校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2007年04月 アーカイブ

2007年04月02日

焦点

 私達は、普段行動しているとき、車や景色など目に入る物全てについて、常に「焦点」を合わせて見ているわけではなく、必要が生じた際、大脳の指令によって「焦点」を合わせる仕組みになっているそうです。普段はボンヤリ見ているということですが、そう言われてみれば、散歩や車を運転しているとき、信号機や他の車の動きは見ていますが、はっきりは見ていないようです。また、この「焦点」を合わせるのにも、若い人と高齢者と比べてみると、はっきり時間的な差があるそうです。つまり、人間は年を取ってくると、段々、「焦点」を合わせるのに時間がかかるということですが、最近そのことを実感するような事例がありました。
 それは、先日の日曜日、自宅近くのゴルフ練習場に行き、練習が終わって駐車場に停めていた車のトランクにバッグを入れていた時のことです。何気なく駐車場内を見ていたところ、約10メートル先にゴルフバッグを担ぎ、これから練習場に入ろうとしている男性の姿が目に入りました。「焦点」を合わせてよく見ると、それは、私より年齢が1歳下で、かって同じ職場で一緒に働いたことのあるYさんのようでした。その男性は私の方をチラッと見た際、私の目と合った気がしましたので、当然私の存在に気が付いたものと思ったのです。しかしながら、その男性は、再び視線を練習場の方に向け、歩き始めましたので、私は人違いだったのかと思ったのです。
 ところが、その男性が私の5メートル先まで近づいたとき、再びその男性を見たところ、5年振りに合ったとはいえ、顔形や体つきからまぎれもなく、その男性はYさんに間違いありませんでした。そこで、私は「Yさん」と声をかけたのです。すると、その男性は私の声が聞こえたのか、私の方をじっと見つめており、「誰だろうか」というような素振りをしていました。その間、約2秒位してから、やっと顔に笑みが浮かび、「アラ、谷口さんな。誰かと思っちょった。」という声が返ってきたのです。おそらくその間、「焦点」を合わせていたものと思いますが、それだけ年齢を重ねてくると、「焦点」を合わせる時間がかかるということがわかった次第です。
 さて、高齢者の交通事故の形態で多いのが「出合い頭事故」ですが、その事故の原因と「焦点」はどうも関連がありそうです。それは高齢者運転の車が「出合い頭事故」を起こした場合、殆んどの高齢者が「左右を見たけど車の姿は見えなかった。」と供述しているそうです。おそらく、その高齢者は、交差点に差し掛かった際、自分では左右の車の存在を確認したつもりが、実は確かに目だけは見たものの、「焦点」を合わせないまま、チラッと見ただけで、交差点に入ったものと思われます。それを証明するように、高齢者講習を受講される方の運転振りを見ていますと、交差点における左右の安全確認に要する時間が、若者と同じ位短いのです。若いときはそれでも良かったわけですが、年を重ねてくると、「焦点」を合わせるのに時間がかかるということを本人が全く気づいていないようです。
 我が国も高齢者社会に突入し、これからは益々高齢者ドライバーが増加していくわけですが、指定自動車学校でも早期に、高齢者講習の際、「焦点」に関する実験を行ったり、ビデオを作製して受講者に理解をしてもらうことが必要になってきているようです。

2007年04月09日

緊張感

 私がゴルフを始めてから20年余りを過ぎましたが、今でも、最初の1番ホールでドライバーショットを打つときは、胸がドキドキし、「うまくボールが飛んでくれるだろうか。」とか、「空振りはしないだろうか。」等と考えたり、ティの上にボールを載せても直ぐ落下し、あわてて載せようとしてあせるなど、常に「緊張感」が付きまとうものです。特に、コンペやクラブ杯等、多くのプレーヤーが見ている前で打つときは、余計に緊張するものです。
 本番ではこのように緊張がつきまとうのか、先日行われた「世界フィギュア2007東京」では、前日のショートプログラムまではトップに立っていた韓国のキム・ヨナ選手が、最終日のフリーの演技では2度も転倒し、掴みかけていた優勝の栄冠を逃してしまいました。その場面はテレビで見ていましたが、滑る前からキム・ヨナ選手の顔にいつもののような笑顔が見られず、緊張していることが映像からありありと伺われました。あれほどの選手でも、練習のときはなんでもなかった演技が、本番になると緊張して失敗してしまうものです。
 このように、スポーツでは、極度の「緊張感」により、本番では失敗することが多いようですが、芸術の場合はいささか異なるようです。音楽の場合、緊張はどちらかというと必要であり、「緊張感」があるためにいい演奏が出来るという音楽家もいるようです。特に、ピアニストの中には、練習のときは一人でピアノを弾いていても、「緊張感」がなくて出来栄えは余り良くないけれども、本番では適度の「緊張感」があり、良い演奏が出来るという人もあるそうです。
 さて、「緊張感」と言えば、自動車学校で、修了検定や卒業検定試験の受検者に対し、検定前「どうですか」と声をかけると、「はい、メチャクチャ緊張しています。」という答えが返ってくる場合が多く、身体全体から緊張している様子がこちらに伝わってきます。特に、初めて修了検定を受ける人ほど、コチコチになっているようで、中には練習のときには失敗がないのに、いざ本番になると、「緊張感」からか実力が発揮できずに失敗する場合があるようです。
 そこで、「緊張感」が検定試験と関連しているのかどうか、つまり、検定試験の何番目に受検した人が失敗しているのかを、本年1月から3月末までに当校で実施した修了検定試験の状況で調べてみました。それによりますと、普通車では1、271人が受検していますが、やはり1番失敗が多かったのはトップバッターで受検した人で、304人中46人が検定中止となっており、合格率が84,8%なっています。次に多いのが3番目で42人、次が2番目の38人となり、4番目、5番目になると、失敗する人数は20人台と減っているようです。さらに、連続して検定中止になっている例が28件あり、中には3人連続で検定中止になった事例が6件ありました。
 これらの検定結果からみても、受検者は練習のときと違って本番では緊張し、実力が発揮出来ないようですから、検定員は受検者の心理状態を考え、落ち着かせるために深呼吸させるとか、笑顔で接する等一工夫をする必要があるようです。職員の皆さん、何か名案がありましたら是非教えてください。

2007年04月16日

家庭訪問

 私は電車で宮崎から通勤していますので、毎朝、JR山之口駅まで車で迎に来てもらっていますが、運転する人は、指導員、事務員、パートの送迎員等変わります。運転する人とは自動車学校に到着するまでの約10分間、車中で天候や仕事の話などをしますが、今日の迎えは女性のパート事務員でした。そのパート事務員は、「明日は午後、家庭訪問の予定ですので、今日は大掃除です。今まで担任は女の先生でしたが、今年は男の先生なので、どんなことを聞かれるのか、一寸心配です。」という話をしてくれました。そこで、今の家庭訪問はどんな様子なのかを知りたくなり、聞いてみたのです。
 それによりますと、まず、私達が経験した家庭訪問と違っていたのは、家庭訪問する先生の交通手段でした。現在の先生は、車で訪問されるそうですが、私達の頃はまだ自動車が現在のように普及していませんでしたので、ほとんどの先生は自転車で、中には歩いて訪問される先生もいました。また、訪問時間は1軒当たり15分と決まっているそうですが、私達の頃は、時間は大雑把で、中には酒が好きな先生の場合、酒を飲みながらの家庭訪問ですっかり酔ってしまい、次の訪問が出来ず、リヤカーに乗せられて自宅まで送り届けられる猛者の先生もいたようです。
 さらに、私が育った町は、生徒の半分の家庭は農家でしたから、丁度4月は野菜がどこの家庭にも植えられていましたので、帰られる時の先生の自転車の荷カゴには、もらった大根、キャベツ等がいっぱい積まれていた記憶があります。このような光景が見られたのも、先生のほとんどは、子供達と同じ町内に住み、現在のように町外から通って来られる先生はいなかったからではないかと思われますが、それにしてものどかなものでした。
 さて、肝心の「家庭訪問」の内容ですが、これは私達の頃も現在も大体同じようなもののようです。その中で私が今でもはっきり覚えているのは、小学5年の時の「家庭訪問」で、担任は30歳代の女性のK先生でした。先生と応対したのは母で、私も母の横でその様子を見ておりましたが、先生は、家庭内における私の様子を聞かれ、母はそれに対しそつなく返事しているようでした。
 ところが、先生は話題が私の学校の様子になると、「武夫君は少しあわてんぼうのところがありますよ。先日も算数のテストをしたところ、引き算の問題なのに足し算をしてしまい、○点でした。」という話をされたのです。担任となってまだ2週間位しか経っていないのに、私の性格をよく見抜かれており、これには聞いていた私も恥ずかしい思いをしました。しかし、私の性格は母が一番知っており、この先生の言葉に母はそれほど驚かなかったように記憶しています。その証拠に、家庭訪問が終わり、先生が帰られても、特にこのことで、母から詰問された覚えがないからです。
 短期間の間に、私の性格を見抜かれたK 先生ですが、先生は竹を割ったような性格で、生徒にはズバズバ言われましたから、私は先生に対して反感は覚えず、むしろ先生には親しみを覚えたほどで、今でも私の記憶に残っている大好きな先生の一人です。そのK先生は、私のほか、私より1年下の妻も小学校のときの担任でしたし、それから30年後、私の次男が小学2年生に進級したときも担任をしてもらいました。K先生は、授業参観に出席した私に対し、「賢治君(私の次男)は、貴方が小さい頃とそっくりよ。やはり親子ね。」と言っていただきましたが、そのときは、具体的にはどんなところが似ているのか聞きそびれてしまいました。まさか、引き算問題を足し算と早とちりしたことは、先生は覚えていらっしゃらないことでしょう。今でも、「家庭訪問」の時期が来ると、K先生とその時の「家庭訪問」の時の様子が思い出されます。

2007年04月23日

車間距離

 車を運転するときは、前の車が急に止まっても追突しないような安全な「車間距離」をとらなければなりませんが、最近、一般道路や高速道路で、この「車間距離」をとっていなかったばかりに追突事故を起こし、死亡事故になった事例がありました。
 先ず、宮崎市内の一般道路で発生した追突事故ですが、新聞報道によりますと次のような事故でした。早朝、40代の女性が軽乗用車を運転し、子供を宮崎市内の高校に送り届けて自宅に帰る途中、前車の軽乗用車が急停車したので、あわてて急ブレーキをかけ、ハンドルを右に切ったが間に合わず、前車の右後方に自車を衝突させ、その反動で反対車線に飛び出してしまい、対向して来た普通乗用車と正面衝突し、そのため、軽乗用車を運転していた女性は全身打撲で数時間後に死亡したものです。前車が急停車をしたのは、道路上に猫の死体があるのを発見し、急ブレーキをかけたということでした。私もその事故現場を時々利用していますので道路事情は知っていますが、特に朝は交通量が多く、ゆるいカーブが続いるため、速度も40キロに規制されている場所です。新聞では事故の原因は調査中ということでしたが、おそらくわき見か考えごとをしていたのかもしれませんが、最大の原因は、充分な車間距離をとっていなかったことではないかと考えられます。
 一般道路における安全な「車間距離」のとり方については、第1段階の「項目7」で教習を行っていますが、「通常、乾燥した舗装道路での車間距離は、時速30~60キロの場合、速度計の読みの数字から15を引いた距離以上」となっています。したがって、今回、速度が40キロで走っていたとした場合、40-15=25となりますから、最低、25メートル以上の車間距離が必要であるわけです。この距離さえとっていれば、例え前車が猫の死体を見て急ブレーキをかけたとしても、追突を避けることが出来たのではないかと思われます。
 次に高速道路での事故は、熊本県内で発生したものですが、軽乗用車が走行中、普通乗用車が追突し、その反動で軽乗用車は横転し、助手席と後部座席に乗車していた老夫婦が死亡し、運転していた息子も負傷したという事案です。テレビ等の報道によりますと、普通乗用車を運転していた40歳代の女性は、警察の調べに対し、「なぜ追突したのか、よく覚えていない。」と供述しているそうですから、事故の主たる原因は、わき見かもしれませんが、安全な「車間距離」をとっていなかったこともその原因の一つではないかと思われます。
 高速道路における安全な「車間距離」のとり方については、第2段階の「項目17」で教習を行っていますが、「車間距離は、時速の数字をメートルに読み替えた距離が必要」となっています。例えば時速80キロで走行している場合は、最低、80メートル以上の「車間距離」が必要で、さらに路面が濡れ、タイヤが磨り減っている場合は、この2倍程度の「車間距離」が必要なのです。
 このように、一般道路や高速道路においては、安全な「車間距離」が必要なのですが、実際道路を走っている車の「車間距離」を見ていると、数メートルしかない場合もあり、これが重大事故につながっていますので、教習の際、しっかり指導していただくようお願いします。

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