校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2007年10月 アーカイブ

2007年10月01日

卒業生

 都城自動車学校がこの地に産声を上げたのは、昭和49年6月20日ですが、翌、昭和50年2月1日には、宮崎県公安委員会の公認を受け、指定自動車教習所としてスタートしましたので、今年で32年が経過したことになります。当初は普通自動車だけの教習だったのが、大型自動車、二輪車、大型特殊自動車と次々に教習する車種も増え、さらに今年中にはけん引自動車の教習も行われる予定になっています。その間、当校を卒業した方の数は、ゆうに約6万人を超えており、現在当校で実施している高齢者講習の受講者の中にも、「私もここで免許を取ったが、担当は○○先生だった。」と懐かしそうに、30年前の都城自動車学校の様子を話される卒業生もおられます。


 当校の卒業生は、昭和50年代までは、殆どが都城市や北諸県郡内に住んでいる、いわゆる地元の人が大部分でしたが、昭和62年から合宿教習を始めてからは、日本国内では、北海道から沖縄県まで全国各地に卒業生がいます。さらに、外国からは、中国、シンガポール、スリランカ、インドネシア、ペルー、ブラジル等の国から、日本に留学あるいは就職された方が、運転免許を取得するため、入学、そして卒業されていますから、当校の卒業生は、世界中に広がっているということになります。


 当校の指導員に聞いてみますと、自分が担当した卒業生については、名前や顔は覚えているそうですが、特に今でもはっきり覚えているのは、初めて指導員になったときに担当した卒業生だそうです。苦労して難関の新任教習指導員の審査に合格し、初めて教習するわけですから、そのときの指導員の気持ちもわかり、その話には私も納得したところです。


 さて、「卒業生」といえば、先日、東健爾会長が東京に出張したとき、こんなエピソードがあったそうです。それは、会長が東京都内でも一流のニューオータニホテル内のレストランで食事をし、代金支払いの際、領収証の発行をお願いしたところ、係りの若い女性から「宛名はどちらに致しましょうか」と尋ねられたそうです。そこで、会長は「都城自動車学校でお願いします。」と答えると、係りの女性は、ニッコリ笑い、「まあ、都城自動車学校ですか。懐かしい。私もMDS(都城自動車学校)の卒業生ですよ。」と声をかけてくれたそうです。会長も、まさか宮崎から遠く離れた東京で、都城自動車学校の卒業生に会おうとは考えていませんでしたから、この問いかけには思わず「ええっ」とビックリされたということです。その女性は、昨年卒業されたKさんということで、早速調べたところ、昨年7月、鹿児島県の阿久根市から合宿で入校された方でした。


 また、職員に尋ねますと、休み等で県外に旅行中でも、卒業生にひょっこり出会うことがあるそうです。先日、ある指導員が家族で鹿児島県の国分市内をドライブし、休憩所で休憩していたところ、若い女性がニコニコしながら近づき、「先生、お久しぶり。私○○です。覚えていますか。」と声をかけられたそうです。幸い、その指導員は、その女性の顔も名前も知っていましたから、話もスムーズに進んだということです。


 このように、今やMDSの卒業生は県内だけではなく、全国、いや外国にもいるわけですから、どこで声をかけられるかわかりません。もし、呼びかけられて、「卒業生」の名前を思い出さないようでは、相手はガッカリするはずです。直ぐ対応が出来るよう、自分が担当した卒業生については、名前と顔をしっかり覚えておくよう心がけましょう。

2007年10月08日

腰パン

 先日の日曜日の昼、NHKテレビの「のど自慢」を見ていたところ、番組の最後に、その日、三つ鐘を鳴らした人のうち、一番上手だった人に、「今週のチャンピオン賞」のカップがゲストから渡される場面がありました。アナウンサーによりその人が発表されましたが、予想したとおり、栄冠に輝いたのは、男子高校生でした。早速、当日のゲストである歌手の鳥羽一郎さんが「今週のチャンピオン賞」のカップを携えて舞台の中央にやってきましたが、受賞者にカップを渡す前、その高校生に向かって「ズボンをもっと上げろよ。格好悪いよ。」と言ったのです。私も彼が歌うとき、テレビで放映される様子を見ていましたが、確かに歌そのものは今風の歌で、よく伸びる声を出していましたが、着ている制服のズボンは、普段、私達が着用しているバンドの位置よりずり下げた、いわゆる「腰パン」で、見ていた私も余り良い感じはしていなかったのです。ゲストの鳥羽一郎さんのその一言で、会場からはどっと笑いの声が沸きあがり、その笑い声に、高校生はあわててズボンをずり上げる場面がありました。その様子を見ていて、鳥羽一郎さんや会場に詰め掛けていた年代の人達は、「腰パン」という服装について、やはり、「だらしがない」とか「みっともない」といった印象を持っているのだなと感じたのです。


 この、「腰パン」ですが、調べてみたところ、どうもその由来は、アメリカの囚人が着用していた服にあるようです。サイズの少ない囚人服は、たいてい大きめのものが用意されており、しかも、ベルトの着用が許されていないため、自然とずり落ちるわけですが、その格好がアフリカ系やヒスパニック系の人達に受け、腰巻ファッションとして誕生したというわけです。これが日本に輸入され、1990年代後半には男子高校生の間で制服との着こなしとして大流行し、「腰パン」ブームは関東から全国に広がり、茶髪、ピアス、ミニスカート、ルーズソックス等と並び、校則違反のファッションとして学校を悩ませる社会問題となり、その後一時は廃れていたのです。しかし、2000年ごろから再び私服のファッションとして再度流行を始め、現在ではまた全国に広がっているようです。その「腰パン」姿は、私が利用している電車の駅のホームで時々見かけますが、殆どが男子高校生のようです。ズボンのバンドが腰骨よりずり下がり、しかも下着のトランクスが丸見えの状態であり、どう見ても足の短い日本人には、不向きなファッションのように見受けられますが、若い人達にはどのように映るのでしょうか。


 さて、この「腰パン」ですが、発祥地のアメリカでは、「腰パン」を禁止する条例が、最近、全米各地で作られ始めているようです。新聞報道によりますと、アメリカのルイジアナ州では、ズボンを腰からずり下げたら、罰金150ドルか禁固15日という条例が出来たそうです。アメリカでも、この「腰パン」が流行し始めて15年以上になりますが、眉をひそめる大人が少なくなく、これが条例化となったということです。
 日本においては、まだ条例化という問題にまでは発展していないようですが、「腰パン」姿で車を運転する場合は、大いに支障があるようです。当校においてもこれから年末期を迎え、高校生の入校が増えてきますが、もし、「腰パン」姿を見かけた場合は、正しい服装で車を運転するようやんわりと説得してください。

2007年10月15日

会話

 日本国内には色々な野鳥が住んでいますが、なかなか人間にはなつかないようで、人間から手渡しで餌をもらい、食べる鳥は見たことがありません。しかし、先日テレビに出ていた鳥にはビックリしました。この鳥は、宮崎では良く見かけるシラサギと同じコウノトリ目・サギ科に属するアオサギという鳥です。体長が約1メートル位になり、サギ類の中では最も大きな鳥だそうです。普段は沼や川等の水辺に住み、主に小魚やミミズ等を食べている鳥ですが、テレビに映し出されたアオサギも、普段見慣れているシラサギよりやや大きく、空を飛んでいる様は、まるで、白鳥といった感じでした。


 そのアオサギですが、名前からして羽根が青色と思っていたところ、そうではなく、身体全体は灰色となっている鳥です。アオサギは、動物園で飼育している人の話によると、他の鳥に比べて警戒心が強く、従って動物園でも、人間が手渡す餌を食べるといった光景は見られないそうです。しかし、画面ではアオサギが大きな羽を広げ、やがて在る家の屋根に下りてくると、「ガアーチャン、よく来たね。ほら、ここにあんたの好きな魚があるよ。早く降りておいで。」と呼びかける大きな声が聞こえて来ました。呼びかけていたのは60歳代の女性でしたが、この呼びかけに対し、屋根に止まっていたアオサギは、女性の方を見ながら首を傾げたりしていましたが、やがて、「ガアー」というアオサギ独特の鳴き声を出して飛び上がり、女性のすぐ近くの広場に降りてきたのです。そして、驚いたことには、女性が「お腹がすいただろう。ほらあんたが好きな魚よ。」と言いながら、手に魚を掴みながら近づくと、アオサギはくちばしを大きく広げ、パクリと小魚を食べてしまったのです。また、その女性が買い物に行く様子がありましたが、屋根に止まっていたアオサギはじっとその車を見送り、やがて車が帰ってきて、女性が「ガアーチャン、さあ、降りておいで。魚を買ってきたよ。」と大声で呼びかけると、待っていましたとばかり、飛び上がって女性の傍に降りてくるや、手渡しで餌をもらい、おいしそうに食べているようでした。その間、女性はアオサギに向かって、絶え間なく話しかけ、もちろん人間が話す言葉ですから、アオサギには通じないと思っていましたが、それでもアオサギは、餌をもらうたびに「ガアー」と鳴いているところを見ると、ひょっとしたら、女性とアオサギの間には、特有の「会話」が通じているのかも知れません。


 さて、「会話」と言えば、私の近所に70歳代の女性が独り暮らしをしていますが、その女性は猫が大好きなようで、一見野良と思われる猫達が餌をねだりに来ると、その猫達に餌をやっています。先日も早朝、私が庭の草取りをしていると、近所から「○○ちゃん、いらっしゃい。ごはんですよ。」という女性の声が聞こえました。すると、それに応えるように「ニャーン、ニャーン」という猫の鳴き声が聞こえてきたのです。草取りの手を休め、立ち上がってその様子を見たところ、白い猫が1匹、そして黒い猫が2匹の合わせて3匹が、女性の周りに集まっているようでした。女性が餌を盛った皿を庭先に置くと、待っていましたとばかり、猫達は餌を食べ始めましたが、女性はその間、猫達に向かって「そんなにあわてなくてもいいよ。ゆっくり食べなさい。」と、まるで自分の子供に言い聞かせるようにしゃべっているのです。当初、私は「人間の言葉が猫にわかるものか。」と思っていましたが、猫達は女性が声をかけるたびに、餌を食べながら尻尾を動かしていましたから、おそらく女性と猫達の間には、「会話」がなされているものと思われます。


 最近の世情を見ると、人間の世界では、「会話」が通じない人が多くなり、これが原因で犯罪が発生したり、とにかく住みにくい世の中になっているようですから、アオサギや猫達のように、積極的に「会話」に応じて欲しいものです。

2007年10月22日

運転と性格

 私は、殆ど毎日のように車を運転していますが、ドライバーの中には、自分本位な運転をしたり、乱暴な運転をする人があり、このような車に出会うと、ヒヤッとする場面が時々あります。


 先日の日曜日、郷里の国富町に帰省し、夕方、宮崎市内の自宅に向け車を走らせていると、バックミラーに後方から接近して来る1台の黒い車の姿が見えました。私の車は制限速度の40キロで走行していましたが、その黒い車は、見る見るうちに接近し、瞬く間に、私の車の後ろにピタッと付いて来たのです。運転している私としては、その状態は余り面白くなく、急いでいる様子だったので、進路を譲ることに決めました。丁度そのとき、前方左側に駐車場が見えましたので、左折の合図をしてその駐車場に車を入れ、後方の黒い車に道を譲ったのですが、その際、黒い車の運転席を見たところ、サングラスをかけた若い男が一人乗っているようでした。


 右後方を振り返ってみたところ、進行してくる車がなかったので、右折の合図をして再び県道に出て自宅の方向に向かったのですが、約5分位走った所で、前方を見ると、先ほど私の車を追い越していったあの黒い車が進行しているのが見えたのです。どうやら、夕方で交通量が多くなったため、少し渋滞状態となったようです。やがて、私の車も黒い車に追いつき、しばらく走っていましたが、前車の直ぐ後ろにピタッと付いていた黒い車が、急に尻を振り出したのです。それを助手席で見ていた妻が、「どうしたのかしら、あの黒い車は?」と私に聞いたのです。妻は運転免許は持っていないので分かりませんが、私には何故車の尻を振ったのか直ぐ分かりました。それは、黒い車が少し渋滞状態になり、スムーズに進行できないためと、前車を追い越そうにも、その県道は「はみ禁」となっていますので、追越しが出来ず、運転者がイライラ状態になっていると思われたからです。それでも黒い車は、なおも車の尻を左右に振ったり、対向車線を反対側から進行して車があるのに、はみ禁車線を超えて前車を追い越そうとするのです。そのたびに、対向車からクラクションを鳴らされ、元の車線に戻らざるを得ない状態になり、益々イライラが募ったようでした。


 さて、普段はおとなしい性格の人が、車の運転をすると突然性格が変わり、乱暴な運転をすることがありますので、自分の性格や癖を知ることはとても大切なことです。そのため、指定自動車学校では、運転適性検査を実施していますが、上記の事例のような運転をする人の性格は、「責任転嫁型」に分類されます。この性格の人は免許を取ると、「自分の思い通りに進みたがる」「相手の動きを封じても先に出ようとする」「道を譲りたがらない」等の動作が出ますので、「責任転嫁型」の性格の人には、教習中にしっかり指導しています。但し、気をつけなければいけないことは、この性格の人は、「他人の言うことを聞かない」のが特徴だそうですから、指導の際は、先ず自分のペースに引き込み、噛んで含めるように、繰り返し、繰り返し指導することが肝要だそうです。また、「責任転嫁型」の人でなくても、出かける前に面白くないことがあったり、渋滞で思うように走れなかったりするとついイライラになり、ついスピードを出したり、ほかの車に対する注意力が低下しますので、この点を教習中にしっかり指導して下さい。

2007年10月29日

火の無い所に煙は立たぬ

 「火の無い所に煙は立たぬ」ということわざがありますが、これは何も無い所には噂は立たない。何かあるからこそ噂が立つのであるという意味合いを持つことわざです。煙というのは火の気があるから立つもので、何もない所からは湧き出るものではなく、何らかの手がかりがあるからこそ噂になるものです。最近、このことわざ通りの事案が発生し、連日テレビや新聞紙上をにぎわしています。


 その事案の人物とは、防衛省在任中、業者からゴルフやマージャン等の接待を受けたことが明るみになり、国会から証人尋問を受けることになった前防衛省事務次官の守屋武昌氏のことです。守屋氏といえば、当時防衛大臣であった小池百合子氏との後任の事務次官人事を巡る確執が有名ですが、当時の新聞報道によると、小池百合子防衛大臣が、国家安全保障問題担当の首相補佐官時代から宿題としていた、防衛省の情報安全システムを確立しようとしたところ、これに当時事務次官だった守屋武昌氏が反対したことが確執の始まりだと言われていました。小池大臣は、イージス艦機密情報漏洩事件が発生し、防衛省の情報保全が問題になったにもかかわらず、その責任を防衛省の幹部は誰も取らないので、4年間の長きにわたり事務次官を勤めた守屋氏を辞めさせ、後任の事務次官に警察庁出身の西川徹氏を当てようとしたのです。しかし、この小池人事案は防衛省中枢幹部からマスコミに遺漏され、さらに守屋事務次官が、この人事案を撤回するよう当時の安部首相や塩崎官房長官に直訴したことがマスコミに流れ、一大スキャンダルとなったのです。結果的には、この問題は安部前首相が中に入り、小池大臣と守屋事務次官がそれぞれ推す人物とは別の人物を選び、双方痛み分けとしたわけです。


 表面的には、小池大臣と守屋事務次官との後任の事務次官を巡る確執だったと報じられていましたが、最近の新聞記事などを見ると、どうやらそれには裏があったようです。小池百合子氏が防衛大臣に就任した当時、事務次官だった守屋武昌氏については、「業者との癒着がある」という黒い噂があったということです。当時政界には、11月のテロ特措法の改正を控え、様々な問題が惹起しており、このような中で事務次官の業者との癒着問題が発覚すれば、大きな問題となることから、小池大臣側では密かに黒い噂が真実かどうかの調査に入ったのです。しかしながら、黒い噂の事実を確かめることが出来ず、守屋事務次官が強く否定したことから、守屋氏を早期に辞めさせることが出来ず、結局は9月1日に守屋氏を円満退職させることになったのです。


 ところが、マスコミがその黒い噂をキャッチし、水面下に調査したところ、現在、連日のように報道されているように、守屋前事務次官は、10数年来、業者からゴルフやマージャン等の接待を受けていることが明るみになりました。やはり、「業者と癒着している」という黒い噂は本当だったようです。守屋氏は、防衛省の聞き取り調査で、自衛隊員倫理規程が制定された後も業者からゴルフやマージャン等の接待を受け、約1,100万円位の利益を受けていたことを認めていますので、今後、汚職事件に発展する可能性も出て来たようです。


 私達も今回の事案を「他山の石」とし、黒い噂が立たぬよう、言動等には細心の注意を払い、常に身辺をきれいにしておきましょう。

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