校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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指導員冥利

 「冥利」とは、目に見えないご利益(りやく)という意味ですが、「冥加(みょうが)」、「冥益(みょうやく)」も同じことです。この言葉は、元々仏教用語で、仏様が知らず知らずの間に与えるご利益のことだったそうですが、それがいつのまにか、自分が受けた恩恵のことを意味するようになったということです。「冥利」という言葉は、「男冥利」、「役者冥利」、「教師冥利」等、いろいろなところで使われていますが、このうち「男冥利に尽きる」とは、男に生まれたという幸せ(幸福)を意味し、「教師冥利に尽きる」とは、いい生徒を持ったりして教師になった幸せをしみじみ味わうことを意味しています。
 この「冥利」という言葉については、自動車学校の指導員の場合も同じことが言えると思います。例えば、MDSの場合、仮免試験や卒業試験の合格発表は、昼休み時間に行われることが多いようですが、発表が終わった直後、合格した生徒さんが職員室に押しかけ、担当した指導員の姿を見ると、その傍に駈け寄り、「先生合格したよ。」と大きな声で報告する姿をよく見かけます。中には、合格した喜びに感激し、目に嬉し涙を浮かべた生徒さんもあるようです。それに対し、指導員も「おめでとう」と答えていますが、その顔を見ていると、まるで自分が合格したかのような笑みを浮かべています。このような光景を見るたびに、私は、「指導員冥利に尽きる」という言葉をしみじみ味わっているところです。
 さて、その中でも、先日卒業したAさんの場合、「指導員冥利に尽きる」という言葉がまさにピッタリでした。Aさんが当校に入所したのは、昨年の10月ですから、卒業するまでには約3ヶ月かかったことになります。もちろん、高校に通いながらの教習ですから、ある程度の時間はかかりますが、彼の場合、同じ高校生よりも3倍の時間を要しました。それは、Aさんは、いわゆる勉強嫌いというか、学科教本を見て内容を理解することが苦手な方で、なかなか仮免学科試験に合格することが出来なかったのです。
 そこで、担当の指導員や学科担当部長等が相談し、職員室の中でAさんを座らせ、問題を与えて採点し、間違った所はAさんが納得するまで指導する方法をとったのです。勉強の苦手なAさんは、最初は嫌がっていましたが、担当部長等が根気よく丁寧に教え、いい点数を取ると、「よく出来るようになったね」と誉められたりしているうちに段々成績も上がり、12月中旬には、待望の仮免学科試験に合格したのです。そのときのAさんの喜びようは、まさに身体中で表わしているという表現がピッタリで、担当部長や指導員のところに駆けつけるや、「先生、僕は合格したよ」と何度も何度も同じ言葉を連発していました。
 そのAさんも、年が明けた先日の卒業検定試験では、見事に1回で合格することが出来ましたが、その喜びは、今まで見せた以上の喜び様でした。職員室に入ってくるなり、「先生、合格したよ。これも先生のお蔭です。」と担当指導員のほか、学科教習を担当した指導員等に、何度も同じ言葉を発して喜びを表していました。そこには、身体が大きく、見た目にはとても素直ではないという印象を持っていたAさんの姿は全くなく、無垢というか、純真な子供のような輝く顔があったのです。それに応えるかのように、指導員が「よく頑張ったね。おめでとう」と声をかけると、しっかりと指導員の手を握りしめていました。
 このように私達は、知らないうちに誰かのために役に立っているわけですから、「指導員冥利」という言葉を忘れず、常に初心の気持ちで初心運転者の育成に努めましょう。

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2007年01月09日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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