毎年、私の正月3が日間の日程と言えば、1月1日が、実業団対抗駅伝のテレビ観戦と実家への新年の挨拶、2日と3日は、大学対抗箱根駅伝のテレビ観戦と相場が決まっていますが、その間に年賀状を書くのもまた、恒例の行事となっています。今年も年末から長男親子が帰省していたものの、この日程は変わらず、3日間で約100枚の年賀状を書き、ポストに投函したところです。実は、昨年の12月の初めごろまでは、例年年末ぎりぎりになってようやく年賀状を出していましたので、今年こそはと考え、12月中旬から年賀状書きを始めましたが、どうも筆が進まず、例年通り、年賀状が届いてからの書き始めとなりました。その年賀状を書きながら、ふと、いつものの癖で、「いつ頃から年賀状を書くようになったのか?」という疑問が湧き、さっそく調べてみることにしたのです。
それによると、平安時代ごろから、正月の1日から15日までに、その年お世話になった方々、主君や師匠、父母や親戚、ご近所の家に年始のあいさつに廻る習慣があったそうです。それが時代を経て、一部の武士や商人の間で、年始に行けないような遠くに住んでいる人には、飛脚を使って新年の書状を出すように変わり、その後、明治4年に郵便制度が発足し、さらに、明治6年に全国一律料金のハガキが発売されると、その安さと手軽さが受けて大衆の間に広がり、年始にあいさつ回りをしていた代わりに、年賀状を送る習慣が始まったということです。また、年賀状発売当初は、現在のように元旦に配達されるという体系ではなく、それが元旦に配達されるようになったのは、明治39年になってからということだそうです。さらに、現在のように年賀状を書く習慣が国民の間に広まったのは、昭和24年に旧郵政省が「お年玉付き年賀はがき」を発売するようになってからです。終戦後の苦しい時代、安価な葉書で景品が当たるアイディアが成功したようで、その後、爆発的に発売枚数が増加し、現在では40億枚を超える年賀はがきが発売されているようです。
その年賀状を正月に出す習慣も、最近では携帯メールが普及し、かっての右肩上がりの状態から、ほぼ横ばいかあるいは減少の傾向にあるということですが、あるインターネット調査会社が実施した年賀状に関する調査では、8割以上の人が「メールよりもはがきの方が嬉しい」と感じている人がいることがわかったということですから、まだまだ年賀状を出す習慣は続くものと思われます。
さて、その年賀状ですが、近年、パソコンの普及により、カラフルで独自の年賀状がきれいに作成出来るようになりました。しかしながら、宛名はもちろんのこと裏面もすべて印刷となると、受け取る側からすれば、全く味気ないものです。そこで、私が書く年賀状は全て手書きです。約30年前までは墨をすって筆で書いていましたが、筆ペンという大変便利なものが発売されるようになってからは、今では、12月になると文房具店で筆ペンを買い求めているのが現状です。住所録を見て、あて名と私の住所氏名を書き、「あの人は元気かな」とか、「まだ仕事を頑張っているかな」と思い浮かべながら、ボールペンでコメントを書く、私の年賀状作成作業は約100枚に及び、年とともに段々きつくなってきていますが、手書きの年賀状をもらった時のあの嬉しさを思うと、まだまだ続けられそうです。今年の年賀状書きはこれで終わりましたが、今年こそ、12月中旬までには、手書きの年賀状を作成出来るよう頑張るつもりです。



