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校長のひとり言ブログ

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2007年5月 アーカイブ

2007年5月 1日

ローカル列車

 私が通勤のため利用しているのはJR日豊本線ですが、私が乗る宮崎駅から山之口駅間は、ラッシュの時間帯を過ぎていることと、宮崎市内に通勤する人達とは逆方向の電車になりますので、乗車する人も少なく、まことにのんびりしたもので、いかにも「ローカル列車」といった感じがします。
 私がそのように感じるのは、次の理由からです。先ず、第一点は、乗務員の話す言葉が「薩摩弁」であり、いかにも「地方の列車だな」という感じがするからです。私が乗車する電車は、宮崎駅が始発で、終点が鹿児島中央駅となっていますが、車掌さんが話す言葉を聞いていると、殆どが「薩摩弁」で話しているようです。それは、旧国鉄時代、宮崎駅と鹿児島駅間は、鹿児島鉄道管理局が担当しており、従って駅員も鹿児島出身の人が多かったので、自然と話す言葉も「薩摩弁」となっていたわけです。その名残が現在でもあるのか、車掌さんが話す言葉を聞いていると、独特のアクセントのある「薩摩弁」です。私達は、その言葉を聞いても別に違和感はありませんが、おそらく都会の人達が聞いたら、外国の言葉のように聞こえるものと思います。
 その第二点は、日豊本線は単線ですから、電車の行き違いのため、駅のほか、各地に設けられている信号場でたびたび停車するからです。宮崎駅から山之口駅までの間に停車する駅は、南宮崎駅、加納駅、清武駅、日向沓掛駅、田野駅、青井岳駅ですが、そのほか、駅の途中にある門石信号場と楠ヶ丘信号場でも臨時に停車するようになっています。
 先日の朝、いつものように門石信号場が近づくと、「上り列車、行き違いのため、約4分間停車します。」というアナウンスがあり、やがて電車は信号場に停車しました。すると、私が座っている席のすぐ近くから「わあ、列車行き違いのため、臨時に停車するとは、ノンビリしているな。新幹線では味わえないよ。やはりこの電車にした方がよかった。まさに『ローカル列車』だよ。」という声が聞こえてきました。声のする席を見ると、その人達は、私と同じ位の年齢で、男4人と女4人のグループでした。話し振りからどうやら東京近辺に住んでいる人達で、第二の仕事も終わり、九州管内を旅行途中の様子でした。日頃、この電車に乗りなれている私達にとっては、信号場に臨時停車するたびに、「又、臨時停車か」と思っていましたが、ノンビリ旅行を楽しむ人達にとっては、このような臨時停車がいかにもゆったりした気分にさせるようです。
 その第三点は、車窓から眺める風景が、春夏秋冬移り変わり、心が安らぐからです。田野駅を出発すると間もなく、電車は鰐塚山系の山の中に入っていきますので、車窓から眺める景色は一変して、周りは木々だけになります。しかし、この光景がノンビリ旅行する人にとってはたまらなく良いらしく、旅行者の姿を見ていると、ガラス窓に顔をくっつけるようにして眺めています。春になると、一斉に青い葉っぱが茂って、山を覆いますし、冬は冬で、青井岳駅付近では、一面真っ白になる位雪が降りますので、それらの光景を眺めていると、私までなんだか心が豊かなになったような気がします。
 大雨や強風警報が出たりすると、たちまち不通になる日豊本線ですが、私にとっては、車内でゆっくり好きな本が読めますし、又乗車時間も約50分ですから、通勤する者にとって大変便利な乗り物です。今後も「ローカル列車」として長続きして欲しいと願っています。

2007年5月 7日

自転車エクササイズ(運動)

 私が自転車の魅力に取り付かれたのは、約20年前になりますが、そのきっかけは、知り合いの自転車屋さんから勧められ、マウンテンバイクを買い求めてからです。それまでは通勤用にいわゆるママチャリに乗っていましたが、それに比べマウンテンバイクは速度も出ますし、砂利道等の悪路でもスムーズに走行出来ますから、一寸した買い物や暇な時間があるときなど、自転車を乗り回す機会が多くなったのです。そのマウンテンバイクも5年位は乗り回しましたが、さらに自転車屋さんから「ロード用の自転車が中古品として出たが、乗ってみないか」と誘われました。そこで、?万円の大金を出してロード用の自転車を買い求め、さらに、ヘルメットからイタリア製の靴、そして黄色と黒色のチェックのウェアまで全てを揃えたのです。何といってもロード用サイクルの魅力はスピードで、時速40キロは出ますから、時にはバイクを追い越すことも度々あります。
 さて、私はこのように自転車の魅力に取り付かれ、雨が降らない限り、毎日のように自転車を乗り回していますが、最近、自転車が寝たきり予防の筋トレから血管の若返りまで役立つことを知り、自転車を使ったエクササイズ(運動)を取り入れているところです。それは今年の1月、NHKの「ためしてガッテン!自転車エキササイズ」で、自転車が足腰の筋力を鍛えるには、最高の道具であることを知ったからです。それによると、筋力の老化は40歳台を境に進むといわれていますが、特に足腰の筋力が衰えてくると階段の上り下りがきつくなったり、わずかな段差でもつまずいたりするようになるそうです。高齢者の場合は転倒や骨折のおそれもあり、それがきっかけで寝たきりになる例が多いということです。そんなことにならないためには、日頃から足腰の筋力を鍛えておく必要があり、それが出来るのが自転車だというわけです。自転車をこぐと、太ももの筋力と腸腰筋(大腰筋)という筋肉が使われますが、太ももの筋力は体重を支えたり、脚を持ち上げるための筋力で、一方の腸要筋はももから背骨につながっていて、上半身と下半身をつなぎとめている筋肉だということでした。
 このテレビを参考に、私が工夫を凝らし、現在、朝の運動に取り入れている「自転車エクササイズ(運動)」とは次のようなものです。それは、筋力をアップするためには、自分の持つ最大筋力の30%以上を使わないと効果が出ないそうで、それには、緩やかな斜面を自転車で上ることが最適だということです。幸い、私が住んでいる団地は、山を削って造成された住宅地ですから、家の周りには、斜度5%から15%までの坂道がいくらでもあり、自転車を使ったトレーニングするにはもってこいの環境なのです。そこで、早朝、先ず入念に準備体操をした後、最初は約300メートルの斜度10%の緩やかな上りの道路を5往復しますが、その際、自転車の変速機を活用しています。私が通勤用に使っている自転車は3段の変速機が付いており、「1」は軽、「2」は中、そして「3」は重という具合になっていますので、斜度10%の坂道は変速機を「2」にし、足に負荷をかけて自転車をこぎます。身体が温まってきたら、次は斜度15%の坂道に挑戦しますが、変速機を「1」に切り替え、約100メートルの坂道を10往復します。このトレーニングが一番きついので、いつも気合を入れ、「1,2」と声を出しながら上り下りするわけです。そして、最後は、斜度5%の坂道を「3」にし、ゆっくり3往復して朝のエクササイズは終了となります。
 この自転車による運動は、約30分も続けると、ハー、ハーと息が上がり、汗がにじみ出るほどの運動量があり、有酸素運動としても効果があるようなので、職員の皆さんにも是非お勧めします。

2007年5月14日

山菜

 先日の朝、テレビを見ていたところ、「山菜」を採りに山に入り、ガイドの案内で食べられる「山菜」とそうでない「山菜」との見分け方を習い、早速採る様子やさらに採った「山菜」を使った料理を食べる光景が映し出されていました。場所は東北地方でしたが、ようやく東北地方にも遅い春が訪れたようで、宮崎県内では3月から4月にかけ見られる「山菜」が青々とした新芽を出しているようでした。「山菜」採りに参加していたのは、都会から来たグループでしたが、その人達が最も興味を持った「山菜」はタラの芽のようでした。何しろタラの芽と言えば高級料理の中の一つで、滅多に食べる機会がない食べ物ですから、ガイドから「これがタラの芽ですよ。」と教えられると、グループ全員がその周りに集まり、採る様子をじっと見ていました。その後、採った「山菜」を使った料理と試食会が始まりましたが、やはり人気ナンバーワンはタラの芽のテンプラでした。
 さて、「山菜」とは、フリー百科事典『ウィキペディア』によると、「山野に自生し、食用にする植物の総称で、通常は栽培されず、自生しているものを採取する。」となっており、ノビルやヨモギなど、土手やあぜに自生している植物で食用にされているものは、山菜と区別し、野草と呼ぶのだそうです。主な「山菜」としては、アケビ、アザミ、ウド、ウワバミソウ、キノコ、セリ、ゼンマイ、タケノコ、タラの芽、マタタビ、ヤマブドウ、ワラビ、フキ等があるそうですが、私が数年前から毎年春先になると採取しているのは、フキ、ワラビ、そしてタケノコです。
 これらの「山菜」は、わざわざ山に出かけるわけでなく、実はゴルフ場で採っているのです。そのゴルフ場は、私がメンバーになっている宮崎市郊外のゴルフ場ですが、敷地内に竹林や雑草地があり、毎年そこには春先になると、ワラビやフキ、タケノコが芽を出すからです。
 先ず、最初に採るのは、フキですが、日記によりますと今年は3月24日の土曜日に採りました。そのフキは、宮崎ではミズフキと呼ばれ、茎が透き通ったような黄緑色をしていますが、これは醤油とカツオ節で佃煮にすると、ご飯のおかずにはもってこいで、料理が得意な実家の母の所に持っていき、出来上がりをおすそ分けしてもらっています。
 次に採るのはワラビですが、その時期は、大体3月の終わり頃です。そして、5月初めに採るのがコサンダケというタケノコです。今年もゴールデンウィークの最終日である5月6日、このゴル場で私の兄弟3人でプレーしましたが、その際採ったのです。途中、竹林の山が見えてくると、プレーをそっちのけにして3人とも竹林に潜り込みましたが、竹林の中には、コサンダケのタケノコがニョキ、ニョキと芽を出しており、ゴルフのことをしばし忘れて「山菜」採りに夢中になったというわけです。
 このコサンダケは、味噌汁の中に刻んで食べてもおいしいし、えんどう豆と一緒に煮込んだり、また、ワラビやアブラゲなどと煮込んだ料理は最高です。
 私の今年の「山菜」採りは、これで一応終了となりましたが、まだまだ、このほかの「山菜」にも興味がありますので、又研究して挑戦したいと考えているところです。

2007年5月21日

中年の星

 数年前までは、「中年の星」と言えば、2004年のアテネオリンピック大会で、41歳ながら見事銀メダルを獲得した山本博選手(アーチェリー)の代名詞でもありました。山本博選手は、1984年に開催されたロサンゼルスオリンピック大会において若干21歳で銅メダルを獲得し、その後高校教師をしながら現役選手を続け、銅メダルを獲得してから20年後のアテネオリンピックで、今度は銅メダルより上の銀メダルを獲得した選手ですが、表彰式後のインタビューで、自ら「中年の星」と言い、マスコミもこぞってこれを取り上げたことから、「中年の星」と言えば、アーチェリーの山本博選手を指すようになったわけです。
 現在スポーツ界で「『中年の星』とは誰のことを指すか」と問われれば、色々候補者の名前が挙がるかと思われますが、もし私にその質問があれば、即座に「それは、2000本安打を達成した日本ハムファイターズの田中幸雄選手です。」と答えるでしょう。
 それは、田中選手は宮崎県出身者ですし、何といっても当校の卒業生だからです。田中選手は、都城高校生だった1985年(昭和61年)に運転免許を取得するため当校に入校しましたが、当時の担当指導員の話によると、教習態度は真面目でとても指導しやすかったということです。
 田中選手は、都城高校時代は春と夏の2回甲子園大会に選手として出場し、当時、超高校級といわれた清原選手や桑田選手がいたPL学園高校と戦い、敗れはしたものの堂々とした試合振りは、今でも高校球界では語り草になっているほどです。田中選手は高校卒業後、日本ハムにドラフト第3位で入団しましたが、当時の高田監督に認められ、入団1年目から1軍の選手として登場したのです。その後、現在まで一筋に日本ハムファイターズに在籍し、ファンの間からは「ミスターファイターズ」と呼ばれていますが、22年間に獲得したタイトルは打点王1回のほか、ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞5回等数々ありますし、シドニーオリンピックにも出場しています。
 その田中選手が今回達成した2000本安打というのは、実はすごい記録なのです。大リーグのヤンキースに所属する松井秀喜選手も、今年、日米両リーグを通じてその記録を達成しましたが、日本のプロ野球界だけでこの記録を達成したのは、田中選手が35番目なのです。その35人の選手を見ると、張本、王、長嶋、川上、清原等日本プロ野球を代表する人達ばかりです。戦前戦後を通じ、これまで日本プロ野球でバッターとして活躍した選手はおそらく1万人を超えると思います。その中で、この記録を達成した選手は35人と少なく、プロ野球選手にとっては価値のある記録ですが、これでプロ野球選手にとっては最高の名誉である「名球会」入りが決定したわけです。
 一口に22年と言いますが、調子の良い時もあればスランプの時もあり、特に、2004年には肩や膝等の故障があり、一時2000本安打をあきらめた時期もあったほどですから、田中選手にとっては今回の記録達成の喜びもひとしお大きかったことと思います。又、田中選手は、22年間の間に1度も3割を打ったことはありませんが、これは過去の記録達成者の中では、巨人に在籍していた柴田勲選手と二人だけです。如何に、田中選手がコツコツとヒットを重ね、努力したかが分かります。
 この大記録達成に対し、東国原宮崎県知事は、「県民栄誉賞を検討しています。」というコメントを発表していますが、私も大賛成です。田中選手は今年39歳ですから、後何年選手生活が続くか分かりませんが、横浜ベイスターズの工藤公康投手だって44歳ながらまだ現役選手ですから、気持ちを切らさず「中年の星」として益々頑張って欲しいと願っています。

2007年5月28日

確認の大切さ

 「人間は間違いを起こしやすい動物である。」とよく言われますが、私も時々チョンボをして冷や汗をかくときがあります。先日も「確認」を怠ったばかりに、こんな間違いをしました。それは、5月25日に当校で法定講習がありましたが、開始時間が午前9時からとなっているため、日頃通勤で利用している電車の時間より、約1時間前の電車に乗ることにしました。その電車に乗るためには、自転車に乗り、自宅を午前7時ごろに出れば充分間に合うのですが、生憎、前日が雨でしたから、自転車はJR宮崎駅の駐輪場に置いたままでした。仕方がありませんので、バスに乗って出勤することにしましたが、適当なバス便がなく、午前6時30分発の宮崎空港行きのバスに乗ることにしたのです。
 私が現在住んでいる平和が丘団地には、入居した昭和45年ごろから、団地と宮崎市内の中心部を通って宮崎交通バスセンターまでの路線バスが通っており、約30年以上もそのバスに乗っていますから、当然、宮崎空港行きのバスもその路線を通るものとばかり思っていたのです。
 ところが、乗車して約5分位走った矢の先交差点の所までくると、バスは右折レーンに入ったのです。本来私がいつも乗っているバスは、どの路線を通る場合もその交差点を真直ぐに進みますから、一瞬「あれ、このバスはどこに行くのだろう。」とビックリしたのです。バスはそのまま右折し、西に向け走り出したので、このままバスに乗っていても、私が降車予定の宮崎神宮とは段々離れて行きますから、不安になり、バスの運転手に「このバスは宮崎神宮方面には行かないの?」と尋ねましたが、一言「通りませんよ。このバスは宮崎空港行きです。」と愛想のない返事でしたので、それ以上尋ねる気になれず、降車したのです。
 バスを降りてから時計を見たところ、まだ電車の出発時間まで約1時間ありましたから、その場所からJR宮崎駅まで約4キロを歩くことにしたのです。私は普段、朝の散歩では約4キロ位歩きますから、大した距離ではないと考えていたのですが、雨は降らなかったもののその日は暑く、直ぐ汗だくになってしまいました。日頃散歩しているときのジャージに運動靴ではなく、黒い背広に革靴、おまけにカバンと傘を両手に持っての歩行でしたから、JR宮崎駅に到着したときは、汗いっぱいになってしまったのです。
 汗だくになって歩きながら、「何故、今日の宮崎空港行きのバスは、矢の先交差点から右折したのか」と考えましたが、どうしても宮崎空港までの路線がどのようになっているかが浮かびません。そして、そのバスには初めて乗ったわけですが、目的地が同じでも、バスが通る路線が普段のコースと違っているときは、バスの全面には、「○○経由△△行き」と書いてありますが、私が乗ったバスにはその表示がありませんでした。又、バスに乗車したとき、運転手さんが「このバスは、○○経由宮崎空港行きです。」とアナウンスしたのかなと思い浮かべましたが、それも結局ははっきりしませんでした。
 要するに、このようなチョンボをしたのは、私が「宮崎空港行き」となっているバスが、どの路線を通って宮崎空港に行くのかを「確認」しなかったから失敗したわけです。汗はかきましたが、改めて「確認の大切さ」を身をもって知ることが出来、私にとっては収穫のある1日でした。