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校長のひとり言ブログ

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2008年8月 アーカイブ

2008年8月 4日

魔法のペン

 私が育ったのは太平洋戦争が終わった直後の昭和20年代でしたから、まず食べるものに苦労し、それが一段落すると、今度は娯楽、特に映画が流行(はやり)出し、私達の町にも映画館が2館出来る程の賑わいでした。それでも、まだ満足せず、夏の夜、小学校の校庭を会場として行われていた巡回映画には、兄達に連れられて欠かさず観覧したものです。巡回映画には、「岸壁の母」や三益愛子主演の「瞼の母」などのほか、漫画映画もありましたが、60年近くたった今でも覚えているのは、「魔法のペン」という短編のアニメ漫画でした。
 そのアニメ漫画は、自分の欲しい物を頭に描いてペンを執ると、たちまちその現物が目の前に現れるというものです。例えば、リンゴが食べたいと考え、リンゴの姿を頭に描きながらペンを執ると、目の前にリンゴが出てくるという具合です。もちろんその当時は、カラーではなく白黒の映画でしたが、それでも、頭に描いた果物や車などが次々に出てくるシーンでは、観客は一斉に拍手をしたものでした。おそらく今の子供達がこの映画を見たとしたら、「ペンで描いただけで、果物や車などが出てくるはずがない。そんなことはあり得ない」と一笑するに違いありませんが、当時の私達にとっては、夢と希望を与えてくれた素晴らしい作品でした。
 その映画は、巡回映画のたびに放映されていましたが、何回見ても飽きることなく、おそらく数十回は見たものと思います。また、その巡回映画には子供だけでなく、多くの父兄も参加するほどの盛況でしたので、観客が多いときは、スクリーンの裏側で見たこともありましたが、この特別席は寝転びながら眺めることが出来ましたので、私にとっては今でも若き日の良い思いでの一コマとなっています。
 さて、「魔法のペン」といえば、世の中には、漫画や絵を上手に書いたりする人がいますが、このような人に出会うと、うらやましくなります。それは、私には全く絵に関する才能がないからです。小学生や中学生のときの成績簿を見ても、社会や国語、体育などはまあまあとしても、図工に至っては、いつも2か3という評価でした。そのような私でしたから、ミニ広報紙の作成というものは、からっきし駄目で、世の中がパソコン時代になっても、それに乗り遅れた感覚を持っていたのです。
 ところが、今年の2月に事務員として入社した神山さんのパソコン操作を見て、私のこれまで持っていた劣等感が払拭出来たのです。それは、当校の赤崎副校長が企業研修で使う資料を神山さんが創っているのを見ましたが、パソコンのマウスを器用に使って次々と創り上げていくのです。それを見て、本年4月に社長から「交通安全ニュースを創って欲しい」という依頼があったとき、今までの私でしたら、きっと「駄目です」と返事したはずなのに、その際は二つ返事で引き受けたわけです。早速。安全ニュースの作成に入ったわけですが、私の頭の中には大体の案は出来ており、それをメモ書きにして神山さんに渡すと、数日後には完成しましたが、その出来栄えは私が考えていた以上に素晴らしいものでした。神山さんが手にしたマウスは、まさに、私が子供のとき見た漫画の「魔法のペン」そのものだったのです。これで私にも少し自信がつき、その後は順調に交通安全ニュースが出来ていますので、まずは神山さんに感謝しなくてはいけないようです。

2008年8月11日

夢の実現

 7月24日から27日までの間、北海道で開催された男子プロの「長嶋茂雄セガサミー杯」では、注目の新人石川プロが、最終日に猛チャージを見せ、第3位タイに入賞しましたが、実はそのとき、同じく第3位タイになったのが、宮崎県出身の津曲泰弦(つまがり・たいげん)プロでした。マスコミが石川プロに注目していただけに、津曲プロの活躍はあまり表面に出ませんでしたが、津曲プロを知る私にとっては、待望の上位入賞でした。
 私は平成10年3月から平成12年8月までの間、宮崎県の最南端にある串間警察署の署長をしていましたが、津曲プロを知ったのはそのころでした。ある会合で、当時森林管理署に勤める津曲さんという人と出会ったのです。津曲さんは、私と同じくゴルフが趣味ということで話が合い、話すうちに、津曲さんから「現在、中学1年になる息子がいるが、将来プロにさせたいと考えている」ということを聞いたのです。
 そこで、どんな息子さんかと思い、ある日曜日、サイクリングの途中で津曲さんの自宅に立ち寄ってみたのです。まずびっくりしたのは、中学1年生だという泰弦君の身長でした。普通中学1年生といえば、大きくても170センチ位ですが、なんと私が見あげる位の180センチ近い高さだったのです。さらに、彼の勉強部屋に案内されて驚いたのは、大きなパネルの写真でした。それはダンロップゴルフトーナメントに参加していた青木功プロから指導を受ける泰弦君の写真でした。その写真を見ながら、泰弦君父子と話したのですが、泰弦君が始めてゴルフのクラブを握ったのは幼稚園の頃で、本格的にお父さんと一緒にゴルフをやりだしたのは、小学5年生からだったそうです。それから、父子鷹の猛練習が始まったそうですが、お父さんはもちろんゴルフのレッスンプロではありませんから、独学でゴルフの理論に関する本を読んだり、宮崎市内のレッスンプロの教えを受けたりしたということです。もともと泰弦君は小学5年生までは、野球少年でしたから運動能力もあってかめきめきと上達し、小学6年生のときには、青木プロからレッスンを受けるほどまでになったそうです。その際、泰弦君のフォームや打球を見た青木プロが、「この子は素質がある。きっとプロになれる」と太鼓判を押したということです。それを聞いた泰弦君父子は、それから将来はプロを目指して頑張ることにしたということでした。
 その泰弦君とは、平成12年7月、鹿児島県の大隈カントリークラブで一緒にプレーしたことがありますが、びっくりしたのは、ドライバーの飛距離でした。私達のドライバーがせいぜい飛んでも240ヤード位に比べ、泰弦君の飛距離は、はるかに先の280ヤード位だったのです。それでも、お父さんの話によると、その日の泰弦君の調子は今一とかで、調子のよいときは300ヤード近くまで飛ぶということでした。
 泰弦君は、その後、プロゴルファーを目指して福岡県の柳川高校に進学し、さらに腕を磨き、2006年12月にはプロ転向宣言をして夢にまで見たプロゴルファーになったのです。2007年は試合に出たのは、わずか1試合でしたが、今年の活躍は目覚しく、上記の3位入賞を始め、決勝に残ることも多くなってきました。泰弦君のプロフイルを見ると、身長187センチ、体重85キロという堂々とした身体つきになっていますし、ドライバーの平均飛距離は300ヤードを超えて、国内ではナンバー1ですから、今年中、あるいは数年のうちには、きっと「優勝」という夢を実現し、世界に羽ばたくプレーヤになってくれるものと期待しているところです。

2008年8月18日

ボンヤリ運転

 私は朝夕通勤のため、自宅とJR宮崎駅間は自転車を利用していますが、途中目の前で交通事故が発生することは、年に1回あれば多い方で、滅多にその現場に遭遇することはありません。しかしながら、今年は既に8月にはいってから3件の交通事故を目撃していますが、どうやらその原因と、今年の異常気象とは何らかの関連がありそうです。それは、今年は梅雨明けが例年より早く、しかも、梅雨が明けたと思ったら、連日35度を超える猛暑が続いておりますので、この猛暑が運転する人から緊張感を奪い、それが「ボンヤリ運転」につながっている感じがします。
 先日目撃したのもトラックを運転するプロ運転手による事故で、普段だったら発生はあり得ないようなものでした。その事故は、JR宮崎駅で電車を降り、自転車で帰宅中に目撃したものでしたが、その日は気温が35度を超える猛暑日であり、まだ日差しが強かったので、日陰のある道路西側の歩道兼自転車道を北進していたのです。自転車のペタルをこぎながら前方を見ていると、約50メートル先の自転車道上に、1台のトラックの姿が目に入りました。そのトラックは運送用のもので、道路左側にある狭い道路から進行してきたようでしたが、止まっている場所が丁度、私が進行している自転車道上でしたから、そのまま進めませんので、自転車の速度を緩めてゆっくりとペタルをこいでいたのです。その間、トラックの運転者の様子を見ていたところ、顔を右側、つまり私が進行して来る方向に向けていたので、車の切れ目を待っているのだなと思ったのです。
 やがて、私の自転車がトラックの約10メートル手前に近づいたとき、車の流れに切れ目がついたのか、トッラクのタイヤが動き出したのです。そのとき、何気なくトラックの曲がる先の方を見たところ、自転車道を私の方に南進してくる1台の自転車の姿が見えたのです。その自転車は、自転車道上に止まっているトラックの前を横切ろうとしたようでしたが、その瞬間、トラックが勢いよく発進して左折し始めたので、私は「危ない、交通事故になる」と思ったのです。すると、案の定、トラックの左側の後部タイヤ付近に自転車が衝突してしまったのです。ガチャンという衝突音とともに、自転車は路上にもんどりうって倒れてしまいましたが、幸いにもトラックに巻き込まれた様子ではありませんでした。
 トラックは事故に気づいたのか、約20メートル先に停車し、運転席から男性運転手が走ってきて、「大丈夫ですか」と自転車乗りに声をかけているようでした。すると、青い作業服を着た50年配の男性はその場に立ち上がり、「俺は大丈夫やったけど、あんたは俺の姿が見えんかったつな」と答えているのが聞こえました。これに対し、トラックの運転手は、「すみません、私がボンヤリしていました。」と返事し、二人で倒れている自転車を起こしていましたが、自転車はハンドルが少し曲がった程度で、自転車乗りの男性も幸い怪我はしていない様子でした。二人の会話の様子を見て、私は再び、自転車のペタルをこぎ始めたのですが、大きな事故にならずによかったと、ほっと胸をなでおろしたところでした。
 最近一週間は、時々雨が降ったりして幾分涼しくはなってきましたが、今年はまだまだ残暑が続きそうですから、職員の皆さんも、普段よりも緊張感を持って呼称運転を確実に行い、交通事故の防止に努めましょう。

2008年8月25日

相手の立場

 月曜日から金曜日までの午前5時25分からの民間放送に、「心のいこい」という番組があります。この番組は、ある宗教団体が布教活動の一環として、朗読やミニ劇を放送しているものですが、放送時間が約5分と短く、次が生島ヒロシの「おはよう一直線」なので、仕方なしに聞いているというのが本音です。しかしながら、先日の朝聞いた「相手の立場」というタイトルの放送は、なかなか味のある内容でした。
 それはミニ劇で行われたもので、中学3年になる妹が高校生の兄に自分の悩みを相談するものでした。妹の香織さんは、中学生になると同時にバスケット部に入り、現在選手として厳しいトレーニングを続けていますが、ある日、放課後の練習で、定められた集合時間に約10分遅れて参加したところ、同じバスケット部のキャプテンをしている小百合さんから、「選手たるものが、集合時間に遅れたら駄目じゃないの。弛んでいるんじゃない。」とこっぴどく言われたそうです。小百合さんとは、家が近所とあって、幼稚園時代から大の仲良しで、小学校のときも同じクラス、そして中学校でも同じクラスという仲なのです。相談というのは、大の仲良しと思っていた小百合さんから、たまたま集合時間に、それも10分遅れただけで、思いもかけない罵声を浴びせかけられたのがショックで、「今まで、信頼のおける友達と思っていたが、もう小百合とは絶交よ。」というのが相談内容でした。
 これに対し、妹の言い分を聞いていた兄が、「それじゃ一寸尋ねるが、香織は、自分の立場だけしか考えていないようだが、小百合さんの立場を考えて見たことがあるのか。」と質問すると、妹は兄の言葉にびっくりして、考えたことがないと答えたのです。すると、「香織、よく聞くのだよ。小百合さんは、バスケのキャプテンだ。そのキャプテンは、部をまとめるためには、時にはきついことを言わなければならない。放課後の練習時間はあらかじめ決められており、これを守らない人に対し、キャプテンとして注意するのは当然で、遅刻した人が親友だからという理由で見逃したとしたら、部の規律はどうなる。おそらくバラバラになり、まとまらないよ。小百合さんも、心の中では、きっと、香織にすまないと思っているはずだよ。」と諭すと、妹の香織も、兄の言葉に納得し、「そうか、小百合の立場を考えなかった私の方が悪い、今から小百合に謝ってくる」と言って家を飛び出すシーンがあり、これで物語が終わったわけです。
 このラジオを聞きながら、私は教習生の皆さんが卒業時に書く「喜びの声」のことをふと思い出しました。この「喜びの声」は、卒業検定に合格した時の気持ちを書いてもらっているものですが、それを見ると、大半の人が「自分に免許が取れるか不安」という気持ちで自動車学校に入校していることがわかります。入校者の中には原付免許を持った人もいますが、ほとんどの方は、「ゴーカートや自転車も乗ったことがない」といった人達ですから、それも無理ないことと思います。そのような不安な気持ちで入校した途端、いきなり、その日から自分でハンドルを握るわけですから、おそらくどの生徒さんの心臓もドキドキといったところでしょう。このような不安な気持ちのとき、指導員から「誰でも最初からうまくいきませんよ。心配しないで」とやさしく声をかけられたらどうでしょうか。私がもし教習生だったら、「なんていい指導員だろう。」といっぺんで好きになり、その指導員の言うことなら何でも素直に受け入れようという気持ちになるはずです。
 従って、当校の指導員の皆さんには、常に教習生がこういった不安な心理状態にあることを考え、言動には細心の注意を払い、安全で安心な初心ドライバーを育ててもらいたいと切に願っています。