校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2006年12月 アーカイブ

2006年12月04日

遮断機

 11月27日の深夜、東京都内の踏み切りで発生した電車と乗用車の衝突事故では、幸い怪我人はいなかったものの、乗用車がメチャメチャに壊れたほか、電車も脱線し、そのため、復旧に相当時間がかかり、ダイヤが平常に戻ったのは、翌28日の昼頃でした。この事故は、28日の早朝にはテレビで放映されましたが、発生場所が東京都内で、しかも怪我人がいなかったことから、当校でも、この事故に関する詳しい内容を知っている職員は少ないものと思われます。実は、私もそのニュースは、28日の早朝、テレビで見ましたが、詳しい内容は報道されなかったので、特に関心はなかったのです。
 ところが、29日の新聞を見たところ、その事故の内容が詳しく掲載されており、その内容から、初心運転者の教育を行っている指定自動車学校としては、見逃すことの出来ない事故でした。
 その事故は、新聞に掲載された記事によりますと、平成18年11月27日の午後11時20分頃、東京都杉並区下高井戸の京王線下高井戸駅~桜上水駅間の踏切内で、新宿発高幡不動行きの下り普通電車(8両編成)と乗用車が衝突したものです。警視庁などの調べによりますと、この事故で電車の先頭車両が脱線し、乗客1,200人が車両から避難したそうですが、怪我人はいなかったということです。もし、電車が脱線した後、転覆したりしていれば、大惨事になりかねない事故だったということです。事故の原因は、高井戸警察の調べによりますと、40歳代の女性が、事故の直前、乗用車を運転して踏切内に入ったところ、踏切を渡りきる前に遮断機が降りて立ち往生し、びっくりした女性は、車をそのままにして逃げたということです。
 さて、万一、今回の事故のように踏切内で遮断機が降りてしまった場合、運転者としてはどのようにすべきかということですが、当校が使用している学科教本には、「万一、踏み切りの中で遮断機が降りてしまったら、車で遮断機を押して進めば、簡単に脱出できます。」と記載されており、指導員に尋ねても、学科教習の中では、教科書の通り指導しているということでした。おそらく、乗用車を運転していた女性も運転免許を取得したとき、この内容については自動車学校で習ったはずですが、電車が近づいたことを知らせる警報機が「カン、カン」となり、目の前の遮断機が降りて、車が進めなくなったことにビックリし、パニック状態になって車を放置したものと思われます。
 JRの職員の話によりますと、JRや私鉄の踏切に設置されている遮断機の棹(さお)は、一般駐車場の出入り口に設置されている遮断機と違い、棹の部分は竹で製作されていますから、遮断機の棹を車両で推し進めていけば、棹は遮断機本体から外れる構造となっているので、容易に脱出できるということでした。
 車を運転していて、滅多にこのような場面に遭遇することはないわけですが、いざ、遭遇すると、誰でも頭の中が真っ白になり、あわてて車を踏切内に放置することがあるわけです。従って、指導員の皆さんは、今回の事故を教訓とし、遮断機の仕組みと、棹の部分は車で押すと簡単に外れることを、生きた事例として教習生の皆さんに是非紹介して下さい。

2006年12月11日

愛称

 先日の夜、ニュース番組を見ていたところ、マラソン選手の高橋尚子選手が、母校の大阪学院大学の客員教授として1年間という期限付きですが、就任することが決まったことが報道されていました。ご存知のとおり、高橋選手は、平成12年(2000年)のシドニーオリンピック女子マラソンでは、ルーマニアのシモン選手と激しくデッドヒートを演じ、34キロ付近でシモン選手を振り切り、見事優勝し、その年、女子スポーツ選手として初めて日本の国民栄誉賞を受賞したマラソン選手です。その後、平成16年(2004年)のアテネオリンピックの女子マラソンでの2連覇が期待されましたが、予選の選考―レースでスタミナ切れを起こして敗れ、さらに、平成18年11月に行われた東京国際女子マラソンでも、優勝した土佐礼子選手や尾崎朱美選手にも敗れ、平成20年に開催される北京オリンピックへの出場が危ぶまれている選手です。
 場面では、高橋尚子選手のことをアナウンサーが「Qちゃん」と呼んでいましたが、これを聞いていた妻が、「なぜ、『Qちゃん』と言うのだろうか?」とつぶやいたのです。私もスポーツが大好きで、高橋尚子選手が「Qちゃん」という「愛称」で呼ばれていることは知っていましたが、うかつにも「Qちゃん」の名前の由来のことは、知らなかったのです。その場は、テレビの画面に熱中して妻のつぶやきには聞こえなかったふりをし、即答しませんでしたが、日頃からスポーツ通を自負する私としては、プライドにかかわりますので、さっそく調べてみたのです。
 それによリますと、高橋尚子選手は、大阪学院大学を卒業後、小出義雄監督を慕ってリクルートに入社しましたが、ある年のリクルート陸上部の新人部員歓迎会において、高橋選手は、アルミホイルを使ったボディコン風の衣装を着て、その頃流行していた「お化けのQ太郎」の歌を歌ったということです。日頃の高橋選手は、何ごとにも控えめで、あまり目立たない選手でしたが、おどけた高橋選手の立ち振る舞いに歓迎会は大いに盛り上がり、それから高橋選手には、「お化けのQ太郎」をもじって、「Qちゃん」という「愛称」が付けられたということです。
 「愛称」と言えば、これまで我が国において「Qちゃん」と同じく国民栄誉賞をもらった人は、王貞治(プロ野球選手)、古賀政男(作曲家)、長谷川一夫(映画俳優)、植村直巳(冒険家)、山下泰裕(柔道選手)、衣笠祥雄(プロ野球選手)、美空ひばり(歌手)、千代の富士(大相撲横綱)、藤山一郎(歌手)、長谷川町子(漫画家)、服部良一(作曲家)、渥美清(俳優)、吉田正(作曲家)、黒澤明(映画監督)がいますが、この人達の中にも「愛称」で呼ばれている人がいます。例えば、衣笠祥雄選手は、現役時代「鉄人」という「愛称」で呼ばれていました。衣笠選手は、赤ヘル時代の背番号が「28」でしたが、この頃、子供達の間で人気のあった横山光輝さんの漫画「鉄人28号」からヒントを得て、「鉄人」という「愛称」が付けられたということです。この他、王貞治選手には「ワンちゃん」、美空ひばりには「お嬢」、千代の富士には「ウルフ」等の「愛称」が付けられていますが、それだけ、国民から慕われているということだと思われます。
 高橋尚子選手の最近の走る姿を見ていますと、シドニーオリンピック当時の切れ味はやや薄れてきていますが、トレーニング次第によっては、まだまだ活躍出来そうですから、是非とも次の北京オリンピックを目指し、頑張って欲しいと願っています。「Qちゃん」ガンバレ

2006年12月18日

落下物

 全国の高速道路においては、年間約23万件位の落下物があるそうですが、12月中でも私が知る限り、これら落下物による交通死亡事故が2件発生しています。そのうちの1件は、12月初旬、兵庫県西宮市の阪神高速道路において、神戸方面に向かっていた大型トラックの運転手が、助手席に置いていたお茶のペットボトルを取ろうとしてわき見したために側壁に衝突し、その反動で荷台のロープが切れ、積んでいた重さ約3トンの鉄箱2個が落下した事故です。2個のうち、1個の鉄箱は、高速道路下の甲子園球場の入場出入り口付近に落下し、さらにもう1個は、高速道路上に落ちたものです。幸い、甲子園球場の入り口付近に落下した鉄箱は、深夜であったため、けが人はありませんでしたが、高速道路に落ちた鉄箱には、トラックの直ぐ後ろを走行していた軽ワゴン車が衝突し、後部座席に乗っていた女性が死亡したものです。
 もう1件の事故は、12月の中旬、千葉県の関越自動車道で発生した事故です。大型トラックの直ぐ後方を走行していた軽乗用車が、トラックの荷台から落下した長さ約4メートルのハシゴに気付き、急ブレーキをかけて停車したところ、軽乗用車の後方を走行していた大型トラックがわき見していたため、軽乗用車に追突し、そのショックで軽乗用車が引火して炎上し、軽乗用車に乗っていた親子連れの二人が焼死した事故です。
 一般のドライバーから見れば、高速道路は信号機もないし、安全と思われがちですが、意外と落下物が多く、まさに危険がいっぱいの状態のようです。高速道路を管理する日本道路公団の調べによりますと、落下物のワースト3は
  ○ 毛布や荷物を覆っているシーツ等の「布類」
  ○ 角材やベニヤ板等の「木材」
  ○ パンクしたタイヤ等の「自動車部品」
ということです。
 このように、高速道路においては落下物が多く、しかも落下物が原因の交通事故が発生していますが、日本道路公団や高速道路警察隊では、ドライバーに対し、「荷物を積載したトラックの直ぐ後方を走行しないこと」や「急ブレーキをかけないこと」等を訴えています。
 当校でも、第2段階の教習では、項目14の「高速道路での運転」がありますので、この落下物については、それぞれ指導しているものと思われますが、咄嗟の場合、パニック状態になって急ブレーキを踏むことが充分考えられます。そこで、落下物による交通事故に巻き込まれるのを防ぐため
  ○ 荷物を積載したトラックの直ぐ後方を走行しないこと
  ○ 車間距離を充分とること
  ○ 視点は出来るだけ遠くに置くこと
  ○ 落下物を発見したときは、後方を確認して車線を変更すること
  ○ 車線を変更できないときは、ハザーランプをつけるとか、ポンピングブレーキを踏んで減速するなど、前方が危険な状態であることを後方の運転者に知らせること
等について、具体的に指導していただくようお願いします。

2006年12月25日

挑戦者

 先日行われたボクシングの世界ライトフライ級戦では、チャンピオンの亀田興穀選手が、ベネズエラのランダエダ選手の挑戦を退け、初の防衛に成功しました。8月に行われた王座決定戦では、試合の内容からランダエダ選手が勝ったと思われましたが、判定は亀田選手に挙がって後味の悪い結果になり、その約4ヶ月間、亀田選手側に対しては、マスコミからのパッシングが続き、今回の対戦は、まさに因縁試合という状態でした。私は試合前の両選手の練習風景やインタビューなどをテレビで見ましたが、今回の試合では、亀田選手はタイトルを守るために無理に攻め込まず、ひょっとしたら守りの試合になるのではないかと危惧していたのです。
 ところが、ゴングが鳴り、いざ試合が始まると、亀田選手の動きは前回とは全く違い、足を使った彼本来のアウトボクシングに徹した戦法に出たのです。この戦法には、さすがの百戦錬磨のランダエダ選手も面くらい、得意の右フックは全く亀田選手に当たらず、12回を終わってみれば、ノックアウトシーンは見られなかったものの、亀田選手の圧倒的な判定勝ちの結果になったのです。亀田選手は、試合後のインタビューで、「KOか、それが出来ないときは、圧倒的な判定勝ちをして白黒をつけたかった。」と話をしていましたが、亀田選手にはチャンピオンベルトを守ろうという気持ちはなく、あくまでも「挑戦者」として勝ちにこだわろうとした亀田選手側の作戦が、見事に功を奏したようです。
 さて、「挑戦者」と言えば、プロゴルフを見ていますと、1日目にトップに立った選手で、2日目、そして最終日もトップで優勝するという試合は、年に数えるほどしかないようです。1日目にトップに立った選手のインタビューを聞いていますと、必ずと言っていいほど、「今日のようにバーディーを取るため、明日も攻めて行きます。」と語っていますが、いざ試合が始まると、1日目のリードを守ろうとするのか、言葉とは裏腹に攻め方が消極的になってリズムを崩し、結果的には大きく後退することになっているようです。
 プロ選手がこの状態ですから、私達アマチュアにも同じようなことが言えるかと思います。それは私もゴルフをしますが、例えば調子が良くて7番ホールまで終わって2オーバーだったとします。すると、残り2ホールでパーか悪くてもボギーであがれば、念願の30台が出ることになりますから、ついその気になってプレーすることになります。すると、それまであんなに良かったドライバーが途端に曲がりだしたり、あるいは、パターがスリーパットになったりして、あがってみれば、30台どころか40台の半ばになる場合が度々あります。これは、それまで常に攻める気持ちになって積極的にプレーしていたのが、リズムが崩れたために起こるもので、メンタル面の弱さがそのままプレーに現れるものと思われます。
 このように、スポーツでは「挑戦者」という言葉がよく使われていますが、この言葉は、スポーツだけでなく、私達の仕事にも当てはめることが出来ます。それは、人間は仕事をする上である程度の目標を定め、それが達成されると、今度はそれを守ろうという心理状態になるそうです。職場全体がそのような雰囲気になると、途端に職員一人一人が何をするにも消極的になり、そうなるとあれほど業績が順調に伸びていた会社の成長が止まり、そのことに気づかないと、段々下降線をたどり、結果的には破産するということになるということです。従って、そうならないためには、職場全体がある程度の目標を定め、例えそれを達成したとしても、それに満足することなく、更なる目標を定めて努力するという「挑戦者」の気持ちを常に忘れず、全職員が仕事を進めていくことが大切と思われます。

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