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校長のひとり言ブログ

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 私の朝の散歩は、夏の間、田圃の中のコースでしたが、日の出時間が遅くなった関係で、最近は、住んでいる団地の外周を約30分位かけて歩くコースに変更しました。久方ぶりに団地の周辺を散歩してみると、庭に柿の木がある家では、枝が折れんばかりに柿が実っているのが目に入ります。昔は、実のなる木は、熟すと実が落ちるので、「落ちる=家がつぶれる」という意味から庭には植えないものでしたが、最近は柿やミカンを植えている家が多いようです。どの柿も橙色になっており、間もなく収穫時期の感がしますが、私はふとその柿を見て、子供の頃のことを思い出しました。それは、小学校や中学校の時の運動会で、昼食後に出される果物は、必ず柿かミカンでしたから、柿が熟する頃になると、勉強は苦手でしたが、運動が大好きで走るのが得意だった頃を思い出すからです。
 さて、その柿ですが、我が国でも大昔には柿が自生していたようですが、氷河期時代に絶滅し、現在のような柿は、奈良時代頃、柿の原産地である中国から伝わった模様で、平安時代に編纂された「延喜式」にも干し柿や塾柿についての記述が見られるようです。最初に伝わったのは、渋柿でしたが、その後、鎌倉時代になると、柿の突然変異により甘柿が出現し、日本各地でさまざまな品種が生まれたそうです。さらに江戸時代末期になると、来日したペリー艦隊がアメリカに「柿」を持ち帰り、そこからヨーロッパへ、また、日本からの移民の手により南米にも広がり、今や世界中に広がっているそうで、英語でも「柿」のことを「KAKI」と呼ばれているそうです。
 その「柿」ですが、全国的に見ると暖かいところでは甘柿が、寒いところでは渋柿が多く作られており、平成19年度の日本国内における収穫量は約25万トンありましたが、柿の栽培面積が多い県は、和歌山県、福岡県、奈良県の順になっているそうです。日本全国で柿が栽培されていると思っていたところ、そうではなくて北海道では寒さのため栽培されず、また沖縄県ではほとんどが自生の渋柿だけで、甘柿は栽培されていないそうです。
 甘柿といえば、私の脳裏に浮かぶのは、「富有柿」「次郎柿」などですが、その名前の由来を調べてみますと、次のようになっていました。まず「富有柿」ですが、その原産地は現在の岐阜県瑞穂市居倉といわれています。この土地に住んでいた福島才治さんという人が、同じ地区の小倉初衛さんが栽培していた柿の木を、自家の柿に接ぎ木して実らせ、これを明治31年に開催された品評会に、新品種「富有」として出品したところ、見事1等賞となり、たちまち評判となって全国に広がったもので、現在全国で生産される柿の約6割は、「富有柿」だということです。また、「次郎柿」ですが、江戸時代末期の1844年、静岡県周智郡に住んでいた松本次郎吉さんという人が、近くを流れる大田川で柿の幼木を拾い、これを植えて育てたところ、見事に柿が実り、栽培者の名前をとって「次郎柿」と名付けられたそうです。先日もテレビで、延岡において「次郎柿」が収穫される様子が放映されていましたが、見た目にもおいしそうな柿のようでした。
 この様な甘柿のほか、宮崎県内においては、「渋柿」もあり、その渋抜きの方法も、「湯抜き」「アルコール脱渋」等があるようですから、今年はぜひチャレンジしてみようかと心待ちにしているところです。