現在の世の中は殺伐としていて、他人のことには全く関心がないという人が多くなってきていますが、それでも中には、困っている人を見かけると、即座に声をかけたり、手伝いをする人を見かけることがあります。私が毎日通勤に利用している電車の中でも、荷物を網棚に載せることが出来ず困っている人を見かけることがありますが、このような時、私もお手伝いしようかと考えますが、いざ行動に移すとなると、これがなかなか出来ず、その間に、他のお客さんがすっと立ち上がり、網棚に荷物を上げるのを手伝っています。その光景を見ていますと、お手伝いした人に対しては、「イイコトをしたな」とうらやむ気持ちが湧くとともに、次は自分がやろうという気持ちになるものです。そのため、「一日一善」を行うためには、待っているだけではなかなか機会がないので、自分から「何かお手伝いするものはないか」という気持ちになることが大切であることを知り、常にその気持ちで探したところ、意外と早くその機会が訪れました。
それは、先日、自動車学校からの帰り、宮崎神宮の西側を自転車で走っていたところ、前方の道路中央上に何か落下物があり、若い男の人がそれを拾い上げようとしている姿が目に入ったのです。何が落ちたのかなと思いながら、その地点に来て見ると、それは、幌付きのトラックからモミ袋3個が道路上に落ち、そのうち1個は落下の際破れ、モミが路上に散らばっていたのです。破れていない2個のモミ袋は、若い男の人が拾い上げ、それを自転車道まで持ってきましたが、破れた1個のモミ袋からは、モミが路上にこぼれ、次々と通過する車にひかれ、無残な状態となっているのです。
そこで、私は自転車を止め、モミを拾い集めるため、若者に「ビニール袋を持っているのか」と尋ねましたが、突然のモミ袋の落下で、自分が何をすればいいのか解らない状態でしたから、直ぐ近くの理容店に飛び込み、事情を話して塵取と箒、それにビニール袋をお借りして現場に戻ったのです。すぐさま、その若者に「私が車の整理をするから、この塵取でモミを拾いなさい。」と指示し、私は進行してくる車に手を上げてモミを踏まないよう整理を始めたのです。車も私達の姿に気づき、快く徐行したり、止まったりしてモミ拾いに協力してくれました。おかげで、約5分位でビニール袋に3個分のモミを拾うことができましたが、モミをよく見ると、まだ少し青いモミもありましたから、おそらく収穫したばかりの早期米だったようです。若者はモミを拾い集めても、まだ今にも泣きそうな顔をしていたので、「起きてしまったことを今さら悔やんでもしょうがないがね。元気を出しなさい。」といって、その場を離れたのです。その間、誰も私達に加勢してくれる人は誰もありませんでしたから、私がお手伝いしなかったら、こぼれたモミは車に全部ひかれてしまったものと思います。
そのほか、「一日一善」の心がけを続けていますが、私がメンバーとなっているゴルフ場では、プレー終了後にグリーン場の草取りのボランティアを申し出、約1時間の作業でグリーン場の雑草を取ってゴルフ場の関係者に喜ばれました。さらに、買い物に行ったスーパー出入り口で、現金や免許証の入った財布を拾い、落とし主から感謝されるなど、「善」は一つづつ、確実に増えてきています。いつまで続くか解りませんが、今後も「一日一善」の気持ちを忘れないよう心がけるつもりです。






