校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

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2007年11月 アーカイブ

2007年11月06日

過呼吸症候群

 私の60数年の人生を振り返ってみますと、色々な病気に罹り、数え切れないほど病院のお世話になっています。例えば、若いとき、アンモニアガスで目をやられ、約40日間位失明したり、追突事故に遭って脊椎の間の軟骨が折れ、危うく半身不随になりそうだったりしたほか、ここ数年でも、帯状疱疹、良性突発性頭位めまい症などの病気になり、さらに、持病の痛風治療のため、30年来、通院治療をうけていますので、いわば私にとって病院はお友達といったところです。従って、精神科、小児科、産婦人科のほかは、全ての病院に通いましたから、他の人よりも病名については、ある程度知っているつもりだと自負していたのです。
 ところが、先日、当校と姉妹校になるEDSの佐々木校長から「『カコキュウショウコウグン』の持病がある入校生があり、免許センターの適性検査を受けるので、都城市内の専門病院を紹介してください。」との電話依頼があったのです。それまで私の知識の中には、テレビなどで「無呼吸症候群」という病名があることは知っていましたが、「カコキュウショウコウグン」とは初めて聞く病名でしたから、思わず「どんな漢字を書くのですか」と聞き直したほどだったのです。
 そこで、職員室にいた職員に、「誰か『カコキュウショウコウグン』という病気を知っている人はいませんか」と声をかけてみたのです。すると即座に「それはNさんの病気だ」という声が上がったのです。たまたまその場に、Nさんが居ましたが、その声を聞くなり、目をクルクルさせながら「違う違う。俺のは無呼吸症候群だ。」と否定したので、大笑いとなったのです。しかし、どの職場にも「知っちょるどん」といって物知りが居るものですが、当校にもそのような人がいたのです。日頃は物静かに話すその職員が、「その病気は『過呼吸症候群』です。私も応急救護の教習をしていたところ、被救護役の女性が急に息が荒くなり、失神状態になった経験があります。このような時、応急救護の方法として、紙袋を患者の口にあてがい、吸い込む空気の量を制限してやれば、元の状態になるということを知っていたので、その通り施したところ、その女性は意識が戻りました。」と説明してくれたのです。
 早速インターネットで検索してみたところ、「過呼吸症候群」とは次のような病気でした。それは、若い女性に多い病気ですが、男性や高齢者にも見られることがあるそうです。この発作が生じると、息が荒くなり、両手の指先や口の周りがしびれたような感覚が起きてくるそうです。原因は、不安、不満、ストレス等の誘因により脳内にある呼吸中枢が過剰に刺激され、呼吸を多くし過ぎるために血中の二酸化炭素が減りすぎて、さらに呼吸が乱れ、苦しくなるという病気だそうです。治療方法としては、当校の職員が説明したように、紙袋を口にあてがう「ペーパーバッグ法」が一般的な方法ですが、これで発作が直らない場合は、精神安定剤の注射が非常によく効くということです。しかし、この病気で死亡したり、後遺症が残るということはありませんから、何度も過呼吸を繰り返していると、発症の仕方や治り方が段々分かってきますから、この病気を持っている人は、常に手元に紙袋を準備し、軽い発作であれば、直ちに紙袋を口にあてがい、発作がおさまるのを待つ、これが治療の重要なポイントだそうですから、「過呼吸症候群」の症状がある生徒さんに接した場合、あわてることなく、冷静に対処しましょう。

2007年11月12日

女性パワー

 今や日本は世界の中でも、長寿国の一つとなっており、今年発表された日本人の平均寿命は、男性が79歳、女性は85歳で、特に女性の85歳は3年連続の世界一だということです。実は私の実母も今年92歳、妻の母も88歳で、二人ともやや耳が遠くなったり、腰が曲がったりはしていますが、毎日草むしりをしたり、たまには温泉旅行等をしたりして、元気に余生を送っています。
 さて、女性と言えば、連れ合いのご主人がなくなってからは、特に長生きする人が多く、人生を楽しんでいるように見受けられます。先日「敬老の日」に見たテレビ番組では、ご主人を20年前に亡くされた老女に対し、アナウンサーが「ご主人を亡くされて大変だったでしょう。さびしくはありませんでしたか。」とインタビューしていました。これに対し老女は、即座に「いいえ、寂しくなんかありません。子供や孫達に囲まれ、毎日がとっても楽しいです。主人のことはもう忘れました。夢にも出てきません。」と答えていましたが、まさにその通りで、街で見かける昔若かった女性達は、いずれも人生を謳歌しているようで、端から見てもそこに「女性パワー」が感じられます。
 先日もこんなことがありました。自動車学校に出勤する途中、電車が「青井岳駅」に到着したところ、ホームに十数人の女性が電車を待っている姿が見えました。その「青井岳駅」では通常乗り降りする人は少なく、いてもせいぜい3人位なのです。電車が駅に着くと、その十数人の女性達はそれこそドヤドヤと車両に乗り込んできましたが、空いている席に座るや、たちまち話し始め出したのです。その人達を見ると、カバンを持ち、話す言葉が都城弁で「夕べの湯は良かった。」という意味の内容でしたので、おそらく一晩泊まりで、駅の近くにある「青井岳荘」に宿泊した一行だとわかったのです。一行の女性を見ると、若い女性や中年の女性は一人もおらず、いづれも年齢が80歳を過ぎた方ばかりでしたが、座席に座るや否や、早速カバンの中から煎餅らしき物を取り出し、バリバリと音を立てながら食べ始めたのです。さらに、食べながらお互いに大きな声を出しおしゃべりを始めたので、それまで静かだった車内には、たちまちうるさいほどの声が広まりましたが、その光景を眺めながら、「やはり女性は強いな。パワーがある。」と感じたところでした。
 「女性パワー」と言えば、それを強く感じるのは、当校で実施している高齢者講習のときです。私は管理者として「高齢者の交通安全」と題し、受講者の方に話をしていますが、その際、今年の6月に道路交通法が改正され、2年後に実施される「認知症テスト」のことについて、改正になった経緯、テストの内容等を説明しています。その中で、「認知症テスト」の一例として、動物や乗り物等のイラストを見せ、その名前を思い出させるテストを行っていますが、男性はそのようなテストに参加するのが照れくさいのか、あるいは思い出せないのかもしれませんが、なかなか答えがスラスラと出てこないのです。これに反して、殆どの女性受講者は、「ブドウ、スカート、トランジスターラジオ・・・」と黒板に指導員が答えを書くのが追いつかない位の速さで、次から次へと飛び出してきますので、まさに「女性パワー」といったところです。これからの高齢者講習受講者も女性の方が多くなってきますから、益々「女性パワー」の炸裂する時代がやって来そうです。

2007年11月19日

お節介

 「お節介」とは、辞書で調べてみると、「かえって迷惑になるような余計な世話をやくこと」だそうですが、現在のような殺伐とした世の中では、「危険とわかっていても誰も親身となって注意しない。他人様にはうっかり声もかけられない。ましてや子供に声をかけようものなら、奇異な目で見られかねない。」というような実に悲しむべき現実があります。しかし、場合にとっては、思い切って「お節介」をする勇気も持つことも必要のようです。
 その一例として、先日の新聞にこんな投書が掲載されていました。それは60歳代の女性からの投書で、その女性はご主人の運転する車に同乗し、高速道路を進行して途中サービスエリアに立ち寄り、再び出発しようとしたところ、ワイパーになにやら紙らしき物がはさんであるのに気づいたそうです。サービスエリア内の駐車場であるし、まさか駐車違反の警告書ではなかろうとは思い、車から降りてその紙を手にしたところ、「先ほどあなたの車の後方を進行していたところ、左のブレーキランプが切れていました。まことに『お節介』とは思いますが、書かせて貰いました。安全運転をお続けください。」という内容の手紙が書かれていたそうです。早速その手紙をご主人に見せ、ブレーキランプの点検をしたところ、やはり指摘通り、左のブレーキランプが切れていたということです。幸い、そのサービスエリア内に修理場があり、ランプの交換を済ませることが出来ましたが、もし、気づかずにそのまま運転していたら、後続車両に追突される危険性もあり、ご主人と共に、ほっと胸をなでおろしたということです。その手紙はいかにも女性らしい文字で、その思いやりに感激し、その後は、車の中にメモ帳とボールペンを備え置き、自分もその機会があったら「お節介」かもしれないが、書いてみたいということでした。この投書を見て、私も手紙を書いた女性?の勇気ある行為に感激したところですが、いざ自分がそのような場面に遭遇したときは、なかなか直ぐには実行できないものです。
 それは、先日の朝、電車で出勤中の出来事です。私は二両編成の先頭車両のほぼ中央部に座り、いつものように小説を読んでいたところ、後ろの方から複数の子供の声が聞こえてきましたので、目を上げたところ、そこには、帽子を被った保育園児らしき子供6名と先生らしき3名の女性の姿がありました。園児達は、それぞれリュックサックを背負っていましたから、どうやら遠足に行く途中のようでした。
 園児と先生達は、空いていた私の左斜め前の席に座りましたが、座ると直ぐ園児の一人がダダをこね始めたのです。それは、電車の座席は、背もたれが前後に移動できるシステムになっているのですが、その日の座席は全て進行方向に向かっており、そのシステムを知らない先生が、園児の一人を前の席に座らせたため、園児が後ろの方の席に行こうとしてむずかっていたわけです。その様子を見て、前の席の背もたれを反対側に移動すれば、4人とも真向かいに座ることが出来ますから、私はその席のシステムを教えようと思ったのですが、「待てよ。お節介になるかもしれない。」という考えも浮かび、なかなか言い出す踏ん切りがつかなかったのです。そのうち約20分後に青井岳駅に到着したとき、その一行は下車してしまい、私の折角の「お節介」は失敗に終わったわけです。頭の中では考えていても、いざ実行に移すとなると難しいようです。「お節介」だとは思いますが、次回からは勇気を持って実行したいと考えています。

2007年11月26日

拠点

 月曜日の午後8時から放映されるNHKテレビに、「家族に乾杯」という番組があります。この番組は、本来は落語家ですが、今ではむしろお笑いタレントして有名な笑福亭鶴瓶さんが、毎回変わるゲストと一緒に全く知らない土地を訪れ、ぶっつけ本番で出会った人に次々と声をかけ、「素敵な家族」を発掘して紹介するものです。番組では、番組の意図に沿った「素敵な家族」を見つけるまでの経過が実にうまく表現されています。その流れは、当初、鶴瓶さんとゲストは同じ行動をとっていますが、しばらくすると、途中から別れてそれぞれ一人になり、出会った人に次々と声をかけるやり方なのです。
 そこで私がいつも感心するのは、鶴瓶さんの声かけをする相手の選定で、ゲストの人と違い、鶴瓶さんは、いわゆる「世話好き」の人を見つけることが、実に上手だということなのです。つまり、「拠点作り」が素晴らしいのです。どこでも「世話好き」の人は、男女を問わずいるものですが、そのような人を見つけると、鶴瓶さんはすかさず、眉が下がり、あのニコッとした笑顔を見せて近づき、その土地の「素敵な家族」に関する情報を仕入れるのです。この「家族に乾杯」という番組は、全国で放映されている番組ですから、あの鶴瓶さんの笑顔を見た途端、土地の人の方から近寄ってきますから、よほど不思議な魅力を持った人と思われます。
 番組では、鶴瓶さんと「世話好き」の人とのやり取りが続き、やがて紹介できるような「素敵な家族」の情報が入手できると、すかさず、「世話好き」の方に電話してもらうか、直接その方の家に連れてもらっています。いくら有名といっても、突然、前触れもなく鶴瓶さんが訪問した場合、誰でも腰が引けて断ると思いますが、あらかじめ「世話好き」の人から電話があったり、あるいは、一緒に訪問すると殆どがOKであり、早目に「素敵な家族」が発掘できるようです。
 これに対し、ゲストの人の場合、声かけが不慣れのせいもあるのでしょうか、最初はなかなか声をかけることが出来ず、失敗が続きます。しかし、段々慣れてくると、ガソリンスタンド、店等を見つけて中に入り、積極的に声をかけて、いわゆる「世話好き」を見つけ、その人から紹介を受けて「素敵な家族」を発見していますす。
 このように、「素敵な家族」を見つけるまでには、鶴瓶さんとゲストの間に差があります。どうやら目的の「素敵な家族」を見つけるコツは、如何に早く「世話好き」を見つけるか、そして、そこを「拠点」に出来るかにかかっているようです。さらに、電話で紹介してもらうより、「世話好き」の人を同道して「素敵な家族」と思われる家を訪問し、口添えをしてもらったほうがより成功しているようです。
 当校においては、東社長の提唱により「砂漠の嵐作戦」を展開していますが、この営業のやり方も、よく考えてみると、鶴瓶さんが実行している「世話好き」をみつける「拠点」作りと同じ方法のようです。つまり、当校卒業生を「拠点」として置き換えれば、ただやみくもに各家庭を訪問するより、卒業生やその家族の方から紹介を受けたり、場合によっては同道してもらって訪問し、後押ししてもらえば、より願書獲得が有利になると思われます。是非この番組を見て参考にして下さい。

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