校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2004年08月 アーカイブ

2004年08月02日

危機管理の鉄則

 「白骨温泉」は、長野県安曇村の乗鞍岳山麓にある温泉ですが、古くから胃腸の特効の湯として知られ、温泉中の石灰岩が白く沈殿するため、この名称が付けられたと言われています。
 その「白骨温泉」が今回、観光地としてではなく、とんでもないことでマスコミの話題となりました。それは、「白骨温泉」内にある公共露天風呂が、湯を白濁させるための入浴剤を使っていたことが、週刊誌の記事で発覚したからです。
 入浴剤を露天風呂に投入しているところをバッチリ写真に取られていては関係者も弁解のしようがなく、この露天風呂を運営する同温泉の理事長も事実を認め、「湯が変色したため、乳白色のイメージを壊すわけにはいかなかった。申し訳ない。」と素直に謝罪しました。
 組合長の説明によると、この露天風呂は、平成6年にオープンしましたが、3年目に湯量が減り、湯が白濁せずにネズミ色に濁るようになったことから、従業員の発案で、群馬県の草津温泉の成分の入った入浴剤を入れ、白濁していたということです。
 外部から指摘があり、同組合が13軒の温泉旅館を調査したところ、2軒が同様の入浴剤を使っていたが、残りの11軒については入浴剤を使っていないと発表したのです。
 これでこの問題は「乳白色の温泉のイメージを壊したくない」という一部の温泉による勇み足で終わるものと思っていたところ、この問題を追及していた週刊誌の調査で、入浴剤を使っていないと回答していた温泉旅館のほとんどが、量の多少の差はあれ、どうやら使っていた疑いが出て来たのです。
 そこで、あわてて長野県知事が現地視察をするとともに、再度温泉旅館に対し聞き取り調査したところ、11軒のうち大半の温泉旅館が入浴剤を使っていたことが判明したのです。しかもそのうちの旅館には、テレビのコマーシャルにも出て名前が知られている老舗の旅館からも入浴剤が見つかり、テレビの取材でその旅館の若女将は「昨年、ビデオ撮影の時、1回だけ使いましたが、それ以外は全く使っていません。」と入浴剤を常用していないと堂々と否認したのです。
 ところが、数日後に再度長野県がその旅館に対する抜き打ち検査をすると、本年4月製造の入浴剤の空箱が見つかり、さらに検査中に、従業員が入浴剤の入った箱を持ち出そうとしたことも発覚し、問題がさらに大きくなったのです。
 マスコミから追求された旅館の若女将は、「前回、テレビのコマーシャル撮影の時、1回だけ入浴剤を使ったと説明していましたが、実は数年前から1週間に1回の割合で入浴剤を使っていました。怖くて本当のことが言えませんでした。」と事実を認めたのです。
 このドタバタ劇について、テレビニュースキャスタ-の木村太郎さんは、「危機管理の鉄則は、『すみやかに』と『正直に』です。」と解説していますが、まさにその通りです。雪印事件、三菱自動車事件等の事例を見てもわかるとおり、今回の件は、危機管理の鉄則を守らないと会社そのものが危うくなることを教えてくれたようです。

2004年08月09日

食い合わせ

 7月21日は「土用丑の日」でしたが、この日のテレビニュースでは、どのチャンネルでも、ウナギ屋さんが汗を流しながらウナギを焼いている画面が映し出され、いかにもおいしそうでしたので、私もその日は御多分に漏れず、「ウナギの蒲焼」をご馳走になりました。
 私の場合、ウナギ屋さんでなく、スーパーで買って来た「ウナギの蒲焼」を食べましたが、それでもおいしく、何だか連日30度を超える今年の猛暑を乗り切る自信が出てきたようです。
 ところで、「ウナギと梅干」は、昔から食い合わせが悪く、下痢を起こすと言われてきました。なるほど、そう言われて見れば、どこのウナギ屋さんに行っても、ウナ重やウナ丼のツケには奈良漬や白菜漬けはありますが、梅干はありません。
 昔から食い合わせの悪い食べ物の例としては、「ウナギと梅干」のほか、「スイカとてんぷら」、「柿とカニ」、「トウモロコシとハマグリ」がありますが、はたして科学的根拠はあるのでしょうか。調べてみると次のようでした。
 先ず「ウナギと梅干」ですが、これはウナギの脂に梅干の酸が加わると、脂肪エステと呼ばれる脂の塊が出来ますが、これは消化しにくいので、胃や腸に負担がかかります。従って脂っこいウナギに梅干をあわせることで口の中がさっぱりし、つい食べ過ぎてしまいますので、消化不良を起こしやすいからだそうです。
 「スイカとてんぷら」は、脂は消化されにくく、通常は胃の中で消化液とよく混ざり合って腸に送られるのですが、スイカのように水分の多い物を食べると、水分で消化液が薄まってしまうため、消化不良を起こしやすいからだそうです。
 「柿とカニ」は、カニは身体を冷やす働きがあるので、体が冷えると内臓機能が低下することがあります。柿は消化が悪い食べ物なので、内臓機能が低下しているところに消化の悪い食べ物を食べると、消化不良を起こしやすいからだそうです。
 「トウモロコシとハマグリ」ですが、この二つの物は、山の物と海の物の組み合わせで、食い合わせ的には問題ないのですが、運搬技術が発達していない時代に、遠隔地の関係にあったこの食べ物は、どちらかが痛んでいる可能性が高く、食当たりになるおそれがあったからです。
 これはいずれも、昔の人が食中毒や食当たりから身を守るため、経験に基づいて作った「食衛生学」、つまり「食生活の戒め」なのです。迷信のように思ってしまうこの頃ですが、この「食い合わせ」には、このように何らかの理由があったようです。
 一般大衆にこの「食い合わせ」が広まったのは、江戸時代からだそうで、当時の儒学者の貝原益軒がその中心であったといわれています。彼の著作「養生訓」では、「同食の禁」として数多くの食材を取り上げ、その「食い合わせ」の戒めを説いています。
 医学が進歩し、保存方法の改善や運搬技術が向上した現在では、「食い合わせ」という迷信は、一つの大衆文化として定着していますので、これからも代々語り継がれていくことは間違いないと思います。

2004年08月16日

蝉(セミ)

 梅雨明けとなった途端、今年もあちらこちらでうるさいほど蝉の鳴き声が響いて来ました。7月中旬頃からは、ジージリジリ、ワシワシ等の蝉の合唱が聞こえていますが、このけだるい蝉の鳴き声は、今年の猛暑に一層拍車をかけているようです。
 蝉は7年も土の中で幼虫時代を過ごし、地上に上がってから成虫となり、約3,000個の卵から成虫になるのはごく一部なのに、寿命は約1週間しかないといわれています。なんともはかないものです。その蝉の種類は、世界には約1,500種あり、日本では約37種位あるそうです。
 松尾芭蕉の句に「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」という俳句があるとおり、昔から日本人にとってはやはり「真夏」と「蝉」は切っても切れない身近な存在にあったと思われます。
 さて、先日、当校の職員の若松さんから、「今鳴いている蝉はなんという名前の蝉ですか」という質問を受けました。その瞬間、瞬時に、夏休みになると毎日蝉取りに夢中になっていた約50数年前の子供の頃を思い出しました。
 私の場合、夏休みになって先ず行った遊びは蝉取りでした。夏休みが始まった頃に鳴く蝉は、「ジイジイ」と鳴く「ニイニイゼミ」ですが、この蝉は小型で、鳴く声も小さかったので、子供達にはあまり人気がなかったようです。
 「ニイニイゼミ」の次に鳴くのが、「ジージリジリ」と鳴く「アブラゼミ」、そして「ワシワシ」と鳴く「クマゼミ」ですが、最も子供達に人気があったのは「クマゼミ」でした。
 「クマゼミ」が人気があった理由は、蝉の中でも最も体が大きい蝉であることと、腹の部分が輝くようなオレンジ色であったことです。しかし、この蝉は木の高い所に止まり、おまけに人が近づくと直ぐ逃げますので、私達子供にとっては、網で捕らえることが難しい蝉でした。
 私が小学校2年生の頃、何とかしてこの「クマゼミ」を捕まえようと試みましたが、いずれも失敗して蝉からおしっこをかけられる始末でした。その姿を見て兄が、「蝉が鳴いていない時や声が小さい時は駄目だ。大きい声で鳴いている時が捕まえるチャンスだ。」と教えてくれたのです。
 そこで教えられたとおり、「クマゼミ」が「ワシワシ」と大きな声で鳴いている時、そっと網を近づけますと、少しも警戒されず、簡単に蝉を捕まえるうことが出来たのです。
 お陰で友達からは「蝉取りの名人」として羨ましがられ、一寸した人気者でしたが、有頂天になってそのコツを友達に教えたため、たちまち「只の人」になってしまった苦い思い出があります。
 そして、盆が過ぎる頃、「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」と鳴く蝉が、「ツクツクボーシ」です。この蝉が鳴き始めると、夏休みも残り少なくなったということですから、慌てて溜まっていた「夏休みの友」を整理したり、宿題の絵を描いたりしましたが、このように私にとって「蝉」は、今でも思い出に残る生き物の一つです。

2004年08月23日

ボケ問答

 人間は、30歳をピークに段々記憶力が薄れるようになり、やがて50歳を過ぎると、物忘れしたりするようになるといわれていますが、私達夫婦もどうやらこの「物忘れする年代」に入ったようです。
 それは、先日テレビで歌謡番組を見ていたところ、妻が歌手の「香西かおり」が歌う画面を見ながら、「この歌は、昔、『ちあきなおみ』が歌っていたよ。」と言ったのです。私はその瞬間、鼻の近くにホクロのある『ちあきなおみ』の特徴ある顔を思い出しました。
 『ちあきなおみ』という歌手は、私達夫婦がまだ20代だった昭和45年ごろ、「雨に濡れた慕情」でデビューし、その後「四つのお願い」や「喝采」等数々のヒット曲を飛ばし、年末恒例の紅白歌合戦では、毎年のようにレギュラーとして出場していた歌手です。
 その後ヒット曲がなく、しばらくテレビの画面から消えていましたが、テレビコマーシャルの「タンスにゴン」で再び画面に登場し、彼女のなんともユーモラスな演技を見て、思わずニンマリしたものです。
 最近、そのコマーシャルも他の女性に代わり、テレビの画面から消えていましたので、「そう言えば、『ちあきなおみ』は、今何をしているのだろうか?」と芸能部門には詳しい妻に聞いたのです。すると、妻は、「ああ、あの人と結婚したけど、旦那さんは亡くなったわ。ほら、頬にシリコンを入れていたあの俳優さんの弟よ。」とすかさず返事をしたのです。
 私は一瞬、その俳優の名前が浮かばず、「何という名前の俳優?」と聞き直すと、妻は直ぐには名前が出ないのか、「ほら、『警察日記』という映画に出ていた人よ。」と答えますが、名前をなかなか思い浮かべないようです。私も「頬にシリコン」と「警察日記」という言葉からその俳優の名前を思い浮かべました。私の頭の中には、その俳優の顔や彼が出ていた映画のシーンは思い浮かべることができるものの、肝心の名前が出てこないのです。このようなことは最近、私達夫婦には度々ありますので、思わず顔を見合わせ、「俺達もボケが始まったのかな」と言ったのです。
 さあ、それから夫婦でどちらが先にその俳優の名前を思い出すか、勝負の始まりです。目はテレビ画面を見ていますが、頭の中はその俳優の名前を思い出そうと必死です。私は、「頬にシリコン」を入れた俳優の名前を思い出すため、先ず彼が出演していた映画を思い浮かべてみました。名前を思い浮かべない彼は、日活という映画の会社で、小林旭や浅丘ルリ子が主演する映画の脇役として活躍していた人ですが、その映画のことを考えているうち、突然「エースのジョー」という言葉が浮かんで来たのです。
 そう言えば、その俳優の名前の下の方が「ジョー」だったことを思い出し、「さっきの俳優の名前は『何とかジョー』だったがな」と言い出すと、すかさず妻が目を輝かせ、「ああ、宍戸錠だった」と答え、二人して大笑いをしました。
 このようにして約5分後にやっと名前を思い浮かべましたが、私の答えは半分でしたから、この勝負は引き分けとなった次第です。まだまだこれから先、私達夫婦にはこのような「ボケ問答」は当分続きそうです。

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