校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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卒業生

 都城自動車学校がこの地に産声を上げたのは、昭和49年6月20日ですが、翌、昭和50年2月1日には、宮崎県公安委員会の公認を受け、指定自動車教習所としてスタートしましたので、今年で32年が経過したことになります。当初は普通自動車だけの教習だったのが、大型自動車、二輪車、大型特殊自動車と次々に教習する車種も増え、さらに今年中にはけん引自動車の教習も行われる予定になっています。その間、当校を卒業した方の数は、ゆうに約6万人を超えており、現在当校で実施している高齢者講習の受講者の中にも、「私もここで免許を取ったが、担当は○○先生だった。」と懐かしそうに、30年前の都城自動車学校の様子を話される卒業生もおられます。


 当校の卒業生は、昭和50年代までは、殆どが都城市や北諸県郡内に住んでいる、いわゆる地元の人が大部分でしたが、昭和62年から合宿教習を始めてからは、日本国内では、北海道から沖縄県まで全国各地に卒業生がいます。さらに、外国からは、中国、シンガポール、スリランカ、インドネシア、ペルー、ブラジル等の国から、日本に留学あるいは就職された方が、運転免許を取得するため、入学、そして卒業されていますから、当校の卒業生は、世界中に広がっているということになります。


 当校の指導員に聞いてみますと、自分が担当した卒業生については、名前や顔は覚えているそうですが、特に今でもはっきり覚えているのは、初めて指導員になったときに担当した卒業生だそうです。苦労して難関の新任教習指導員の審査に合格し、初めて教習するわけですから、そのときの指導員の気持ちもわかり、その話には私も納得したところです。


 さて、「卒業生」といえば、先日、東健爾会長が東京に出張したとき、こんなエピソードがあったそうです。それは、会長が東京都内でも一流のニューオータニホテル内のレストランで食事をし、代金支払いの際、領収証の発行をお願いしたところ、係りの若い女性から「宛名はどちらに致しましょうか」と尋ねられたそうです。そこで、会長は「都城自動車学校でお願いします。」と答えると、係りの女性は、ニッコリ笑い、「まあ、都城自動車学校ですか。懐かしい。私もMDS(都城自動車学校)の卒業生ですよ。」と声をかけてくれたそうです。会長も、まさか宮崎から遠く離れた東京で、都城自動車学校の卒業生に会おうとは考えていませんでしたから、この問いかけには思わず「ええっ」とビックリされたということです。その女性は、昨年卒業されたKさんということで、早速調べたところ、昨年7月、鹿児島県の阿久根市から合宿で入校された方でした。


 また、職員に尋ねますと、休み等で県外に旅行中でも、卒業生にひょっこり出会うことがあるそうです。先日、ある指導員が家族で鹿児島県の国分市内をドライブし、休憩所で休憩していたところ、若い女性がニコニコしながら近づき、「先生、お久しぶり。私○○です。覚えていますか。」と声をかけられたそうです。幸い、その指導員は、その女性の顔も名前も知っていましたから、話もスムーズに進んだということです。


 このように、今やMDSの卒業生は県内だけではなく、全国、いや外国にもいるわけですから、どこで声をかけられるかわかりません。もし、呼びかけられて、「卒業生」の名前を思い出さないようでは、相手はガッカリするはずです。直ぐ対応が出来るよう、自分が担当した卒業生については、名前と顔をしっかり覚えておくよう心がけましょう。

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2007年10月01日 10:13に投稿されたエントリーのページです。

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