校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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奥都城

 私も今年66歳となりますが、この年になっても、まだ初めて聞く言葉があったり、また知らないことがたくさんあります。その一つが「奥都城」という言葉です。先日、職員の方に集まってもらい、白紙に「奥都城」と書き、読んでもらったのです。殆んどの方が、始めて見た漢字だと言いながら、首をひねりひねり、それでも「『おくみやこのじょう』と読むのだろうか?」と答えていました。実は私もその文字がなんと読むのか、またその意味すら知らなかったのです。
 私がこの「奥都城」という文字を知ったのは、先日、散歩中、宮崎市内の平和台公園東側にある墓地の中を通ったときのことです。その墓地には約500個位の墓石がありますが、その墓石に刻んである文字を何気なく見ながら歩いていたところ、その中の一つに「○○家之奥都城」と刻まれた墓石があるのに気づきました。「奥都城」とは始めてみる文字であり、「おくみやこのじょうと読むのだろうか?」とか「都城地方出身の人の墓なのかな?」と思いながらも、その場はそのままにしていたのです。
 ところが、それから数日後、自転車で帰宅中、宮崎市内の宮崎神宮付近の道路沿いにある墓地の前を通りかかったところ、墓地の中に、あの「奥都城」と刻まれた墓石が見えたのです。そこで、わざわざその墓石まで近づき、刻んである文字を見ると、その墓石には、「奥都城」としかありません。どう見ても、普通の墓石と同じようですが、ただ、普段見かける香炉がなく、その代わり、蝋燭を立てる箱みたいな物が置いてあり、さらに墓石の後ろを見ると「出雲大社宮崎教会」と刻まれていました。しかし、「奥都城」という苗字はこれまで聞いたことがないので、何かの意味があるに違いないものと考え、廻り道をして県立図書館に立ち寄り、調べてみたのです。
 すると、「奥都城」とは、「おくみやこのじょう」ではなく、正しくは「おきつき又はおくつき」と読み、そして、それは、日本固有の多神教の宗教である「神道(しんとう)」の墓石に刻まれる文字であるということがわかったのです。また、「奥」とは、奥深い意の「奥」や「置く」を意味するといわれ、「都」は「津」と表現することもあるそうです。その場合、「都」は、神官・氏子などを勤めた人の墓に使われ、一般信徒の墓の場合、「奥津城」と刻まれるということです。ただし、先祖に神官・氏子の役に従事した人がいる場合には「都」が使われることがあるほか、地域により、どちらかの文字が広く用いられることもあり、一概ではないということでした。また、「城」は、古代の「胆沢城」の「城」の用例にみられるように棚・壁などで四辺を取り囲んだ一郭の場所をいい、また「柩(ひつぎ)」の意味もあるということです。これらのことから、「奥都城」とは、「奥深い所にあって外部から遮られた境域」ということであり、また「柩を置く場所」という意味だということです。
 その後、再びその墓地に立ち寄り、敷地内を調べてみると、「奥都城」や「奥津城」と刻まれた墓石が10個もあり、墓地の近所に住む人に尋ねてみると、やはり、それらは、宮崎神宮等に勤めていた神官の方の墓石であることがわかりました。しかしながら、その人は、「奥都城」のことを「おくみやこのじょう」と読むものと信じていたということでしたので、早速、「正しくは、『おきつき又はおくつき』と読むのだそうですよ」とにわか仕込むの知識を披露したところでした。

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2007年02月26日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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