数ヶ月前になりますが、当校のK指導員が、研修会に出席される講師を鹿児島空港に車で迎えに行ったところ、「うっかり」して、高速道路の分岐点であるえびのジャンクションで宮崎方面に曲がらず、そのまま直進して通り過ぎてしまい、途中で気づいたものの、Uターンする場所がなく、隣りの県である熊本県の八代インターでようやくUターンし、無事当校に帰ってきたことがありました。早速その出来事は朝礼等で紹介されたので、全職員の知るところとなり、当の本人は恥ずかしくて、おそらく「穴があったら入りたい」心境だったものと推察されます。しばらくの間は、職員間でこの「うっかり運転」が話題になっていましたが、時間の経過とともに、その話題も途絶えてしまい、いつしか私の脳裏から消えつつあったのです。
ところが、先日、私も車を運転中、K指導員と同じような「うっかり運転」をしてしまい、すぐさま、K指導員のことを思い出したのです。それは、妻が運転免許を持たないので、私が夕方、妻を乗せて約2K位の距離にあるスーパーに買い物に行くのが日課となっていますが、その際、妻と話をしていたため、「うっかり」して、スーパーの入り口を通り過ぎてしまったのです。
その日もいつものように自宅を出発し、途中まで走行していたのですが、運悪く渋滞に巻き込まれてしまいました。ノロノロの状態が続きましたので、私は妻と話をしながら運転をしていましたが、目はちゃんと前の車の動きを見ており、前車が発進すれば私の車も発進させ、車間距離を十分取っていたのです。また、このような渋滞の時は、左横を通り抜けるバイクがいますので、そのようなバイクはいないか、サイドミラーで確認しながら運転したつもりでした。
すると、私の耳に、妻の「お父さん、どこへ行くの」という声が飛び込んできたのです。その声にハッとして前方を見ると、なんと、私が運転する車は、目的地の道路左側にあるスーパー入り口を通り過ぎてしまっていたのです。私は、妻と話をしながら、前の車の動きばかり見ていたので、どうやら、私の頭の中は、前の車のことだけを考え、肝心のスーパーに行くことをすっかり忘れてしまっていたようです。妻からそう言われ、その場は、「ああ、そうだった。うっかりしていた。」と取り繕い、その場でUターン出来なかったので、次の交差点を左折してからスーパーの周りを一周し、ようやく目的地のスーパーにたどりつくことが出来たのです。
この出来事は、私にとって大ショックでした。私は運転免許を取得してから約50年になりますが、こんな「うっかり運転」をしたことは全くありませんでしたので、その日は、自宅に帰ってからも、このことが脳裏から離れず、「年のせいかな」と自問自答したのです。その時に思い出したのが、冒頭に紹介したK指導員の「うっかり運転」だったのです。
そこで、K指導員には古傷に触れるみたいで悪かったのですが、なぜ、標識を見逃したのかを聞いてみたのです。K指導員の話では、「うっかり運転」の原因は、助手席の講師が質問する内容に気を奪われ、目は前を向いていても、運転に集中していなかったという反省の弁でした。その話を聞き、一寸安心しました。なぜならば、私の場合も「うっかり運転」の原因は、やはり妻との会話に気を奪われ、運転に集中していなかったからです。
おそらく、交通事故の原因は、大半がこのような「うっかり運転」だろうと思われます。そこで、この大失敗があってから、運転する際は、同乗者との話に気を奪われることなく、常に緊張感を持ってハンドルを握っているところです。
校長のひとり言ブログ
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