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校長のひとり言ブログ

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桜島

私は夕方、妻を乗せて近くのスーパーに買い物に行くのが日課となっており、妻が買い物をする間、駐車場に車を止め、ラジオを聴いていますが、先日、NHKFMを聴いていたところ、鹿児島県出身の女性演歌歌手がゲストとして出演し、担当の吉川アナウンサーと歌手になるまでの苦労話をしていました。その歌手は始めて聞く名前でしたから、今では覚えていませんが、「さくら」というタイトルを歌うことになった時、丁度、妻が買い物を終えて車に乗り込んできたのです。ラジオでは曲の前奏が流れ始め、吉川アナウンサーが「それでは、○○さんに郷里の桜島を思い浮かべ、『さくら』を歌っていただきます。」と紹介し、歌声が流れ始めたのです。「さくら」という曲は、森山直太郎やコブクロなどいろいろな歌手が歌っていますが、流れ始めたメロディは、初めて聞くもので、余り興味もなかったので、自然と私達夫婦の会話の内容も、歌とは別の話になったのです。
 その話というのは、妻が「桜島には、桜の木はなかったようだったが、何で『桜島』というのだろうか。」と言い出したのです。運転中に、いきなりの質問でしたから、私の頭の中はパニック状態になりましたが、いくら考えてみても、どうしても答えが出てきません。それもそのはずです。鹿児島市にある「桜島」は、私が小学6年生の時に修学旅行で訪れたのを始め、これまで十数回、空高く噴煙を上げる雄姿を眺めたことがありますが、「何故、桜島というのか」ということは考えても見たことがなかったからです。その場は、運転に専念するふりをして黙っていたところ、妻はそれ以上「桜島」の話はしませんでしたが、私の頭の中には、「何故、桜島というのだろうか」という疑問が残ったのです。そこで、夕食を済ませた後、「桜島の名前の由来」について調べてみたのです。
 「桜島」の名前の由来については、「三国名勝図会下巻」、「桜島町郷土史」、「日本歴史地名大系47鹿児島県の地名」などによると諸説がありますが、どうやら次の4つに絞られるようです。その一つは、平安時代の中ごろ、桜島忠信が大隅国(現在の鹿児島県)の守(かみ)として赴任中、郡司の詠んだ歌が桜島忠信の名とともに広まったため、「桜島」と呼ぶようになったという説です。その二つは、島の五社大明神社の祭神が「木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)」であるため、この島を「咲夜島」と読んでいたのが、訛って「桜島」と呼ぶようになった説です。その三つは、海底火山により島が湧出した時、周辺の海に桜の花が浮かんでいたので、「桜島」と呼ぶようになったという説です。そしてその四つは、島には桜の木があり、それが一夜にして突出して山になったので、「桜島」と名付けられたという説です。
 現在の「桜島」が誕生したのは2万5000年前ですが、この島を「桜島」と呼ぶようになったのは、文献によると、文明8年(1476年)頃からです。その頃は、「桜島」のほか、鹿児島市から見て向うにあることから「向島」とも呼ばれ、併用されていたそうです。それが「桜島」という名前に統一されたのは元禄11年(1698 年)ということですから、どうやら4つの説のうち、1,3,4の説は、由来となった事柄と「桜島」と呼ばれるようになった時期が、時間的に遠く隔たっており、信憑性は低く感じられますが、ロマン的な「桜島」という名前からして、あえてどの説が正しいと決め付ける必要性はないようです。