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校長のひとり言ブログ

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信号機

 宮崎県警察本部が毎年発行している「交通統計」という資料によれば、我が国に自動車が輸入されたのは明治33年だそうですが、たちまち自動車を購入したいという人が全国で増え、明治45年には298台、そして大正5年には全国で1,300台になり、交通整理上問題が生ずるようになったということです。そこで、当時警視庁の上野警察署長だった蘭部久五郎という人が、汗だくになって交通整理をしている交通巡査の姿を見て、なんとか便利で省力化の交通整理の方法はないものかと考え、大正8年に「進メ」「止レ」の標板をつけた信号標板を製作して試験設置し、さらに改良を加えて大正11年に交通整理機なるものを上野広小路交差点で実験したところ、成功したのが我が国の信号機の元祖だということです。この信号機は、手動式のものでしたが、現在のように電気による信号機になったのは昭和5年からだそうです。その信号機が宮崎県内にはじめて登場したのは昭和30年で、当初、宮崎市橘通県庁西交差点と延岡市山下入り口交差点の2箇所に設置されましたが、その後毎年増設され、宮崎県警察本部の資料によると、平成20年8月末現在、宮崎県内には2,186基の信号機が設置されています。
 その信号機の色は現在、道路交通法施行令により「赤色・青色・黄色」となっていますが、これは日本独自の規格というわけではなく世界的なもので、これを規定しているのは、CIE(国際照明委員会)という組織です。CIEで規定している交通信号の色は、「赤・緑・黄」となっており、日本の「青」と違っていますが、我が国では色弱者に配慮してCIE規格の「緑」の色度範囲の中で、なるべく「青」に見えるような色度を採用しているからです。この「青信号」は、昭和5年に電気による信号機が出来たときは、「緑色」だったので、法律上でも「緑色信号」でした。しかしながら、日本では昔から日本語には「白、黒、赤、青」の4色しかなく、「青」の中には、「緑色」を含んだ応用範囲の広い言葉だったので、信号機の「緑色信号」を見ても、これをいつの間にか「青色信号」と呼ぶ人が大半を占めるようになったということです。そこで、昭和22年道路交通取締法が制定される際、「信号機の色が緑色であっても、これを青信号と呼ぶように」という政治家の先生の鶴の一声で、「青信号」になったという話が伝わっています。
 「信号機」の色の意味は、「赤は止まれ」「黄は注意」「青(緑)は進め」となっていますが、この意味については、最初に信号機を設置したイギリスと深い関係があります。まず「赤は止まれ」ですが、「赤」はイギリスでは危険の象徴として使われていたそうです。「赤」は日本では最も好まれている色ですが、実は西洋では悪魔の色、すなわち、戦火、災害、懲罰を象徴する色となっているそうです。もともと「赤」は、目に付きやすい色なので、他の色よりも刺激の性質が強く、危険を知らせる色だということで、「赤」を止まれの意味にしたということです。また、「黄は注意」ですが、「黄」は一般的には、派手な、明るい、陽気な、やや興奮したという意味があるそうです。「黄」はどの有彩色よりも明るく、視認性が優れているので、「注意」を引かせるために、この色が使われるようになったということです。最後は「青(緑)は進め」ですが、「青(緑)」には、平和、希望という意味があるほか、世界では最も好まれている色で、キリスト教では「神聖な色」なので、この色が使われるようになったということです。こうしてみると、「信号機」って、うまく人間の色に対する心理を考えて作っているものですね。