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校長のひとり言ブログ

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2008年10月 アーカイブ

2008年10月 6日

乗り過ごし

 私が都城ドライビングスクールに勤務するようになってから早いもので、9月で丸8年が過ぎました。その間、通勤する交通機関としては、JR宮崎駅と山之口駅間は電車を利用していますが、当初心配したのは、電車の中で居眠りし、降車駅である山之口駅を乗り過ごすのではないかということでした。事実、通い始めた頃、元吉副校長から、「以前勤務していた管理者が電車内で乗り過ごし、三股駅まで迎えに行ったことがあった。」ということを聞き、なおさらそう思ったのです。私の友人も、約20年前になりますが、会議があった宮崎市内で飲酒し、自宅がある延岡市まで電車で帰る途中に居眠りし、気づいていたときには大分県の佐伯市まで行ってしまい、あわてて下車してタクシーで延岡まで帰った失敗事例がありました。
 そこで、乗り過ごしを防ぐためにはどうすればよいかを考え、思いついたのが「読書」だったのです。最初は、宮崎市内の県立図書館で小説を借りていましたが、図書館の小説が古く、興味あるものがなかったので、ブックセンターを利用することにしたのです。電車に乗っている時間は約50分ですが、その間は、小説に夢中になってしまい、おかげで、今まで1回も乗り過ごしたことはありません。
 ところが、先日、私がいおつも利用する電車の客が居眠りしてしまい、降車するはずの駅を乗り過ごした現場を目撃したことがあります。それは、電車が青井岳駅に到着し、やがて、「ドアが閉まります」というアナウンスが聞こえてきた途端、私が乗っていた車両の前部からバタバタという走る音が聞こえてきたのです。何事かなと思い、読んでいた小説から目を上げ、車両の乗車口を見たところ、白いYシャツを着た男性があわてて降車したみたいでした。その男性を見た瞬間、私は「ああ、乗り過ごしたんだな」と思ったのです。というのは、その男性はいつも私と同じくJR宮崎駅から乗車しますが、降車する駅は、青井岳駅より一つ手前の田野駅だからです。年齢は40前後ですが、黒縁のメガネをかけ、いつも白いYシャツ姿ですから、おそらく事務関係の仕事をしているのではないかと思います。見ていると、その男性はあわてて電車を降りると、駆け足で私の座っている席の窓の横を通り抜け、後部車両に乗っている車掌のところに行き、何事か車掌と話している様子でしたから、乗り過ごしたことを説明しているものと思ったのです。
 実はその男性には、乗り過ごす前兆があったのです。それは、9月にはいってから間もなくのことでした。朝、JR宮崎駅から乗車したところ、私のすぐ前の席にその男性が乗ったのですが、電車が田野駅に到着しても、その男性は降りる気配がないのです。どうして降りないのかなと思い、座席を立ち、前の座席の男性を見たところ、どうやら居眠りしていたみたいでした。そこで、「田野駅ですよ。ここで降りられないんですか。」と声をかけると、ハッとしたように顔を上げ、あわててカバンを持って降車口まで走り、無事電車から降りることが出来たのです。
 その男性が乗りすごすのを目撃したのは1回ですが、私が利用する電車は2両編成ですから、おそらく、私が目撃した以外にも何回かは乗りすごしたものと思われます。乗り過ごしで失敗した友人の体験談によると、乗り過ごしは常習になり、なかなかその癖は直らないということですから、私としては失敗しないように、常に緊張感を持って電車に乗るように心がけているところです。

2008年10月15日

ダイエット食品

 私は夕方、妻と一緒に自宅から約2K位離れたスーパーに買い物に行くのが日課となっていますが、先日、そのスーパーに行ったところ、妻が店内に入ってすぐ正面にある果物売り場の前まで来ると、なにやら品物を探しているのか、キョロキョロしている様子でした。私はどうしたのかと思い、尋ねてみますと、空になっている売り場を指差しながら、「ここはバナナ売り場になっているが、最近、いつも品物がない。売れたのかしら。」という返事が返ってきました。私はその言葉を聞き、妻は、今流行の「ダイエット食品にバナナが有効」だということを知らなかったのだということがわかり、「今どこのスーパーでも、ダイエットにバナナが有効だということで、爆発的にバナナが売れているそうだよ。」と教えてやったのです。私がダイエットにバナナが有効だということ知ったのは、つい最近のことで、インターネットから得た情報でした。それによると、テレビ番組で、みのもんたさんの「思いっきりテレビ」というのがありますが、そこでダイエットにバナナが有効だということが紹介され、爆発的に瞬く間に広がったということです。
 実は、テレビなどで今回のようにある食品がダイエットに有効だと紹介され、消費者がこれを信じ、こぞってその食品を買い求めたため、一時品薄の状態になったことは、私の記憶では2回ほどあります。その一つは、2年前の「寒天」騒ぎです。このときは、みのもんたさんの「思いっきりテレビ」やNHKの「ためしてガッテン」で、寒天はガン予防に効くと紹介されたほか、若い女性のカリスマ存在である歌手浜崎あゆみさんが、ラジオ番組に出演し、最近はまっているものの話で、「寒天です。味が何の主張もないところがいい。」と答えたところから、特に若い女性の間に爆発的に広がり、たちまち、スーパーの店頭から姿を消したのです。この寒天は、海草を原料としているノンカロリー食品で、たくさん食べても全く太る心配がなく、水分を吸うと増えるので、少量で満足感が得られ、また、腸において油や糖分の吸収を妨げることから、ダイエット食品として注目されたのですが、最近では、テレビなどで紹介されることも少なくなり、スーパーでも品薄ということはありませんから、思った以上にダイエットの効果がなかったものと思われます。
 二つ目のダイエット食品は「納豆」です。この「納豆」については、昨年の1月の放送された関西テレビ・フジテレビの「発掘、あるある大辞典」で、ダイエットに効果があると紹介されたため、多くの消費者がこれを信じて買い求め、一時店頭から姿を消す状態になりましたが、結果的には紹介されたデータが捏造だったことが判明し、潮が引くようにブームが過ぎ去り、現在では、いつ店頭に行っても、「納豆」の品切れということはまずないようです。
 さて、冒頭の「バナナダイエット」ですが、このやり方は、「朝、バナナを食べて、水を飲む」という簡単な方法で、朝食はバナナだけにして、昼と夜は普通に食べるいたって簡単なダイエットのやり方です。ただ、これだけでやせるという方法ではなく、夜遅い時間の食事や間食を避けたり、水分をこまめに取ったり、適度な運動をしたりするなど、基本的なダイエットをしたうえでないと効果は薄いということです。当校の職員でも朝食抜きの方も見受けられますので、このような方には「朝バナナダイエット」をお勧めしますが、効果を上げるためには、やはり根気よく、継続して行うことが大切なようです。

2008年10月20日

信号機

 宮崎県警察本部が毎年発行している「交通統計」という資料によれば、我が国に自動車が輸入されたのは明治33年だそうですが、たちまち自動車を購入したいという人が全国で増え、明治45年には298台、そして大正5年には全国で1,300台になり、交通整理上問題が生ずるようになったということです。そこで、当時警視庁の上野警察署長だった蘭部久五郎という人が、汗だくになって交通整理をしている交通巡査の姿を見て、なんとか便利で省力化の交通整理の方法はないものかと考え、大正8年に「進メ」「止レ」の標板をつけた信号標板を製作して試験設置し、さらに改良を加えて大正11年に交通整理機なるものを上野広小路交差点で実験したところ、成功したのが我が国の信号機の元祖だということです。この信号機は、手動式のものでしたが、現在のように電気による信号機になったのは昭和5年からだそうです。その信号機が宮崎県内にはじめて登場したのは昭和30年で、当初、宮崎市橘通県庁西交差点と延岡市山下入り口交差点の2箇所に設置されましたが、その後毎年増設され、宮崎県警察本部の資料によると、平成20年8月末現在、宮崎県内には2,186基の信号機が設置されています。
 その信号機の色は現在、道路交通法施行令により「赤色・青色・黄色」となっていますが、これは日本独自の規格というわけではなく世界的なもので、これを規定しているのは、CIE(国際照明委員会)という組織です。CIEで規定している交通信号の色は、「赤・緑・黄」となっており、日本の「青」と違っていますが、我が国では色弱者に配慮してCIE規格の「緑」の色度範囲の中で、なるべく「青」に見えるような色度を採用しているからです。この「青信号」は、昭和5年に電気による信号機が出来たときは、「緑色」だったので、法律上でも「緑色信号」でした。しかしながら、日本では昔から日本語には「白、黒、赤、青」の4色しかなく、「青」の中には、「緑色」を含んだ応用範囲の広い言葉だったので、信号機の「緑色信号」を見ても、これをいつの間にか「青色信号」と呼ぶ人が大半を占めるようになったということです。そこで、昭和22年道路交通取締法が制定される際、「信号機の色が緑色であっても、これを青信号と呼ぶように」という政治家の先生の鶴の一声で、「青信号」になったという話が伝わっています。
 「信号機」の色の意味は、「赤は止まれ」「黄は注意」「青(緑)は進め」となっていますが、この意味については、最初に信号機を設置したイギリスと深い関係があります。まず「赤は止まれ」ですが、「赤」はイギリスでは危険の象徴として使われていたそうです。「赤」は日本では最も好まれている色ですが、実は西洋では悪魔の色、すなわち、戦火、災害、懲罰を象徴する色となっているそうです。もともと「赤」は、目に付きやすい色なので、他の色よりも刺激の性質が強く、危険を知らせる色だということで、「赤」を止まれの意味にしたということです。また、「黄は注意」ですが、「黄」は一般的には、派手な、明るい、陽気な、やや興奮したという意味があるそうです。「黄」はどの有彩色よりも明るく、視認性が優れているので、「注意」を引かせるために、この色が使われるようになったということです。最後は「青(緑)は進め」ですが、「青(緑)」には、平和、希望という意味があるほか、世界では最も好まれている色で、キリスト教では「神聖な色」なので、この色が使われるようになったということです。こうしてみると、「信号機」って、うまく人間の色に対する心理を考えて作っているものですね。

2008年10月28日

 私の朝の散歩は、夏の間、田圃の中のコースでしたが、日の出時間が遅くなった関係で、最近は、住んでいる団地の外周を約30分位かけて歩くコースに変更しました。久方ぶりに団地の周辺を散歩してみると、庭に柿の木がある家では、枝が折れんばかりに柿が実っているのが目に入ります。昔は、実のなる木は、熟すと実が落ちるので、「落ちる=家がつぶれる」という意味から庭には植えないものでしたが、最近は柿やミカンを植えている家が多いようです。どの柿も橙色になっており、間もなく収穫時期の感がしますが、私はふとその柿を見て、子供の頃のことを思い出しました。それは、小学校や中学校の時の運動会で、昼食後に出される果物は、必ず柿かミカンでしたから、柿が熟する頃になると、勉強は苦手でしたが、運動が大好きで走るのが得意だった頃を思い出すからです。
 さて、その柿ですが、我が国でも大昔には柿が自生していたようですが、氷河期時代に絶滅し、現在のような柿は、奈良時代頃、柿の原産地である中国から伝わった模様で、平安時代に編纂された「延喜式」にも干し柿や塾柿についての記述が見られるようです。最初に伝わったのは、渋柿でしたが、その後、鎌倉時代になると、柿の突然変異により甘柿が出現し、日本各地でさまざまな品種が生まれたそうです。さらに江戸時代末期になると、来日したペリー艦隊がアメリカに「柿」を持ち帰り、そこからヨーロッパへ、また、日本からの移民の手により南米にも広がり、今や世界中に広がっているそうで、英語でも「柿」のことを「KAKI」と呼ばれているそうです。
 その「柿」ですが、全国的に見ると暖かいところでは甘柿が、寒いところでは渋柿が多く作られており、平成19年度の日本国内における収穫量は約25万トンありましたが、柿の栽培面積が多い県は、和歌山県、福岡県、奈良県の順になっているそうです。日本全国で柿が栽培されていると思っていたところ、そうではなくて北海道では寒さのため栽培されず、また沖縄県ではほとんどが自生の渋柿だけで、甘柿は栽培されていないそうです。
 甘柿といえば、私の脳裏に浮かぶのは、「富有柿」「次郎柿」などですが、その名前の由来を調べてみますと、次のようになっていました。まず「富有柿」ですが、その原産地は現在の岐阜県瑞穂市居倉といわれています。この土地に住んでいた福島才治さんという人が、同じ地区の小倉初衛さんが栽培していた柿の木を、自家の柿に接ぎ木して実らせ、これを明治31年に開催された品評会に、新品種「富有」として出品したところ、見事1等賞となり、たちまち評判となって全国に広がったもので、現在全国で生産される柿の約6割は、「富有柿」だということです。また、「次郎柿」ですが、江戸時代末期の1844年、静岡県周智郡に住んでいた松本次郎吉さんという人が、近くを流れる大田川で柿の幼木を拾い、これを植えて育てたところ、見事に柿が実り、栽培者の名前をとって「次郎柿」と名付けられたそうです。先日もテレビで、延岡において「次郎柿」が収穫される様子が放映されていましたが、見た目にもおいしそうな柿のようでした。
 この様な甘柿のほか、宮崎県内においては、「渋柿」もあり、その渋抜きの方法も、「湯抜き」「アルコール脱渋」等があるようですから、今年はぜひチャレンジしてみようかと心待ちにしているところです。