校長のひとり言ブログ|都城自動車学校

« 2008年04月 | メイン | 2008年06月 »

2008年05月 アーカイブ

2008年05月07日

サインポール

 我が国においては、都会でも田舎でも、理髪店のあるところならどこでも見ることが出来る店頭の赤・白・青のポールについては、何故だんだら模様なのか、そして赤・白・青の由来は何なのか全く疑問に感じていませんでしたが、たまたま先日読んだ本の中に、その「サインポールの由来」のことが掲載されていました。
 それによると、「サインポール」の赤は動脈、青は静脈、そしてその間にある白は包帯を表していますが、その始まりは中世ヨーロッパだそうです。中世ヨーロッパでは、髪を切ることと身体を切ることは同じであると考えられており、当時、外科医の数が少なかったので、手先の器用な理容師が外科医も兼ねていましたから、外科手術と散髪は同じ場所で行われるのが通常だったそうです。
 当時の病気の治療手段として、一定の血を体内から抜くことが一つの健康とされ、これは「「瀉血(しゃけつ)と呼ばれていました。瀉血とは、患者の静脈から血を少しだけ抜き出す治療のことで、今でこそこんな治療方法はほとんど行われていませんが、昔はこの瀉血が健康維持や病気の治療のためには、悪い血を抜かなくてはならないと信じられており、盛んに行われていたそうです。瀉血を行っている間、患者は痛みをこらえるために棒を握っていましたが、腕から出た血は受け皿に落ちるようになっていたそうです。しかながら、血は腕から棒へ流れることが多いということで、やがて棒は赤く塗られ、この棒はバーバー・ポールと呼ばれるようになったのです。
 さて、瀉血治療が終われば、患者の出血を止めるために包帯を巻いていたのですが、当時の包帯は非常に貴重なもので、何度も洗って干し、再利用していたのです。その干すのに使われていたのがバーバーポールでした。バーバー・ポールを軒先にさし、包帯を吊るして干すと、赤いポールに垂れ下がる包帯は、風に吹かれてポールに巻きつくこともあり、やがて紅白のだんだら模様のポールが理髪店の看板となったということです。
では、残る青はどうして出来たのかというと、その後、正式な医学教育を受けた外科医が増えたため、イギリスでは1745年になり、理容師達は外科治療をやめ、本来の散髪業務に戻り、理髪師と外科医の組合が分離した際、理容師は赤・白・青の看板、外科医は紅白の看板を掲げるように決まったということです。
 こうして理髪店の看板は、赤・白・青の3色になったわけですが、中にはそれに反発して紅白の看板を掲げる理髪店もあり、明治時代に日本伝わったときも、3色ではなく紅白のポールだったそうですが、その後現在のように3色となったということです。
 この「サインポール」の赤・白・青の3色は、世界共通のマークとなっていますから、どこの国へ行っても髪を切りたくなったら、「サインポール」のある店へ飛び込めばOKというわけですが、ただ韓国の場合は一寸違っています。私もチェジュ島へ旅行に行った際、歓楽街の一角に「サインポール」が二本立ち並んでいるのを見つけ、韓国の理髪店はどのようなものかと思い近づいてみたところ、それは派手な看板に囲まれた建物で、なんとその店は風俗店だったのです。その正体は後で教えてもらいましたが、韓国名物のエロ理髪店の看板で、理髪店とは名ばかりの若い女性が性的サービスを奉仕してくれるお店だったのです。韓国でも理髪店の目印は1本の「サインポール」なので、「サインポール」が2本並び、しかも高速回転のときは、そのポールのある場所は、風俗店ということですからくれぐれもご用心ください。

2008年05月12日

ブレーキとアクセルの踏み違え

 最近、ブレーキとアクセルを踏み間違えて大きな事故になった事例をよく聞きます。例えば、AT車が地下駐車場から地上の出口に向かってスロープを上がったところ、歩行者の姿に気づき、とっさにブレーキを踏んだ・・つもりが、あわててアクセルを踏んでしまい、車が暴走した事例や立体駐車場の屋上から壁を突き破って落下し、車に乗っていた人が圧死するなど、AT車特有の事故が後を絶たないようです。そのような中で、先日、宮崎市内でもブレーキとアクセルを踏み違え、車が店に突入する事故が発生しました。
 その事故は、宮崎市の中心部から北に15キロ離れた国道沿いの所にあるハンバーガーショップで起きたもので、ATのワゴン車が、店の前の身体障害者用の駐車スペースから車止めなどをなぎ倒して店の中に突っ込み、店内にいた9人がけがをしたものです。運転していた64歳の男性はその場で逮捕されましたが、警察の取調べに対し、「駐車スペースのそばの看板にぶつかり、あわててブレーキを踏んだつもりが、間違ってアクセルを踏んでしまった。」と供述しているそうです。
 このようなブレーキとアクセルを踏み間違える事故は、1986年ごろ、問題になったことがあるそうです。その当時、AT車が低速走行中に急加速する事故が、日本とアメリカで続発して問題となり、当初は車の欠陥と疑われましたが、その後の調査により、この種の事故のほとんどが、ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因で発生したことが明らかになった経緯があります。その後、国会において、AT車については、アクセルは右足、ブレーキは左足と踏み分けるという意見も出されましたが、結局、結論が出ないまま現在に至っています。
 右足でブレーキとアクセルを踏み分けるという行為は、AT車もMT車も同じであるにもかかわらず、なぜかMT車ではほとんどなく、AT車だけが頻繁に踏み違え事故が発生しているようです。理屈から考えると、MT車もAT車も、同じ頻度で間違いが起こっていますが、クラッチ操作があるため、MT車の場合は事故にならないのだという説もあります。それは仮に踏み込んだままアクセルから足が離れなくなっても、左足に触れているクラッチを半分もとっさに踏み込めば、とりあえず車は減速するからという理由です。また、MT車の場合、「クラッチを踏んだらアクセルを戻す。アクセルを踏むときはクラッチを離す。ブレーキは関係なく踏む。」というようなリズムがあるので、MT車では、ブレーキとアクセルの踏み間違いがないのだということです。
 指定自動車学校においては、このようなブレーキとアクセルの踏み間違い事故を防ぐため、第1段階の項目22の「段差路での発進と急発進時の措置のしかた」で、段差路を使い、ブレーキとアクセルを踏み間違って急発進しても、あわてず確実にとめられるよう練習をしていますが、最も大事なことは、「あわてない」ということのようです。また、当校のベテラン指導のアドバイスによりますと、この種の事故を防ぐためには、AT車では、ブレーキとアクセルを踏み分ける場合、右足のかかとを確実に上げて操作することが大切だということです。普段から右足のかかとをつけたまま、アクセルとブレーキを踏み分ける操作をしていると、とっさの場合、ペタルを踏み間違えるそうですから、くれぐれも気をつけましょう。

2008年05月19日

エコ運転術

 4月には1リットル121円と大幅に値下げとなっていたレギュラーガソリンの価格が、暫定税率復活に伴い、1月もしないうちに160円近くに値上がりし、車を運転するものにとってはハンドルを握るのが億劫になっている今日この頃です。そのような中で、先日の夕方、NHKテレビで、無駄を省いた「エコ運転術」が放映されていましたが、地球環境を気遣うドライバーとしては、身につけておいても決して損はしないことでしたので、職員の皆さんに紹介します。
 それによりますと、車の動きは、「始動」→「巡航」→「減速」→「停車」となっていますが、燃料は運転時のどの状態でも同じように消費されているわけではなく、実験の結果、「始動」の際38%、「巡航」の状態では35%、「減速」の際8%、そして「停車」の際19%の比率となっているそうです。実は発進時に最もたくさんの燃料を要し、さらに減速や停車時にも燃料消費が多いということで、このことから、動き出すときと止まっている時の燃料消費を抑えるという「エコ運転術」を駆使すれば、場合によっては、35%も燃費が節約できるそうです。
 まず、一番燃料の消費が高い状態は「始動」ですが、節約効果の高い運転術は、「ふんわりアクセル」だそうです。その名のとおり、発進時にいきなりアクセルを踏み込むのではなく、一呼吸をおいてジワーッと踏み込むわけですが、その際、アクセルは「踏む」のではなく、「足を乗せる」感じで、しかも足の重みで加速度を始め、徐々に体重をかけていく操作が理想だそうです。次に「巡航」の状態では、「アクセル一定」が理想だそうです。車は一定速度で走行すれば燃費はよくなるように作られており、高速道路を走行したときの燃費が、普段の市街地を走っている時よりもいいのはこのためです。速度を一定にするといっても神経質になる必要はなく、平坦な所ではアクセルの踏み込みを一定にするつもりで十分だそうです。また、「減速」時の節約術もそう難しくはなさそうです。それは、「早めにアクセルから足を離すこと」だからです。例えば、前方の信号機が赤になるのが見えたときは、停止位置をあらかじめ予測して普段より早めにアクセルを離し、ギアをチェンジしてエンジンブレーキを効かせて減速すれば、燃費が少なくてすみます。さらに、「停車中」でもエンジンは回転しているので、燃料が消費されます。したがってアイドリングを止めることで、燃費が節約できるわけです。まずはその方法として、踏切で電車を待つ間だとか、買い物をしたり、タバコや飲み物を自動販売機で買う間、アイドリングストップをやってみて、段々その癖をつけていくと、案外簡単に出来るかもしれません。
 そのほか、運転以外の対策としてもいろいろあるようです。タイヤの空気圧の低下は燃費の悪化につながりますから、定期的にチェックすることが大切ですし、不要な荷物を積まないことも必要です。トランクにゴルフバッグを入れたままにしている人がいますが、このような不要な荷物は降ろして、車の重量を減らすことや空気抵抗を減らすため、ルーフキャリアを使用しないときは取り外しておくことなどがあります。要はドライバーが、「ガソリンを節約する」という意識を持つことが肝要で、それが環境にやさしく、そして安全運転につながるわけですから、是非皆さんも実行してみましょう。

2008年05月26日

ダービー

 NHKラジオの朝5時からの放送で、「今日は何の日」という番組がありますが、5月4日の朝、散歩中にラジオを聞いていたところ、「今日は、1780年、イギリスのエプソム競馬場において第1回ダービー・ステークスが行われた日です。なお、このレースの名前の『ダービー』とは、第12代ダービー伯爵の名前をとって名付けられたものです。」という内容が放送されていました。私は何年か前、テレビのクイズ番組で「競馬の『ダービー』の名前の由来は何でしょう。」という放送を見たことがあり、そのとき、『ダービー』とは、イギリスの伯爵の名前からとって名付けられたものだということを知りましたが、何故、伯爵の名前がつけられたのか興味があったので、早速調べてみたのです。
 第12代ダービー伯爵のエドワード・スミス・スタンリーという人は、イギリスの政治家であり、貴族、馬主、競走馬生産者でもありますが、その伯爵の発案で、1779年、自分の別荘の「オークス荘」からとって名付けた「オークス」という牝馬の競走を開催しました。その競技後の晩餐会の席上、今度は3歳の牡馬による同様の競走を創設ということになり、その競走の命名を巡って、ダービー伯爵と友人のバンベリー伯爵との間でコイントスが行われたということです。コインの表が出れば、ダービー伯爵の名前を取って「ダービー」、裏が出れば「バンベリー」という約束でコインが投げられ、その結果、表が出たので、「ダービー」となったというわけです。ちなみに、第1回ダービーで勝ったのは、皮肉にもバンベリー伯爵の持馬だったそうです。
 その後、この「ダービー」は格式の高いレースとして世界中に広まり、現在では30を超える国々で、「ダービー」の名前がついたレースが行われています。その中でも、アメリカのケンタッキーダービーやアイルランドダービー、フランスダービー、イタリアダービーは有名です。
 日本の競馬体系もイギリスの競馬体系を基にして作られ、1932年(昭和7年)に第1回日本ダービーが開催されましたが、今年は第75回になるそうです。この「ダービー」には制約があり、それは馬の種類はサラブレッドであること、しかも3歳(人間で言えば20歳)というものです。現在我が国には1万頭以上のサラブレッドがいますが、その中でも「ダービー」に出走できるのは、たったの18頭という厳しいものです。当たり前のことですが、「ダービー」に勝つことが出来る馬は、その中の1頭だけだということです。それゆえ、出走できることは、馬主、調教師、騎手等競馬に携わる全ての人の誇りであり、ましてや優勝ともなると、夢のまた夢であるとさえ言われているそうです。かってイギリスのチャーチル首相が「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になることより難しい」と言ったと伝えられていますが、それだけ「ダービー」に勝つことの難しさと名誉を物語っているようです。
 今年の日本ダービーは、6月1日(日)に東京競馬場で開催されますが、先日のNHKマイルレースに勝ったディープスカイも「ダービー」への挑戦を表明しています。当校きっての競馬通である武石副校長の話によると、「ダービー」は普通のレースと違って距離が1マイル半(2.400メートル)と長く、しかも、このレースは、実力だけでなく、「運」がないと栄冠を獲得することは難しく、全く予想が出来ないということです。私はこれまで馬券は買ったことはありませんが、観戦することは大好きですので、是非テレビで熱戦の模様を見たいと考えているところです。

About 2008年05月

2008年05月にブログ「校長のひとり言ブログ|都城自動車学校」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2008年04月です。

次のアーカイブは2008年06月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。