしれません。
 また、これは私が自動車学校からの帰りに立ち寄る自転車店での出来事です。先日、その自転車店に立ち寄り、店内で主人と話をしながら店先を見ていると、自転車が店の前で止まり、70歳代の老人が降りて来ました。
 すると、その老人は店内には全く顔を向けようとはせず、ツカツカと店先に近寄ると、自転車の空気入れ箱の中から1台のポンプを取り出し、自分の自転車に空気を入れていましたが、それが終わるとポンプを箱の中には入れ、さっさと行ってしまいました。
 これには私もビックリしました。会釈でも「すみません。一寸空気入れを貸して下さい。」と「声かけ」をしても良さそうですが、これがないのです。店の主人に言わせると「最近、あんな老人が多いようですが、気にしないようにしています。」ということでしたが、私から見れば、何だかその老人も「偏屈者」の一人のように見えました。

2004年04月26日

両替

 私は、天気の良い日は自宅から宮崎駅まで自転車で通っていますが、雨の日はバスを利用したり、自動車で宮崎駅まで乗って行き、駅前の駐車場に車を置いて、JRを利用して都城自動車学校まで通勤しています。
 そのうち、バスで通勤する場合、いつも私が気をつけていることがあります。それは財布の中にバス賃として必要な100円や10円硬貨があるかを確認し、もしない場合は1,000円札の有無を確かめることにしています。
 もちろんバスの中には両替機があり、両替出来るのですが、紙幣には制約があるからです。紙幣の中でも1,000円札は両替できますが、2,000円、5,000円、1万円の各紙幣は両替出来ないようになっているのです。
 ある雨の日、自宅近くのバス停からバスに乗った時のことです。私は運転席の直ぐ後ろの席に座ると、小銭入れの中からバス賃の290円を取り出し、降車の準備をしていました。バスが出発して間もなくすると、30歳代のサラリーマン風の男性が運転席横にある両替機の所に近づき、両替を始めたようでした。
 ところが男性が何回試みても両替機からは、あの「チャリン、チャリン」という硬貨独特の音が聞こえてこないのです。そこで私はどうしたのかなと思い、男性の様子を見たところ、どうやら500円硬貨の両替をしているようでした。
 すると、それに気付いた運転手が、「あ、新しい500円硬貨は両替出ませんよ。」と言ったのです。運転手からアドバイスを受けた男性は、「あれっ、なぜ新しい500円硬貨は両替出来ないの?」というよな表情をしていましたが、思い直して財布から1,000円札を取り出し、紙幣両替所のところに差し入れていました。しかし、これも何回試みても紙幣が戻されて失敗したようでした。
 それを見た運転手が、「釣銭がないみたいですね。」と、まるで他人事のようにつぶやくのが、私の耳に聞こえてきました。その言葉を聞き、両替機に釣銭を準備していない運転手の怠慢な態度に一瞬唖然としました。
 その男性は途方にくれている様子でしたので、私は小銭入れの中から500円硬貨を取り出し、「これを使ってみてください。」と男の人に差し出したのです。男の人は「すみません」と言いながら、私が差し出した500円硬貨を使って両替しようとしましたが、これも駄目でした。
 すると、私の直ぐ横の席でこの様子を見ていた年輩の女性の方が、「私が100円硬貨を5枚持っています。」といい、男の人に100円硬貨を5枚差し出しましたので、無事その男性は両替をすることが出来たのです。500円硬貨だけでなく、1,000円札まで両替出来ないとわかったとき、おそらく頭の中は真っ白になり、「どうしたらよいだろうか」という気持ちになったものと思います。
 本来はバスの運転手さんが、運転開始前に「釣銭は大丈夫か」と考え、小銭の有無を確かめておけば、お客さんにこんな迷惑をかけずにすんだわけですが、バスの運転手さんにもいろんな人がいますので、全てがスムーズにいくとは限らないようです。
 この出来事以来、私は先ず小銭があるかどうかを確認してから、バスに乗り込むように心がけているところです。

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