校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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危険からの回避

 人間は、一生のうちに約9割の人は、交通事故の加害者や被害者のいずれかの関係者となるといわれていますが、私自身のこれまでの65年の人生を振り返ってみますと、幸い加害事故は1回もありません。しかし、約24年前、車の助手席に乗っていて、わき見していた後続車両に追突され、頚椎骨折のため、約8ヶ月の入院生活を余儀なくされたことがあります。この事故を振り返ってみますと、横断者があったため、私達が乗った車は横断歩道の前で停車したわけですが、もし、このとき、バックミラーで後部車両の動きを見ていれば、身をかがめるとか、何ならかの予防策が取れたはずで、ひょっとしたら、もっと軽い怪我で済んでいたのではないかと、今でも反省するときがあります。
 このように、いつでも気を緩めることなく、降りかかって来る危険を察知し、それを回避する努力をしていれば、例え、交通事故等に巻き込まれようとしても、その危険から脱却出来る場合もあるのではないでしょうか。それを裏付けるような事案が、先日、千葉県内で発生しました。
 その事故は、昼間、交通量の多い幹線道路の交差点で発生したもので、大型のコンテナ車が交差点を右折しようとしたところ、速度が出ていたため、コンテナ車が傾いて横転し、そのため、信号待ちしていた自転車乗りを巻き込み、20歳の女性が車の下敷きになって即死したというものです。実は、このとき、死亡した女性と同じ場所で信号待ちしていた友達がいたのですが、この人は幸い、助かっているのです。
 二人の友達は、同じ場所にいながら、一方は助かり、片方は交通事故に巻き込まれ、命を失ったのです。生と死を分けたのは、助かった女性は、信号待ちの間、自転車から降りて、自分の方に向かって進行してくる車の動きを見ていたそうで、そのため、コンテナ車が右折する際、大きく傾き、車が、自分の立っている方向に向かっていることをいち早く知り、咄嗟に、「危ない」と叫びながら、自転車はその場に投げ出し、全速力で逃げたため、難を逃れたということです。一方、亡くなった女性は、自転車にまたがったままで、おまけにメールを打っていたため、コンテナ車が車体を傾けて進行して来るのを発見するのが遅れ、横転した車の下敷きになり、あえなく死亡したということでした。
 この事故の状況をテレビで見て、常日頃私が実行していることが、間違いではなかったことを改めて認識したのです。それは、私は、毎日、自転車に乗っていますが、信号待ちで交差点付近で待っているときは、いつも自転車から降り、目は自分が立っている方に向かって来る車の動きを見るように心がけています。この仕草は、数年前、交差店内で車同士が衝突し、その反動で、衝突した車の1台が、信号待ちをしていた歩行者の列に突っ込み、数名が重傷を負った事故を報道で知り、それから実行しているものです。このときも、事故の惨禍から免れたのは、交差点内の車の動きをよく見ていた人で、交差点内の衝突をいち早く知り、咄嗟に逃げ出したから難を免れることが出来たわけです。 千葉の事故の報道を見てから、その後は、信号待ちしているときは、ただ単に自転車から降りるだけでなく、例えば、前方の信号機が赤になっているか、もしくは青の点滅信号が見えたときは、あらかじめ、交差点から少し離れた所で待ったり、信号が変わってもすぐ発進せず、周りの車の動きを見てから、ぺタルを踏み出すよう、細心の注意を払っているところです。

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2006年09月04日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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