校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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しり取り

 NHKテレビで「その時歴史が動いた」という番組がありますが、先日の夜、夕食を済ませ、テレビを見ていたところ、その番組が始まりました。
 その日のテーマは「日露戦争」でしたが、その中で「バルチック艦隊」という字幕が出た時、私と一緒にテレビを見ていた妻が、突然「スズメ、メジロ・・」とつぶやき始めたのです。私は何事かなと思いながら、妻の方を見て「どうしたのか」と聞きますと、それには返事せず、引き続きブツブツつぶやきながら、「ああ、やはり『バルチック艦隊全滅す』のバルチック艦隊だった」と言い、やっと返事をしたのです。そうです。妻はテレビの画面に出た「バルチック艦隊」の字幕を見た瞬間、子供の時覚えた「しり取り」を思い出していたのです。
 この「しり取り」は今でもハッキリ覚えていますが、「日本の→乃木さんが→ 凱旋す」で始まり、「スズメ→メジロ→ロシヤ→野蛮国→黒バタキ→金の玉→負けて逃げるはチャンチャンボ→棒で叩くは犬殺し→シベリア鉄道長けれど→土瓶の口から飛び出せば→バルチック艦隊全滅す」と続き、次は元に戻って「スズメ→メジロ・・」と繰り返す遊びなのです。
 今でこそ、「乃木さん」と言えば、「日露戦争の時の日本軍の大将」だとわかりますが、この「しり取り」を覚えたのは、小学校に入学する前の頃で、実はその字はもちろん、意味も知らなかったのです。
 私と妻は学年こそ違いますが、同じ昭和16年生まれで、しかも同じ町内で育ちましたから、子供の時の遊びも男女の差こそあれ、大体同じものだったようです。その頃は終戦間もない頃で、現在のように幼稚園や保育所といったものはなく、従って「読み書き」を覚えるのは小学生になってからという時代でした。
 そのような時代に、この「しり取り」は子供達の間に流行していたのです。当時はどこの家庭でも子沢山でしたから、数人がグループで空き地に集まり遊んでいましたが、仲間外れにならないためには、どうしてもこの「しり取り」を覚えなければならなかったのです。私は直ぐ上の兄達から特訓を受け、言葉も意味もわからない、難しい、この「しり取り」を覚えることが出来ましたが、覚えることが出来ない友達が、泣きながら必死で練習していた光景を今でもふと思い出すことがあります。
 さて、職員の人達に、この「しり取り」について聞いてみますと、30代から40代の人達からは、「リンゴ→ゴリラ→ラクダ→ダルマ→マリ→リス→スイカ→カメ→メダカ→カラス→スズメ→メガネ→ネコ・・」という答えがあり、20代の人達は「リンゴ→ゴリラ」までは一緒ですが、それからは、例えば「ラクダ」ではなく、「ラッパ」という具合に自分勝手に言葉を選んで「しり取り」をしていたという答えが返ってきましたが、いずれも簡単なもので、聞いていていささか拍子抜けした感がしました。
 時代が代わると、遊びの内容はもちろん、同じ名前の遊びでもこうも違ってくるものですね。改めて年代の相違をつくづく感じたところですが、仲間外れにされたくないため、必死で覚えたこの「しり取り」は、おそらく永遠に忘れはしないでしょう。

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2004年10月25日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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