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校長のひとり言ブログ

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2004年11月 アーカイブ

2004年11月 2日

老婆心

 平成16年度の西部ブロックの法定講習は、先日、都城市内のメインホテルで開催されましたが、今回の特別講師は、曹洞宗安楽寺の住職佐々木芳磨先生で、「人・心・いのち」というテーマでした。
 その中で、私が今まで理解していた言葉の意味と若干異なった話がありました。それは「老婆心」という言葉です。辞典には「必要以上の親切心」と書いてあり、「老婆心から言わせてもらえば・・・」という風に自分の気持ちをへりくだって言うときに使うものとばかり理解していたのです。
 ところが、佐々木先生が話された道元禅師がその弟子と会話された中に出てくる「老婆心」は、もっと幅の広い、そして奥の深い意味があったのです。
 道元禅師は、今から約800年前、曹洞宗を開き、永平寺の開祖となった人ですが、多くの優秀な弟子を育てたことでも有名なお坊さんです。その道元禅師に死期が近づいた時、弟子達の多くは当然、弟子の中から才知技能に優れた「義介」が選ばれるものとばかり思っていたところ、後継者に弧雲懐奘(こうんえじょう)禅師を指名され、亡くなられました。なぜ、「義介」が選ばれなかったかはナゾでしたが、永平寺2代目の住職となった弧雲懐奘禅師が書いた「正法眼蔵随聞記」には、そのいきさつが次のように記されているということでした。
 それは、ある時、弟子である弧雲懐奘禅師が道元禅師に「なぜお師匠様は、義介に印可(悟りを開いたという証明)をお与えにならなかったのですか?」と聞かれたそうです。すると、道元禅師は、「あれは才知技能に優れているけれど、『老婆心』が足りない。」と言われ、弧雲懐奘禅師にも「これから先も、常に老婆心を心がけるよう」と申されたそうです。このとき道元禅師が言われた「老婆心」とは、次のような意味だったのです。
 「老婆心」は、老いたおばあさんと書きますが、おばあさんは長い人生経験を持っており、とても良く気が付くのです。時にはうるさがれる程の思いやりですが、お節介ではないのです。その人が人間らしく生き抜くためにさしのべる「思いやり」の手であり、「言葉」なのです。その「老婆心」が「義介」には足りないとおっしゃったのです。
 「義介」とは、「徹通義介(てっつうぎかい)禅師」のことですが、道元禅師没後、3代目の永平寺住職となり、教団の維持・運営に尽力しましたが、結果的には教団をまとめることが出来ず、永平寺を去ることになったわけですから、道元禅師にはやはり「先見の目」があったわけです。
 佐々木先生は、「老若男女を問わず、誰でも『老婆心』、つまり『思いやりの心』を持って接すれば、例えば、お嫁さんとお姑さんの間だってうまくいきます。ドライバーがこの気持ちを持って運転すれば、交通事故は少なくなります。自動車学校の指導員の皆さんは、『老婆心』を持ったドライバーの育成に努めて下さい。」と締めくくられました。
 私は含蓄のある言葉だと受け取りましたが、講習を受けた皆さんの感想はいかがだったでしょうか。

2004年11月 8日

口は災いの元

 今年のプロ野球日本シリーズは、西武ライオンズが中日ドラゴンズを4勝3敗で破り、12年ぶり12度目の優勝を遂げました。伊東勤監督は、平成2年の巨人・原監督以来、史上7人目の就任1年目の優勝監督となったわけです。
 特に今年は、パリーグにプレーオフ制が採用され、西武ライオンズはパリーグ第2位だったにもかかわらず、この制度のおかげでプレーオフの末、第3位のロッテオリオンズを破り、さらにリーグ戦でもダイエーホークスを接戦で破ってからのチャンピオンですから、喜びは大きかったものと思います。
 ところで、今年の日本シリーズの勝利ポイントについては、先日のサンデーモーニングで、解説の張本さんは「伊東監督が第6戦で松坂投手を起用したこと」、大沢さんは「落合監督の第3戦での投手継投ミス」を挙げられていましたが、私の考えはそうではなく、勝負のポイントは、第2戦で中日ドラゴンズが大勝した後の「勝利監督のインタビュー」にあったと思っています。
 それは、西武先勝の後の第2戦では、中日ドラゴンズが西武のエース松坂投手をノックアウトして11対6で圧勝し、対戦成績を1勝1敗にしましたが、その後のインタビューで、落合監督は「うちの選手が上だと思いますよ。激烈なセリーグを制したのだから。名古屋には戻ってきませんよ。」と彼流にボソリボソリと話し始めたのです。
 翌日の新聞では、この発言について「西武がペナントレースで第1位で通過したのではないことを巧みに皮肉ると共に、中日ナインに自信を持たせ、その力を引き出すため意識的に発言したもので、落合流の戦術」と報道していました。私はこのインタビューを聞いていて、今から15年前の「加藤発言」を思い出し、「あ、これはヤバイな。落合監督は策に溺れたな。」と考えたのです。
 その「加藤発言」というのは、日本シリーズで近鉄バッファローズと読売ジャイアンツが戦い、第1戦から第3戦まで近鉄バッファローズが勝って王手をかけましたが、その第3戦で勝ち投手となった「加藤哲朗投手」が、「巨人はロッテ(当時パリーグ最下位)より弱い」と発言してしまったのです。
 この「加藤哲朗投手」は、宮崎県出身の選手ですが、高校時代から「ホラ吹きの加藤」と言われる位、実力は大したことはないのに、調子に乗るとペラペラしゃべる選手だったのです。この「加藤発言」で巨人選手が奮起し、その後近鉄バッファローズは4連敗して日本一を逸してしまったのです。
 それ以来、日本シリーズ中は、終了するまで相手チームを刺激しないインタビューが行われてきましたが、落合監督はそのタブーをあえて、「中日ナインの不安を取り除く手段として」破ってしまったのです。
 結果的には、この発言が西武選手の「怒りのエネルギー」となり、短期決戦の連続で、日本ハム、ダイエーを破って、シリーズの舞台に進んできた西武の爆発力と粘りにつながったわけですから、この「落合発言」が勝負のポイントとなったようです。
 諺に「口は災いの元」という言葉がありますが、まさにそのとおりの結果となってしまいました。

2004年11月15日

命綱

 台風23号は10月20日から21日未明にかけて日本列島に深い爪痕を残し、九州から東海地方を中心に土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、20府県で80人以上が死亡・行方不明になるという大災害になりました。この犠牲者数は、平成になってから最悪の被害ということですが、この中では、京都府舞鶴市内における水没した観光バスから、乗客37人が全員救出されたニュースが最も印象的でした。
 それは、救助された乗客達の話を聞いてみると、全員死亡してもおかしくない状態に追い込まれましたが、乗客達の的確な判断と、流されるバスの車体と木をつないでいた1本の竹棒が「命綱」となる等、数々の幸運が重なり、「死」の恐怖から生還した事案だったからです。
 この観光バスに乗っていたのは、兵庫県豊岡市内に住んでいる市役所職員OBとその家族で、全員が60歳以上で、中には70歳に近い人もいたそうです。福井県等の観光を終え、バスは一路兵庫県を目指して帰路を急ぎ、午後8時ごろ京都府舞鶴市内に差し掛かったところ、折から台風23号の影響で川が増水し、そのため行動が冠水しており、バスは前車に続き、その場に停止せざるを得なくなったそうです。バスの後方にもトラックが停車したため、バックすることも出来ず、その場に立ち往生に状態になり、約1時間後の午後9時頃になると、増水した水が車内に入ってきました。
 すると、車内から「屋根に逃げよう」という男性の声があり、ハンマーで窓ダラスを破り、バスに取り付けられていたカーテンを引き裂いてロープとし、これを利用して全員屋根の上に逃れることが出来ました。
 しかし、救助を待っていた午後10時頃、水の勢いに押されてバスの車体の向きが左に傾き始め、このままではバスが流され、そうなると乗客の中には高齢者や泳ぎの出来ない女性がおり、犠牲者が出ると判断した乗客の一人が、後方に停車していたトラックにロープが積まれていたことを知り、バスとトラックを結びつけるため、濁流の中に飛び込みました。
 だが、思ったよりも流れが激しく、途中の街路樹にたどり着くのがやっとだったそうです。乗客達もあきらめかけていた時、1本の竹棒がバスに流れ着き、街路樹にしがみついていた乗客がそれを見て、「そうだ。この木とバスを竹棒でつないでバスの動きを止めよう。」と思い立ち、早速竹の棒を投げてもらい、竹棒を履いていた靴の紐で結び付けて固定し、竹棒の反対側は乗客の一人が持ち続けたということです。
 途中、木にしがみついていた乗客とバスの上で竹棒を持ち続けた乗客は、寒さと疲れのため、何度か竹棒を手放そうになりましたが、夜明けまで頑張り続け、ようやく10時間後の10月21日の午前7時、乗客全員が救出されたのです。
 今回の事案では、浸水始めたバスの状況を見てあわてることなく、「屋根に逃げよう」と声を出した的確な「判断力」と、乗客達の一糸乱れぬ「団結力」、たまたま流れ着いた「竹棒」でした。まさにこの竹棒は、乗客達を「死」から「生」の世界に生還させた「命綱」だったようです。

2004年11月22日

気のゆるみ

 今年もまた、「勤労感謝の日」がやって来ました。私にはこの日が来るたびに必ず思い出す出来事があります。その出来事は約50年近く前のことですが、今でもその時のことをハッキリ覚えており、時には夢にまで出て来ることがあります。
 それは私が中学校3年の頃の出来事です。その頃私は、クラブ活動としてサッカー部に所属し、毎日放課後、暗くなるまで猛練習に明け暮れていました。そのかいあって私達の中学校のサッカー部は、地区大会で見事優勝し、中学校の県大会、いわゆる「中体連」に出場する権利を得たのです。
 その大会は11月24日に開催されることが決まっており、それに備えて練習するため、前日、この日は「勤労感謝の日」で学校は休みでしたが、全員学校のグランドに集まり、軽い練習をしたのです。
 やがてその練習も終わり、集まったサッカー部の部員に対し、顧問の先生から翌日の県大会に出場する選手のメンバーが発表されました。その中には私の名前も入っており、ポジションは「フルバック」でした。ある程度は選ばれるのではないかとひそかに期待していましたが、いざ先生の口から私の名前が呼ばれた時は、嬉しさのあまり、すっかり有頂天になってしまったのです。
 私には兄が二人いますが、二人とも中学時代はサッカー部に所属し、いずれも県大会に出場していましたから、先ず兄達に何と言って報告しようかというばかりに気を取られ、その後、先生が細々と指示されたようでしたが、全く私の頭の中には残っていなかったのです。後で、顧問の先生から聞いた話によりますと、その時の指示は、「これまでの経験だと、試合の直前になって怪我をしたり、風邪を引いたりして折角のチャンスを逃す者がいる。試合まで気をゆるめないように。」ということだったそうです。
 先生の指示が全く頭の中に残っていない私は、その後、ボールをサッカー部の倉庫に格納するため、ボールをドリブルしながら倉庫に向かっていたのです。もうその頃は、周りはすっかり暗くなっていましたから、おそらく午後5時は過ぎていた頃と思います。
 私がその倉庫前までドリブルした時、後ろの方から「お~い谷口」という声が聞こえてきたのです。私は足元に転がるボールを見ながらドリブルしていましたので、何事かなと思い、ひょいと声のする方向に振り向いた時でした。右足が何か柔らかい物の上に乗った感触がし、「ギクッ」という音がした瞬間、私の右足に痛烈な痛みが走り、その場にもんどりうって倒れてしまったのです。
 私はその瞬間、「しまった。右足がボールの上に乗ってしまった。」と直ぐわかりましたが、もうそのときは手遅れでした。幸い足の骨折は免れましたが、足首の捻挫で全治2週間という診断であり、これで県大会の出場はあえなく欠場となったのです。あの時先生の忠告を素直に聞いていさえいれば、こんなことにはならなかったのです。一寸した「気のゆるみ」が大失敗になったわけですが、今考えても残念でたまりません。

2004年11月29日

バードウォッチング

 私のゴルフ友達の一人に「バードウォッチング」を趣味にしている人がいます。本人の話によりますと、その趣味歴は約20年になるそうですが、鳥の鳴き声が聞こえると、ゴルフのことはすっかり忘れ、鳴き声がする方にジッと耳を澄ませるほどの力の入れようです。
 鳥のことには全く関心がない私には、なぜ「バードウォッチング」が楽しいのか聞いてみたところ、「珍しい羽根の色をした鳥を発見したとき等は感動するが、それ以上に、鳴き声を聞いているときが自分にとっては一番幸せだ。」と教えてくれました。それでも私にはその友達の言っていることが理解できず、「バードウォッチング」は私には無縁なものと思っていました。
 ところが私にも「バードウォッチング」の趣味らしきものが、多少ともわかる出来事がありました。それは先日の日曜日、朝食を済ませて新聞に目を通していたところ、どこからか「ピーヨ、ピーヨ」という鳥の声が聞こえてきました。それも直ぐ近くから聞こえてきましたので、その声のする方を見ると、その鳥の鳴き声は、私方の東側の隣家の庭にある山茶花の木にとまっている「ヒヨドリ」でした。
 隣家は私方より一段低くなっており、約5メートルに成長した山茶花のてっぺんが、私方のキッチンと同じ高さにありますから、わずか2メートル位しか離れていない所で、「バードウォッチング」が出来るわけです。
 その山茶花の木には、毎年11月始めごろになりますと、真っ白な花がまるで雪が降ったように咲きますが、その花の蜜をめがけて、蜂や鳥達が集まって来るのです。これまでは「バードウォッチング」には興味がありませんでしたから、毎年秋になると、この山茶花の木に飛んでくる鳥達のことは知っているものの、観察することはなかったのです。
 しかし、今年は友達から「バードウォッチング」の楽しみを聞いていましたので、「ヒヨドリ」の姿を見た途端、「バードウォッチング」をしてみようという気になったのです。そこでそっと窓際に近寄り、山茶花の方を見ると、一匹の「ヒヨドリ」が木にとまり、黒いくちばしを大きく開けて、「ピーヨ、ピーヨ」とうるさいほどの鳴き声で鳴いています。
 私は子供の時から「ヒヨドリ」の姿は見て知っていましたが、こんなに近くで見たのは初めてでした。よく観察してみると、その「ヒヨドリ」は、大きさが全長約25センチ位、背中は灰褐色、胸は灰色で白い班模様があります。そして頭の毛は灰色で長く、まるで冠を被ったような格好です。
 「ヒヨドリ」は、餌があると他の鳥を追っ払って独り占めにし、「庭のギャング」と言われる位嫌われています。鳴き声はやたらと大きいだけで、その姿にも全く品がなく、「可愛い」という感じを受けない鳥ですが、キョロキョロとあたりを見渡したり、花にぶら下がって蜜を食べている姿を見ていると、何だか親しみが湧いてきました。
 私方の庭には、ツバキ等、花や実のなる木が植えてありますので、「ヒヨドリ」のほか、雉鳩、百舌、さらに春ともなるとメジロ等の鳥達が飛んで来ます。どうやら私も「バードウォッチング」にはまりそうな雰囲気です。