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校長のひとり言ブログ

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2010年9月 アーカイブ

2010年9月 6日

笑顔

 かって50年位前、宮崎交通のバスに乗ると、運転席のすぐ横には「先ずにっこり」という張り紙があり、当時、乗降車口はバスの前部1か所だけでしたから、どの運転手さんも車掌さんも先ずにっこりと「笑顔」でほほ笑んでくれていましたが、その「笑顔」を見るたび、「このバスに乗れば安心」という感じを受けたものです。この「先ずにっこり」という標語のいきさつについては、宮崎交通バスの創始者である岩切章太郎氏が、著書「無尽灯」で次のように書いています。それによると、「机に向かって先ずにっこり、それから仕事を始めなさい。運転台に腰掛けて先ずにっこり、それからハンドルをとりなさい。修理をするにも、掃除をするにも、電話をかけるにも、何をするにも先ずにっこり。私どもの大事な合言葉である。」となっています。この「無尽灯」は、社員教育の一環として作成したものですが、同氏は社員の誰もが読めるようにと、当時尋常小学校を卒業したばかりのお手伝いさんに読んで聞かせ、理解できない時は、再度文を作り直したということです。こうして出来上がった「無尽灯」は、その後の宮崎交通の社員教育に大きく貢献し、やがて宮崎交通バスの応対の良さが国内の人に認められ、昭和30年代から40年代にかけての新婚ブームに火を点けたといわれています。
 「笑顔」といえば、先日見たテレビでは、日本人は果たして一日の内、何時間位「笑顔」の時間帯があるかということを放映していました。それによると、意外と私達は「笑顔」の時間が数時間と少なく、また、男性は女性の半分しか「笑顔」の時間帯がないという結果が出ていました。その放送の中で、ある40代の女性のことが紹介されていましたが、その女性は20代の頃、何があっても笑い転げるほど、一日中「笑顔」が絶えなかったそうです。それが結婚して子供が生まれると育児に追われ、そしてやがて子育てが終わったと思ったら、既に40代となり、気が付いてみたら、ご主人や子供との会話も少なくなり、「笑顔」のない、そして楽しみのない生活になっていたということです。そこで、その女性は、友達に誘われて「笑顔作り講座」に参加したところ、講師から「笑顔」の大切さを教えられたそうです。早速我が家に帰り、家族に接するときは、常に「笑顔」でほほ笑むことを実践したところ、あれほど無口で反抗的だった子供が素直に母親と口を聞くようになり、さらに、ご主人との会話も増えたということです。
 さて、「笑顔」ですが、どの会社においても、新人が入社した時は、社員教育として、挨拶の仕方、声の出し方等の研修を行っていますが、専門家の話によると、これには理由があるのだそうです。それは、受付の女性事務員が常に「笑顔」を絶やさずお客と接している会社ほど、お客さんからは「この会社は社員教育が行き届いている。これなら安心して取引できる」という第一印象を受け、会社全体の業績が上がっているのだそうです。そういえば、県内でも一流といわれる銀行の窓口に行った時、女性行員から「笑顔」で挨拶を受け、好印象を受けたことがありますが、まさにその通りのようです。
 このように「笑顔」は、お客様に好印象を与える強力な武器ですから、私達の職場においても、指導員、事務員を問わず、常に「笑顔」で、生徒さんや学校を訪れる高齢者講習受講者に接することを心がけましょう。

2010年9月13日

園芸療法

 当校の指導員は、数年前から九州保健福祉大学の小浦先生が特別養護老人ホーム「長遊園」において実践している「園芸療法」に、ボランティア活動として参加していますので、「園芸療法」がどのようなものか、大体は理解できていると思いますが、中には、高齢者のリハビリだけが、この療法を取り入れているものと誤解している方もいるようです。この「園芸療法」とは、「園芸を目的として心身の状態を改善すること」で、その目的は、植物を上手に育てたり、収穫を得ることではなく、植物を育てることによって、身体的、精神的、社会的に良い状態を求めたり、損なわれた機能を回復することだそうです。
 そもそも「園芸療法」は、アメリカで始まった療法で、第二次世界大戦後、後遺症に悩む退役軍人に大きな効果を発揮したことから、主に身体機能の回復を目的に行われてきました。また、イギリスでは、高齢者や障害を持つ人でも好きな園芸が出来るようサポートする、社会活動の面で発達してきましたが、我が国においても、最近急速に注目を集めている活動です。
 この「園芸療法」が取り入れられている施設は、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム(介護型)、介護老人保健施設、知的障害者施設、病院の小児科(ぜんそく)、病院の屋上庭園、アルコール依存症者厚生施設、震災復興住宅、ユリバーサルデザインの公園、コミュニティガーデン、養護学校、小規模作業所等ですが、その目的によって様々な効果があるようです。
 まず、高齢者施設にデイサービスで通う人達に対するリハビリテーションでは、「園芸療法」は、適度な運動を伴う作業が入っていますので、運動不足の解消や筋力の低下の予防になっているそうです。次に、仲間との会話を促す作業がありますが、これは社会性の維持に役立っているそうです。また、「園芸療法」では、収穫するという楽しみがありますが、これは生きがいになっているということです。さらに、収穫物は販売したり、料理したりしますが、これは人間としての生活能力の維持と自己評価、満足感につながっているのだそうです。
 次に、子供達のための「園芸療法」では、植物に触れて五感を刺激することで、感受性が磨かれ、精神のバランスが回復するそうです。また、植物を通じて知識や生活習慣を会得するので、教育的な効果があるということです。さらに、共同作業を通じて仲間意識が出来ますが、これは人間としての社会性の習得につながるのだそうです。このほか、身体機能のリハビリ、学習障害者の職業・生活訓練、グループホームの生活の質の向上等に、「園芸療法」が用いられていますが、それぞれ効果があるという研究結果も出ています。
 このように最近、「園芸療法」は脚光を浴びていますが、私達がボランティアで「園芸療法」のお手伝い、つまり、ボランティアとして参加す場合
1 あらかじめ、対象者(高齢者、子供、学習障害者等)の好きな花、植物についての情報収集
2 手、口は出さないで、本人の自由な活動を見る
ことが肝要だということですから、このことは是非知っておきましょう。

2010年9月20日

神様が与えた試練

 今年のプロ野球は、セ・パ両リーグとも、残り10数試合となりましたが、パは西武ライオンズの優勝が濃厚となったものの、セは、中日、阪神、巨人の三つ巴のレースとなっており、ファンは、毎日の試合結果に一喜一憂しているところではないかと思われます。私は巨人ファンではありませんが、8月中旬、新聞である記事を見て、今年はセリーグで巨人軍が優勝、もしくは第3位以内に入り、CS(クライマックスシリーズ)に出場できそうだという予感がしたことがありました。 
今、私の手許には、8月19日付のスポーツ新聞がありますが、そこには、「阿部『神様が与えた試練』試合後異例の全体ミーティング」というタイトルが付いた記事があります。それは、前日の中日・巨人戦で、4連覇を目前にした巨人軍が、中日ドラゴンズに3対1で負けて3連敗となり、試合直後としては異例の全体ミーティングが行われ、巨人軍の阿部主将がチーム全員に檄を飛ばした時の様子を伝えた記事です。
 今年の巨人軍は、スタートから投手陣と打撃陣がうまく絡み合い、順調にトップを走ってきましたが、8月になってから、先発を任された投手が早い回に打ち込まれたり、さらに打撃陣も昨年活躍した亀井選手が、今年は全く打てなくなって2軍に降格となる等、投手陣と打撃陣がうまくかみ合わなくなったのです。しかも捕手の阿部主将が、右足のふくらはぎを負傷して欠場してからは、連敗が続き、チームとしては危機的な状態となったわけです。
 そういう中での全体ミーティングだったわけですが、そこで阿部主将は、断固とした口調で、「今の結果を真摯に受け止め、何連敗しようと、やるしかない。現状を打破できるのも選手しかない。3年間リーグで優勝して良い思いをしてきたから、『神様が与えてくれた試練』だと思って、みんなで力を合わせて勝とう。」と語りかけたということです。つまり、阿部主将は、ベンチに座って同僚の試合ぶりを見ているうち、連敗が続くのは、チームがまとまっていない証拠だと判断したようです。この阿部主将の檄が選手全員に伝わり、効果があったのか、あれほど悪かった投手陣が立ち直り、また、打撃陣も復調し、翌日の中日戦では負けたものの、阿部主将が再出場した阪神戦には3連勝し、さらに次の中日では2勝1敗と勝ち越しました。その後、一時期、連敗が続いたので優勝が危ぶまれましたが、再度、横浜戦に3連勝、そしてヤクルト戦に2勝1敗と勝ち越し、投手陣も軸となる投手が出現し、どうやらチームの調子が上向いてきたようです。おそらく最終戦までこの3チームの戦いが続くと思われます。 
 さて、「神様が与えた試練」という言葉は、生徒さんを励ます言葉として私もよく使っています。それは、卒業試験等の発表が終わった後、ロビーの椅子に、ションボリ座っている生徒さんを見かけることが時々あります。その生徒さんは、残念ながら仮免試験や卒業試験にただ一人不合格となった人ですが、私はその生徒さんを自習室などに呼び、「今日は惜しかったね」と声をかけてやると、大概の生徒さんは涙ぐみます。そこで、私は、「今日あなたが失敗したのは、神様が『このまま試験に合格させると、将来大きな事故を起こすことになる』と考えられ、不合格にしたのかも知れないよ。今日の不合格は、『神様が与えた試練』と思いなさい。」と諭すように声をかけてやることにしています。それで吹っ切れるのか、大概の生徒さんは、次の試験では合格しているようですから、今後も「神様が与えた試練」という言葉は、どしどし使いたいと考えているところです。

2010年9月27日

授業参観

 先日、当校の女性職員から「子供の授業参観に行きますので、早退します。」という報告を受け、久方振りに「授業参観」という言葉を聞き、私も約35年前、出席したことを思い出しました。それは、私には二人の男の子がおり、彼等が小学生の時、それぞれ1回、「授業参観」に参加したことがあるからです。
 長男の「授業参観」に出席したのは、たしか長男が小学校6年生の時でした。その日は、父兄参加の「授業参観」でしたから、仕事のやりくりをして初めて我が子の「授業参観」なるものを見学したわけです。我が家では長男の勉強振りは見ていましたが、はたして学校ではどんな授業態度をとるか、不安でもあり、また楽しみでもありました。最初は、我が子の授業態度ばかりに目が注がれていましたが、やがて慣れて来ると、他の子供達や先生の教え方にも目が届くようになる等余裕が出てきたように記憶しています。その「授業参観」の中でも、今でも覚えているのは、長男の発表に対し、すかさず女の子が反対意見を唱えたのです。小学生の頃は、身体も考え方もどちらかといえば女の子の方が、男の子より上回っているものですが、異論を唱えたその女の子も、長男より身長が高く、見るからに活発そうな子でした。親から見ても、長男の意見が正しいと思えたのですが、結局、口が達者な女の子の主張が通ってしまったのです。その時の長男の悔しい態度は今でも覚えております。
 次は、次男の「授業参観」ですが、このときの次男の担任は、何と、私も、そして妻も小学生の時に担任してもらったKという女の先生でした。そのK先生は、私が小学5年の時の担任で、教え方もどちらかというと厳しい方でした。当時、私は運動が得意でしたが、勉強となるとからっきしダメで、特に、算数のテストでは、引き算の問題を足し算と早合点して0点を取り、K先生から大目玉をもらった思い出があります。それでも、K先生は、私が5年生でただ一人、6年生に交じって体育大会のマット運動に出場した時は褒めていただき、それからはコロッと大好きになった先生なのです。
 そのK先生が、巡り巡って、次男が小学校に入学した時、その学校に赴任して来られ、しかも次男の担任となったのです。その「授業参観」は、父兄参加ということでしたから、もちろん私も出席したのですが、ビックリしたのはK先生の授業ぶりでした。25年振りにK先生の授業光景を拝見しましたが、なんと私が教えを受けた頃と全く同じだったからです。子供達に対する教え方は、相変わらず厳しいようでしたが、必ずフォローがされており、まるで私が授業を受けているようでした。
 その後のK先生と父兄との懇談会では、とんだハプニングがありました。それは、懇談会の冒頭、K先生から「谷口くん、前に出て来て」といきなり言われたのです。そして、K先生は、「この谷口くんは、小学5年の時、私が担当しました。今日の参観の感想を述べて下さい。」と言われ、一寸戸惑いましたが、すかさず私の脳裏には、K先生から叱られたことが浮かんだので、そのことを感想として発表した思い出があります。もう、あれから35年が経過しましたが、今でも「授業参観」という言葉を聞くと、まだあの時の冷や汗をかきながら、K先生の前で「授業参観」の感想を発表したことを思い出します。