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校長のひとり言ブログ

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2010年1月 アーカイブ

2010年1月 4日

冬の風物詩

 私がMDSの管理者として勤務するようになってから、10回目の冬を迎えましたが、その間、電車の車窓から眺める風景や学校周辺の光景等から、「今年も寒い冬が来た」と感じさせられるものが数多くあります。
 その中で、冬という季節感を感じる「風物詩}としては、大根干しがあります。その場所は、昨年、宮崎市と合併した旧田野町です。この町の畑には至る所に漬物用の大根が植えられており、「漬物の町」として有名ですが、毎年、12月になり、霧島おろしの冷たい風が吹くようになると、あちこちの畑の中には、大根を干すやぐらが建てられますが、自動車学校の行き帰りに、車窓からこの光景を見ると、今年も冬が来たのだなと感じているところです。しかしながら、ここ数年は地球温暖化の影響なのか、霧島おろしが吹く回数も少なくなり、やぐらの数もだんだん減ってきたようで、残念に思っているところです。
 次に、MDSの職員室から眺める光景の一つで、「冬の風物詩」としては、「霧島おろし」があります。それは、職員室から西の方を見ると、田圃の向こうに霧島連山を眺めることができます。その中でも標高1,574メートルの高千穂の峰は、幕末、土佐藩を脱藩した、かの有名な坂本竜馬が、薩長連合を画策する傍ら、西郷隆盛などから招待を受け、おりょうさんと新婚旅行に訪れ、頂上まで登山したと伝えられている山です。その高千穂の峰には、年に数回、真っ白な雪が積もることがありますが、暮れの12月16日に初冠雪がありました。冠雪すると途端に、強い西風、つまり霧島おろしが吹いて来るのです。高千穂の峰とMDSの間には、高い山や建物等風を遮蔽する物が全くありませんので、まともに霧島おろしが吹いてくるわけです。千切り大根や漬物大根を生産する農家にとっては、恵みの風ですが、MDSの職員や生徒さんにとっては冷たい風となりますので、この霧島おろしが吹き始めると、数日間は辛抱が必要となってきます。
 また、地元の人達が「ロール」と呼んでいる、牧草を包んだ白いビニール巻きも、やはり「冬の風物詩」と言えるでしょう。ここ都城地方は、畜産業が盛んですが、毎年、11月になると、牛の飼料となる牧草の刈り取りが始まりますが、この牧草はしばらく乾燥させた後、機械を使って白いビニールでグルグル巻きにされ、当校の場内コース西側の田んぼの中に二段積みされますが、その光景は冬の期間見ることができます。当校に合宿で入校された生徒さんには、この光景が珍しいのか、生徒さんから指導員に対し、「あの、白いグルグル巻きしたのは、何ですか」という質問が時々あるそうです。もともと、この「ロール」は、北海道の酪農家が使っていたのを見て、この都城地方で行われるようになったそうですが、「ロール」の利点は、わざわざサイロを作らなくても、ビニールでグルグル巻きした状態で天日にさらさせておくと、中の牧草が自然と醗酵するのだそうです。そういえば、私も10年位前、北海道旅行した時、この光景を見たことがありますが、ただ、ビニールが白色でなく、黒色であったような記憶があります。
 このほか、都城地方では、「冬の風物詩」としては、雪の代替として火山灰の「シラス」を庭に撒く光景、正月にしめ縄等を焼くオネッコ(鬼火焚き)等が見られますが、これらの「冬の風物詩」が終わると、やがて暖かい春がこの都城地方にも訪れることでしょう。

2010年1月11日

年賀状

 毎年、私の正月3が日間の日程と言えば、1月1日が、実業団対抗駅伝のテレビ観戦と実家への新年の挨拶、2日と3日は、大学対抗箱根駅伝のテレビ観戦と相場が決まっていますが、その間に年賀状を書くのもまた、恒例の行事となっています。今年も年末から長男親子が帰省していたものの、この日程は変わらず、3日間で約100枚の年賀状を書き、ポストに投函したところです。実は、昨年の12月の初めごろまでは、例年年末ぎりぎりになってようやく年賀状を出していましたので、今年こそはと考え、12月中旬から年賀状書きを始めましたが、どうも筆が進まず、例年通り、年賀状が届いてからの書き始めとなりました。その年賀状を書きながら、ふと、いつものの癖で、「いつ頃から年賀状を書くようになったのか?」という疑問が湧き、さっそく調べてみることにしたのです。
 それによると、平安時代ごろから、正月の1日から15日までに、その年お世話になった方々、主君や師匠、父母や親戚、ご近所の家に年始のあいさつに廻る習慣があったそうです。それが時代を経て、一部の武士や商人の間で、年始に行けないような遠くに住んでいる人には、飛脚を使って新年の書状を出すように変わり、その後、明治4年に郵便制度が発足し、さらに、明治6年に全国一律料金のハガキが発売されると、その安さと手軽さが受けて大衆の間に広がり、年始にあいさつ回りをしていた代わりに、年賀状を送る習慣が始まったということです。また、年賀状発売当初は、現在のように元旦に配達されるという体系ではなく、それが元旦に配達されるようになったのは、明治39年になってからということだそうです。さらに、現在のように年賀状を書く習慣が国民の間に広まったのは、昭和24年に旧郵政省が「お年玉付き年賀はがき」を発売するようになってからです。終戦後の苦しい時代、安価な葉書で景品が当たるアイディアが成功したようで、その後、爆発的に発売枚数が増加し、現在では40億枚を超える年賀はがきが発売されているようです。
 その年賀状を正月に出す習慣も、最近では携帯メールが普及し、かっての右肩上がりの状態から、ほぼ横ばいかあるいは減少の傾向にあるということですが、あるインターネット調査会社が実施した年賀状に関する調査では、8割以上の人が「メールよりもはがきの方が嬉しい」と感じている人がいることがわかったということですから、まだまだ年賀状を出す習慣は続くものと思われます。
 さて、その年賀状ですが、近年、パソコンの普及により、カラフルで独自の年賀状がきれいに作成出来るようになりました。しかしながら、宛名はもちろんのこと裏面もすべて印刷となると、受け取る側からすれば、全く味気ないものです。そこで、私が書く年賀状は全て手書きです。約30年前までは墨をすって筆で書いていましたが、筆ペンという大変便利なものが発売されるようになってからは、今では、12月になると文房具店で筆ペンを買い求めているのが現状です。住所録を見て、あて名と私の住所氏名を書き、「あの人は元気かな」とか、「まだ仕事を頑張っているかな」と思い浮かべながら、ボールペンでコメントを書く、私の年賀状作成作業は約100枚に及び、年とともに段々きつくなってきていますが、手書きの年賀状をもらった時のあの嬉しさを思うと、まだまだ続けられそうです。今年の年賀状書きはこれで終わりましたが、今年こそ、12月中旬までには、手書きの年賀状を作成出来るよう頑張るつもりです。

2010年1月18日

だまされないで

 私は毎朝午前5時半ごろから散歩に出かけますが、散歩に欠かせないのが携帯ラジオです。ニュースはもちろんのこと、健康問題、人生相談等いろんなジャンルの話題が流れて来ますので、私にとっては「校長のひとり言」の貴重な題材にもなっているところです。先日の朝、ラジオを聞いていたところ、リスナーからFAXで寄せられる内容をアナウンサーが読み上げる場面がありました。その日の特集は「だまされないで」という題材でしたが、FAXで寄せられる内容のうち、聞いていて思わず、笑い出したものがありました。    
 それは、80代の女性から寄せられたもので、その女性のところには、時々、振り込め詐欺の犯人と思われる者からの電話があるそうです。ある日、電話のベルが鳴ったので出てみると、男の声で、「お母さん、ボク」という声が聞こえてきたそうです。女性はすぐ「振り込め詐欺の犯人だ」とピンと来たので、「家にはボクという者はいません。」と返事すると、ガチャンという音がして電話は切れたそうです。しばらくすると、また電話のベルが鳴ったので出てみると、今度も男の声で、「車を破損してしまった。なんとかしてお母さん」という声が聞こえてきたそうです。女性は、すぐ「振り込め詐欺の犯人だ」と判断し、「家の息子は車を持っていないのよ。」と答えると、すぐ電話は切れ、それ以降、全く電話はかかってこないということで、その女性は、「だます人をだます」ことが愉快になったということです。 
 あまりにも、この話が面白かったので、その日の夕食の後、妻に女性の頭の回転の良さを話しながら、その日の新聞を何気なく読んでいたところ、「声」という欄で、私の目が思わず留まったのです。それは、その日の「声」欄のタイトルが「だまされないで」となっており、最初の投書者のタイトルが「だまそうとする人をだます愉快」となっていたからです。そして、その内容をみると、なんとラジオで聞いたものと全く同じだったのです。
 その投書は、山口県長門市の81歳になる主婦からで、内容は『電話のベルの音、いつも通りこちらから名乗る。男性の声「お母さんですか、ボクです。」「我が家にはボクという名の人はおりません」、途端に電話が切れた。しばらくしてまた電話、「車を破損させてしまった。なんとかして、お母さん」。黙って聞いていた。「聞こえているの」「あなたはどなた。うちの息子は車を持っていないの」、デタラメを言った途端ガチャン。我が家では一番最初の言葉は決めており、それ以外は他人と分かる仕組み。私がだまされませんよ。相手をだます方法を考えるのが面白く、頭が働く。チャイムを押しての来訪者、「果物屋です。トラックいっぱい果物を積んでいます。買ってください。一緒に行きましょう。運んであげます」。一生懸命しゃべっている。私はその口元をポカンと見ている。口の動きが止まった。「私、耳が聞こえないの」と身振り手振りで伝えると、舌打ちして玄関の戸を手荒く閉めて足早に立ち去った。相手の話しているうちにどうしよう方と考えるのも頭の体操で、愉快なものである。』というものでした。
 私はこの投書を見て、冷静に相手の様子を伺いながら対応している状況に感心し、早速、当校で行っている「高齢者講習」の中で、「振り込め詐欺の予防策」として紹介しているところです。私達も、この女性のように柔軟な対応ができるように機転を利かせましょう。

2010年1月25日

消費者つかむ新戦略

 先日、夕食の後、NHKテレビの「クローズアップ現代」を見ていたところ、デフレが深刻化する中で、安売り以外の戦略で客の心をつかもうとしているスーパー三社が、この不況の中で注目を集めていることが放映されていました。
 その一つは、北九州市にあるスーパーでした。このスーパーでは、お客様カードを活用して客の欲しい商品は全て仕入れることにしているそうですが、月に約500件位の要望があるということです。担当者がその要望書を見て、1週間以内には仕入れていますが、中には、九州以外の関東地方で出回っている商品もあるそうです。担当者はその品物を製造販売している会社に直接電話し、販売を渋る相手方を説得するなどの苦労をして、ようやく仕入れているということです。大量仕入れによるコスト削減が多いスーパーとは、全く逆のやり方ですが、その苦労が実ってか、そのスーパーには、例えば、同じ味噌でも、全国から取り寄せた色々な商品が揃えられており、売り上げも伸びているそうです。
 その二つは、「コストを削減する」という小売りの常識を否定し、あえてコストをかける戦略をとっているスーパーでした。これは首都圏にある中堅スーパーですが、前年を上回る店舗1㎡当たりの売り上げは約5倍で、全国一だそうです。どこにその秘密があるかということですが、それは「社員力」だということです。全国、どこのスーパーでも、正社員とパートの割合は大体3対7というのが普通ですが、そのスーパーは、逆に約7割が正社員だということです。それでは、正社員が多いメリットはどこにあるかということですが、正社員だと、如何に工夫すれば多くの品物を売ることができるかということを真剣に考えるのだそうです。そのスーパーの正社員は、店頭に立ち、店に入ってくるお客さんの顔を見ながら陳列する品物を変えるのだそうです。例えば、昼間の時間、店を訪れるのは大体主婦ですが、その主婦がどの品物を選ぼうか迷っていると思った時は、すかさず、その主婦のところに近づき、「今日の献立は、何を考えられていますか」等と言いながら、品質に自信がある商品を勧めるのだそうです。また、夜間で仕事帰りのお客さんが多くなったときは、店先に、料理をしなくてもそのまま食べられることが出来る、例えば、水菜やレタス等を並べておくという工夫をしているということです。
 また、このスーパーでは、商品を一括仕入れるというやり方ではなく、社員一人一人に仕入れを任しているそうです。その理由は、仕入れを担当者に任せておく方が、販売に対する責任が生まれるそうで、各担当者は、お客さんの要望を的確にとらえ、自分で仕入れ先を開拓して商品を仕入れているということです。さらに、このスーパーでは、年齢や経験に関係なく、昇任を認めているそうで、やる気さえあれば、20代でも責任ある役職が与えられているということでした。
 その三つは、山梨県内にあるスーパーで、客の買っている商品から、その客はどんな買い物の志向があるのかを分析し、その志向に合わせて、店ごとに販売する商品を変える戦略を打ち出しているということでした。
 このようにスーパーによってやり方は違いますが、その目的は、「いかにして消費者の心をつかみ、売り上げを伸ばすか」ということで、それぞれが成功しているようです。MDSでも、このスーパーに負けないよう、「教習生の心をつかむ新戦略」を考えてみましょう。