今回の「福岡県西方沖地震」では、震度6弱の大地震であったにもかかわらず、昼間発生したことや、火災、津波等の二次災害が発生しなかったこともあり、地震発生に伴う犠牲者はわずか1名でしたが、震源地に近い玄界島では、島の約80パーセントの家屋が全壊か、それに近い被害を受けたようです。余震が続くことから、その日のうちに一部の自治役員を残し、大部分の島民は船で対岸の福岡市の体育館に避難しましたが、その模様がテレビで映し出されていました。それを見ていると、高齢者の姿が多く、腰を曲げながら船に乗り込む様子を見て、ふと、数日前に見た「老人孤独死、遺体数日後に発見」の新聞記事を思い出しました。
その老人は、平成7年に発生した「阪神・淡路大震災」で家族全員を失い、その後仮設住宅での生活を経て、市営住宅に住んでいた80歳を超えた男の方でした。身内は誰もいなかったということですが、誰にも看取られず、ひっそりと寂しく息を引き取られる姿を想像すると、他人事ながら、とても不憫に感ぜられました。市営住宅ですから、当然隣近所の部屋には誰か住んでおられたはずですが、その方達との交流、つまり「お茶飲み友達」はいなかったのかと思いました。
最近、全国的にこのような「老人の孤独死」が増えてきましたが、実は私の妻の母も現在86歳で、一人住まいをしていますので、この問題については、他人事だと傍観しているわけにはいかないのです。それは一昨年、妻の父が亡くなり、義母だけの生活が始まったのですが、隣り近所があるとはいえ、骨粗鬆のため腰が曲がり、買い物に行くにも運転免許は持っていないので不便であり、果たして一人住まいは出来るだろうかと心配したのです。
すると、義母は「隣り近所は知った人ばかりで話し相手もおり、それにここは私が生まれ育った所だから、心配は要らない。」と言い、一人住まいをすることを宣言したのです。隣り近所には、義母の血縁者は住んでいませんが、義母と年代が近い女性達が2,3名おり、その人達は、義父が生存中も私達が帰省すると、義母達と話をしている姿を何度か見ていましたので、義母の言い分を聞き、私達夫婦が、週末に実家に帰り、義母の様子を見ることにしたのです。
その後、約束通り、私達夫婦は週末になると実家に帰り、義母を近くのスーパーに連れて行きますが、義母は必ずお菓子を買うのです。それも一人では食べきれないほどのお菓子を買いますので、不思議に思って聞いてみると、「AさんやBさんと一緒に食べる」ということでした。義母の話によると、近所に住んでいる二人は、私達夫婦が帰省する週末を除いては、毎日のように代わる代わる義母方を訪れ、お茶を飲みながら、世間話をするということでした。
私達が週末帰省したとき、義母と妻の会話を聞いていると、話題はもっぱら「お茶飲み友達」との会話の内容です。それも近所での出来事が手に取るようにわかりますので、私達や義母にとっても、まことに有難い「お茶飲み友達」です。いつまで続くかわかりませんが、出来得るならば、この状態がいつまでも続くことを願っているところです。






