広 告
17万台の格安合宿免許!


校長のひとり言ブログ

« ハンカチ | メイン | 名前の由来 »

風習

  私の父は、太平洋戦争の終戦間際の昭和20年3月、赤紙の召集令状を受け、34歳で出征しましたが、出征先も分からず、終戦の8月15日を過ぎても帰還しないので、近所の人達からは戦死したのではないかとささやかれていたところ、母に言わせると、昭和20年11月23日の深夜、ひょっこり帰ってきたそうです。父の話によると、出征先は韓国の済州島だったということです。その父は、私達子供に対して、戦争の話をしてくれた記憶はありませんが、唯一今でも覚えているのは、日本人と朝鮮人の「風習」の違いです。それは、日本人と朝鮮人は、顔を見ただけでは分からず、ましてや当時朝鮮は日本の統治下にあり、朝鮮人も日本語を使っていた関係で、一見しただけでは区別がつかなかったそうです。しかしながら、顔を洗う時の「風習」で区別がついたということです。その「風習」ですが、日本人だったら顔を洗うときは、それこそ顔だけしか洗いませんが、朝鮮人の場合、顔だけでなく、耳の後ろや首まで洗うのですぐ見分けがついたということでした。
 さて、国によってそれぞれ「風習」は違っているようですが、今回の釜山研修旅行で、改めて日本と韓国の間には、「風習」に違いがあることが分かりました。
 その一つは、座り方です。それは旅行第2日の夜、私達夫婦は宿泊先のパラダイスホテル近くにある食堂に行きましたが、そこは座る所が板敷きになっていましたので、丸い敷物に座り、私はあぐら、妻は正座で座り、料理を待っていたのです。料理が出て来る間、何気なく食事をしている先客2組の人達を見ていたところ、座っている姿が一寸違っているのに気付いたのです。それは男性も女性も左足はあぐらですが、右足は立て膝姿という、私達日本人から見れば何とも行儀の悪い恰好だったのです。そこで、先客2組はいずれも韓国人であることが分かったのですが、なぜそのように座るのか、現地ガイドに聞いてみたところ、韓国人はチマチョゴリという日本でいえば着物を着ますが、その際、片方の膝を立てていた方が、すぐ立てますし、その格好の方が綺麗だということで、この「風習」が今でも残っているということでした。 ちなみに、日本人の正座は、韓国では罪人の座り方だそうです。
 その二つは、食事をするときのマナーです。日本人だったら、小さいときから、ご飯や味噌汁を食べるときは、必ず茶碗を手に持って食べるよう躾られており、それが日本のエチケットですが、ガイドブックによると、韓国ではそれはマナー違反だということです。事実、釜山の食堂で韓国の人達の食事光景を見ていますと、食器を手に持つことはまずなく、スプーンを使って食器の中のご飯等を食べており、さらに左手の肘はテーブルに付いたままといった食事作法が多く見られました。それは何故かということですが、韓国料理は石焼ビビンバやソコギ(牛肉の汁ご飯)のように、ご飯の上にモヤシやニラ等を載せ、それに汁をかける、いわゆる「汁かけ飯」であり、そのために食器も大きく、それにスプーンで食べることが多いので、自然と食器を手に持たない「風習」になったものと思われます。
 そのほか、ガイドさんから聞いたところによると、韓国では、「年上の人がいる前で承諾なしに酒を飲んだり、たばこを吸ったりしてはいけない」、「乾杯の時は、相手よりグラスを下に下げる」、「年上の人から注意を受けるときは、相手の眼を見てはいけない」等の「風習」があるそうですが、日本では考えられないものも含まれているようです。日本と韓国は、よく「近くて遠い国」といわれますが、いまさらながら、今回の研修旅行で、歴史と文化の違いにより、双方の国の「風習」が異なっていることを実感したところです。