校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2007年02月 アーカイブ

2007年02月05日

親の責任放棄

 わが国の学校給食は、明治22年に山形県鶴岡町で行われたのが始まりとされています。その後太平洋戦争のため一時中断していましたが、戦後は困難な食糧事情のもとで、主として経済的困窮と食糧不足から児童生徒を救済するために、アメリカからの援助物資により昭和22年に再開されたものです。私が小学校に入学したのも、その昭和22年ですが、私にとって給食といえば、脱脂粉乳のイメージが今でも脳裏に強く残っています。それは、当時は完全給食ではなく、脱脂粉乳だけの給食だったのです。それも、確か小学校4年生の頃から始まり、週に一度の割合で受けていましたが、アルミ製の弁当蓋に注がれた脱脂粉乳は、何ともいえない匂いがし、一寸口をつけただけで、大部分は残していたほど味が悪いものでした。
 このように私達の年代は、完全給食の恩恵を受けませんでしたが、二人の息子達が育った昭和50年代は、給食費の入った袋を学校に持っていく姿を見かけることがありましたから、その頃は、国内ではどこの小・中学校でも完全給食が行われていたものと思います。従って、どの親も、自分の子供が給食を食べるわけですから、経済的に困窮していて払えない場合を除いては、当然、給食費は払っているものとばかり思い、かつそう信じていたのです。
 ところがどうでしょう。先日の新聞報道などによると、給食費を滞納する子供達が全国の小・中学校で10万人もいることが、文部科学省の調査で明らかになり、しかも滞納総額は22億円を超えるということです。これにはビックリしましたが、さらに驚いたことには、なぜ滞納するのか、文部科学省が学校に聞いたところ、経済的な理由で払えない保護者が33%だったに比べ、払えるのに「払わない」保護者がなんと60%もあったということです。
 問題は、経済的な余裕があるのに払わないと見られる保護者が半数を超えたことですが、払わない理由を調べたところ、「小・中学は義務教育だから、当然給食費はタダだ。」、「親から給食を頼んだ覚えはない。学校が勝手に給食を出したのだから支払う必要はない。」、「パチンコやローン代に支払ったので金がない。」等だったそうです。
 なんと馬鹿な親がいたものです。確かに憲法26条は「義務教育はこれを無償とする」となっていますが、これについては昭和39,2,26の最高裁の判決があります。それによりますと「無償」とは、「授業料を徴収しないということであり、、授業以外の給食は『無償』には含まれない。」というものです。さらに給食法では、「学校給食に要する費用は、保護者の負担とする。」と規定されています。
 払えるのに、「払わない」とゴネている人は、果たしてこれらの判決なり、法律を知っていながら払わないのでしょうか。はなはだ疑問です。子供にきちんと食事をさせることは、親として最低の義務であり、給食費を払えるのに払わないのは、「親としての責任を放棄している」というほかありません。
 それに、同じ給食を食べていて、大部分の子供の親はきちんと払っているのに、一部の子供の親は払わないというのは、誰が考えても不公平ですし、第一、食事をして代金を払わないのは、我が国では「無銭飲食」という犯罪になります。また、給食費を払ってない子供は、食べにくいだろうし、そのことが不登校やいじめにつながりますので、教育上も好ましい状況ではないはずです。学校給食は、単に弁当を作る親の負担を軽減するだけでなく、食材になった農産物を社会科で学んだり、食事する際の躾を学ぶなど、学習との関連も強くなっています。
 「子は親の背中を見て育つ」といわれますが、親の行動はつぶさに子供が見ています。この際、これまで払っていなかった親は、改めてこの問題を思い起こしてもらい、親としての責任を放棄せず、キチンと払ってもらうことを願っています。

2007年02月12日

敏捷性

 人間は50歳を過ぎると、若い時と違って段々「敏捷性」が失われるようになるそうですが、当校で行われている高齢者講習を見学していると、それが実感出来ます。高齢者講習においては、トレーチャー(模擬運転装置)」を使って適性検査をしますが、障害物が画面に出てきた場合、素早くハンドルを切って衝突を避けなければならないのに、ほとんどの受講者が反応が遅れて障害物に衝突し、「ピイ、ピイ」という衝突音が鳴り響くのです。本人はこんなはずではなかったという感じで、首をひねりながら、再度挑戦していますが、やはり結果は同じのようです。それだけ、ご本人が気づかないうちに身体能力が衰え、「敏捷性」が失われているものと思われます。
 また、高齢者がつまずいて転倒し、手足を骨折した事例をよく聞きますが、専門家の話によると、「転倒」と「敏捷性」は大いに関連性があるということですが、先日の朝、散歩中にラジオで聞いた「敏捷性を高める体操」の話は、とても参考になりました。
 話をされていたのは、中京体育大学の湯浅景元先生でしたが、先生は、フイギィアスケートの安藤美姫選手や浅田真央選手のメンタル面を担当するメンバーの一人ですが、 湯浅先生が勧める「敏捷性を高める体操」とは、次の三つで、特に高齢者が出来る簡単な体操でした。
 その一つは、椅子に腰掛けたままで、足を床にステップする体操ですが、運動の時間は3秒です。ラジオで聞こえる先生の声を聞いていると、実にリズムカルでしたが、散歩が終わり、自宅に帰っていざ自分でやってみると、最初の頃は、3秒間の間に約10回位しか出来ませんでした。しかし、毎日少しづつやっているうち、今では、その回数も15回位出来るようになりました。この体操のミソは、3秒間を一区切りにするということでした。それは10秒間にすると、高齢者にとっては運動量が過多になり、すぐ飽きられからで、3秒という時間が最も適切な時間だそうです。
 その二つは、二人一組になり、一人の人が「右」「左」と言えば、相手の人は、言われた方の足をその場でステップする体操です。この体操は、最初はゆっくりやり、慣れて来たら、どんどん早く行ってやるのがコツだそうです。
 さらに、もう一つは、名刺拾い体操です。これは、名刺を片手で掴んで目の高さの所から落とし、名刺が地面に到着するまでに拾う体操です。これは一見やさしそうに思えますが、自分でやってみると、なかなかうまくいきません。名刺が手から離れた途端、ヒラヒラとは落下せず、微妙に不規則な回転をするからです。私が10回やって2回位しか掴めませんでしたので、当校の若い職員の人に実験してみたところ、うまくいっても約5割のようで、かなり難しい体操のようです。また、高齢者講習の際、受講者の人にやってもらっていますが、なれないせいがあるかも知れませんが、ほとんどの方が掴むことが出来ないようです。湯浅先生の話によると、この体操は、脳と手足を結ぶパイプが、加齢とともに段々錆付いて来て、反応が鈍くなるので、これを取り戻すために行うもので、落下する名刺を全部拾うことが出来なくても、この体操の効果はあるのだそうです。
 これらの体操は、継続してこそ効果が現れるそうですから、職員の皆さんも、「敏捷性」がまだ残っている今から、少しづつやってみたらどうでしょうか。

2007年02月19日

無断運転防止措置

 先日、群馬県前橋市内において、キーをつけたまま郵便局前路上に停められていたパトカーが盗まれるという事件が発生しました。新聞報道等によりますと、この事件は、110番通報で現場に駆けつけた前橋警察署のパトカーの乗務員が、事情を聴取するため二人とも郵便局内に入り、その間、パトカーは郵便局前の路上に停められ、エンジンは切られていたものの、キーは差し込んだまま、ドアロックはされていない状態だったということだそうです。約50分後に乗務員が郵便局前に戻ったところ、パトカーの姿がなかったということです。幸い、パトカーは約10キロ離れた民家の駐車場に突っ込んだところを発見され、運転していた男は盗みの現行犯で逮捕されました。盗んだのは47歳の露天商の男性でしたが、男は盗んだ理由について「歩いて帰るのが面倒くさくなり、たまたま郵便局前にパトカーが停められ、エンジンキーがついたままだったので運転した。」と供述しているそうです。
 今回の事件では、駐車場内のブロックが一部壊れ、さらにパトカーの一部が損傷するだけで済みましたが、もし、交通事故を起こして怪我人が出たり、あるいは民家に飛び込んで怪我人が出たりしたら、大変なことになっていたものと思われます。前橋警察署は、「県民に対し申し訳ない。今後、車を離れる際は、盗難防止措置を確実に取るよう指導する。」というコメントを発表しましたが、誠にお粗末な事件でした。
 さて、運転者が車から離れる場合の措置については、道路交通法に規定があります。その規定は、道路交通法第71条です。そこには「運転者の遵守事項」という規定があり、その中の5号の2には、「自動車又は原動機付き自転車を離れるときは、その車両の装置に応じ、その車両が他人に無断で運転されることがないようにするため、必要な措置を講じること。」と定められています。この規定は、いわゆる「無断運転防止措置」といわれるものですが、昭和40年代の初め頃、エンジンキーをつけられたままの車が盗まれ、その車が銀行強盗の逃走車両に利用されたり、あるいはひき逃げ事件を起こしたりするなど、事故や犯罪が続発したのに伴い、昭和46年の道路交通法の一部改正により新設されたもので、罰則は設けてありません。また、5号の2に定める「その車両の装置に応じ・・・必要な措置」とはいかなるものでしょうか。道路交通法解説書によると、「エンジンキーをはずし、道路運送車両法保安基準第11条の2に規定する施錠装置があるときはこれを施錠し、ドアにかぎをかけ、あるいは同乗者を車に残すこと」となっています。
 この規定が新設されてから、既に30年以上経過していますので、大半のドライバーはこの規定を遵守しているものだと思っていましたが、先日、自転車で自宅に帰る際、店舗の前の路上に停められている車で、運転者がいない車の運転席を試しにのぞいて見たところ、12台中3台はエンジンキーがつけられていました。おそらく運転者は、店の中に入っていたものと思いますが、この状態でしたら、車を盗むことは容易い筈です。
 指定自動車教習所は、運転の基本を教えるところですから、教習生にはこの「無断運転防止措置」の内容をしっかり指導するとともに、自らも教習車はもちろん、自分の車を運転する際は、必ずこの規定を遵守していただくようお願いします。

2007年02月26日

奥都城

 私も今年66歳となりますが、この年になっても、まだ初めて聞く言葉があったり、また知らないことがたくさんあります。その一つが「奥都城」という言葉です。先日、職員の方に集まってもらい、白紙に「奥都城」と書き、読んでもらったのです。殆んどの方が、始めて見た漢字だと言いながら、首をひねりひねり、それでも「『おくみやこのじょう』と読むのだろうか?」と答えていました。実は私もその文字がなんと読むのか、またその意味すら知らなかったのです。
 私がこの「奥都城」という文字を知ったのは、先日、散歩中、宮崎市内の平和台公園東側にある墓地の中を通ったときのことです。その墓地には約500個位の墓石がありますが、その墓石に刻んである文字を何気なく見ながら歩いていたところ、その中の一つに「○○家之奥都城」と刻まれた墓石があるのに気づきました。「奥都城」とは始めてみる文字であり、「おくみやこのじょうと読むのだろうか?」とか「都城地方出身の人の墓なのかな?」と思いながらも、その場はそのままにしていたのです。
 ところが、それから数日後、自転車で帰宅中、宮崎市内の宮崎神宮付近の道路沿いにある墓地の前を通りかかったところ、墓地の中に、あの「奥都城」と刻まれた墓石が見えたのです。そこで、わざわざその墓石まで近づき、刻んである文字を見ると、その墓石には、「奥都城」としかありません。どう見ても、普通の墓石と同じようですが、ただ、普段見かける香炉がなく、その代わり、蝋燭を立てる箱みたいな物が置いてあり、さらに墓石の後ろを見ると「出雲大社宮崎教会」と刻まれていました。しかし、「奥都城」という苗字はこれまで聞いたことがないので、何かの意味があるに違いないものと考え、廻り道をして県立図書館に立ち寄り、調べてみたのです。
 すると、「奥都城」とは、「おくみやこのじょう」ではなく、正しくは「おきつき又はおくつき」と読み、そして、それは、日本固有の多神教の宗教である「神道(しんとう)」の墓石に刻まれる文字であるということがわかったのです。また、「奥」とは、奥深い意の「奥」や「置く」を意味するといわれ、「都」は「津」と表現することもあるそうです。その場合、「都」は、神官・氏子などを勤めた人の墓に使われ、一般信徒の墓の場合、「奥津城」と刻まれるということです。ただし、先祖に神官・氏子の役に従事した人がいる場合には「都」が使われることがあるほか、地域により、どちらかの文字が広く用いられることもあり、一概ではないということでした。また、「城」は、古代の「胆沢城」の「城」の用例にみられるように棚・壁などで四辺を取り囲んだ一郭の場所をいい、また「柩(ひつぎ)」の意味もあるということです。これらのことから、「奥都城」とは、「奥深い所にあって外部から遮られた境域」ということであり、また「柩を置く場所」という意味だということです。
 その後、再びその墓地に立ち寄り、敷地内を調べてみると、「奥都城」や「奥津城」と刻まれた墓石が10個もあり、墓地の近所に住む人に尋ねてみると、やはり、それらは、宮崎神宮等に勤めていた神官の方の墓石であることがわかりました。しかしながら、その人は、「奥都城」のことを「おくみやこのじょう」と読むものと信じていたということでしたので、早速、「正しくは、『おきつき又はおくつき』と読むのだそうですよ」とにわか仕込むの知識を披露したところでした。

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