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   <title>校長のひとり言ブログ｜都城自動車学校</title>
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   <title>盲導犬</title>
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   <summary>　「盲導犬」は、目の不自由な人の歩行を助ける大切なパートナーとして、テレビ等で紹...</summary>
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      　「盲導犬」は、目の不自由な人の歩行を助ける大切なパートナーとして、テレビ等で紹介されるようになりましたが、私も先日、偶然にも街角でその「盲導犬」を見ることが出来ました。 
　それは、先日の朝、出勤のためＪＲ宮崎駅まで行く途中のことでした。宮崎市内の北部にある交差点に差し掛かったところ、前方の信号機が赤に変わりましたのでしばらく待つことにしました。その交差点は、宮崎市内を南北に走る国道１０号線に面していますが、私はその交差点の北東角に立ち、ぼんやりと車や人の動きを見ていたのです。そのような中で、ふと前方、つまり交差点南東角に目をやったところ、歩道上に白っぽい犬の姿が見えたのです。その犬は、腹の周りに何か着物みたいな物を身につけており、その傍には黒いメガネをかけた一見して目が不自由と思われる男性が立っていましたので、その犬が「盲導犬」であることがわかったのです。その「盲導犬」を見ているうち、一寸奇異に感じるものがありました。それは、男性と「盲導犬」は西の方を向いており、東西の信号が青なのに一向に横断歩道を渡ろうとしないからです。その交差点には、盲人用として南北の信号が青の場合はピヨ、ピヨ、東西が青の場合はカッコー、カッコーのメロディが鳴るようになっています。しかし、「盲導犬」はいわゆるお座りの状態でしたから、目の不自由な男性は、誰かと待ち合わせるためにそこに佇んでいるものと私なりに考え、再び前方の信号に目を移したのです。 
　やがて、信号が変わりましたので横断歩道を渡り始め、丁度横断歩道を渡り切った所で、右側の方からけたたましいクラクションの音が聞こえてきたのです。何事だろうと思い音の方向に目をやったところ、国道の真ん中付近の横断歩道には、先ほど見た目の不自由な男性と「盲導犬」の姿があったのです。つまり、東西の信号は赤なのに、何を勘違いをしたのか横断を始めたというわけです。男の人はクラクションの音におびえたのかうろたえており、その姿を見た瞬間、私はどのように行動をとればいいのか瞬時に判断できず、そのままその様子を見ていたのです。やがて、男性と「盲導犬」は西に向かって歩き出しましたが、その間、信号に従って北進する車がその姿にびっくりし、急ブレーキをかける場面もありましたが、何とか男性と「盲導犬」は反対側の歩道にたどり着いたようで、それを見て私も、ほっと胸をなでおろしたのです。 
　さて、街角で「盲導犬」に出会った場合、どのように対処したらよいのか実は私も知らなかったので、早速調べてみることにしました。それによると、犬は信号の色を判断できないので、目の不自由な人が交差点や横断歩道で判断に迷っている場合は、「赤ですよ」とか「青になりましたよ」と声をかけてやると、その一言が大きな安心につながるそうです。また、道に迷っているなと思った場合は、声をかけて目的地まで案内してやるか、それが出来ない場合は、現在地や道順を教えてやると大助かりだそうです。そのほか、手伝いの仕方としては、「何かお手伝いしましょうか」という声かけ、目的地まで案内するときの「手引きのしかた」、そして目的地に到着して別れるときは、「到着しました」という別れ方などがありますが、やってはいけないことは、「食べ物を与える」「犬に声をかけたり、口笛を吹く」「犬やハーネス（胴輪）にさわること」だそうですから、職員の皆さんも常識として知っておきましょう。 

      
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   <title>落書き</title>
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   <published>2008-07-07T01:31:16Z</published>
   <updated>2008-07-07T01:32:19Z</updated>
   
   <summary>　世界遺産に登録され、観光地として有名なイタリア・フレンツエの大聖堂の壁や柱に、...</summary>
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      　世界遺産に登録され、観光地として有名なイタリア・フレンツエの大聖堂の壁や柱に、日本人が｢落書き｣した問題については、最初、岐阜女子短大生の件が報道され、それが謝罪会見で終わったと思ったら、次は京都産業大学生の件が発覚して停学処分に及び、さらに茨城県の私立高校の野球部監督解任まで飛び火して、今や格好のマスコミの話題となっているようです。 
　今回の「落書き」のことの起こりは、今年の３月、イタリア旅行をした日本人の観光客が、大聖堂の壁に「岐女短」と落書きされているのを見つけ、その写真を添付してメールで岐阜県立女子短大に送りつけたことから問題が発覚したものです。学校側が調査したところ、落書きした学生６人と引率した教員２人が判明しましたが、学校からの謝罪の電話に対し、大聖堂側の関係者が、処罰や賠償の意思がないことから、短大では、関係の学生と引率の教員を厳重注意しただけで、いわばお咎めなしにしたのです。 
　ところが、この「落書き」問題は、これで落着というわけにはいかず、観光客が自分のブログに大聖堂に「落書き」された写真を掲載したことから、「京都産業大学」と油性ペンで「落書き」していたことが明るみになり、京都産業大学で調査の結果、「落書き」した学生２人を１４日間の停学処分にしたのです。さらに、この「落書き」問題は、同じネット上に、ハートマークに男女の名前が書かれた写真が掲載され、これを書いたのが茨城県の私立常盤大高校の野球部監督（３０歳）であることがわかったというわけです。学校側が調査した結果、新婚旅行でイタリアの大聖堂を訪れた際、最上階展望台の柱に油性ペンで「落書き」したことを認めたので、即刻その監督を解任し、高野連に報告したということです。 
　このように、同じ大聖堂の壁や柱に「落書き」したのに、学校側の処分は、厳重注意、停学、監督解任という三者三様になりましたが、果たしてどの処分が最も妥当なのか、国民の間でもいろいろ意見が分かれています。例えば、最初の岐阜県立女子短大の「厳重注意」処分が出た際には、こぞってマスコミは「処分が甘すぎる」と論評しましたが、これが影響したのか、次の京都産業大学の際は、「停学」という処分になりました。この処分については、マスコミも処分結果を発表しただけでしたが、常盤大高校野球部監督の解任処分では、「確かに行為そのものは悪いが、解任処分はやり過ぎでは・・」という論評もあったようです。また、この処分に対するイタリアのメディアは「停学、監督解任はやり過ぎ、イタリアではありえない」と論じていますが、イタリアでは、｢落書き｣が日常茶飯事に行われており､取り締まりも甘いことから､このような論評になったもので､日本とはいささか｢落書き｣に対する考え方が違っているようです。この処分の中では、「監督解任」という厳しい処分が出ましたが、この裏にはどうやら甲子園出場問題があったようです。というのは､この常大盤高校は、２０００年に新設された高校ですが、昨年の夏の大会では準優勝し、今年の夏の大会でもシードされており、甲子園初出場の期待がかかっている状態にあったそうです。したがって、高野連から「夏の大会予選出場停止」という厳しい処分が予想されたことから、先手を打ち、「監督解任」の発表になったようで、事実､高野連もこの私立校に対しては､出場停止の処分はしませんでした。 
　今回の｢落書き｣に対する処分については、軽重があるようですが､ここで私達がよく考えておかなければならないのは､ 「落書き」という行為は、日本では刑法上「器物毀棄」という犯罪になるということです。従って､外国に旅行した際は､軽い気持ちで、ついということは絶対やめてもらいたいものです。それが日本人の常識というものではないでしょうか。 

      
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   <title>グレア現象</title>
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   <published>2008-06-30T01:08:16Z</published>
   <updated>2008-06-30T01:09:47Z</updated>
   
   <summary>　指定自動車学校においては、第２段階の項目８「悪条件下の運転」の夜間運転の中で、...</summary>
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      　指定自動車学校においては、第２段階の項目８「悪条件下の運転」の夜間運転の中で、「グレア（蒸発）現象」について教えていますが、このグレア現象とは、夜間に車を運転しているとき、自分の車のライトと対向車のライトで、道路の中央付近の歩行者や自転車の姿が見えにくくなったり、場合によっては、完全に見えない状態になることを指します。 
　私がこの「グレア現象」のことを知ったのは、今から約17年位前の平成３年頃です。その当時、宮崎県内でも、夜間事故、特に歩行者が、道路を横断中にはねられる事故が多発傾向にあり、将来の交通事故防止対策として、夜間事故の防止が最大の課題になるだろうと予想されたのです。そこで、その事故分析をして見ますと、被害の歩行者の大半は、６５歳以上の高齢者で、しかも横断中の事故が大部分を占めていました。また、被害者の服装も、年間を通じ、ほとんどが黒っぽいものというものでしたので、ドライバーがいち早く自転車や歩行者の姿を発見しやすいように、自転車に反射材を取り付けたり、歩行者の足元、特に靴やズボンに反射材を取り付ける啓蒙活動を展開したのです。　その中で、夜間事故の原因と見られるものとして「グレア現象」があるということを知り、早速資料を取り寄せ、宮崎市内の指定自動車学校の協力を得て、ナイトスクールを開催し、「グレア現象」はどのような状態のとき発生するかを実験してみたのです。 
　ナイトスクールでは、まず、横断歩道の手前に車を止め、ライトを点灯させた状態にして、その前を歩行者が横断する実験を行ったのです。すると、歩行者がライトをつけた車の前に来ると、対向する車のライトにより、歩行者の姿の下半身はかすかに見えますが、上半身は消えてしまって全く見えないのです。次に、双方の車の間隔を約３０メートルにし、対向する車のライトをつけたままの状態で、雨天時を想定してゴムホースで双方の車の間に放水すると、中央線上に立っていた人の姿が見えづらくなったのです。さらに、その状態から対向車のライトを上向き、つまりハイビームにすると、対向車のライトに幻惑され、横断歩道上の歩行者の姿が完全に見えなくなったのです。これが、いわゆる「グレア現象」ですが、この実験の結果、雨が降っている夜間、それも舗装道路で、対向車のライトがハイビームという条件がそろうと、「グレア（蒸発）現象」が発生することがわかったわけです。 
　このほか、そのときのナイトスクールでは、夜間の交通事故で、何故、車側から見て右から左に道路を横断中の事故が多いのかも実験してみました。ドライバーには、あらかじめ、歩行者の姿が見えたときは、クラクションで合図をすることを決めて実験したところ、左から右に横断する歩行者の姿は、意外と早目に発見できました。しかし、右から左に横断する歩行者は、どのドライバーも、道路の中央部まで進まないと発見出来なかったのです。この原因は、保安基準により、車のヘッドライトの照射方向は、対向車のライトに幻惑されるのを防ぐため、やや左になっており、そのため、ドライバーの視線もその方向を向いているので、右側から横断する歩行者は発見できにくいということもわかりました。 
　ドライバーとして、夜間事故を防ぐには、「グレア現象」は当然知っていなければならないことですから、教習中にしっかり指導していただくようお願いします。 
      
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   <title>車離れ</title>
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   <published>2008-06-23T01:28:19Z</published>
   <updated>2008-06-23T01:29:29Z</updated>
   
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      　先月、九州指定自動車学校協会の通常総会が行われましたが、そのときの説明によりますと、ここ数年、全国はもちろんですが、九州管内の指定自動車学校でも、入校する生徒さんの数が減ってきているということでした。例えば宮崎県内の場合、平成元年の普通教習生の入所状況は20、996人で、これを100としますと、平成19年は76まで減っているのです。宮崎県はこれでもまだ良い方で、中には半分近くまで大幅に減っている県もあるようです。その入所者数が減少したのは、少子化が最大の要因だといわれてきましたが、どうもそれだけではなさそうで、若者の「車離れ」もその一因にあるようです。 
　その「車離れ」ですが、最近、国内での新車の売れ行きが振るわないということです。新車の販売といえば、毎年、東京でモーターショーが開催されていますが、その入場者数が年々減ってきているそうです。車が売れない最大の理由は、一般人の所得が伸びない点がありますが、そのほかにも要因として、少子高齢化で車を保有する人口層が減少したこと、原油価格・ガソリン価格が高騰したこと、人口が都市に集中したこと、地下鉄網の整備など公共交通機関の発展が進む都市では車に頼る必要性がなくなってきていることなどがありますが、車のメーカー側にもその一端があるということです。それは、技術向上により飛躍的に車の寿命が延びたこと、つまり、故障する車が少なくなり、それだけ新車を買う必要性がなくなったというわけです。また、2000年代に入ると、メーカー各社はもっぱら小型車などの実用車に力を入れ、「夢を与える車」をなくし、「生活の道具」ばかりに変えたのが、車が売れなくなった要因だということです。 
　中でも、若者の「車離れ」が顕著に現れているそうで、ある雑誌で行われた若者を対象としたアンケートによりますと、「乗用車がほしい」という人の割合が2000年には48％だったのが、2007年には25％まで減少したということです。その大きな要因は、かって若者の高額な支出先のトップが「車の購入」だったのが、今や携帯電話やパソコン関係に奪われ、「車の購入」は第6位まで落ち込んでしまったことです。一昔前までは、誰もが学校を卒業したら実家を出て一人暮らしを始め、初任給で車を購入するのが一種のステータスだったわけですが、昨今は就職しても実家を離れず、親の脛をかじり続ける若者が多いというのが実態です。なんとも情けない話ですが、これも時代の流れですから、仕方のないことかもしれません。 
　この若者の「車離れ」と指定教習所の入所者数とは、密接な関係があるようです。それは、高校卒業後、就職する人の約9割は、運転免許を取得していますが、都会に進学した人の運転免許取得率が減っているからです。以前でしたら、進学しても夏休みには帰省して運転免許を取っていましたが、昨今は夏休みになってもアルバイトのため帰省しない人が増加しているということです。しかも、交通機関の発達した都会に育った友達と接するうち、車の必要性がなくなり、運転免許を取得しないという悪循環につながっているからです。　　 
　そこで、これら若者の「車離れ」を食い止めるためには、メーカーに努力してもらい、若者に「夢を与える車」を開発してもらうことが喫緊の課題であり、合わせて、私達も若者に「早期の運転免許取得」を訴える必要性が出てきたようです。 

      
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   <title>ホトトギス</title>
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   <published>2008-06-16T01:22:50Z</published>
   <updated>2008-06-16T01:23:45Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.0986583500.com/koutyou/">
      　私のゴルフ仲間にＭさんという人がいます。Ｍさんは、どちらかといえばゴルフよりバードウォッチングの方が好きなようです。というのは、グリーン上で私達が次のパターはどのようにして打とうかと全神経を集中しているのに、Ｍさんは、近くの山から聞こえてくる鳥の声に耳を澄ませているといった具合で、「Ｍさん、次はあんたの番よ。」と同伴者から促されることがしばしばあるからです。 
　そのＭさんと５月の第4土曜日にプレーしたときのことです。私がメンバーとなっているそのゴルフ場は、宮崎市内の郊外の丘陵地にありますので、鳥の声を聞くことがしばしばあります。そのときも、前の組がプレー中だったので、ティーグランド付近で待っていますと、近くの山から「ホーホケキョ」というウグイスの鳴く声が聞こえてきました。すると、間を置かずにその近くから「キョッ、キョッ、キョ、キョ、キョ」という、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきたのです。私はその鳴き声を聞いた瞬間、「ああ、ホトトギスだな」とわかりましたが、Ｍさんは、「ウグイスも馬鹿じゃ。」とつぶやいたのです。私達はその意味がわからずポカンとしていると、Ｍさんがその意味を説明してくれました。 
　それは、ホトトギスは、自分で卵を孵化することはせず、ウグイスなどの巣に托卵する習性がある鳥なので、ウグイスが鳴けば、たちどころに巣のありかがわかりますから、ホトトギスはその巣に托卵することが出来るからです。しかしながら、ウグイスはそれとは知らず、縄張りを主張するため、精一杯鳴いているというわけです。Ｍさんの話によると、ホトトギスは、ウグイスの巣に自分の卵を産み、やがて孵化したホトトギスの雛は、同じ巣の中にあるウグイスの卵を巣から落とす習性があり、それとは知らないウグイスは、せっせと餌を巣に運び、ホトトギスの雛を育てるのだそうです。ウグイスから直接聞いたわけではありませんが、ホトトギスは、ウグイスよりはるかに大きくなりますので、育てるうちに、「おかしいな。」と思いながらも、雛が巣立ちするまで餌を運ぶのだということです。他の鳥の卵を自分の卵と思って育てるウグイスは、考えてみれば、一寸おバカさんのようですが、これも自然界の習性なのでしょう。 
　さて、このホトトギスは、万葉集にも書かれているように、昔から日本では夏の季節の到来を告げる渡り鳥として知られており、通常はインドから中国南部で越冬し、5月の中旬ごろ、日本にやってくる鳥です。他の鳥より渡来時期が遅いのは、托卵の習性のため、ウグイスなどの鳥の繁殖が始まるのに合わせることと、食べるものが毛虫類であるため、早春に渡来すると餌にありつくことが出来ないためといわれています。また、ホトトギスといえば、鳴かないホトトギスについて、戦国時代の天下人はどうするかで、その性格を後世の人が言い表しており、織田信長は、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」、豊臣秀吉は、「鳴かぬなら鳴かして見せようホトトギス」、徳川家康は、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」と詠んだと伝えられていますが、正しくは、江戸時代後期の平戸藩主松浦清が書いた随筆「甲子夜話」の中にある川柳だそうです。 
　自分で育てず、他の鳥に育てさせるホトトギスのやり方は、必ずしもフェアではありませんが、古来から日本に渡って来る鳥であり、しかも自然界の掟とあれば、いたし方のないことだと思っているところです。
      
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   <title>認知症ドライバーの予兆</title>
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   <published>2008-06-09T01:22:09Z</published>
   <updated>2008-06-09T01:23:25Z</updated>
   
   <summary>　高齢者のドライバーが高速道路を逆送する事故が各地で相次ぎ、死傷者も出ていますが...</summary>
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      　高齢者のドライバーが高速道路を逆送する事故が各地で相次ぎ、死傷者も出ていますが、逆送した本人に聞いてみると、「高速道路を走った記憶がない。」と話し、家族も本人が認知症の治療を受けていたと説明したということです。このように認知症が原因と思われる交通事故が多発傾向にありますが、最近私も、ひょっとしたら、認知症が入っているのではないかと疑われるようなドライバーを見かけました。 
　それは、サイクリング中に見かけたものですが、信号機のある交差点に差し掛かったところ、赤でしたので、しばらく待つことにしたのです。その交差点は県道と町道が交差する道路で、町道から進行してくると、左側車線は２車線あり、歩道側の車線は直進と左折、中央線側は右折とそれぞれ道路標示されている所で、右折車線には5台位の車が信号待ちをしている状態でした。しばらくすると、右後の方から、女性の声で「じいちゃん、あんたどこに車を停めると。ここは右側じゃが。」という叫び声が聞こえてきたのです。あまりにもその声が大きかったので、声のする方向を見たところ、１台の軽トラックが右折車線の右側、つまり、反対車線に堂々と停止していたのです。その交差点は、町道側から見ると一方通行ではないので、当然、右折車線に停止しなければならないのに、何を勘違いしたのか反対車線にはみ出して停止していたわけです。すると、再び助手席に乗っていた奥さんと思われるおばあちゃんが、「ここは右側じゃがね。向こうから車が来たらどんげすっと。まこち、おじいちゃんはバカじゃがね。」という強烈な宮崎弁丸出しの罵声を運転席のご主人に浴びせたのです。　すると、案の定、県道から左折して来た車がありましたが、その車の運転者も目の前に車が止まっているのを発見し、クラクションを鳴らしたのです。奥さんの罵声と車のクラクションの音にびっくりしたのか、軽トラックはあわててバックし、危うく道路から飛び出すところでしたが、幸い縁石があったため、そこで停止することが出来、大きな事故にはならずにすんだのです。車には「もみじマーク」が付いており、運転席から降りてきたのは80歳位のおじいさんでしたから、上記のような運転振りから、「ひょっとして認知症では？」と思ったのでした。 
　さて、このような認知症ドライバーには、その予兆があるそうで、熊本大学の池田学教授の研究によると、その予兆は 
　○　車に小さな傷が増える 
　○　車庫入れに失敗する 
　○　センターラインをはみ出す 
　○　話しかけると運転に集中できなくなる 
　○　走行中に行き先を忘れて混乱する 
　○　車間距離が短くなる 
　○　交通―ルールを守ろうとしない 
　○　走りなれた道でも悪天候や夜間に迷う 
ということです。池田教授は、「家族が1ヶ月に1度は助手席に乗って様子を見るべきだ。少しでも不安を感じたら、警察か専門医に相談してほしい。」と説明していますが、高齢者講習や相談を受けたときに役立つと思いますから、是非この予兆を知っておいてください。 

      
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   <title>トマト</title>
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   <published>2008-06-02T01:15:40Z</published>
   <updated>2008-06-02T01:17:07Z</updated>
   
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      　先日、当校で行われた保育園児の安全講習会では、講習の後の安全センターでの「トマト狩り」が園児達に好評だったようです。このトマトは、今年初めて、安全センター内のビニールハウスで育てた「フルーツトマト」という名前のトマトで、普段、私達が食べているものよりやや小型ですが、私も試食したところ、とても糖度の高い甘いトマトでした。 
　このトマトの歴史ですが、原産地はいろいろな説があるようで、南米のペルーを中心としたアンデス高原で生まれたトマトが、１０世紀頃にメキシコに伝えられ、そこで栽培化されたという説が最も有力なようです。その後、メキシコから世界各地へ広まりましたが、最初は観賞用として栽培されていたようで、食用になったのは、１８世紀になってからといわれています。１９世紀には野菜としてイタリアを中心に品種改良が進み、様々な料理法で食べられるようになりましたが、日本に伝わったのは、江戸時代の寛文年間頃、オランダ人によって長崎に伝えられたのが始まりだそうです。青臭く、また真っ赤な色が敬遠され、最初はやはり観賞用で、当時「唐柿（からがき）」と呼ばれていたそうです。日本で食用として利用されるようになったのは明治以降で、さらに昭和に入ってから、日本人の味覚にあった品種の改良が行われたということです。 
　ところで、「トマト」の利用法ですが、国によって多少違っているようです。我が国においては、サラダや焼きトマトなど、そのまま味わう料理が数多いようですが、外国の場合は手を加えた料理が多いようです。例えば、メキシコ料理のサルサソース、イタリア料理の各種ピザ、パスタ用ソース、インドのカレーの一部、ヨーロッパのシチューの一部などです。そのほか、中華料理でもトマトと卵のスープにしたり、中央アジアではラグマンなどに利用されているということです。 
　また、食べ方でも違いがあり、我が国ではそのまま味わう場合、何もつけずに食べる人は少なく、いろいろな味付けがあるようです。当校の職員に聞いてみましても、「塩をつける」、「マヨネーズをつける」、「醤油をかける」、「ドレッシングをかける」などの答えが返ってきましたが、私の場合、子供のときから塩を振りかけて食べていましたから、今でもその癖が直らず、「トマト」には必ず塩を振りかけて食べています。韓国や中国では、輪切りにした「トマト」に、砂糖をまぶして食べるのが最もありふれた食べ方だそうです。おそらく、「トマト」は果物の一種と考えられているからではないかと思われます。 
　さて、このように、全世界の人に食べられている「トマト」ですが、その土地の天候や環境に合わせて品種改良が行われ、現在では８，０００種以上の品種が存在するといわれています。我が国でも品種改良により、１９８１年、京都市内の種苗会社が「桃太郎トマト」を作り出してからは、今や市場に出回っている「トマト」の約７割は、この「桃太郎トマト」という品種だということです。ちなみに、「桃太郎トマト」の名前の由来ですが、種苗会社の会長のお孫さんの名前が「太郎」で、新品種は桃色系のトマトであったことから、「桃太郎トマト」と命名されたということです。 
　世の中には、「トマトが嫌い」という人もいますが、栄養面でも他の野菜類と同様に、ビタミンＣを多く含んでいますし、老化予防やがん予防に役立つということですから、食わず嫌いにならずに是非食べてみましょう。 

      
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   <title>ダービー</title>
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   <published>2008-05-26T01:16:19Z</published>
   <updated>2008-05-26T01:17:10Z</updated>
   
   <summary>　ＮＨＫラジオの朝5時からの放送で、「今日は何の日」という番組がありますが、5月...</summary>
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      　ＮＨＫラジオの朝5時からの放送で、「今日は何の日」という番組がありますが、5月4日の朝、散歩中にラジオを聞いていたところ、「今日は、1780年、イギリスのエプソム競馬場において第1回ダービー・ステークスが行われた日です。なお、このレースの名前の『ダービー』とは、第12代ダービー伯爵の名前をとって名付けられたものです。」という内容が放送されていました。私は何年か前、テレビのクイズ番組で「競馬の『ダービー』の名前の由来は何でしょう。」という放送を見たことがあり、そのとき、『ダービー』とは、イギリスの伯爵の名前からとって名付けられたものだということを知りましたが、何故、伯爵の名前がつけられたのか興味があったので、早速調べてみたのです。 
　第12代ダービー伯爵のエドワード・スミス・スタンリーという人は、イギリスの政治家であり、貴族、馬主、競走馬生産者でもありますが、その伯爵の発案で、1779年、自分の別荘の「オークス荘」からとって名付けた「オークス」という牝馬の競走を開催しました。その競技後の晩餐会の席上、今度は３歳の牡馬による同様の競走を創設ということになり、その競走の命名を巡って、ダービー伯爵と友人のバンベリー伯爵との間でコイントスが行われたということです。コインの表が出れば、ダービー伯爵の名前を取って「ダービー」、裏が出れば「バンベリー」という約束でコインが投げられ、その結果、表が出たので、「ダービー」となったというわけです。ちなみに、第１回ダービーで勝ったのは、皮肉にもバンベリー伯爵の持馬だったそうです。 
　その後、この「ダービー」は格式の高いレースとして世界中に広まり、現在では３０を超える国々で、「ダービー」の名前がついたレースが行われています。その中でも、アメリカのケンタッキーダービーやアイルランドダービー、フランスダービー、イタリアダービーは有名です。 
　日本の競馬体系もイギリスの競馬体系を基にして作られ、１９３２年（昭和７年）に第１回日本ダービーが開催されましたが、今年は第７５回になるそうです。この「ダービー」には制約があり、それは馬の種類はサラブレッドであること、しかも３歳（人間で言えば２０歳）というものです。現在我が国には１万頭以上のサラブレッドがいますが、その中でも「ダービー」に出走できるのは、たったの１８頭という厳しいものです。当たり前のことですが、「ダービー」に勝つことが出来る馬は、その中の１頭だけだということです。それゆえ、出走できることは、馬主、調教師、騎手等競馬に携わる全ての人の誇りであり、ましてや優勝ともなると、夢のまた夢であるとさえ言われているそうです。かってイギリスのチャーチル首相が「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になることより難しい」と言ったと伝えられていますが、それだけ「ダービー」に勝つことの難しさと名誉を物語っているようです。 
　今年の日本ダービーは、６月１日（日）に東京競馬場で開催されますが、先日のＮＨＫマイルレースに勝ったディープスカイも「ダービー」への挑戦を表明しています。当校きっての競馬通である武石副校長の話によると、「ダービー」は普通のレースと違って距離が１マイル半（２．４００メートル）と長く、しかも、このレースは、実力だけでなく、「運」がないと栄冠を獲得することは難しく、全く予想が出来ないということです。私はこれまで馬券は買ったことはありませんが、観戦することは大好きですので、是非テレビで熱戦の模様を見たいと考えているところです。
      
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   <title>エコ運転術</title>
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   <published>2008-05-19T01:14:32Z</published>
   <updated>2008-05-19T01:15:12Z</updated>
   
   <summary>　４月には１リットル１２１円と大幅に値下げとなっていたレギュラーガソリンの価格が...</summary>
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      　４月には１リットル１２１円と大幅に値下げとなっていたレギュラーガソリンの価格が、暫定税率復活に伴い、１月もしないうちに１６０円近くに値上がりし、車を運転するものにとってはハンドルを握るのが億劫になっている今日この頃です。そのような中で、先日の夕方、ＮＨＫテレビで、無駄を省いた「エコ運転術」が放映されていましたが、地球環境を気遣うドライバーとしては、身につけておいても決して損はしないことでしたので、職員の皆さんに紹介します。 
　それによりますと、車の動きは、「始動」→「巡航」→「減速」→「停車」となっていますが、燃料は運転時のどの状態でも同じように消費されているわけではなく、実験の結果、「始動」の際38％、「巡航」の状態では35％、「減速」の際8％、そして「停車」の際19％の比率となっているそうです。実は発進時に最もたくさんの燃料を要し、さらに減速や停車時にも燃料消費が多いということで、このことから、動き出すときと止まっている時の燃料消費を抑えるという「エコ運転術」を駆使すれば、場合によっては、35％も燃費が節約できるそうです。 
　まず、一番燃料の消費が高い状態は「始動」ですが、節約効果の高い運転術は、「ふんわりアクセル」だそうです。その名のとおり、発進時にいきなりアクセルを踏み込むのではなく、一呼吸をおいてジワーッと踏み込むわけですが、その際、アクセルは「踏む」のではなく、「足を乗せる」感じで、しかも足の重みで加速度を始め、徐々に体重をかけていく操作が理想だそうです。次に「巡航」の状態では、「アクセル一定」が理想だそうです。車は一定速度で走行すれば燃費はよくなるように作られており、高速道路を走行したときの燃費が、普段の市街地を走っている時よりもいいのはこのためです。速度を一定にするといっても神経質になる必要はなく、平坦な所ではアクセルの踏み込みを一定にするつもりで十分だそうです。また、「減速」時の節約術もそう難しくはなさそうです。それは、「早めにアクセルから足を離すこと」だからです。例えば、前方の信号機が赤になるのが見えたときは、停止位置をあらかじめ予測して普段より早めにアクセルを離し、ギアをチェンジしてエンジンブレーキを効かせて減速すれば、燃費が少なくてすみます。さらに、「停車中」でもエンジンは回転しているので、燃料が消費されます。したがってアイドリングを止めることで、燃費が節約できるわけです。まずはその方法として、踏切で電車を待つ間だとか、買い物をしたり、タバコや飲み物を自動販売機で買う間、アイドリングストップをやってみて、段々その癖をつけていくと、案外簡単に出来るかもしれません。 
　そのほか、運転以外の対策としてもいろいろあるようです。タイヤの空気圧の低下は燃費の悪化につながりますから、定期的にチェックすることが大切ですし、不要な荷物を積まないことも必要です。トランクにゴルフバッグを入れたままにしている人がいますが、このような不要な荷物は降ろして、車の重量を減らすことや空気抵抗を減らすため、ルーフキャリアを使用しないときは取り外しておくことなどがあります。要はドライバーが、「ガソリンを節約する」という意識を持つことが肝要で、それが環境にやさしく、そして安全運転につながるわけですから、是非皆さんも実行してみましょう。
      
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   <title>ブレーキとアクセルの踏み違え</title>
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   <published>2008-05-12T01:17:53Z</published>
   <updated>2008-05-12T01:19:22Z</updated>
   
   <summary>　最近、ブレーキとアクセルを踏み間違えて大きな事故になった事例をよく聞きます。例...</summary>
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      　最近、ブレーキとアクセルを踏み間違えて大きな事故になった事例をよく聞きます。例えば、ＡＴ車が地下駐車場から地上の出口に向かってスロープを上がったところ、歩行者の姿に気づき、とっさにブレーキを踏んだ・・つもりが、あわててアクセルを踏んでしまい、車が暴走した事例や立体駐車場の屋上から壁を突き破って落下し、車に乗っていた人が圧死するなど、ＡＴ車特有の事故が後を絶たないようです。そのような中で、先日、宮崎市内でもブレーキとアクセルを踏み違え、車が店に突入する事故が発生しました。 
　その事故は、宮崎市の中心部から北に１５キロ離れた国道沿いの所にあるハンバーガーショップで起きたもので、ＡＴのワゴン車が、店の前の身体障害者用の駐車スペースから車止めなどをなぎ倒して店の中に突っ込み、店内にいた９人がけがをしたものです。運転していた６４歳の男性はその場で逮捕されましたが、警察の取調べに対し、「駐車スペースのそばの看板にぶつかり、あわててブレーキを踏んだつもりが、間違ってアクセルを踏んでしまった。」と供述しているそうです。 
　このようなブレーキとアクセルを踏み間違える事故は、１９８６年ごろ、問題になったことがあるそうです。その当時、ＡＴ車が低速走行中に急加速する事故が、日本とアメリカで続発して問題となり、当初は車の欠陥と疑われましたが、その後の調査により、この種の事故のほとんどが、ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因で発生したことが明らかになった経緯があります。その後、国会において、ＡＴ車については、アクセルは右足、ブレーキは左足と踏み分けるという意見も出されましたが、結局、結論が出ないまま現在に至っています。 
　右足でブレーキとアクセルを踏み分けるという行為は、ＡＴ車もＭＴ車も同じであるにもかかわらず、なぜかＭＴ車ではほとんどなく、ＡＴ車だけが頻繁に踏み違え事故が発生しているようです。理屈から考えると、ＭＴ車もＡＴ車も、同じ頻度で間違いが起こっていますが、クラッチ操作があるため、ＭＴ車の場合は事故にならないのだという説もあります。それは仮に踏み込んだままアクセルから足が離れなくなっても、左足に触れているクラッチを半分もとっさに踏み込めば、とりあえず車は減速するからという理由です。また、ＭＴ車の場合、「クラッチを踏んだらアクセルを戻す。アクセルを踏むときはクラッチを離す。ブレーキは関係なく踏む。」というようなリズムがあるので、ＭＴ車では、ブレーキとアクセルの踏み間違いがないのだということです。 
　指定自動車学校においては、このようなブレーキとアクセルの踏み間違い事故を防ぐため、第１段階の項目２２の「段差路での発進と急発進時の措置のしかた」で、段差路を使い、ブレーキとアクセルを踏み間違って急発進しても、あわてず確実にとめられるよう練習をしていますが、最も大事なことは、「あわてない」ということのようです。また、当校のベテラン指導のアドバイスによりますと、この種の事故を防ぐためには、ＡＴ車では、ブレーキとアクセルを踏み分ける場合、右足のかかとを確実に上げて操作することが大切だということです。普段から右足のかかとをつけたまま、アクセルとブレーキを踏み分ける操作をしていると、とっさの場合、ペタルを踏み間違えるそうですから、くれぐれも気をつけましょう。 

      
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   <title>サインポール</title>
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   <published>2008-05-07T01:22:00Z</published>
   <updated>2008-05-07T01:22:50Z</updated>
   
   <summary>　我が国においては、都会でも田舎でも、理髪店のあるところならどこでも見ることが出...</summary>
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      　我が国においては、都会でも田舎でも、理髪店のあるところならどこでも見ることが出来る店頭の赤・白・青のポールについては、何故だんだら模様なのか、そして赤・白・青の由来は何なのか全く疑問に感じていませんでしたが、たまたま先日読んだ本の中に、その「サインポールの由来」のことが掲載されていました。 
　それによると、「サインポール」の赤は動脈、青は静脈、そしてその間にある白は包帯を表していますが、その始まりは中世ヨーロッパだそうです。中世ヨーロッパでは、髪を切ることと身体を切ることは同じであると考えられており、当時、外科医の数が少なかったので、手先の器用な理容師が外科医も兼ねていましたから、外科手術と散髪は同じ場所で行われるのが通常だったそうです。 
　当時の病気の治療手段として、一定の血を体内から抜くことが一つの健康とされ、これは「「瀉血（しゃけつ）と呼ばれていました。瀉血とは､患者の静脈から血を少しだけ抜き出す治療のことで､今でこそこんな治療方法はほとんど行われていませんが､昔はこの瀉血が健康維持や病気の治療のためには､悪い血を抜かなくてはならないと信じられており､盛んに行われていたそうです。瀉血を行っている間､患者は痛みをこらえるために棒を握っていましたが､腕から出た血は受け皿に落ちるようになっていたそうです。しかながら、血は腕から棒へ流れることが多いということで､やがて棒は赤く塗られ、この棒はバーバー・ポールと呼ばれるようになったのです。 
　さて､瀉血治療が終われば､患者の出血を止めるために包帯を巻いていたのですが､当時の包帯は非常に貴重なもので､何度も洗って干し､再利用していたのです。その干すのに使われていたのがバーバーポールでした。バーバー・ポールを軒先にさし､包帯を吊るして干すと､赤いポールに垂れ下がる包帯は､風に吹かれてポールに巻きつくこともあり､やがて紅白のだんだら模様のポールが理髪店の看板となったということです。 
では､残る青はどうして出来たのかというと､その後、正式な医学教育を受けた外科医が増えたため、イギリスでは１７４５年になり、理容師達は外科治療をやめ、本来の散髪業務に戻り､理髪師と外科医の組合が分離した際､理容師は赤・白・青の看板､外科医は紅白の看板を掲げるように決まったということです。 
　こうして理髪店の看板は、赤・白・青の３色になったわけですが､中にはそれに反発して紅白の看板を掲げる理髪店もあり､明治時代に日本伝わったときも､３色ではなく紅白のポールだったそうですが､その後現在のように３色となったということです。 
　この「サインポール」の赤・白・青の３色は、世界共通のマークとなっていますから、どこの国へ行っても髪を切りたくなったら、「サインポール」のある店へ飛び込めばＯＫというわけですが、ただ韓国の場合は一寸違っています。私もチェジュ島へ旅行に行った際、歓楽街の一角に「サインポール」が二本立ち並んでいるのを見つけ、韓国の理髪店はどのようなものかと思い近づいてみたところ、それは派手な看板に囲まれた建物で､なんとその店は風俗店だったのです。その正体は後で教えてもらいましたが、韓国名物のエロ理髪店の看板で、理髪店とは名ばかりの若い女性が性的サービスを奉仕してくれるお店だったのです。韓国でも理髪店の目印は１本の「サインポール」なので、「サインポール」が２本並び、しかも高速回転のときは、そのポールのある場所は、風俗店ということですからくれぐれもご用心ください。
      
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   <title>ご意見箱</title>
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   <published>2008-04-28T01:20:55Z</published>
   <updated>2008-04-28T01:22:05Z</updated>
   
   <summary>　私は、夕方になると妻を乗せ、自宅から約２キロの所にあるスーパーに買い物に行くの...</summary>
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      　私は、夕方になると妻を乗せ、自宅から約２キロの所にあるスーパーに買い物に行くのが日課となっていますが、そのスーパーの中華料理売り場に陳列されている品物の味が、最近微妙に違ってきました。 
　その味に気づいたのは先日の夕食のとき、妻が「この料理を食べてみて。一寸味がおかしい。」と言い出し、妻から言われて差し出された中華料理を食べてみたのです。それは、じゃがいも、玉ねぎ、ごぼう等の野菜を油で揚げたものですが、口に入れた途端、塩辛く、とても食べられそうもないのです。そこで、「塩を入れ過ぎじゃない。」といったところ、妻も「最近、あのスーパーの中華品売り場の品物は、全て塩辛い。」ということでした。妻の説明によると、逆に料理が甘すぎるのは、「肉じゃが」「フキの煮物」等の煮物で、これも最近になって味が替わったということです。 
　それを聞き、中華料理をつくっている人に、料理の味付けが塩辛くなったことを伝えようと考えましたが、それでは、料理人のプライドに傷をつけるおそれがありましたので、スーパーに「ご意見箱」があれば、それに書こうと思い、翌日、またスーパーに出かけたのです。スーパーに入って直ぐの所に「あなたの声を聞かせてください」という張り紙の「ご意見箱」が目に留まりましたので、料理の味付けのことについて書こうと思い、その「ご意見箱」の前に立ったところ、なんとメモ紙がないのです。どこかに落ちたのか知れないと考え、箱の後ろや下を見ましたが、それらしき紙も落ちていません。さらに、最も驚いたことには、その「ご意見箱」にひも付きのボールペンが取り付けられていますが、なんと芯が取り外されているのです。箱の中を上からのぞいて見ましたが、中は塵らしき紙切れが入っているだけなのです。これでは、意見を書きたくても書かれません。しかしながら、そのまましていたのでは味付けは変わりませんので、そのスーパーに対し、「ご意見箱」のメモ用紙が切れていることを電話したのです。 
　すると、２，３日後、そのスーパーの「ご意見箱」にメモ用紙が備え付けられていましたが、その内容を見て、またがっかりしました。「お客様の声」というメモ用紙には各項目が書き込まれていますが、私が求めていた「味付け」の項目はなく、全てアンケート式になっているのです。仕方がありませんから、余白の部分を利用し、「最近、中華料理の味が塩辛くなっています。逆に煮物の方は甘すぎます。一度試食してみてください。」と書き入れたのです。また、意見を書いた人の住所や名前、電話番号等を書く欄が設けられていますが、個人情報の保護が厳しい時代ですから、おそらく100％の人がこの欄は書かないものと思います。他のスーパーの「ご意見箱」を見ますと、この欄は「男、女、年齢」だけになっているのがほとんどですから、そのことも書き入れて「ご意見箱」投函したのです。 
　それから数日経過しましたが、まだ、中華売り場の料理の味は変わっていません。他のスーパーでは、お客様の意見とこれに対する店側の回答が掲示してあるものですが、このスーパーではこの方法は取っていません。果たして私の意見を店長なり、責任者の方が読まれたかどうかは疑問です。このスーパーは品数も豊富ですし、いまさら他のスーパーに変える考えはないので、今しばらくは、じっと我慢して味が変わるのを待つしかないようです。 
      
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   <title>鯉のぼり</title>
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   <published>2008-04-21T01:39:01Z</published>
   <updated>2008-04-21T01:39:52Z</updated>
   
   <summary>　先日の夕方テレビを見ていたところ、県北の日之影町では、今年も町の中心部を流れる...</summary>
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      　先日の夕方テレビを見ていたところ、県北の日之影町では、今年も町の中心部を流れる日之影川に、鯉のぼり約200匹が掲げられたニュースが報じられていました。この行事は、子供が成長し、今では使われなくなった鯉のぼりを町民から集め、観光用として掲げるようになったものですが、毎年、この鯉のぼりのニュースを見るたびに、端午の節句が近づいたことを思い知らされます。 
　我が国では、端午の節句に鯉のぼりを飾る行事がありますが、実はこれは中国から伝わったものだそうです。中国には「鯉が竜門の滝を昇ると竜となって天をかける」という故事がありますが、もともと鯉は、清流だけでなく、池でも生きられる生命力の強い魚です。この登竜門伝説から、鯉のぼりは環境の良し悪しにかかわらず、立派に成長し、立身出世するように願って飾られるようになったと言われています。この行事が日本に伝わったのですが、江戸時代、日本では端午の節句を祝う行事があり、武家では男児の祝日として、子供の出世や健康を祝って、この日には家紋のしるした旗指物などを屋外に立てていたそうです。それが中国から「鯉のぼり」が伝わったことから、町人は、子供の健康や無事を祈り、こぞって鯉のぼりを立てるようになり、江戸時代の後半になると、町人が経済力を強め、端午の節句を華やかに祝うようになったということです。 
　鯉のぼりと聞けば、誰でも五月晴れの空を元気に泳ぐ吹流し式の姿を連想しますが、中国から日本に伝わったときの鯉のぼりは、文字通り、鯉の絵が描かれたのぼりだったそうです。それが江戸時代、町人の発想で、現在のように青空を泳がせるというものに変わったそうですが、この発想は、世界に類を見ない日本人独特の感性で、改めて日本人の独創性に感心したところです。 
　さて、鯉のぼりを見るたびに、私にとっては苦い思い出があります。それは長男が誕生し、初めての端午の節句を迎えるときで、丁度4月中旬頃でしたが、私の父や妻の父等からお祝いに鯉のぼりをもらったのです。その頃、私は民家の住宅を借りていて、そこには庭がありましたので、鯉のぼりを立てることにしたのです。そこで、近くの竹屋から長さが約10メートル位の孟宗竹1本を買い、庭の片隅に穴を掘って竹を立てたのです。その作業は全て私一人でしましたが、丸一日の作業でやっと完成し、早速もらっていた鯉のぼりを掲げたところ、青空に元気よく泳ぎ、私も妻もその姿に満足したのです。 
　ところが、その数日後、私達は、新しく出来た官舎への移転を命じられたのです。折角鯉のぼりを立てたのにと、当初は住居の移転に不満でしたが、上司の命令とあらば仕方がありません。立てたばかりの孟宗竹を引き抜き、鋸で切って処分しましたが、ただ残念なのは、そのときの鯉のぼりの姿を写真に撮っていなかったことです。このように、長男の誕生を祝って掲げられた鯉のぼりは、わずか数日の運命で終わりましたが、40数年経った今でも、そのときの元気よく泳ぐ鯉のぼりの姿は、私の脳裏にはっきり残っています。 
　少子化の影響で、年を追うごとに鯉のぼりの姿が段々減ってきています。しかしながら、最近では、鯉のぼりのほかに、鯨のぼりの姿も見られるようになったようですから、日本人が発想した吹流し式の鯉のぼりの行事が、永遠になくならないことを願っています。 

      
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   <title>チューインガム</title>
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   <published>2008-04-14T02:03:01Z</published>
   <updated>2008-04-14T02:03:44Z</updated>
   
   <summary>　公安委員会指定の自動車学校にとって、２月から３月にかけては、猫の手も借りたい位...</summary>
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      <name>都城自動車学校(宮崎県)</name>
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      　公安委員会指定の自動車学校にとって、２月から３月にかけては、猫の手も借りたい位忙しい時期ですが、この時期になると、学校にとって毎年頭を悩ます問題があります。それは、入校生が発着所やロビー内の床、あるいはトイレなどに噛んだチューインガムを吐き捨てるからです。職員がそのような行為を現認したときは、そのつど注意して処理していますが、私達が気づいたときは、吐き捨てられたガムに気づかずに他の生徒さんが踏んでしまい、カーペット等にベットリ付いたままの状態が殆どなのです。私を含め職員がそのようなガムを発見したときは、火バサミ等を使い、時間をかけて取り除いていますが、これがなかなか思う通りにはいかず、何かいい方法はないかと考えていたのです。 
　ところが、先日、自宅でテレビを見ていたところ、「直ぐに役立つ知恵袋」という番組が放映されていました。それは、問題が三択式になっていて、そのうちの一つが正しいわけですが、例えば、生け花を長持ちさせる方法としてどれが正しいかという問題では、「漂白剤を少量入れる」という内容の回答が正解でした。なかなか面白い番組だなと思って見ていたところ、問題の中に「チューインガムがズボンに付きました。どうすればいいですか。」というのがありました。それを見て、かねがね私が悩んでいた事柄だったので、興味を持って見ていたところ、正解は「氷で冷やす」でした。しかしながらその際は、何故氷で冷やすとチューインガムが取れるのか解説がなかったので、早速その理由を調べてみることにしたのです。 
　それによると、「氷で冷やす」という理由は、ガムを固めるためということでした。その方法は、チューインガムの上に氷を当て、十分に冷やし固まってからはがすやり方で、そのほか、ガムの付いた衣類を冷蔵庫の中に入れて冷やしてからとるやり方もあるそうです。このような氷を利用するのが一番安全で簡単な方法ですが、これはガムが衣服にくっついたばかりで繊維の中に入り込んでいない場合には有効ですが、衣服やカーペットの中に入りこんでしまった場合は、効果がないそうです。 
　それでは、他に方法はないものかと思っていましたら、世の中には物知り博士がいるもので、次の方法があるということです。それは、そもそもガムの原料は「チクル」ですが、このチクルは油と親和性があり、油と結合すると溶解、つまり溶ける性質があるそうです。このことから、衣服に付いたガムについては、バターやサラダ油、チョコレートを利用してガムを取り除くことが出来るそうです。したがって、歯ブラシ等にバターなどを付けてこするか、直接手にとってこするとうまくいくということです。また、ガムが完全に除去できたら、油を取り去り、仕上がりです。 
　このことを聞き、早速実験してみましたが、先ず、コンクリートの上に捨てられたガムは、ベットリなっていても、氷で冷やすと、約２分位でガムが固まり、直ぐ取り除くことが出来ました。　しかし、カーペットの場合は、完全に取り除くことが出来ず、サラダ油を使って実験したところ、思いのほか簡単に、しかも完全に取り除くことが出来ました。けれども、期間が長くなり、カーペットの上に黒くなったままの状態で残されたガムはやはり無理でした。したがって、ガムを取り除くためには、早期にガムを発見することが大切なようです。
      
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   <title>ネクタイ</title>
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   <published>2008-04-07T01:12:11Z</published>
   <updated>2008-04-07T01:12:56Z</updated>
   
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      <name>都城自動車学校(宮崎県)</name>
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      　４月になった途端、連日のように、テレビの画面には入社式や入学式の模様が映し出されていますが、MDSでも今年５名の新入社員がありました。５名のうち４名は女性事務員、１名は指導員見習いの男性ですが、その人達と毎日接していると、行動は何かギコチありませんが、初々しさを感じ、私達までエネルギーを得たような気がします。おそらく、職員の人達も、自分が入社したときの姿と、新入社員の姿をダブらせて見ていられるものと思います。 
　さて、４月の初めの朝、出勤する際、JR宮崎駅の駐輪場に自転車を止め、歩いて駅庁舎に入ろうとして、ふと駅前の駐車場を見ると、１台の普通乗用車の周りに３名の男女がいるのに気づきました。３名のうち２名は５０年配の男女、もう１名は若い男性であり、話し声は聞こえませんでしたが、雰囲気からどうやら親子連れのようでした。何をしているのかなと思いましたので、足を止めて３名の様子を見ていますと、若い男性は黒っぽいスーツを身に着けていますが、ネクタイはまだつけていません。その傍に立っている母親らしき女性はピンク系のネクタイを手に持っていましたが、やがて父親らしき男性が、女性からネクタイを受け取ると、若い男性のYシャツに取り付けています。車のナンバーを見ますと、大分ナンバーになっていますから、どうやらその親子連れは、入社式に出席するため、服装を整えているところだとわかったのです。息子らしき若者は、ただ突っ立ったままであり、父親らしき男性が、かいがいしくネクタイを締めなおしている姿をみて、何かほのぼのした感じを受けたところです。 
　その親子連れを見て、私はふと、約５０年前の自分の姿を思い出しました。就職するため、我が家を出発する前夜でしたが、父が「ネクタイの結び方を教えてやる。」と言い出したのです。我が家は、ミカンとお茶を栽培する農家でしたから、父のネクタイ姿は滅多に見たことはなく、時たま見ても、ネクタイの結び目が大きく、しかも、少し斜めに曲がっており、とても上手だとは思っていませんでした。また、日頃から父とひざを突き合わせて話す機会は余りありませんでしたから、父の突然の申し出に対し、一寸戸惑ったのですが、１８年間育った我が家を巣立つわけですから、父への思い出としてネクタイの結び方を習うことにしたのです。 
　父のすぐ横に正座して座り、父がするようにまずネクタイを首に巻き、それから結び目をつけるわけですが、何しろ、それまでは一度もネクタイを身につけたことがありませんでしたから、なかなか思うようには結べないのです。指導する父のネクタイ姿も、結び目が私の目から見ても大きく、あまり様にはなっていなかったような記憶がありますから、うまく結べなかったのは当然だったものと思います。それでも約１時間の練習で、どうやらネクタイの結び方は、一応マスターすることが出来たわけです。それ以上に、我が家を巣立つ前に、親しく話す機会がなかった父と、話しながらネクタイ結びの練習をしたことが私の良き思い出となっています。 
　その父は、２５年前、７０歳の若さで亡くなりましたが、今でもネクタイを結ぶたびに、そのときの父のしぐさを思い出し、懐かしく思うときがあります。 

      
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