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校長のひとり言ブログ

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2006年6月 アーカイブ

2006年6月 5日

自己流運転

 車を運転するドライバーの殆どは、交通ルールを守っていますが、中には自分の思うがままのいわゆる「自己流運転」をするドライバーがいます。先日もこんな光景を見ました。それは、朝、JR山之口駅に到着し、学校からの迎えの車に乗ろうとしたところ、目の前の通路の真ん中に普通乗用車が1台止まっているのが見えました。しかもその車は斜めに止まった状態で通路を塞いでおり、運転席を見ましたが、誰も乗っていない様子です。私はどうしたのかと思い、迎えに来ていた川越職員に、「前の車は運転手がいないようだが。」と尋ねたところ、「先ほどまで、車の近くにいたようですが、今は姿が見当たりませんね。」という返事でしたので、私は運転者がトイレにでも行ったのかと考え、しばらく待ちましたが、車に帰って来そうにありませんので、私達の車は、止まっている車の左側のわずかな隙間の所を通ったのです。川越職員と「自己流の運転をする人がいるものだな。」と話しながら、自動車学校に向っていたところ、またまた、「自己流の運転」をするドライバーを発見したのです。
 それは、赤信号のため交差点の手前で止まり、ふと前の方を見たところ、目の前の交差点の一角にある商店前に普通自動車が止まり、車の中から男の人が降りてきて店の中に入って行ったのです。車が止まっている場所は、交差店内であり、駐車はもちろん、停車も出来ない場所なのです。近くに駐車場はあるわけですから、そこに止めればいいわけですが、そこまで行くのが面倒なのでしょうか。なんとルーズなドライバーがいたものです。
 さらにこんな「自己流運転」をするドライバーもいます。ある朝、自転車に乗ってJR宮崎駅まで通勤中、自転車道の真ん中に、普通乗用車が止まっているのが見えました。その車は自転車道を完全に塞いでおり、私は通行出来ませんのでしばらく待っていましたが、車は発進しそうにありません。仕方なく、自転車から降りて車道を通り、自転車道に止まっている車の中を見たところ、運転席には男の人が乗っており、なんと携帯電話で話をしているではありませんか。これには驚くとともに、腹が立ちましたが、出勤中であり、腹を立てても仕方がないと考え、その場を通り過ぎましたが、こんなドライバーは運転する資格がないようです。
 又、こんな「自己流運転」をする人もいます。自動車学校からの帰り、JR山之口駅近くの信号機のある交差点に差しかかり、右折するため交差点の中央部で止まっていたところ、対向車線の先頭には右折車両があり、その後ろに直進車の姿が見えたので、私達が乗っていた車は2台目の直進車が通過するのを待っていたのです。すると、私達の乗った車のすぐ横の方で大きなエンジンの音がし、車の姿が見えたのでビックリし、その車の方を見たところ、私達の車のすぐ横を追い越し、しかも小回りして速度を上げ、右折して行ったのです。瞬間、私は直進車と衝突するのではないかと思いましたが、最も驚いたのは、対向してきた直進車だったでしょう。運転者が早く気付き急ブレーキをかけたので、交通事故にはなりませんでしたが、見ていて冷や汗ものでした。
 大半のドライバーは、交通ルールを守って運転していますが、中には、このような「自己流運転」をするドライバーがいますので、細心の注意をはらって運転するように心がけましょう。

2006年6月12日

視野

 ある日曜日の朝、食事を済ませて食卓で新聞を読んでいたところ、私方と南隣りの家の間に設置された、高さ約1メートルのブロック塀の上に、何か動く物の気配が感じられたので、目を上げて見ると、それは近所で飼っている猫でした。その猫は私方の庭にも平気で入って来て糞をするいささか図々しい奴ですが、その日見た猫の様子は普段と少し違っていました。
 それは、ブロック塀の上に座り、じっと東の方を凝視しており、何か狙っている様子でした。その猫の姿を見て、ふと私は悪戯したい気持ちになり、咄嗟に右手を挙げて猫の方に手を振ってみたのです。私と猫の間は約10メートルも離れており、しかも猫は東の方を凝視していましたから、猫から見れば左側90度の所にいる私の姿は見えるはずがないと思っていたのです。ところがその猫は私が手を振った瞬間、さっと顔を私の方に向けたのです。これには私もびっくりし、改めて猫の「視野」の広さに驚いたわけです。
 さて、「視野」といえば、先日NHKで放映された「なぜ起きるか高齢者の事故=視野」は、見ていて大変参考になりました。平成17年中に全国で発生した交通事故の死者は、久方ぶりに7,000人を割り減少しましたが、65歳以上の高齢者の死者数は、ここ10年横ばいの状態になっており、その原因は、どうやら高齢者自身が、「視野」が狭くなっていることに全く気づいていないということでした。
 秋田大学のプロジェクトチームが行った実験では、真っ暗な室内の状態で、被実験者は真正面に見える明かりを凝視し、例えば、右端の方で光が見えた場合は、右手を挙げる方法で行われていました。80歳代の高齢者の場合、端の方で光が輝いても、全くといっていいほど反応が見られませんでしたが、20歳代の人の場合、よく手が挙がっていました。実験の結果、20歳代の「視野」の角度は170度でしたが、80歳代になると、これが120度と30%も「視野」が狭くなっていました。
 また、左右から車が近づいてくるシミュレーションの画面を見ながら、安全を確かめて横断する実験では、高齢者の場合、右側から車が近づいているのに全くその存在に気づかず横断を始めてみたりして、結果的には約60%の人が衝突している状態でした。また、高齢者、特に女性では骨粗鬆のため腰が曲がっている人をよく見かけますが、このような人が手押し車を押して横断を始めた場合、下の方ばかり見ていますので、更に「視野」が狭くなっており、このことが高齢者が道路を横断中に車からはねられる原因になっているということでした。。
 今回のテレビでは、高齢者のうち、歩行者に重点をおいた実験結果が放映されていましたが、歩行者だけでなく、ドライバーでも「視野」が狭くなっているのではないかと思われる光景を見かけることがあります。それは、高齢者ドライバーは腰が曲がっているせいか、前かがみの状態でハンドルを握っている人が多く、従って、「目線」もやや下がり、また、交差点で左右の安全確認をする場合も、チラッと左右を見ただけで、すぐ交差点内に入っている状況です。おそらく、ドライバー自身、加齢のため「視野」が狭くなっているのに、気づいていないと思われますので、今後、高齢者講習を実施する場合、指導員はこの点をしっかり指導していただくようお願いします。

2006年6月19日

化粧

 電車通勤していますと、最近、若い女性が駅のホームのベンチや電車内で、人目もはばからず、堂々と化粧している姿を見かけることが多くなりました。特に自動車学校からの帰りの電車の中では、その姿を良く見かけます。その女性達は途中の駅から乗車して来る女子高校生達ですが、彼女達が電車に乗り込んでくると、それまで静かだった電車内は、彼女達のテンションの高い話し声と笑い声で、たちまち騒音化してしまうのです。本を読んでいたり、いい気持ちで居眠りをしていた乗客達も、眉をひそめていますが、彼女達の勢いに押されて、誰も注意はしません。
 やがて、話が一段落すると、彼女達は面々携帯電話を取り出し、わき目もふらず器用に親指を使ってメールを打っていますが、それが終わると、今度はカバンから化粧道具を取り出して化粧を始めるのです。これは余談ですが、私はあるとき、彼女達のカバンの中にはどんなものがあるのか興味があり、隣りの座席に座っている女子高生が、カバンの中から化粧道具を取り出すとき、ちらっと横目で見たのですが、驚いたことに、中には弁当箱と化粧道具、それに着替えのシャツと靴下しかはいっておらず、肝心の教科書やノート等の勉強道具は全く入っていませんでした。どうりで、電車内で教科書を開いて勉強する女子高生の姿を見ないはずです。
 さて、化粧道具を取り出した女子高生は、小さな鏡を取り出し、鏡をじっと見ながら化粧をしたり、マツゲをカールし始めるのです。化粧する必要もないピチピチした肌であり、さらに、学校の帰りなのに、これからどこかに遊びに行くのかなと考えましたが、じっと彼女達の行動を観察していると、「変なおじさん」と疑われますので、後は見て見ぬふりをしているところです。
 現在、日本の若い女性達は、このようにいわば公衆の面前で、堂々と「化粧」をしていますが、外国人の目の前とか、あるいは外国において、公衆の場所で「化粧」するとトラブルの原因になるのだそうです。
 それは、先日の新聞で見た「「人前での化粧は危険」という記事です。その記事によりますと、日本では人前での化粧が若者の習慣として、すっかり定着していますが、実はこれは危険な行為です。なぜならば、欧米では人前で化粧するのは娼婦が客引きするときのサインなのだそうです。事実、夜遅い東京・山手線のホームで、勤め帰りの若い女性が化粧していたところ、片手に札束を持った外国人の男性が近づき、「ハウ・マッチ(いくら?)」と詰め寄ったそうです。事情がわからぬ女性はビックリして、その男性とトラブルになりましたが、警察官が男性から事情を聞いてみると、自国では、人の前で化粧するのは娼婦と決まっているので、その女性もてっきり娼婦だと思ったということがわかり、トラブルは解決したということです。
 今回のトラブルは、日本だったから大事には到りませんでしたが、外国で習慣の違いを知らない日本人の女性が、人前で化粧した場合、男性からが娼婦と見られますから、もしレイプされたとしても、文句を言えないということになりかねません。都城自動車学校でも、6月末から7月始めにかけ、二班に分けシンガポールの旅行に出掛けますが、くれぐれも人の前では「化粧」しないよう、気をつけましょう。

2006年6月26日

家庭菜園

 私のゴルフ仲間にNさんという人がいます。Nさんは既に第2の職場もリタイアし、いわば悠々自適の人生を送っているわけです.私達は年間を通して毎月第4週の土曜日は、メンバーとなっているゴルフ場でゴルフをするわけですが、私にとって、ゴルフのほかにNさんと会う楽しみがもう一つあります。
 それは、Nさんから「家庭菜園」の様子を聞くことです。Nさんは、数年前から、近所の人から約60坪位の広さの畑を借り受け、そこに野菜等を植え、「家庭菜園」を作っているということですが、約2年前にNさんからこのことを聞いたとき、私が受けた感想は「暑いのに、大変だな。野菜はスーパーで買った方がよいのに。」というものでした。
 ところが、ゴルフ場で昼食時間のとき、Nさんから「家庭菜園」の話を聞いていますと、「昨日はジャガイモの収穫をしたところ、98個の収穫があった。」とか、「玉ねぎを始めて植え、どれだけ収穫出来るか心配だったが、収穫したところ、意外と多く収穫できた。」等の話が次から次に出て来るのです。、収穫するときの様子をしゃべるNさんは、いつもと違って目が輝き、とても充実感があるように感じられたのです。
 そこで、私も「家庭菜園」をやってみようかなという気持ちになり、昨年は、妻の実家の裏にある畑が約50坪位ありますので、手始めに、キュウリやオクラの苗を買い求め、その畑に植えてみたのです。その結果、私が思っていた以上に野菜の収穫がありましたので、今年は本格的に「家庭菜園」を始めることにしたわけです。
 そのためには先ず畑作りが大切ですので、土曜日や日曜日を利用して妻の実家に帰り、鍬を片手に土起こしを始めたのですが、これが意外と難しいのです。私も小さいときミカンの木の下の草取りをした経験がありますので、鍬の使い方等は一応知っていたつもりですが、いざ鍬を持って畑を耕し始めると、なかなかうまくいきません。すると、私が作業する様子をじっと見ていた農業ではプロの義母が、「先ず鍬で溝を作り、そこに草を入れ、その上に耕した土を盛ればいい。」とアドバイスをしてくれ、どうにか約50坪位の畑は耕され、畑らしくなったのです。
 こうして出来上がった畑に、種苗センターで買い求めた「キュウリ」、「ナス」、「オクラ」、「青シソ」、「ニガウリ」等を植えましたが、今年は日照不足で野菜が不作だといわれているのに、我が家の「家庭菜園」の野菜は順調に育っています。4月に植えた「キュウリ」は、カボチャの苗に接木した「スーヨー」という品種ですが、6月の半ばには既に収穫が出来ました。このキュウリは成長がとても早く、朝キュウリの長さを測り、夕方さらに測ってみると、なんと3センチも伸びており、これにはビックリするとともに、収穫の喜びを満喫したわけです。
 さらに、5本植えたナスも、最近は帰省するごとに成長し、収穫出来るようになりましたが、まだまだ失敗続きです。先日も野菜の手入れを済ませた後、オクラとナスには水をかけましたが、キュウリにはかけなかったところ、義母から「昔から日(ひ)ナスに雨キュウリと言われている。これはナスは日照りが続くと成長し、キュウリは水をやると成長するわけだから、ナスには水をやらなくても良い。反対にキュウリには水が欠かせない」という指導を受けましたが、まだまだ「家庭菜園」の技術は未熟で、義母の指導なしには野菜は収穫出来ないようです。