校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2004年12月 アーカイブ

2004年12月07日

コダチダリア

 今から2年前になりますが、通勤する電車の車窓から外の風景を眺めていたところ、沿線の清武町内の庭先に、薄紫というかピンク色をした花が咲いているのが目に入りました。その時期が11月の晩秋から12月中旬の初冬にかけての時期であり、宮崎ではコスモスの花が散り、1年中で一番花が少ない時期でしたから、特に目立つ花でした。
 しかもその花は、直径が約15センチメートル位と大きく、丈は屋根の軒下の高さとほぼ同じ約3メートル位で、今まで見たことのない花でしたから、何という名前の花かなと思っていたところ、ほどなくしてこの花が、新聞紙上に写真入りで紹介されていました。
 それによりますと、この花は「コダチダリア」という名前で、原産地はメキシコ、日本では春先に花が咲く「ダリア」の原種ということでした。丈は3~4メートルですが、原産地のメキシコでは、5メートルを超える「コダチダリア」もあるということでした。
 その頃の日曜日の朝、何気なく2階の窓から外の景色を見ていたところ、私方の庭の東隣りの庭に、ピンク色をした花が咲いているのが目に入りました。よく見ると、その花の丈は屋根ほどの高さがあり、大輪の花が咲いていましたので、ひょっとしたら「コダチダリア」の花ではないかと思い、早速その家を尋ね、庭先に咲いている花を見せてもらったところ、まぎれもなくその花は「コダチダリア」でした。家人の話によると、その花は園芸が趣味の友達から株分けしてもらったばかりで、まだ園芸店でも販売されていない、宮崎では珍しい花ということでした。
 昨年の春先、その家人から「コダチダリアを育ててみませんか」という誘いがあり、鉢植えされた「コダチダリア」の苗をいただきましたので、早速庭に地植えしたのです。
 もらったときは高さが30センチメートル位の細い苗でしたから、本当に丈が高くなるのかなと半信半疑でしたが、夏頃から見る見るうちに大きくなりました。その育ちの速さはビックリするくらいで、ある人はこの「コダチダリア」のことを「ジャックと豆の木」の木だと表現していましたが、まさにその言い方がピッタリの育ちようで、瞬く間に2階の屋根の軒下の高さまで育ったのです。ゆうに4メートルはありました。
 やがて10月の終わり頃になると、蕾が付き始め、日記によると11月9日に見事に開花しましたが、植えた所が道路に面した所だったので、道行く人からも花の姿が見えるのか、「あら、珍しい花ね。」とささやく声が家の中に聞こえるほどでした。
  その「コダチダリア」は、今年は相次いで襲来した台風の影響で、普段より少な目のようですが、私方の「コダチダリア」も茎の途中か倒れたりして成長が遅れ、やっと2メートル位にしかならず、「今年は花が咲かないのかな」と心配しましたが、昨年より約1週間遅れで見事な花を咲かせてくれ、ほっとしたところです。
 花の専門家から「コダチダリア」の株分け方法を教えてもらいましたので、来年はもっとたくさんの花が見られそうです。

2004年12月13日

歌舞伎が語源の言葉

 橋本元首相が衆議院政治倫理審査会で、日本歯科医師連盟から自民党旧橋本派への1億円献金隠し事件について、「事実だと思う」と1億円授受を認める弁明をしましたが、この件で朝日新聞は社説で、「この芝居で幕は引けぬ」というタイトルで内容を解説していました。このタイトルの中にある「幕を引く」とは、事の終わりを意味しますが、実はこの言葉は、歌舞伎が語源となっている言葉なのです。
 ご承知のとおり歌舞伎は、江戸時代に発達・完成した我が国特有の演劇ですが、約400年の歴史があるため、私達が日頃何気なく使っている言葉の中には、このような歌舞伎が語源となっている言葉がたくさんあります。
 例えば、「二枚目」という言葉があります。これは江戸時代、上方歌舞伎の芝居小屋の前には八枚看板が掲示されていましたが、その看板には、一枚目は「主役」、二枚目に「美男役」、そして三枚目に「道化役」の名前が書かれていたので、それが語源になり、美男子、男前、ハンサムのことを「二枚目」と呼ぶようになったということです。現在日本では「二枚目」のスターが見られませんが、先日、韓国から来日した「ヨン様ことペ・ヨンジュン」さんあたりがさしずめ「二枚目」と言ってよいでしょう。
 次に「どんでん返し」という言葉があります。これは物語を見ていて、結末は絶対こうなるだろうと予想していたところ、本当に思いもよらない結末が待っていたような時に使われている言葉です。またこの言葉は、私達の日常生活でも使用され、例えば付き合っている彼女に「結婚してくれ」と告白した瞬間、「実は好きな人が出来ちゃったの」と言われたときにも使われています。
 舞台演出方法として、バックの風景等を急に別の物に変えてしまうようなことがあります。テレビ等では場面が切り替わるのは当たり前のことですが、舞台では一瞬のうちに場面を変えることは出来ません。そこで当時の舞台では、場面を切り替える際は、人力で裏方が「せいの!」と勢いをつけて背景等をひっくり返していました。さらに勢いをつけるため、太鼓を「どんっ!」「でんっ!」と叩いていたそうです。そこでいつからか、この装置を「どんでん返し」と呼ぶようになり、それが日常生活にも使われるようになったということです。
 また、「十八番(おはこ)」とは、得意な芸のことを意味しますが、その語源は、江戸歌舞伎の雄といわれる市川家が、自家の得意とする演じ物の台本を箱に入れて大事に保管していたことにあります。その台本が全部で18種類あったことから「十八番」と書いて「おはこ」と読まれるようになったということです。
 ちなみにその「十八番」とは、「不破」「鳴神」「暫」「不動」「うわなり」「勧進帳」「象引」「助六」「押戻」「下郎売(ういろううり)」「矢の根」「関羽」「景清」「七つ面」「毛抜」「解脱」「蛇柳」「鎌髭」です。
 このほか、「茶番」「どんちゃん騒ぎ」「とんぼ返り」」等、歌舞伎が語源となっている言葉がたくさんありますが、それだけ歌舞伎が庶民に親しまれてきたという証拠でしょう。

2004年12月24日

くしゃみ

 先日、新聞を見ていたところ、「くしゃみで椎間板ヘルニア船越英一郎緊急入院」というタイトルが目に入りました。船越英一郎さんはテレビや映画で活躍中の俳優さんですが、その船越さんが「くしゃみで椎間板ヘルニア」とはどのようなことかと思い、早速その記事の内容を読んでみたところ、次のようなものでした。
 それは、船越さん(44歳)が早朝、自宅でストレッチ運動を約1時間したあと、入浴しましたが、その入浴中に「くしゃみ」をしたところ、腰に激痛が走り、身体の動きを奪われたそうです。そのため、奥さんとマネージャーが病院に運びましたが、診察の結果、「椎間板ヘルニア」と診断され、緊急入院となったということでした。
 船越さんは現在、2時間テレビドラマの主演俳優として出演中であり、この入院のため「ドラマを降板」との一部報道が流れ、船越さんの事務所では「今の時点での降板はない」と否定していましたが、その後の報道によりますと、症状は意外と重く、どうやら入院は長引きそうな状況のようです。
 私も急に寒くなったり、暖かくなった時等、環境が変わると思わず「くしゃみ」をすることがありますが、船越さんのように「くしゃみ」をしただけで、本当に「椎間板ヘルニア」になるものかと半信半疑でした。
 ところが、その記事が掲載された数日後、朝の散歩中にラジオを聞いていたところ、中京大学の湯浅教授が「くしゃみを軽視すると大変なことになる。」という内容の話をされていました。
 湯浅教授の話によりますと、「くしゃみ」をして「椎間板ヘルニア」になったのは船越さんだけでなく、現在アメリカ大リーグのホームランバッターとして活躍中のサミー・ソーサ選手も数年前ですが、試合中ベンチに座っていた時、思わず大きな「くしゃみ」をしたところ、腰に激痛が走って動けなくなり、病院に運ばれ診察の結果、「椎間板ヘルニア」と診断され、その後約2週間、試合を欠場したということです。
 また、「くしゃみ」をした瞬間は、全身の力を振り絞って息を吐き出すわけですから、不用意に「くしゃみ」をすると、特に腰に大きな負担がかかり、そのため、「ぎっくり腰」になったり、「椎間板ヘルニア」になるということです。
 そこで、湯浅教授は、「くしゃみの仕方」について、次のように説明されていました。その方法は、先ず「くしゃみが出そうになったら、壁に手を付け、膝を少しかがめる。」ということでした。これは壁に手を付けることによって、腰に対する負担が軽くなり、また膝を少しかがめることで身構える姿勢になり、腰に負担をかけないそうです。
 次に、身の周りに壁がない時は、「その場に背中を丸めてしゃがむ。」ということです。これも同じように、腰に負担をかけない方法だそうです。
 そして最も大事なことは、「大きなくしゃみはしない。小さくクシュンとする。」ということでした。しかし、これはなかなか実行することは出来そうにありませんので、せいぜい身構えてから「くしゃみ」をしたいと心がけているところです。

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