校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2004年06月 アーカイブ

2004年06月07日

消費者軽視

 人命を奪ったトラックのリコール隠しから、「再建への最後の挑戦」を誓ったばかりの三菱自動車が、今度は「パジェロ」や「ギャラン」等幅広い車種で、国土交通省にリコール(無償回収・修理)を届けずに、違法な「ヤミ改修」を実施していたことが明らかになりました。
 同社の説明によりますと、平成5年から平成10年にかけ、ユーザーからエンジンの内部のオイル供給が不良になったり、ブレーキホースが破損したりするおそれがあるといった内容の不具合情報が寄せられ、調査の結果、いずれも欠陥であることがわかりましたが、その欠陥はパジェロやギャランといった当時の主力車種から軽自動車まで幅広く発生しており、パトカー用の乗用車まで含まれていたそうです。
 これらはいずれも当然リコールが必要な欠陥でしたが、同社では販売店に対し、定期点検の際などに内密に修理する「ヤミ修理」を実施するよう指導し、当時の運輸省に届けていなかったということです。
 さらに平成10年に富士重工業が、主力車種の「レガシィ」等150万台についてエンジン等の欠陥をヤミ修理していたことが発覚しましたが、この直後、三菱自動車ではヤミ修理中止を決めたということです。その結果、回収されずに安全でない乗用車が走り続けていたということですから、全くユーザーの安全を無視したことをやっていたものです。
 さらに驚いたことには、三菱自動車では平成13年に、内部告発によって大量のクレーム隠しが発覚しましたが、この際、80万台以上のリコールを届けたものの、その他のクレーム情報については旧運輸省に届けず、隠していたそうです。この点につき、当時の社長は「リコールを公表することで、お粗末な車を出しているというイメージを持たれてしまい、恥ずかしいという懸念が会社内にあったので隠した」と説明しています。
 三菱自動車は、日本で最強といわれる「三菱」という企業グループに属していますが、幹部を含め会社の風土として「自分達は三菱グループに守られているのだ」という甘い考えが未だに残っており、これが消費者に真摯に立ち向かう姿勢を鈍らせたものと思います。
 三菱自動車の5月中の国内新車販売台数は、前年同月に比べ約56%減ということですが、トラックに引き続き乗用車の不祥事が次々と明るみになるようであれば、ますます販売台数の大幅減ということになりそうです。
 このような企業の不祥事は、特に消費者を相手にする商売では、経営に深刻な影響を当てています。食中毒事件や子会社の牛肉偽装事件を起こした「雪印乳業」は、一時は存亡の危機となり、牛乳部門の分離に追い込まれましたし、飼育している養鶏が鳥インフルエンザにかかっている疑いがあるのに、関係機関に届けずひそかに売りさばいていた「浅田農産」は、工場閉鎖に追い込まれたことを見れば明らかです。
 いまどき、「俺が運転免許を取れるよう教えてやる」という考えを持った指導員はいないと思いますが、教習生にとって指導員は「先生」であり、「怖い」というイメージを持っています。くれぐれも言葉づかいや態度に気をつけ、教習生、すなはち「お客さん」を軽視しないように心がけたいものです。

2004年06月14日

クラクション

 学科教科書を見ると、「クラクション」すなはち警音器について、「警音器は騒音防止のため乱用が禁止されています。前の車の発進を促すために鳴らしたりすると、相手の感情を害し、トラブルの原因となることもあります。危険を避ける場合でも、先ず速度を落とし、できるだけ警音気を鳴らさないようにしましょう。」と記載されています。
 全てのドライバーが教科書に記載されているようなクラクションの使い方をしていれば、何ら運転中に不愉快な思いをしたり、トラブルは発生しないのですが、車を運転していると、誤ったクラクションの使い方をしているドライバーが意外と多いようです。
 先日もこんな光景を目撃しました。都城自動車学校からの帰り、職員の方に山之口駅まで送ってもらう途中、日豊本線の跨線橋を渡り、山之口町の向原交差点に差し掛かったところ、前方の信号機、つまり東西方向の信号が「赤」になっていましたので、前の車に続いて止まりました。 やがて信号が「青」に変わり、前の車に続いて発進しようとしたところ、前方、つまり私達の車と反対方向から「ブワーン、ブワーン」というものすごいクラクションの音が聞こえてきたのです。普通、クラクションの音といえば、「プー、プー」ですので、何事が発生したのかと思い、音のする方向を見ると、交差点の東側の横断歩道の先に、軽自動車とその後ろに鮮魚運搬車らしい大型トラックが止まっていました。
  そして、その前の横断歩道を北から南のの方向に向け、自転車を押しながらノロノロと横断しているおばあさんの姿があったのです。おそらく、そのおばあさんは南北の歩行者用信号機が「青」だったので横断を始めたのですが、高齢と足が不自由なため、横断途中で信号が「赤」に変わったものと思われました。
 大きな「クラクション」の音を出していたのは、2台目に止まっていた鮮魚運搬車らしい大型トラックで、おばあさんは大きな音に驚き、必死で手押し車を押し、横断歩道を渡ろうとしますが、なかなか思うようには足が前に進みません。
 さらに、大きなクラクションの音にビックリしたのは、おばあさんだけでなく、トラックの前に止まっている軽自動車の運転手です。しかし、目の前の横断歩道をおばあさんが渡っており、前に進みたいと思っても発進することが出来ないのです。その様子は運転席が高い大型トラックからは当然見えるはずなのに、さらに軽自動車に対し、「早く発進せんか」といわんばかりに、立て続けにクラクションを鳴らしたのです。
 これにはさすがの軽自動車の運転手もムッとしたようで、後ろの大型トラックを振り返って何かブツブツ言っているような口ぶりでしたが、やがておばあさんが横断歩道を渡りきると、右折するため交差点の中央で止まっている私達の目の前を通り過ぎ西進して行きました。運転席を見ると、70歳代の男性で、顔の表情から察すると、クラクションを鳴らされて不愉快そうな感じでしたが、これがトラブルになるのかと思い、改めてクラクションの使い方を心しなければと痛感したところでした。

2004年06月21日

茶髪の青年

 約10年前頃から、日本国内においては髪を茶色や金色に染めた若者の姿が見られるようになりました。それも髪を染めた若者の殆どが「暴走族」の少年でしたので、世の大人達からは「茶髪の青年=不良」と見られ、ひんしゅくを買っていたものです。
 では、現在ではどうでしょう。若者の何割かは、親からもらった黒髪を茶色や金色、中には赤色に染めた姿を見かけるようになりましたが、その姿を見ても、最近では別に違和感は感じなくなったから不思議なものです。
 今年からアメリカ大リーグに移籍し、ニューヨーク・メッツ球団で大活躍している松井稼頭央選手だって、日本のプロ野球西武ライオンズに所属していた時は、髪を茶色に染めており、最初の頃こそマスコミの批判を受けていました。しかし、テレビ等で見ているうちに段々と「茶髪」に対する嫌悪感がなくなり、むしろ一つのファッションと見られるようになったことは確かなようです。
 それでも、なお私達の年代からすれば、心の片隅には、やはり日本人には「黒髪」が一番似合っており、「茶髪」の若者に対し、余り良い感情を持っていないことは事実です。
 ところが、最近そのような若者に対する偏見な考えを払拭させるような出来事がありました。それは、私が車を運転中、前方がT字路になっている信号のある交差点に差し掛かったときのことです。私の車の前には約10台位の車が信号待ちをしていましたが、信号が青に変わっても前の車が全然動く気配がないのです。
 どうしたのかなと思い、運転席の窓ガラスを開け、身を乗り出して前の方を見たところ、どうやら一番前に止まっている車が、どこか故障したのか止まったままだったのです。2番目と3番目に止まっていた車は、故障で止まっている車を追い越して進みましたが、すぐ信号が赤になり、後に続いていた車は進めなくなったのです。バックミラーで後続車両を見ると、約50台の車が私の車の後ろに続いており、えらい場面に遭遇したものだと思ったのです。
 すると、私の車のすぐ前に止まっている車が「非常用信号灯」をパカパカと灯し、車からは20歳位の若者が降りて来ました。見ると、頭の髪を「茶髪」に染め、耳にはピアスをした青年でした。
 何をするのかと思っていましたところ、ツカツカと一番目に止まっている車に近づくと、何やら運転者と話をしているようでした。間もなくすると、若者は故障している車の後ろに回り、なんと車を押し始めたのです。やがて故障した車は横断歩道上を左折し、歩行者と自転車が共用して通行出来る道路まで無事移動することが出来ました。
 この若者のおかげで信号待ちしていた約50台の車は、次の信号でスムーズに進行することが出来ました。その間、時間的には約30秒位でしたが、故障していた車の後押しをしたのは、「茶髪」の若者だけだったのです。
 私を含め、信号待ちをしていた車のドライバーはただ眺めていただけであり、後になって私自身、なぜあの時一緒に車の後押しをすることが出来なかったかと、非常に恥ずかしい思いをしました。「茶髪」という外観で判断すると、大きな間違いを起こすようです。肝に銘ずることにします。

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