校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2006年05月 アーカイブ

2006年05月15日

稲むらの火

 昨年末のスマトラ沖の大地震とその後に発生した大津波では、被害が発生地のインドネシアのほか、インド洋に面した各国、さらに遠くアフリカ等10数カ国にも及び、犠牲者は、日本人も含め、10数万人に達しており、いまだ身元がわからない遺体が多数あるほか、行方不明の人も相当数あると報道されています。
 今回の災害では、地震より津波による犠牲者が多く出ており、その模様を撮影したビデオがテレビを通して数多く見られました。その中で、地震直後に撮影されたビデオで、浜辺の波が見る見るうちに沖合いに引き始め、そのため、浅瀬になった所で魚がピョンピョン跳ね、その魚を取ろうと浅瀬に走る住民の人達が映し出され、数分後、沖合いの波が急に盛り上がり、大津波が押し寄せる場面が映し出されました。
 その場面を見て、ふと小学生のとき習った国語の教科書を思い出しました。何年生の時だったかやその話のタイトルは何だったかはよく覚えていませんが、その話は、地震のあと、急に引き始めた波を見て「津波が来る」と直感した庄屋が、収穫したばかりの稲束に火をつけ、村人を津波から救ったという内容でした。
 私の妻も私と同世代ですからこの話をしましたが、記憶にないということで題名のことはあきらめていたところ、先日の新聞に「小泉八雲著『稲むらの火』が副読本に・・津波の恐ろしさ伝える」という見出しがついた記事が掲載されているのが目に入りました。
 この物語は、江戸時代(1854年)の安政南海地震のときに、紀州藩広村(現在の和歌山県広川町)の庄屋浜口儀兵衛が、地震後の異様な速さの引き波で津波を察知し、収穫したばかりの自分の稲束に火を放ち、火事と思わせて村人を集め、津波から多くの命を救った実話をモデルにしたものです。
 小泉八雲がこの話をもとに短編小説「生ける神」を書き、この小説を読んだ浜口儀兵衛と同郷の教師中井常蔵が「稲むらの火」を教材用として書き上げ、昭和12年から小学国語読本として全国の小学校に登場し、約1,000万人の児童に感銘を与えたということです。その教科書は終戦直後まで使われたということなので、私の記憶にあるこの物語は、この「稲むらの火」だったのです。
 小泉八雲は、ラフカディオ・ハーン人という英国人で、明治時代来日し、日本人を妻にするとともに、名前も「小泉八雲」と改名したほどの親日家で、熊本の第五高校の先生や東京大学の教授を歴任したほか、小説家としても知られ、「怪談」等の著書があり、多くの著書を外国に紹介し、短編小説「生ける神」も当時外国に紹介されたそうです。
 この「稲むらの火」の教科書は、終戦後の学制改革で国語の教科書から外されていましたが、今回のスマトラ沖の大地震及び津波の災害が発生後、小学校の先生から復活の声が上がり、平成17年度から小学校6年生の道徳副教本に掲載されることが決まったということです。
 もし、インドネシアの人達も、この「稲むらの火」のことを知っていたならば、多くの命が救われたはずですから、今回の副読本採用は、日本の人達にとっても地震が発生した場合、きっと役に立つものと確信しています。

2006年05月15日

高齢ドライバー

 平成10年の道路交通法一部改正で、75歳以上の人は「高齢者講習」を受講しないと運転免許の更新が出来なくなり、さらに平成14年からは、70歳以上の人も「高齢者講習」が義務付けられました。当校でも「高齢者講習」を実施していますが、年々受講者が増えているようです。特に70歳以上の人が受講するようになった平成15年1月から、急に受講者が増え、どうやら今年の受講者は昨年の1、5倍位になりそうです。
 さて、統計によりますと、その高齢者ドライバーの交通事故も年々増加し、事故の原因としては「安全不確認」、交通事故の場所としては「交差点」が大半を占めているようですが、街の中で見かける高齢者の運転振りや「高齢者講習」に来られた受講者の運転振りを見ていますと、高齢者特有の特徴点があるようです。
 その一つは「合図」で、右左折するときの合図が遅かったり、また中には全く合図をしないで急に曲がる運転振りが見られます。
 先日の朝、職員の方にJR山之口駅に迎えに来てもらい出勤中、高城町役場前の交差点に差しかかったときのことです。私達の車の前方を行く軽トラックが急にスピードを落としたので、曲がるのかなと思いウインカーを見ましたが、左も右もついていません。そのとき、軽トラックを見たところ「シルバーマーク」がついていましたので、運転していた職員の方に「前の車は高齢者運転だ。どちらかに曲がるよ。気をつけて」とアドバイスをしたのです。
 すると、軽トラックは交差点の手前で中央に寄り始めたので、「あ、右に曲がるな」と思った瞬間、急にハンドルを左に切ったのです。もちろん合図は全くありませんでした。私達がいち早く高齢者運転の車と気付き、スピードを落とし、車間距離を取っていましたから追突は避けられましたが、もし、気付いていなければ確実に事故になっていたはずです。
 その二つは、「安全確認が不十分」だということです。場内コースで運転する高齢者の方の運転では、一時停止の標識のある交差点にさしかかったときの動作に共通点があります。
 それは、交差点の数メートル前で早々と安全確認をしますが、車が一時停止した時点では、形式的にチラッと左右を見ただけで、そのまま発進しています。中には、数メートル先に教習車が近づいているのに発進しようとし、あわてて同乗の指導員がブレーキを踏む場面も見られます。
 おそらく本人は交差点の手前で確認したので大丈夫だろうと思ったかも知れませんが、このような運転振りが、高齢者運転の事故として「交差点における出合頭」が最も多いことにつながっているものと思われます。
 私の経験では、60歳を過ぎた頃から、チラッと左右を見た瞬間、若いときと違って瞬時に焦点が合わず、ボンヤリしか物が見えないときがあります。このような視力の衰えが「見落とし」の原因となっているようです。
 このほか、カーブ付近におけるスピードの出し過ぎ等、全て身体能力の衰えを本人が自覚していないがために起こる現象です。「高齢者講習」においてはこの点をしっかり指導するとともに、私達もこのような高齢者運転の特徴を知っておきましょう。

裸の王様

 先日、西武鉄道株のグループ企業による虚偽記載問題で、東京地検特捜部は、中核企業コクドの前会長堤義明容疑者を証券取引法違反(虚偽記載、インサイダー取引)容疑で逮捕しましたが、その模様がテレビで放映されていました。
 いつもは外車にしか乗らない堤容疑者が地検の国産車に乗せられ、それを直立不動の社員が見送る場面が映し出されており、そこには、かってコクドをはじめ、西武鉄道、プリンスホテル、西武ライオンズ等傘下135社の総帥者として自分の思うがままに君臨した姿はありませんでした。
 堤前会長の逮捕については、小泉首相をはじめ、いろいろな人がコメントを述べていましたが、その中で、ある財界人が「堤さんは、いつの間にか『裸の王様』になっていたのですね。」と述べていたのが印象的でした。
 「裸の王様」とは、三省堂の新明解国語辞典によりますと、「目に見えない服を着せられているのに気付かず、子供から『裸の王様』と言われて始めて自分の本当の姿に気付くというアンデルセンの童話から出た言葉」ですが、この言葉は「いいことだけを知らされていて、本当のことを知らない人の例え」として使われています。
 今回の事件をみると、堤前会長には、そういわれても仕方のない部分があったようです。私はテレビである場面を見て、堤前会長のことを「ワンマン社長だな。こんなリーダーがまだ日本にいたのか」とビックリしたことがあります。
 それは、約10年位前のことになりますが、プロ野球の西武ライオンズの監督であった森さんが、日本シリーズで巨人に勝って日本一となり、その報告を当時のオーナーである堤社長にしたときのことです。森監督としては、日本一となったことであり、当然堤社長からは「よく頑張った。来シーズンも引き続き監督をお願いしますよ。」と労いをこめた言葉があるものと思っていたところ、堤社長は「あなたがやる気があったら、やってみたら」と突き放すような発言をしたのです。
 カメラに囲まれた中での発言であり、それまでニコニコして会話していた森監督の顔が一瞬引きつったようになりました。おそらく、堤社長としては、森監督を傘下グループの社員と同じ者として扱ったのでしょうが、森監督の後ろにいるプロ野球のファンのことを忘れた言動でした。この言動でプライドを傷つけられた森監督は、このシーズンを限りに西武ライオンズのユニフォームを脱ぐことになりましたが、今回の逮捕劇を見て、すぐこのときの堤社長の言動を思い出したわけです。
 堤前会長については、実弟も「あの人(堤前会長)は経営者というより専制君主だ。」と広言しているとおり、傘下のグループの人事を始め、ホテルの廊下のジュータンの色まで自分で決めると言うワンマン振りであったということです。西武グループ内にも優秀な人材がいましたが、意見を具申してもそれが堤会長の気に食わないと左遷されていたということですから、自然と社員も「イエスマン」になり、正しい意見がトップの堤前会長に伝わらず、いつの間にか、堤前会長自身が「裸の王様」になっていたわけです。
 「西武」と言えば、巷では「税金を支払わない会社」として有名であり、リーダーである堤前会長の逮捕で、いったん落ちた信用を回復するためには、余程の努力をしないと「ダイエー」の二の舞になりそうです。

フロント・ピラー

 第2段階の項目4では、「死角と運転」の中で死角の事例を学びますが、実際車に乗ってみますと、自動車自体に運転席から見えない、いわゆる「死角」部分がかなりあることがわかります。その「死角」を補うものとして、道路運送車両法の保安基準では、バックミラーやサイドミラー等の取り付けが義務付けられていますが、ドライバーとして前方を遮る物として注意しなければならないのが、「フロント・ピラー」です。
 この「フロント・ピラー」は、別名「前部の柱」と呼ばれています。安全な視界を得るためには「フロント・ピラーのない車」が理想ですが、「安全ボディー」実現のために、逆に太くなっているのが実情です。最新の車では、この「フロント・ピラーの死角」になっている部分を液晶パネルに表示し、死角を低減する機材を取り付けた車が見られますが、まだ大部分の車は従来の型式のようです。
 この「フロント・ピラー」が右左折時や山間路を走るときのドライバーの視界を妨げ、大きな事故になった事例があり、事実、私もその場面に遭遇し、ヒヤッとしたことがありました。
 それは、先日雨の降る夜、宮崎市内の交通量の多い道路を運転していたときのことです。信号機のある交差点を右折するため、交差点の中央部で直進する車両を待っていましたが、やがて車が途絶えましたので、右折を始めたところ、前方の横断歩道を、私から向かって左側から右の方に横断する数台の自転車の姿がライトの中に見えましたので、横断歩道の手前で止まったのです。
 その自転車が私の車の前を通り過ぎましたので、顔を動かして左右の安全を確かめ、人や自転車の姿が見えなかったので発進しようとしたのです。そのとき、右側の横断歩道の中央部付近で何やら黒いものがチラッと動く姿が見えたので、その方向を見たところ、それは右から左に横断する歩行者の姿だったのです。私はその姿にびっくりし、あわててブレーキを踏みましたので、事なきを得ましたが、さっき見たときは、確かに私の目にはその姿は見えなかったのです。
 なぜ歩行者の姿を発見できなかったのかと思い、もう一度右の方を見たところ、その原因がわかりました。それは、右側の「フロント・ピラー」が、ライトの光が届かない横断歩道の中央部に立っていたと思われる歩行者の姿をすっぽり包み込み、私の視界を妨げていたからです。
 私は今まで車を運転中、「フロント・ピラー」については、特に視界を妨げる物とは思っていませんでしたが、このことがあってから、改めて運転席から道路を見ると、「フロント・ピラー」が障害になっていることは確かなようです。これを防ぐためには、左右の安全を確認する際、ただ顔を動かしただけでは、このように光が届かないところにある人や自転車の姿を発見できない場合があることがわかりました。
 そこで、交差点で右左折するときは、この「フロント・ピラーの死角」のことを考え、ただ見るだけでなく、体を左右に動かし「フロント・ピラー」の死角になっているものはないかを必ず確かめるようにしているところです。

オレ流

 「オレ流」といえば、プロ野球中日ドラゴンズの落合博満監督の思想・行動・流儀を指す造語で、中日ドラゴンズの登録商標にもなっている有名な言葉です。落合監督は、ロッテオリオンズに入団した頃から、打撃コーチの指導に従わず、自分流のやり方で打撃技術を会得して一軍選手になり、その後三冠王を獲得した選手ですが、このような「球界の常識・定説に囚われない、普通とは違う独自の変わった考え」をする人のことをマスコミでは「オレ流」と表現しています。
 落合監督のように、たとえ「オレ流」であっても、結果的に打撃王やホームラン王等になりさえすれば、誰も文句の付けようがありませんが、これがスポーツ以外の場合はそういうわけにはいかず、むしろ「迷惑行為」や「マナーに欠けた行為」となり、周りの人のひんしゅくをかう場合があります。
 その例として、「道路におけるオレ流の通行方法」があります。私は、通勤の際、自転車を利用していますが、車を運転している人や自転車乗り、さらには歩行者の中には「オレ流」の考えで道路を利用する人が数多くあり、自転車乗りにとっては、非常に迷惑する場合があります。
 その一つは、「オレ流の歩行者」です。私は、毎朝定時に自転車で自宅を出発しますが、そのコースも同じですから、途中で会う人も大体同じ人が多いようです。その人達の中に、いつも同じ場所で私が追い越す女性達がいます。その女性達は、40代と50代の女性ですが、いつも決まったように横に並んで歩いているのです。
 その道路は、歩行者と自転車が一緒に通れるようになっていますが、道路の幅員が約2メートル位と狭く、二人が横に並ぶと、自転車は通れないのです。私は、その二人連れに近づいたときは、ベルを鳴らしますが、いつも決まったようにチラッと後ろを見て進路を譲ってくれます。しかし、次の日はまた、横に並んで歩いており、なかなか改めてくれそうにもないようです。
 その二つは、「オレ流の自転車」です。それは交通量の多い交差点では、自転車が信号待ちのため、交差点の手前で止まっている場合がありますが、その自転車が多いときは歩道・自転車道を完全に占領して前方を遮り、自転車が通れない場合があるのです。自分がその立場になれば当然わかることですが、このような「オレ流」の行為を改めてはくれそうにもありません。
 その三つは、「オレ流の車」です。それは横合いの小さな道路から出てきた車が、交差点の手前で一時停止せず、いきなり、私が通っている歩道・自転車道まで出て来て停止し、そのため、自転車が通れない場合があるのです。いきなり、横合いから車が出てくるわけですから、びっくりもしますが、それ以上に自転車道の真ん中に止まり、自転車や歩行者の姿を見ても、バックするようなことはせず、全く無視して平然としているときは、腹が立つときもあります。しかし、ここで腹を立てても仕方がありませんので、車が出るまでじっと待つことにしています。
 道路は皆のものですから、このような「オレ流」の利用方法は、迷惑になりますので、ぜひ改めてほしいものです。

国歌斉唱

 大相撲春場所は、横綱の朝青龍関が14勝1敗の好成績で、3場所連続、11回目の優勝を遂げ閉幕しました。圧倒的な勝ち方で見事な優勝と言わざるを得ませんが、日本の国技である相撲で、外国人の朝青龍関が優勝したわけですから、日本人としては、手放しで喜んでいるわけにもいかないようです。
 私が子供のときは相撲の全盛時代でしたから、今でも「そのときのお相撲さんの名前を言いなさい」と聞かれれば、たちどころに「吉葉山、千代の山、鏡里、照国、栃錦、若乃花」等と名前が出て来るほどですから、余計、最近の相撲を見て、外国人の力士の活躍は快く思っていませんでした。特に、朝青龍関の相撲は憎らしいほど強いので、私にとってはあまり好きな力士ではなく、優勝がかかった13日目の栃東戦で、取り直し後の相撲で栃東が勝ったときは、思わず拍手して喜び、溜飲の下がる思いがしました。
 ところが、千秋楽の日の表彰式で見せた朝青龍関の行動にはすっかり魅せられ、あんなに嫌いであった朝青龍関がたちまち大好きになったのです。
 それは表彰式のときに行われる「国歌斉唱」のときでした。その表彰式をテレビで見ていたところ、「国歌斉唱を行いますので、ご起立ください。ご唱和をお願いします。」というアナウンスがあり、場内に国歌が流れますと、会場にいた人達は伴奏に合わせて「国歌」を唱和し始めましたが、途中からその映像が朝青龍関のアップ姿になりました。よく見ると、なんと朝青龍関の口が動き、「国歌」を斉唱していたのです。カメラはその朝青龍関の口の動きを捉えていましたが、「君が代は」に始まり、最後の「苔のむすまで」と正確に唱和していました。国歌の演奏が終わったあと、アナウンサーは「朝青龍関はよく日本の国歌を覚えましたね」とコメントしていましたが、私も朝青龍関のその態度にはすっかり感心させられました。日本には「郷に入れば郷に従え」という諺がありますが、モンゴルから言葉も風習も異なる日本にやってきて、相撲だけでなく、流暢な日本語も話すことが出来るようになり、しかも日本の「国歌」も正確に唄えるということですから、日本人以上に日本を知る人間になったようです。
さて、「国歌斉唱」といえば、いつも歯がゆい思いをするときがあります。それは、外国のチームとサッカーの試合をするときのことです。サッカーの試合では、試合に先立ち両チームの「国歌」が演奏されますが、その模様がテレビ映し出されますと、外国のチームの選手は自国の「国歌」を誇らしげに声高らかに唄います。先日イランで行われたワールドカップの予選の試合でも、イランの選手の口は全員動いていましたが、日本チームは選手達の半分しか口が動いていませんでした。動いていたのは、中田、小野、中村等ヨーロッパで活躍している選手達だけでした。おそらく、外国のチームで活躍しているこれらの選手達は、自国の「国歌」を誇らしげに唄っているチームメイトを見て、自然と「愛国心」に目覚め、唱和の習慣が身についたものと思います。
とかく日本人は「国歌斉唱」については、恥ずかしいのか、あるいは抵抗があるのか知りませんが、唱和をする人は少ないようです。次回のレバノン戦で日本チームが勝つためには、全員の選手が口を大きく開け、声高らかに「国歌斉唱」を唄い、士気を高めてほしいと願っているところです。

お茶飲み友達

 今回の「福岡県西方沖地震」では、震度6弱の大地震であったにもかかわらず、昼間発生したことや、火災、津波等の二次災害が発生しなかったこともあり、地震発生に伴う犠牲者はわずか1名でしたが、震源地に近い玄界島では、島の約80パーセントの家屋が全壊か、それに近い被害を受けたようです。余震が続くことから、その日のうちに一部の自治役員を残し、大部分の島民は船で対岸の福岡市の体育館に避難しましたが、その模様がテレビで映し出されていました。それを見ていると、高齢者の姿が多く、腰を曲げながら船に乗り込む様子を見て、ふと、数日前に見た「老人孤独死、遺体数日後に発見」の新聞記事を思い出しました。
 その老人は、平成7年に発生した「阪神・淡路大震災」で家族全員を失い、その後仮設住宅での生活を経て、市営住宅に住んでいた80歳を超えた男の方でした。身内は誰もいなかったということですが、誰にも看取られず、ひっそりと寂しく息を引き取られる姿を想像すると、他人事ながら、とても不憫に感ぜられました。市営住宅ですから、当然隣近所の部屋には誰か住んでおられたはずですが、その方達との交流、つまり「お茶飲み友達」はいなかったのかと思いました。
 最近、全国的にこのような「老人の孤独死」が増えてきましたが、実は私の妻の母も現在86歳で、一人住まいをしていますので、この問題については、他人事だと傍観しているわけにはいかないのです。それは一昨年、妻の父が亡くなり、義母だけの生活が始まったのですが、隣り近所があるとはいえ、骨粗鬆のため腰が曲がり、買い物に行くにも運転免許は持っていないので不便であり、果たして一人住まいは出来るだろうかと心配したのです。
 すると、義母は「隣り近所は知った人ばかりで話し相手もおり、それにここは私が生まれ育った所だから、心配は要らない。」と言い、一人住まいをすることを宣言したのです。隣り近所には、義母の血縁者は住んでいませんが、義母と年代が近い女性達が2,3名おり、その人達は、義父が生存中も私達が帰省すると、義母達と話をしている姿を何度か見ていましたので、義母の言い分を聞き、私達夫婦が、週末に実家に帰り、義母の様子を見ることにしたのです。
 その後、約束通り、私達夫婦は週末になると実家に帰り、義母を近くのスーパーに連れて行きますが、義母は必ずお菓子を買うのです。それも一人では食べきれないほどのお菓子を買いますので、不思議に思って聞いてみると、「AさんやBさんと一緒に食べる」ということでした。義母の話によると、近所に住んでいる二人は、私達夫婦が帰省する週末を除いては、毎日のように代わる代わる義母方を訪れ、お茶を飲みながら、世間話をするということでした。
 私達が週末帰省したとき、義母と妻の会話を聞いていると、話題はもっぱら「お茶飲み友達」との会話の内容です。それも近所での出来事が手に取るようにわかりますので、私達や義母にとっても、まことに有難い「お茶飲み友達」です。いつまで続くかわかりませんが、出来得るならば、この状態がいつまでも続くことを願っているところです。

過信

 先週、秋田県と岩手県にまたがる標高1、487メートルの乳頭山に登山したグループが、吹雪で下山ルートを大きく間違え、下山口と思っていた場所と全く反対の岩手県側に下山し、危うく全員が遭難しそうになる事案が発生しましたが、幸い、軽い凍傷者はあったものの、全員無事に救助され、ホッとしました。
 救助されたグループのリーダーは「乳頭山には学生時代から数十回登っており、山のことは熟知していたつもりが、逆に仇となった。自尊心が間違いを起こした。」と自分自身の『過信』を認める謝罪の記者会見をしていましたが、今回の遭難騒ぎは、あまりにも自信過剰になると、思わぬ失敗を起こすということを如実に示した事案でした。
 テレビや新聞等の報道によりますと、このグループは、秋田市内の年金受給者とその家族で結成する「山楽会」の会員で、年間を通して各地の山に登山しており、今回の「乳頭山登山」も例年、この時期に行っている、いわば恒例の登山だったようです。従って、今年の登山に参加したメンバーも50代から70代までの男女43名で、ピクニック気分の人達も多かったということです。
 ところが、例年、3月末の乳頭山は、山頂の一部に残雪がある程度で、春山の様相なのに、今年は雪が多く、山全体がまだ雪が積もった状態だったそうです。「山楽会」の会員で、今回参加しなかった人が、遭難騒ぎが明るみになったとき「天気予報では、吹雪になるということであり、参加する会員に『中止したほうがいいのではないか』と携帯電話で通話した」とインタビューに答えていましたが、この点について、リーダーは「秋田市内は青空であり、行ける所まで行って見ようと考え、登山口を出発した。」と説明していました。
 登山の専門家は、「少人数だったら中止を決定するのは簡単だが、大勢の参加者があったとき、中止を決定するのは非常に難しい。しかし、気象状況を見て冷静に判断し、危険性があるときは直ちに中止を決定するのが真のリーダーだ。」と説明していましたが、今回のリーダーはその点、出発の時点から甘い判断だったようです。
 さらに、リーダーは、「昼食は山小屋で済ませ、出発しようとしたところ、山小屋付近は猛吹雪となっていたが、この山のことは慣れていたので、引き返すのは簡単だと判断して出発した。途中で吹雪がますます激しくなり、目印となる物はすべて吹き飛ばされ、道に迷ったというより、方角が全くわからなくなってしまった。」と説明していました。このリーダーは若いときから登山の経験があるということでしたので、当然登山する場合に必要な地図、磁石、コンパス等を持っていたはずですが、なぜこれらを活用して方角を確かめなかったかと疑問に思いました。
 おそらく、自尊心が強い、このリーダーのことですから、「俺がこの山のことは一番知っている。心配するな。」と他の会員をリードしたものと考えられますが、それにしても危うく全員遭難となるところでしたから、この問題は後々まで尾を引くものと思われます。
 自分の行うことは絶対間違いないと言い、他の人の意見に全く耳を貸さない人もいますが、人間ですから時には間違うこともあります。自信過剰もほどほどにしないと「過信」となり、失敗につながるようです。

ハイヤー

 4月になった途端、ガソリンが値上がりはじめ、最初は1リットル当たり110円だったレギュラーガソリンが、1週間後には120円まで跳ね上がりました。テレビニュースの解説によりますと、その原因はガソリンの原油の約半分を中国とインドが買い占めたためということで、今後、日本国内のガソリンの値段はさらに上がるということでした。
 テレビでは、ガソリンの値上げに伴い、痛手を受けるタクシー業者に対するインタビューをしていましたが、その中で、経営者の一人が「このハイヤーは1日当たり、約40リットルを消費しますので、当社にとって今回の原油の値上げは大きな痛手です。」と説明していました。見ると、経営者の横には、黒塗りの高級車が写っていましたが、その画面を見て、私のすぐ横でテレビを見ていた妻が「この黒い車はハイヤーとなっているが、ハイヤーとタクシーはどう違うの?」と尋ねたのです。
 テレビの画面を見ていた私は、突然の質問だったので、「うむ」と咄嗟に返答に窮しました。その間、頭の中で「ハイヤーとタクシーの違いは、ずっと前に聞いたようにあるがどうだったのかな」と記憶をたどってみたのです。しかし、どうしてもはっきりした違いを思い出すことが出来ず、残念ながら、その場は「後で違いを調べてみる」と言葉を濁したのです。
 そこで、早速、その違いを調べたところ、その違いがわかりました。まず、その違いをはっきり規定しているのは「タクシー業務適正化特別措置法」という法律です。その第2条には「ハイヤーとは、一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者が、その事業の用に供する自動車で、当該自動車による運送の引き受けが営業所のみにおいて行われるものをいう」と規定されています。つまり、わかり易く言えば、「ハイヤーとは、営業所などにいて、お客さんからの申し込みを受けて、お客さんの指定する場所に行き、お客さんを運ぶ自動車」のことです。これに対してタクシーとは「町の中や決められた乗り場などで、注文によって客を乗せ、走った距離と時間にしたがって料金を取る自動車」のことなのです。タクシーは、お客さんを求めて、町中を走ることが出来ますが、ハイヤーはタクシーのような流し営業は禁止されているのだそうです。
 また、ハイヤーは元来「車と人を雇う」という意味で、一般的には「ハイヤード・タクシー」の略だそうですが、私達にとっては、ハイヤーには高級自動車というイメージがあります。それもそのはずです。調べてみると、国土交通省では、ハイヤー・タクシー事業者に対し、「ハイヤーは、デラックス車以上のハイグレードな車両を使用するように」という指導が行われているそうです。それで、ハイヤーと呼ばれている車には、国産車では、セルシオ、シーマ等の大型車、外車 (輸入車)では、キャデラック、ベンツ等が使われているのです。
 このように、ハイヤーとタクシーには確かに違いがありますが、年配の方の中には、ハイヤーとタクシーをごっちゃにして使う人もいますし、「ハイヤード・タクシー」がもともとの言葉であるところからしても、口角泡を飛ばして、「ああだ、こうだ」と議論する必要性は、あまり意味がなさそうに思えます。

新入社員

 毎年4月になると、テレビでは全国各地の各企業の入社式の模様が放送されますので、「今年もまた新年度が始まったな」という実感が湧いてきますが、一方、街のあちこちでも、この時期は「私は新入社員です」と言わんばかりに、男性も女性も黒いスーツに身を包んだ姿を良く見かけますので、新たな気持ちで仕事に邁進することが出来ます。
 そうした中で、私が通勤のため電車に乗るJR宮崎駅でも、今年も新しく採用された女性の新入駅員が改札口に登場しました。JR宮崎駅では、3年位前から女性駅員を採用し始め、今では数名の女性が改札口に立ち、乗降するお客さんの改札をしていますが、これまで男性の、しかもかなり年配の駅員だけだった頃に比べ、お客さんの評判も好評のようです。
 さて、今年新しく採用された女性駅員が事前教養を終え、先日から改札口に立つようになりました。その女性新入社員は、他の女性駅員と同様に黒い制服に身を包んでいますが、胸には「見習い」と大きく書かれたネームプレートを下げていますので、一見して「新入社員」であることがわかります。ある日、その新人の女性駅員と2,3年経験のある先輩女性駅員とどう違うのか、じっくり観察してみることにしました。
 新人の女性駅員の仕事ぶりを見てみますと、まず印象的だったのが、「笑顔が見られない」ということでした。お客さんの前に立つのが初めてだったのかもしれませんが、全く笑顔が見られず、緊張した行動振りがこちらまで伝わってくるようです。おそらく事前教養では、「お客様には笑顔で接しなさい」と教えれれたはずですが、どうしたことでしょう。上り下りの電車が駅に近づくと、モニターを見ながらマイク放送をするわけですが、これも原稿を見ながらの放送ですが、声が小さく、そばで聞いていても何が放送されているのか良くわかりません。
 それに比べて、先輩の女性駅員の仕事振りを見ますと、さすがは経験者だなと感心します。常にどのお客さんに対しても笑顔を絶やさず、自分の方から「おはようございます」と声をかけ、さらに、私が改札口を通るとき、定期券を差し出すと、必ず「行ってらっしゃいませ」と声をかけてくれます。また、自動車学校からの帰り、改札口を通りますと、この女性駅員は必ず「お疲れさんでした」と笑顔と一緒に声をかけてくれるのです。このように声をかけられると、なんだかうれしくなり、途端にやる気が出てきますし、また、帰りのときは疲れが吹き飛んでいくみたいになりますから、不思議なものです。
 新入社員にここまで要求するのは、まだまだ無理かもしれませんが、身近に見本となる先輩駅員がいますから、一日も早く先輩女性駅員のレベルに達してもらいたいと願っているところです。
 ところで、都城自動車学校にもこの春3名の女性社員の入社がありました。現在はまだ教習生と接するする機会は少ないようですが、やがて事務所の窓口で仕事をするようになると、教習生だけでなく、その保護者、さらに高齢者講習で訪れた人等、様々な人が皆さんの仕事振りを注目して見ているはずです。常に笑顔を絶やさず、教習生に対してはもちろん、お客さんに対しては自分の方から積極的に声をかけるようにしましょう。
 その前に、私達職員も新入社員のも見本となるよう、職員同士はもちろんのこと、お客様に対しては常に笑顔を絶やさず、自ら挨拶するように心がけましょう。

カラスの巣

 4月中のある日の昼休み時間、職員室から外に出たところ、赤崎副校長から「校長、今年もカラスの巣作りが始まりましたよ。」という声がかかりました。赤崎副校長が指差す二輪コースの方を見ると、照明柱のてっぺんに巣らしきものがあるのが見えました。二輪コースには6個の照明柱がありますが、カラスの巣らしきものがある照明柱は、四輪コースに近い東側にあり、毎年この時期になるとこの照明柱のてっぺんにカラスが巣を作るのです。
 そこで、今年の巣の作り具合はどんなものかと思い、近づいて見ると、高さ約10メートルの照明柱のてっぺんには、枯れ枝を集めた一見してカラスの作品と思われる巣が出来つつあるのが見えました。なぜ、その巣がカラスの巣かといいますと、他の鳥、例えばスズメや鳩の巣は枯れ草等できれいに作られていますが、カラスの巣は枯れ枝等で大雑把に作られていますから、下から巣を見ると巣の中が丸見えに見えますので、すぐカラスの巣だとわかるのです。
照明柱の下から、そのカラスの巣を眺めていると、北側の方から1羽のカラスが巣をめがけて飛んでくるのが見えました。見ると、カラスの口には枯れ枝が見えましたので、このカラスが巣の持ち主だなとわかり、どんな巣作りをするのかと興味が湧いてきましたので、しばらく観察をすることにしたのです。
 すると、巣をめがけて飛んできたカラスが、照明柱の真下に私がいるのに気づいたのか、急に方向を真東に変え、約50メートル離れた四輪コースの照明柱の方に飛んで行き、やがてその照明柱のてっぺんに止まると、じっと私の方を向いているのです。その様子からどうやら私が巣に何かイタズラをするものと考えたようでしたので、その場所を離れ、近くの二輪コース内にある控え室から観察することにしたのです。
 やがて四輪コース内の照明柱に止まっていたカラスが、巣がある照明柱に飛んでくるとすぐ、くちばしを器用に動かしてくわえてきた枯れ枝を作りかけの巣に追加し、丸くしていかにも巣らしくしたのです。その様子を約10分位じっと見ていましたが、鮮やかな手さばき、いや口さばきには感心させられました。いったい誰が巣の作り方を教えたのでしょうか。親のカラスから習ったのか、それとも動物本来の習性でこのような見事な巣を作ったのかもしれません。さらに、巣の様子をよく見ると、枯れ枝のほか金属みたいなものも見えます。何だろうかと思い、下から見上げてみると、それはハンガーの針金でした。おそらく近くの民家の庭先にあったものを失敬して来たものと思いますが、それを器用に丸め、自分の巣にするわけですから、カラスの頭の良さにはほとほと感心させられた次第です。
 今日の観察はこれで終わりましたが、カラスはとても頭の良い鳥で、子育てをしているときは人間に対しても攻撃してくるそうですから、次回からは、カラスに気付かれないよう双眼鏡を使って観察することにします。
 カラスは、卵を抱き始めてから約3週間で孵化するといわれていますから、やがて5月の連休明け頃には、この巣から雛が育つものと思います。毎年巣はそのままにされ、これが電気のショートの原因になりますので、今年もまた、職員の方が取り除くことになるでしょう。

企業風土

 4月25日に発生した兵庫県尼崎市のJR福知山線の脱線事故では、死者が107人に達したほか、救出されて病院に収容された乗客の中にも、未だ20数人の方が意識不明や重傷のため集中治療室で治療中という大惨事が発生しましたが、その原因がまだ調査中の段階なのに、JR西日本職員の不祥事が次々と明るみになり、収拾がつかない状態となっています。
 まず、明るみになったのは、事故を起こした電車に乗り合わせていたJR西日本の運転士2人が、救助活動をせずにそのまま、自分の職場に向かっていたことです。最初の報道では、2人の運転士とも事故直後逃げるようにして現場を立ち去ったということでしたが、その後の調査では、2人とも携帯電話で上司に報告し、指示を受けて出勤したということです。それにしても救助活動に加わらずに出勤し、通常通りに乗務していたということですから、国民にとっては全く信じられない振る舞いです。また、その後の記者会見では、2人の運転士とも「気が動転していた」と説明していますが、事故直後、現場付近の市場にいた人達が、自分の仕事をほったらかしにして救助活動に加わったことに比べると、その意識には雲泥の差があるようです。
 その問題が片付かないうちに、今度は大阪天王寺車掌区の43人が事故当日、ボウリング大会を開催していたことが報道されました。調査によると、このボウリング大会は、事前に計画され、参加したのは当日休暇の社員だったそうですが、参加した43人全員が車内放送等で事故の発生を知り、そのうち13人は自宅のテレビや同僚からのメールで死傷者多数いる重大事故と認識していたということです。さらに、このボウリング場内にはテレビがあり、事故の模様は放映されていたということですから、むしろ重大な事故であったことを知らなかったというのはどうみても不自然です。
 また、ボウリングを続けることに疑問を持つ社員もいたが、「目上の人に言いづらかった」と上司に中止を進言しなかった理由を説明していましたが、私はその放送を聞いていて単なる弁解のように聞こえました。それは、ボウリング大会が終わった後、27人は当日の夕方、天王寺駅前の居酒屋で開催された懇親会に出席し、その後、何人かは二次会、三次会に参加していたからです。居酒屋の懇親会に出席した社員のうちの一人は「事故のことは知っていたが、30人分の予約をしていたのでキャンセルしづらかった」と弁明しているそうですが、全く開いた口が塞がりません。
 この調査結果は、まさに「安全優先」という鉄道マンの意識が欠如していることを世間に露呈した格好になりましたが、事故現場に献花に来た遺族等の口からは「安全への意識が欠けている」「同じ会社のことなのに、何も感じないのか、腹立たしい」等厳しい意見が出されていました。私も全く同感です。
 JR西日本の社員には、「自分の管轄区域以外で発生したことには関係ない」という考えがあるほか、記者会見において、幹部が「社員のプライベートのことには干渉しない」と発言しているところからみると、どうやらJR内には今も、旧国鉄が持っていた「企業風土」がそのまま残っているようです。
 従って、JR西日本が事故の再発防止を図るためには、全職員が協力し、こうした「企業風土」を払拭する職業教育を行う必要性があるようです。

正夢

 私が宮崎県警察を退職したのは平成12年の8月ですが、その後約2年間はよく夢を見ました。それも楽しい夢ではなく、いつもまだ警察官だった頃の夢で、ほとんどが部下職員の不祥事が露見し、その対策に追われたり、テレビカメラが回る中で謝罪会見をするものです。どの夢も、夢の中で「ああ、オレの警察人生もこれで終わりだな」とつぶやいていると、不思議と、パッと目が覚めるのです。ハッと我に返り、「夢かな、それとも現実かな」とぼんやり考え、どうやらそれが夢だとわかると、「ああ、夢でよかった」とホッと胸をなでおろすのです。
 しかし、最近は自動車学校での勤務が5年目になったからでしょうか、夢の内容も「ゴルフでホールインした」とか、「宝くじに当たった」等に変わりましたが、夢から目が覚め、正気に返ると、いずれもそれは夢だとわかり、いつもガッカリしているところです。
 さて、夢の中には「正夢」というのがあります。これは夢と現実が全く同一になることですが、おそらく皆さん方の中にもこんな経験をした方もあると思います。当校のパート職員の岩満さんも次のような「正夢」の体験があるそうです。
 それは岩満さんが、小学生の頃、転校生の夢を見ましたが、その転校生の名前は「小金沢」だったそうです。その日、学校に行ったところ、岩満さんのクラスに転校生があり、先生がその転校生の名前を黒板に書かれたところ、なんと夢の中に出てきた名前と同じ「小金沢」だったということです。これには岩満さんも、わが耳を疑ったということですが、本当に「正夢」というのはあるものですね。
 実は私も最近、次のような「正夢」を体験しました。それは5月の連休が始まった5月3日の朝見た夢です。夢の中で、全職員に「将来の夢」というアンケートを出したところ、そこには「検定員になりたい」、「外国旅行をしたい」等と書かれていましたが、その中で「教習指導員の妻になりたい」という一寸変わった内容が書かれているのがあったのです。私は一瞬「教習指導員の妻」とはどのような意味かわからず、誰がこのアンケートを書いたのかと思い、氏名欄を見たところ、それは当校の富高里美指導員のものでした。
 そこで、富高指導員にその意味を尋ねたところ、「この学校に好きな男性がいるのです。いつかその人と結婚したいと考えています。」と返事しましたが、相手の名前についてはすぐには答えてくれませんでした。しかし、何回も尋ねていると、富高指導員が少女のように顔を少し赤らめ、恥ずかしそうに「Nさんです」と答えてくれました。その瞬間、夢は終わり目が覚めたので、とうとう「Nさん」とは誰のことか聞きだすことが出来ませんでした。
 ところが、連休が明けた5月6日に出勤したところ、富高指導員と中西職員がニコニコしながら私の所に来て「今年の秋、結婚することになりました」と報告に来てくれたのです。夢の中で、富高指導員が「Nさん」と言っていたのは、実は中西職員のことだったのです。これには私自身が一番驚きましたが、本当に「正夢」というはあるものですね。中西さん、富高さんおめでとうございます。幸せになってください。
 当校にはまだまだ適齢期の職員がいますので、次は誰の夢を見ようかなと「正夢」を期待しているところです。

段差

 つい先日、いつも通勤のため利用しているJR宮崎駅付近の歩行者・自転車兼用道路が新しく出来上がり、自転車も通れるようになりました。その道路は約50メートル位の長さで、道路の両側とも新装されたわけですが、工事が2ヶ月もかかり、工事期間中は回り道しなければならず、とても不便でしたから、開通になったときはとても喜んだのです。
 さらに新しい歩行者・自転車兼用道路は、真ん中は黄色で塗られた点字ブロックとなっており、これだったら眼の不自由な方でも安心して通行できそうです。また、その両側はレンガ色の道路になっていますので、見た目にはとてもおシャレな道路が出来上がったという印象を受けたのです。
 ところが、どっこい、自転車でその道路に差し掛かった途端、自転車の前部タイヤに「ガクン」という強いショックを受けたのです。危うくハンドルが取られそうになる位の衝撃でしたので、サドルもその影響を受け、したたか尻を打ったようでした。
 なぜだろうと思い、すぐ自転車を降りて新しい道路の端を見たところ、そこには意外な光景が見られたのです。なんと、新しい道路の端は、交差している道路の高さより約2センチ位高くなっており、そこには段差が設けられていたのです。さらにその段差は、車道寄りでは5センチ位の違いとなっているのです。これでしたら、もし、夜間、この段差に気付かず新しい道路に入った途端、ハンドルを取られ、場合によっては自転車が転倒し、怪我をしかねないような状態なのです。
 私はいつも自転車を利用していますが、歩行者・自転車兼用道路には、このように段差がある道路は意外と多いのです。そこで、ある日、自宅から、JR宮崎駅までに至る約6キロの間、段差がある箇所は何箇所あるのか調べてみることにしたのです。その結果、驚いたことに80箇所もあったのです。
 中には、他の道路と交差する歩行者・自転車兼用道路には、段差が5センチを超える道路が数箇所ありました。最初の頃はその段差に気付かず、自転車の前輪が「ガクン」という衝撃を受けて初めて気付いた状態でしたが、4年間、いつも通っているとその場所に近づくと、自転車のスピードを落とし、いつの間にかサドルから腰を浮かし、ショックを幾分和らげた状態で段差を通過するようにしています。お陰様で、自転車もショックが少ないのか、タイヤのパンクを修理することもなくなりました。
 こうみてくると、歩行者・自転車兼用道路を作る人、つまり設計する人は、日頃から自転車を利用しているのかなと疑問に思えてきたのです。もし、段差のある道路を自転車で通ってみれば、必ずハンドルに衝撃がきますので、こんな段差のある道路は作らないはずです。
 また、車道と歩行者・自転車兼用道路では、道路そのものの作りが違うのか、歩行者・自転車兼用道路はどんなに良い道路でもガタガタしますし、しかもガス管や水道管等の取替えで道路が掘り返された状態ですから、継ぎはぎだらけのところもあり、余程注意しないとハンドルを取られることもあります。道路を管理する人が早くこの状態に気付いてくれれば、スイスイと自転車に乗れるのですが、こんなことは夢のまた夢でしょうか。

集中力

 都城自動車学校では、毎年5月になると、高城町内のほか、近隣の三股町内や都城市内の幼稚園児に対する交通安全教室が行われるため、校内には園児達の賑やかな声が聞かれます。先日、都城市内の幼稚園児に対する交通安全教室が行われましたので、その模様をのぞいて見ましたが、教室には幼稚園児約90人が座り、揃いの帽子に園児服といったいでたちでしたが、どの子供達も元気そうでした。
 最初は、「ニャンダー仮面の安全教室」というタイトルのアニメのビデオでしたが、園児達は誰一人話をせず、上映時間の約13分間、じっとビデオを見続けているのです。
 さらに、都城地区交通安全協会の女性指導員による腹話術では、約10分間でしたが、人形の「信ちゃん」の口元を瞬きもせず見ているのです。そして、指導員の「道路を横断するときはどんなことに気をつければ良いですか」という問いに対しては、「右、左、そして右を見ます。」と、どの園児も口をそろえて、はっきり答えてくれるのです。それらの様子を見ていますと、女性指導員の話や腹話術が優れていることはもちろんのことですが、園児達に「集中力」があることがわかるのです。
 この「集中力」があるからでしょうか、ビデオや約1年前の出来事を良く覚えているのです。それは、この幼稚園の園児達は約1年前、当校での安全教室に参加していますが、その際、今回と同じように「腹話術の人形『信ちゃん』」の姿を見ているのです。その印象が強かったのか、そのときの帽子の色を覚えており、女性指導員が「今から、警察幼稚園の『信ちゃん』が出てきます。『信ちゃん』が被っていた帽子の色は何色だったですか」と問うたのです。 私も昨年、当校で行われた交通安全教室の際、この人形の「信ちゃん」を見たのですが、この質問に対しては、「はて、何色だったかな」と思うだけで、はっきり思い出すことが出来なかったのです。しかし、園児達は違っていました。すかさず、全員が大きな声で、「赤色です。」と答えたのです。これには、思わず私も脱帽したところでした。
 この園児達に対する交通安全教室を見学した後、当校で学ぶ生徒さん達の授業態度はどんなものかと思い、学科教習の教室をのぞいてみたところ、園児達に比べて「集中力」が全く見られなかったのです。
 さすがに居眠りする生徒さんはいませんでしたが、指導員が話しても、全く反応がありません。話にうなずく生徒さんはいませんし、中には頬杖をついたり、手に持った鉛筆をくるくる回して手遊びする人もいます。このような状態の中で、学科教習するわけですから、教習指導員の苦労も良く分かります。
 当校に入校する生徒さんが全てこのような授業態度かというと、そうでもなく、バラつきがあるようです。2月や3月の繁忙期に入校する生徒さんは、現役の大学生や高校生が多いせいか、熱心にメモを取る姿が見られ、その結果、仮免の学科試験の成績もよさそうです。
 学校を卒業してからある程度年数が経ちますと、どうしても勉強意欲が薄れているのかも知れませんが、女性指導員の幼稚園児に対する例があるように、学科教習指導員の講話内容によっては、生徒さんの目が輝き、「集中力」が増すようですから、学科担当の指導員の皆様には、生徒さんが眠らないよう質問する等講話内容や授業の進め方に工夫を加えていただくようお願いします。

痴呆老人

 街の中を自転車で走っていると、電柱に「こんな老人を知りませんか」という貼紙があるのを見かけることが時々あります。ある日、信号待ちのとき、その貼紙を見たところ、86歳の老人が夕方家族に「散歩してくる」と言い残して、そのまま数日経っても自宅に戻らず、所在が不明となっているということでした。その日付を見ますと、約2週間も前のことであり、その老人には痴呆症の初期的症状が見られたということですが、貼紙が残っているということは、まだ見つかっていないのかもしれません。
 私の身辺では痴呆症の人はいないので、これまではこのような貼紙を見ても、他人事のように感じていましたが、最近、痴呆症の初期的症状の老人を見かける機会があってからは、それまでの考えを改めなければいけないと思うようになりました。
 それは先日の朝、いつものように午前6時から私が住んでいる団地の周辺道路を散歩していたところ、約50メートル前方を小柄な、一見して老人と思われる男の人が歩いているのが目に入りました。その人は後姿だけでしたが、私が散歩中に見かけることがなかった人であり、どこの人かなと思いながら近づいていくと、その老人は交差点で立ち止まり、辺りをキョロキョロ見始めたのです。老人は年齢が80歳位と思われ、顔付きや着ているシャツ、ズボン、靴等を見ると、かなり余裕のある生活をしているように感じられましたが、動作を見ていると、どこか緩慢であり、ひょっとしたら痴呆症の老人ではないかと思ったのです。
 そこで、私はその老人に近づき、「おじいちゃん、どこに行かれるんですか?」と尋ねると、不思議そうに私の方を見て、「ここはどこですか」と逆に私に質問したのです。その老人の目を見ると、焦点が合わず、顔に生気が全くありませんでした。私は「ここは平和が丘団地ですよ。おじいちゃんの家は何処ですか」と返事すると、「平和が丘団地ですか。何で私はそんな遠い所にいるんでしょうか。私の家は吉村町です。」と答えられたのです。吉村町は宮崎市内の東部にあり、平和が丘団地とは約10キロ離れていますので、その老人がこんなに朝早く、しかも吉村町の自宅から歩いてきたとは思えませんでした。
 顔付きや返事の仕方等から、痴呆症の初期的症状が見られたので、何か理由があると思い、名前を尋ねると、「○○です」とはっきり自分の名前は言われましたが、まだ自分が平和が丘団地内にいることが不思議でたまらない様子でした。
 私はその老人の様子から、もしかしたらこの平和が丘団地内に身内がいるのではないかと思い、「おじいちゃん、娘さんか誰かが、平和が丘団地に住んでいるのではない?」と聞くと、しばらくぼんやり考えている様子でしたが、やがて「ああ、そうだ。今娘の所に住んでいるんだ」と嬉しそうに答えてくれたのです。
 それから約5分位かけ、老人から娘さんの居所をようやく聞き出すことが出来ましたが、その娘さんの嫁ぎ先は、私方から約100メートル位の近くだったので、そこまで老人を連れて行き、無事引き渡すことが出来ました。
 お陰で、この日の散歩は途中で中止となりましたが、私もこの年代に近づきつつありますので、この老人との出会いは、私にとっては考えさせられる1日でした。

責務

 JR福知山線の脱線事故があって以来、JR等鉄道関係者に対するマスコミや国民の目が厳しくなっていましたが、事故から約1ヶ月経過すると新聞紙上に記事が掲載されることが少なくなり、そのせいでしょうか、JR関係者の気持ちも最近いささか弛緩しており、乗客の安全輸送という「責務」を忘れた行為を見かけることがたびたびあります。
 その一つは、勤務中に車掌が漫画の本を見ていた行為です。私は、JR宮崎駅から乗車していますが、先日こんな光景を見ました。それは、電車が山之口駅に到着しましたので、定期券を最後部車両の車掌室にいる車掌に見せ、ホームに下りたのです。山之口駅は、電車が止まったホームから跨線橋を渡って改札口に出るようになっていますので、跨線橋の階段を2,3歩上ったとき、何の気なしに右側を見たところ、車掌室が見えました。すると、車掌室にページが開かれたままの本があるのに気付いたのです。よく見ると、その本はどうやら漫画のようでしたが、何でそこにあるのか最初は分かりませんでした。しかし、漫画の本が置かれている場所は、車掌室であり、ひょっとしたら勤務中に読んでいるのではないかと考えたのです。
 そこで、階段を上って橋の上に上がり、そこから車掌室の様子を覗き見していたところ、やがて、車掌は前方を指して降車客がないことを確かめると、「ピー」という笛を吹き、車掌室に戻った様子でした。
 すると、車掌室に戻った50歳代の車掌は、早速開いている漫画の前に立ち、その漫画を読み始めたのです。真上の跨線橋から私が覗き見ていることには全く気づかないようでした。このようなことは、これまで1回も見たことがなく、ましてや電車の脱線事故があったばかりでしたから、あきれてものが言えず、しばらくは走り出した電車を見送る状態でした。
 次も同じ車掌の勤務ぶりです。JR宮崎駅を出発した電車は、いつものように乗客は少なく、やがて青井岳駅を出発した直後、私が座っていた席の後ろの長椅子に誰か座ったような感じを受けました。青井岳駅では、誰も乗車しなかったのに、おかしいなと思って後ろを振り返った見ると、そこには帽子を脱いで長椅子に座っている車掌の姿があったのです。いくら乗客が少ないとはいえ、乗客が座る場所に堂々と座るとは、明らかにサボリです。
 さらに座るだけでなら、大目に見ていたい気持ちでしたが、しばらくしてその車掌を見たところ、なんと目をつぶり、コックリ、コックリしているではありませんか。やがて、私が降車する山之口駅が近づいても、その車掌は目を開けず、とうとう、山之口駅に到着してしまったのです。
 すると、電車が止まったのが衝撃で分かったのか、車掌はあわてて帽子を被り、走って車掌室に入り、何事もなかったように「山之口駅です」と放送したのです。これには私も思わず苦笑し、何という名前の車掌かなと思い、車掌室の入り口を見ましたが、なぜか名札は外してありました。
 このように、車掌としての「責務」を忘れた行為を見かけますが、ひょっとしたらこの人達は、誰も見ていないだろうと思っていたのかもしれません。世間は狭いものです。私達も自動車学校の職員という「看板」を背負って仕事をしていることを忘れず、「責務」を果たすよう心がけましょう。

立ち話

 私は、夕方妻を車に乗せて自宅から約1キロのところにあるスーパーに買い物に出かけますが、その際、自宅近くの交差点付近で「立ち話」をしている女子中学生を見かけることが、たびたびあります。 その女子中学生達は、白のヘルメット姿や制服から、一目で近くの中学校の生徒さんであることがわかります。そして、ヘルメットの後ろには名前が書いてありますので、その名前からどうやらそのうちの一人は、近所に住んでいる子供さんのようです。
 二人連れの様子を見ていますと、自転車から降り、まるで自転車を絡み合わせるようにして寄り添い、お互い顔をつき合わせるようにして何か話をしています。ときどき、声を上げて笑いこけていますので、よほど楽しい会話が交わされているものと思います。
 ところが、私達が買い物を済ませ、約30分後に自宅に帰って見ると、なんと二人連れの中学生は、まだそのまま自転車を絡ませた姿勢で「立ち話」をしているのです。それだけなら良いのですが、それから約30分後に再び玄関に出てみたところ、日が暮れて暗くなっているというのに、まだ女子中学生達はそのままの姿勢で「立ち話」を続けていたのです。
 私は自動車学校からの帰り、中学校付近の自転車道で、時々この二人連れを見かけることがありますが、その際、この二人はいつも自転車を並べて話しながらゆっくりと走っています。そして、私がその二人に追いつき、自転車のベルを鳴らすと、後ろを振り返り、「すみません」と謝ってくれるやさしさもあるようです。おそらく、二人は学校だけでなく、学校の帰りや、家の近くでも長時間、話をしているもと思いますが、よほど仲の良い友達だと考えられます。
 さて、「立ち話」と言えば、スーパーの中の通路で「立ち話」に夢中になり、他の客に迷惑をかけている女性達を見かけることがあります。その女性達は、スーパー内の通路のど真ん中で、買い物かごに入った手押し車を並べ、ペチャ、ペチャと「立ち話」をしているのです。通路は広いスペースではありませんので、手押し車が2台も横に並ぶと通路は完全にふさがれた状況になります。
 夕方の時間帯ですから、通路はひっきりなしに買い物客が通りますが、女性達は、他のお客のことは全く考えず、相変わらず「立ち話」に夢中になり、通路を占領しています。そのような場合、他の買い物客も「邪魔な人達だな。通れないが」という顔はしますが、誰も注意しようとはせず、わざわざ遠回りして、次の売り場に足を向けているようです。
 男だったら、例え店の中で久しぶりに友達に会っても「よお、元気か。」と声を交わすだけで、長話はしないものですが、女性の場合はそう簡単にはいかないようです。
 「立ち話」に夢中になっている女性達の姿は、スーパーだけでなく、歩道上、玄関先、電車の中の通路等数多くあるようです。このような大人達の「立ち話」の様子を見ると、どうやらその基礎は、女性達の子供の頃に出来ているようです。

触らぬ神に祟りなし

私は、毎朝JR宮崎駅のトイレを利用していますが、そのトイレは、駅中央部の改札口近くにあります。幅2メートル位の通路を進むと、右側は女性用、そして左側は男性用のトイレになっていますが、いつも女性用のトイレは満員で、通路には順番待ちの女性が待っている状態です。その女性達は、口にこそ出しませんが、顔色から察すると「前の人は早く用を済ませて下さい。」と言っているようです。
 その女性達を横目に見ながら、男性用のトイレに入り用を足すわけですが、何故、女性がこのように並ぶのか不審に思い、ある朝、男性用トイレを出るとき、左側の女性用トイレに目をやったのです。すると、トイレ内には大きな鏡が2面あり、その前では若い女性達がお喋りしながら、口紅を塗ったり、化粧をしたりしているのです。こうした化粧をする人が多いため、女性用トイレは回転率が悪くなっていたわけです。
 私の感覚では、女性は自宅で化粧を行い、それから出かけるものと思っていましたが、最近は、バスの中や電車の中でも堂々と化粧する女性がいますし、公衆トイレの中ではこのように化粧する人も意外と多いところから見ると、どうやらそうでもなさそうです。
先日東京都内の駅のホームで、化粧している若い女性に対し、親切心から注意を促したところ、逆に反感を持たれて突き飛ばされ、怪我を負う事案が発生しました。
 テレビ報道によりますと、事案が発生したのは、東京都内の私鉄のホームで、ベンチに座ってお化粧に夢中になっている若い女性がいたそうです。ベンチの周りにはたくさんの人達もいたのですが、そのとき、たまたまホームでこの様子を見ていた65歳の女性が、若い女性のそばに近づき、「こんな所で化粧するものではないよ。」と軽く注意を促したそうです。年配の女性はほんの親切心からこの言葉を発したもので、決して詰問するような言い方ではなかったということです。
 ところが、注意を受けた22歳のバーテンダーの女性はかっとなり、若い女性に背を向けていた年配の女性の肩部分をいきなり強く押したそうです。そのため、年配の女性をよろめき、たまたまホームに入ってきた電車と衝突し、その場に倒れましたが、打ち所が悪く、そのため頭蓋骨骨折等の負傷を負ったもので、若い女性はその場で傷害の現行犯で逮捕されたということです。
 この事件の感想について、街角で通行人に対するインタビューが行われていましたが、どの人も「人がたくさんいる中での化粧は感心できない。しかし、注意をすると今回のように恨みを買う恐れがある。従って、私だったら、見て見ぬふりをする。」という感想を述べていました。
 解説者は「まさに、諺にある『触らぬ神に祟りなし』ですが、いつからこのような世の中になったのでしょうか。住みにくい日本になったものですね。」とコメントしていましたが、私も同感でした。私達の身の回りでは、このように公衆の面前で、平気で化粧する姿や、ホームにべったり座った若者の姿を見かけることがありますが、見ても注意する気にもなりません。下手に注意するもののなら、今回のように切れてしまい、反撃を受けることになりますので、残念ながら、見てみぬふりをしてやり過ごす状態です。困ったものですね。
 しかしながら、当校に入校中の生徒さんについては、例えば、靴のかかとを踏み潰して歩いていたり、痰やつばを吐いたり、チューインガムを所かまず吐き捨てたりする行為を見かけたときは、見過ごしたりすることなく、躾教育の一環として、その場で注意を促すようにしましょう。

率先垂範

 公安委員会指定の自動車学校の卒業生が、運転免許取得後1年以内に起こした加害事故、すなわち初心運転者事故の原因を分析してみますと、「安全不確認」、「前方不注視」、「一時不停止」が大半を占めているようです。一般運転者による事故でも「安全不確認」による事故は、事故全体のかなりの部分を占めていますので、当校における「安全確認」の教習はどのように行われているか、先日、久方ぶりに教習車に同乗してみました。
 先ず、私が最初に同乗した男子の生徒さんは、第1段階の仮免前の「みきわめ」でしたが、発着所から出発する際、バックミラーやサイドミラーを見たり、右後方を見たりはしていましたが、私が予想していた「右後方ヨーシ」等の声は全く聞こえてきません。その生徒さんは、私が後部座席に乗るとき、「わあ、校長先生が乗るんですか。緊張するな。」と言っていましたので、緊張して確認のための「安全呼称」をたまたま忘れたものとばかり思っていました。
 ところが、外周を回り、真ん中の幹線道路を左折する際も、その生徒さんはチラッと左側のミラーを見ただけで、車の左側にバイクがあるかどうかの「巻き込み防止のための安全呼称」は全く行われないのです。そして、それに対し、同乗している指導員も何も指導しないのです。その光景を見て、「あれ、おかしいな。こんなはずではなかったのに。」と思ったのです。
 それは、2年位前、場内コースの教習車に同乗しましたが、その際は、生徒さんが確実に大きな声で、「右ヨーシ、左ヨーシ」と安全呼称をしていましたし、それを見て指導員も「その調子ですよ。よく確認が出来ていますね。」と言って指導していましたので、その後の教習においても、「安全呼称」は当然行われているものとばかり思い、卒業式の際の交通講話でも「安全呼称」の大切さを話していたのです。
 ひょっとしたら、私が同乗したばかりに、教習生も指導員も緊張し、「安全呼称」を忘れたのではないかと考え、次は別の生徒さんの教習車に同乗してみたのです。結果はやはり同じでした。さらに、教習のはじめに指導員が場内のコースを模範運転しましたが、交差点を通過する際や左折する際、顔を動かして安全確認はしていましたが、肝心の「安全呼称」は全く行われてなく、これにはいささかがっかりしたのです。
 連合艦隊司令長官山本五十六が言った有名な言葉に、「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」という「率先垂範」の重要性を訴えた言葉があります。この言葉は、幹部の心構えとして現在でも使われていますが、生徒さんに運転の基本である「安全呼称」を身につけさせるためには、先ず指導員自ら行うことが肝要ではないかと考えたのです。
そこで、先ず指導員をはじめ全職員が率先して「呼称運転」を行って模範を示すこと、そして、指導員が統一して教習の初期段階から「呼称運転」の大事さを教え、生徒さんに身をつけさせること等を提案したところ、指導員の皆さんの協力を得ましたので、早速先日から実施しているところです。「まるで幼稚園生みたいだ。」と思われる職員の方もいられるかもしれませんが、自動車学校は「初心運転者の教育機関」です。是非皆さん方のご協力をお願いします。

計画性

 民間放送のテレビにはコマーシャルがつきものですが、スポーツ番組で、例えばマラソンレース中、優勝を争っている最もいい場面で、画面がパッとコマーシャルに変わり、長々と続くときはテレビを見ていてうんざりし、すっかり興ざめするときがあります。
 これに比べ、思わず笑い出すような素晴らしいコマーシャルもあります。その代表的なのが、俳優の清水章吾さんが出演する、ある消費者金融会社のコマーシャルです。清水章吾さんは、かってテレビでは、二枚目役や悪役として出演していた人ですが、数年前からある消費者金融のコマーシャルに、犬の「チワワ」と一緒に出演しています。清水章吾という名前は知らなくても、そのコマーシャルを思い出し、「ああ、あの人か」と思われる人も多いはずです。
 清水章吾さんと「くう~ちゃん」という名前の犬の「チワワ」が出演するこのコマーシャルのおかげで、日本国中に「チワワブーム」が起こり、その火付け役となったと言われていますから、いかにこのコマーシャルが優秀作品であるかがわかります。
 また、チワワの「くう~ちゃん」と清水章吾さんの目と耳の形、そして表情がなんとなく似ているところが、このコマーシャルに人気が出ている点だと考えられています。このコマーシャルのお陰で、清水章吾さんが出演するテレビの役も「悪役」から、「優しいお父さん」役に代わったということですから、コマーシャルも馬鹿には出来ないようです。
 さて、最近、清水章吾さんがチワワの「くう~ちゃん」と共演しているコマーシャルで、こんなコマーシャルがあります。清水さん扮する人が、部屋の中の床部分をペンキで塗っていましたが、作業に熱中し、自分の周りを全部塗ってしまい、全く身動きが取れなくなってしまったのです。その瞬間、「どう~する○○○○」というテーマ音楽と消費者金融会社の名前が出、さらに、「くう~ちゃん」が画面に登場しますが、その首には「事前にしっかり計画しましょう。」という意味の看板が書かれている