私は、JR宮崎駅から電車で通勤していますが、自宅から駅までは、雨以外の日は自転車で通い、その自転車は駅構内北側にある駐輪場に停めるようにしています。
その駐輪場は1階と2階になっており、約1,200台近くの自転車が停められるよう、1台毎の駐輪機が設けられていますが、中には、その駐輪機には停めず、駐輪場の入り口の通路に置いたまま、電車に乗る人もいますので、通路は1台の自転車しか通れない位狭くなっています。
従って、私がその駐輪場に到着する時間帯には、電車から降りたばかりの高校生、専門学校生、そしてサラリーマンの人達が自転車に乗って駐輪場を出てきますので、出る人と入る人で混雑するときがあります。その際、私は、駐輪場を出る人に通路を譲り、しばらく、入り口で待つことにしているのですが、年配の人達からは、「すみません」とか、「ありがとうございます。」というお礼の言葉が交わされます。しかしながら、高校生や専門学校生と思われる女性や若いサラリーマン風の人達からは、通路を譲った私に対し、全く「すみません」とか、「「ありがとう」という言葉が聞かれせん。私は最初から、進路を譲ってくれた御礼を言ってもらいたいという期待はしていませんから、特段がっかりはしないのですが、私が腹が立つのは、その人達が、進路を譲り、通路の入り口で待っている私達を見ようとはせず、大きなあくびをしながら、平然と自転車にまたがり、私の横を通って駐輪場を出て行くからです。「ありがとう」という感謝の言葉はなくても、せめて軽く頭を下げる位の会釈があればよいのですが、その素振りは全くないのです。おそらく、私が頭に白いものが目立つ、いわゆる「おじさん」だから、私を無視しているのかもしれませんが、これには私も時々頭に来ますが、時代のせいかなとあきらめ、気を取り直しているのが現状です。それにしてもこの若者達は、家庭では、「すみません」とか「ありがとう」という言葉を使わないのでしょうか。
しかしながら、全ての若者がそうだとは言えません。それは、私が自動車学校から帰るとき、時々、高城小学校の子供達が横断歩道に前で立っているときがあります。当然、私を乗せた自動車学校の送迎車は、横断歩道の前で停車し、子供達を横断させるわけですが、その際、どの子供達も、横断歩道を渡りきると、くるりと向き直り、私達に向かってペコンと頭を下げ、「ありがとうございました。」と大きな声で御礼を言うのです。この言葉を聞き、「まだまだ、日本は大丈夫だ。」と自分に言い聞かせているのです。
さて、日本では、家庭教育や学校でのしつけが、細かい部分まで及んでないせいか、「ありがとう」という感謝の言葉を聞くことが少なくなりましたが、今回、シンガポール・マレーシア旅行をしてみて、外国人が「ありがとう」という言葉を頻繁に使っていることがわかりました。エレベーターの順番を外国人に譲ると、必ず「サンキュー」という言葉が返ってきましたし、また、食事を終えて食堂を出る際も、メイドから「サンキュー」という言葉をかけられました。
まだまだ、「ありがとう」という感謝の気持ちをこめた言葉は、日本では必要です。「ありがとう」と言われて腹を立てる人はいませんから、私達も遠慮することなく、どしどし使おうではありませんか。






