わが国の学校給食は、明治22年に山形県鶴岡町で行われたのが始まりとされています。その後太平洋戦争のため一時中断していましたが、戦後は困難な食糧事情のもとで、主として経済的困窮と食糧不足から児童生徒を救済するために、アメリカからの援助物資により昭和22年に再開されたものです。私が小学校に入学したのも、その昭和22年ですが、私にとって給食といえば、脱脂粉乳のイメージが今でも脳裏に強く残っています。それは、当時は完全給食ではなく、脱脂粉乳だけの給食だったのです。それも、確か小学校4年生の頃から始まり、週に一度の割合で受けていましたが、アルミ製の弁当蓋に注がれた脱脂粉乳は、何ともいえない匂いがし、一寸口をつけただけで、大部分は残していたほど味が悪いものでした。
このように私達の年代は、完全給食の恩恵を受けませんでしたが、二人の息子達が育った昭和50年代は、給食費の入った袋を学校に持っていく姿を見かけることがありましたから、その頃は、国内ではどこの小・中学校でも完全給食が行われていたものと思います。従って、どの親も、自分の子供が給食を食べるわけですから、経済的に困窮していて払えない場合を除いては、当然、給食費は払っているものとばかり思い、かつそう信じていたのです。
ところがどうでしょう。先日の新聞報道などによると、給食費を滞納する子供達が全国の小・中学校で10万人もいることが、文部科学省の調査で明らかになり、しかも滞納総額は22億円を超えるということです。これにはビックリしましたが、さらに驚いたことには、なぜ滞納するのか、文部科学省が学校に聞いたところ、経済的な理由で払えない保護者が33%だったに比べ、払えるのに「払わない」保護者がなんと60%もあったということです。
問題は、経済的な余裕があるのに払わないと見られる保護者が半数を超えたことですが、払わない理由を調べたところ、「小・中学は義務教育だから、当然給食費はタダだ。」、「親から給食を頼んだ覚えはない。学校が勝手に給食を出したのだから支払う必要はない。」、「パチンコやローン代に支払ったので金がない。」等だったそうです。
なんと馬鹿な親がいたものです。確かに憲法26条は「義務教育はこれを無償とする」となっていますが、これについては昭和39,2,26の最高裁の判決があります。それによりますと「無償」とは、「授業料を徴収しないということであり、、授業以外の給食は『無償』には含まれない。」というものです。さらに給食法では、「学校給食に要する費用は、保護者の負担とする。」と規定されています。
払えるのに、「払わない」とゴネている人は、果たしてこれらの判決なり、法律を知っていながら払わないのでしょうか。はなはだ疑問です。子供にきちんと食事をさせることは、親として最低の義務であり、給食費を払えるのに払わないのは、「親としての責任を放棄している」というほかありません。
それに、同じ給食を食べていて、大部分の子供の親はきちんと払っているのに、一部の子供の親は払わないというのは、誰が考えても不公平ですし、第一、食事をして代金を払わないのは、我が国では「無銭飲食」という犯罪になります。また、給食費を払ってない子供は、食べにくいだろうし、そのことが不登校やいじめにつながりますので、教育上も好ましい状況ではないはずです。学校給食は、単に弁当を作る親の負担を軽減するだけでなく、食材になった農産物を社会科で学んだり、食事する際の躾を学ぶなど、学習との関連も強くなっています。
「子は親の背中を見て育つ」といわれますが、親の行動はつぶさに子供が見ています。この際、これまで払っていなかった親は、改めてこの問題を思い起こしてもらい、親としての責任を放棄せず、キチンと払ってもらうことを願っています。






