60歳を過ぎた頃からめっきり頭に白い物が目立つようになったせいでしょうか、最近、どう見ても私よりはるかにお年を召された「昔の娘さん」から挨拶をされたり、語り掛けられたりすることが度々あるようです。これが若いお嬢さんからでしたら、胸がときめき、喜んで挨拶を交わしたり、受け答えするのですが、どうも世の中はうまくいかないようです。
先日もこんなことがありました。所用があり、バスに乗るためバス停留所のベンチでバスを待っていたところ、お年が70歳を少し越えた位のおばあさんがやって来て、私の直ぐ横のベンチに座りました。ベンチに座っていたのは私だけでしたから、私は会釈として一応、そのおばあさんに、「こんにちは」と挨拶をしたのです。
すると、そのおばあさんは「今日は、5年前に亡くなった主人のお墓参りに行ってきました。」と、私が聞きもしないのにペラペラとしゃべり始めたのです。私は改めてそのおばあさんを見ましたが、始めた見る顔であり、どう見ても私が知っている人ではなさそうでした。それでも私は「ああ、そうですか。」等と話の相槌を打ったところ、そのおばあさんは私を話し易い人間と思われたのか、次々に話を始めたのです。
その話も「主人は5年前に病気で亡くなったこと」、「現在は50歳になる息子と嫁の3人暮らしであること」、「毎朝亡くなった主人のの仏壇を拝み、念仏を唱えると嫁が『うるさい』と言って嫌がること」等、私には全く関係のない話ばかりでした。そのおばあさんの話を聞きながら、ふと「ああ、このおばあさんは自分の愚痴を聞いてくれる相手がいないのだな」と思い、それで私を選んだのだなと気付いたのです。
そのときの私の服装は休日でしたから、セーターにズボンというラフな姿でした。おまけに顔は日焼けし、頭には白い物が目立っていましたので、おばあさんから見れば、ひょっとしたら私を同年代の男性と思われたのかもしれません。つまりおばあさんにとっては私を「話を聞いてくれる仲間」と思われたのでしょう。そう考えると、バスの時間にはまだ10分位ありますし、私も急いでいませんでしたので、そのおばあさんの話し相手になることにしたのです。
更にそのおばあさんは「最近バスに乗ったことがないので、どの方面のバスに乗ればいいのかわからない。」、「今日は久しぶりに歩いたので疲れた。どうすれば疲れが取れるのか。」、「嫁が私に嫌味を言っても、息子は一言も注意しない。」等、このときとばかり日頃思っている愚痴を話し出されました。
私は、ただ「ああ、そうですか。大変ですね。」等と当り障りのない相槌を打っていましたが、それが良かったのでしょう。間もなくして私が乗るバスが来たので、「それじゃ、おばあさんもお元気でね。」と挨拶して立ち上がったところ、「話を聞いてもらってスッキリしました。何だか元気が出てきたようです。ありがとうございました。」と深々と挨拶されました。
そのおばあさんにとっては、私を「仲間」と意識されていたようでしたので、愚痴を聞いたりしたことが、何だかいいことをしたのかなと思う反面、同年代に見られたのが非常に残念であり、何だか複雑な気分になったところでした。






