校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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痴呆老人

 街の中を自転車で走っていると、電柱に「こんな老人を知りませんか」という貼紙があるのを見かけることが時々あります。ある日、信号待ちのとき、その貼紙を見たところ、86歳の老人が夕方家族に「散歩してくる」と言い残して、そのまま数日経っても自宅に戻らず、所在が不明となっているということでした。その日付を見ますと、約2週間も前のことであり、その老人には痴呆症の初期的症状が見られたということですが、貼紙が残っているということは、まだ見つかっていないのかもしれません。
 私の身辺では痴呆症の人はいないので、これまではこのような貼紙を見ても、他人事のように感じていましたが、最近、痴呆症の初期的症状の老人を見かける機会があってからは、それまでの考えを改めなければいけないと思うようになりました。
 それは先日の朝、いつものように午前6時から私が住んでいる団地の周辺道路を散歩していたところ、約50メートル前方を小柄な、一見して老人と思われる男の人が歩いているのが目に入りました。その人は後姿だけでしたが、私が散歩中に見かけることがなかった人であり、どこの人かなと思いながら近づいていくと、その老人は交差点で立ち止まり、辺りをキョロキョロ見始めたのです。老人は年齢が80歳位と思われ、顔付きや着ているシャツ、ズボン、靴等を見ると、かなり余裕のある生活をしているように感じられましたが、動作を見ていると、どこか緩慢であり、ひょっとしたら痴呆症の老人ではないかと思ったのです。
 そこで、私はその老人に近づき、「おじいちゃん、どこに行かれるんですか?」と尋ねると、不思議そうに私の方を見て、「ここはどこですか」と逆に私に質問したのです。その老人の目を見ると、焦点が合わず、顔に生気が全くありませんでした。私は「ここは平和が丘団地ですよ。おじいちゃんの家は何処ですか」と返事すると、「平和が丘団地ですか。何で私はそんな遠い所にいるんでしょうか。私の家は吉村町です。」と答えられたのです。吉村町は宮崎市内の東部にあり、平和が丘団地とは約10キロ離れていますので、その老人がこんなに朝早く、しかも吉村町の自宅から歩いてきたとは思えませんでした。
 顔付きや返事の仕方等から、痴呆症の初期的症状が見られたので、何か理由があると思い、名前を尋ねると、「○○です」とはっきり自分の名前は言われましたが、まだ自分が平和が丘団地内にいることが不思議でたまらない様子でした。
 私はその老人の様子から、もしかしたらこの平和が丘団地内に身内がいるのではないかと思い、「おじいちゃん、娘さんか誰かが、平和が丘団地に住んでいるのではない?」と聞くと、しばらくぼんやり考えている様子でしたが、やがて「ああ、そうだ。今娘の所に住んでいるんだ」と嬉しそうに答えてくれたのです。
 それから約5分位かけ、老人から娘さんの居所をようやく聞き出すことが出来ましたが、その娘さんの嫁ぎ先は、私方から約100メートル位の近くだったので、そこまで老人を連れて行き、無事引き渡すことが出来ました。
 お陰で、この日の散歩は途中で中止となりましたが、私もこの年代に近づきつつありますので、この老人との出会いは、私にとっては考えさせられる1日でした。

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2006年05月15日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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