校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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母校

 今年の全国高校野球選手権大会は、佐賀北高校の劇的な満塁逆転ホームランによる初優勝で、熱い戦いが終了しましたが、大会期間中、何回か熱戦の模様をテレビで観戦する機会がありました。どの試合も高校生らしいはつらつとしたプレーが見られ、テレビを見ている私も何だか若さをもらったような気がしました。その試合の合間に、テレビでは、対戦している両校に対する「応援メッセージ」が読み上げられていましたが、その大部分が、戦っている両校の先輩からのメッセージで、「私は○○高校の出身です。現在は東京に住んでいますが、今でも故郷のことは忘れません。今日はテレビの前で母校の活躍を観戦します。」といったものですが、どのメッセージにも「母校」に対する懐かしさが現れていたようです。

 さて「母校」といえば、誰でも出身の中・高校のことが頭に浮かびますが、私達が勤務する指定自動車教習所も、運転免許を取得するために入校した人にとっては、一種の「母校」にあたるようです。先日、「私は約20年前に、この学校を卒業しました。今日は仕事で都城に来ましたが、懐かしくて立ち寄らせてもらいました。」という40歳代の男性が来校されました。私と元吉副校長が応対しましたが、その男性は、当時京都の大学に在学中で、平成元年に合宿生として入校したということで、「入校中に昭和天皇がご逝去され、そのため教習が1日休みになりました。また、宿泊先は温泉でした。」等懐かしそうに話されたのです。元吉副校長の話によると、当校が合宿教習を始めたのは昭和62年ですから、それから間もなくの入校だったようで、話のように当時の合宿生の宿泊場所は、現在はありませんが、都温泉だったということです。また、場内コースを走っている教習車の多さや大型特殊車、けん引車、中型自動車等各種の車が走行しているのにはビックリされた様子で、「私が入校中は普通車と大型車だけでした。」と懐かしそうに場内や南校舎の見学をされ、「私にとって、この学校は母校です。現在福岡支店に勤務していますが、宮崎には出張で度々来ますので、是非また立ち寄らせてください。」といって帰られましたが、その様子を拝見していると、運転免許を取得するため、青春時代を過ごした自分の若かりし頃を回顧している感じを受けたのです。

 さらに、先日こんなこともありました。お盆が過ぎた頃、一人の若者が事務所の窓口に来て、事務員と話をしている姿が目に入りました。よく見ると、その若者は、サングラスをかけているものの、身体つきから見て即座に、今年の1月、当校を卒業したTさんであることがわかりました。Tさんは昨年の10月、当校に入校したのですが、先ず、仮免の技能試験で失敗を繰り返し、その挙句、「俺はもう免許は要らん。」と言い出し、しばらくは教習をストップするほどの生徒さんでした。しかし、担当指導員等の説得で再びやる気を出し、卒業までには約4ヶ月の期間を要しましたが、ようやく卒業し、無事運転免許を取得した人です。入校中は担当指導員だけでなく、他の指導員もそれこそ、手取り足取りをして技能や学科を教えたので、期間は長くなったものの、運転免許が取れたのです。その恩が忘れないのか、お盆に帰省した際、自分が卒業した自動車学校を訪ねてきてくれたわけです。

 おそらくTさんにとっては、小・中・高を通じて、これほど親身になって指導してもらったことはなかったものと思います。こうしてみると、Tさんの考えている「母校」とは、どうやらMDSのようです。Tさん、いつでもおいでください。待っていますよ。

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2007年08月27日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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