人間にはコミュニケーションを図る手段として「言葉」があります。近所の人と出会ったときは「こんにちは」と挨拶したり、人から物を借りる時は「すみません、一寸お借りします。」と言って、「声かけ」するのが普通ですが、この「声かけ」をしないというか、出来ない人がいます。
私は朝夕、住んでいる団地の周辺道路を約1時間かけて散歩していますが、その間、散歩する数人の人達と出会うことがあります。その人達の名前は知りませんが、同じ団地内に住んでいる人と思われますので、私の方から「おはようございます」とか、「今晩は」と言う「声かけ」をするようにしています。すると殆どの人からは「おはようございます」「今晩は」と言う言葉が返ってきます。全く知らない人とはいえ、相手の方から元気な声が返ってきますと、清々しい気持ちになります。
ところが、一人だけいくら声をかけても全く返事をしない老人がいます。その老人と出会ったのは、朝の散歩中のときでした。向こうから近づいて来る人の姿が見えたので、私はいつものように「おはようございます」と声をかけたのですが、相手の人からは何の反応もありません。まだ夜明け前であり、薄暗かったので、相手の人は私の存在に気づかなかったのかと思い、すれ違う時にチラッとその人を見たところ、70歳代の男性でした。
その老人は私の方は全く見向きもせず、真っ直ぐ前を向いたままの状態でスタスタ歩いて反対方向に行きましたので、その時は「目か耳が多少不自由な人かな」と思い、別段気にもせず散歩を続けたのです。
それから数回、散歩中にその老人とすれ違いましたが、わずか1メートル位に近づき挨拶しても全く反応がないのです。老人の姿や歩き方等を見ましても、目や耳の不自由な人ではなさそうです。
このように数回無視されると、私も腹が立ってきましたので、それからは「意地でも挨拶するものか」と考え、その後はその老人と出会っても私の方から無視し、全く挨拶していません。私は今でもその老人のことを「偏屈者」と思っていますが、ひょっとしたら、その老人も私のことをそう思っているのかもしれません。
また、これは私が自動車学校からの帰りに立ち寄る自転車店での出来事です。先日、その自転車店に立ち寄り、店内で主人と話をしながら店先を見ていると、自転車が店の前で止まり、70歳代の老人が降りて来ました。
すると、その老人は店内には全く顔を向けようとはせず、ツカツカと店先に近寄ると、自転車の空気入れ箱の中から1台のポンプを取り出し、自分の自転車に空気を入れていましたが、それが終わるとポンプを箱の中には入れ、さっさと行ってしまいました。
これには私もビックリしました。会釈でも「すみません。一寸空気入れを貸して下さい。」と「声かけ」をしても良さそうですが、これがないのです。店の主人に言わせると「最近、あんな老人が多いようですが、気にしないようにしています。」ということでしたが、私から見れば、何だかその老人も「偏屈者」の一人のように見えました。
校長のひとり言ブログ|都城自動車学校
« ファッションモデル | メイン | 両替 »






