台風23号は10月20日から21日未明にかけて日本列島に深い爪痕を残し、九州から東海地方を中心に土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、20府県で80人以上が死亡・行方不明になるという大災害になりました。この犠牲者数は、平成になってから最悪の被害ということですが、この中では、京都府舞鶴市内における水没した観光バスから、乗客37人が全員救出されたニュースが最も印象的でした。
それは、救助された乗客達の話を聞いてみると、全員死亡してもおかしくない状態に追い込まれましたが、乗客達の的確な判断と、流されるバスの車体と木をつないでいた1本の竹棒が「命綱」となる等、数々の幸運が重なり、「死」の恐怖から生還した事案だったからです。
この観光バスに乗っていたのは、兵庫県豊岡市内に住んでいる市役所職員OBとその家族で、全員が60歳以上で、中には70歳に近い人もいたそうです。福井県等の観光を終え、バスは一路兵庫県を目指して帰路を急ぎ、午後8時ごろ京都府舞鶴市内に差し掛かったところ、折から台風23号の影響で川が増水し、そのため行動が冠水しており、バスは前車に続き、その場に停止せざるを得なくなったそうです。バスの後方にもトラックが停車したため、バックすることも出来ず、その場に立ち往生に状態になり、約1時間後の午後9時頃になると、増水した水が車内に入ってきました。
すると、車内から「屋根に逃げよう」という男性の声があり、ハンマーで窓ダラスを破り、バスに取り付けられていたカーテンを引き裂いてロープとし、これを利用して全員屋根の上に逃れることが出来ました。
しかし、救助を待っていた午後10時頃、水の勢いに押されてバスの車体の向きが左に傾き始め、このままではバスが流され、そうなると乗客の中には高齢者や泳ぎの出来ない女性がおり、犠牲者が出ると判断した乗客の一人が、後方に停車していたトラックにロープが積まれていたことを知り、バスとトラックを結びつけるため、濁流の中に飛び込みました。
だが、思ったよりも流れが激しく、途中の街路樹にたどり着くのがやっとだったそうです。乗客達もあきらめかけていた時、1本の竹棒がバスに流れ着き、街路樹にしがみついていた乗客がそれを見て、「そうだ。この木とバスを竹棒でつないでバスの動きを止めよう。」と思い立ち、早速竹の棒を投げてもらい、竹棒を履いていた靴の紐で結び付けて固定し、竹棒の反対側は乗客の一人が持ち続けたということです。
途中、木にしがみついていた乗客とバスの上で竹棒を持ち続けた乗客は、寒さと疲れのため、何度か竹棒を手放そうになりましたが、夜明けまで頑張り続け、ようやく10時間後の10月21日の午前7時、乗客全員が救出されたのです。
今回の事案では、浸水始めたバスの状況を見てあわてることなく、「屋根に逃げよう」と声を出した的確な「判断力」と、乗客達の一糸乱れぬ「団結力」、たまたま流れ着いた「竹棒」でした。まさにこの竹棒は、乗客達を「死」から「生」の世界に生還させた「命綱」だったようです。






